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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
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バッセの固執

バッセは王位継承権に固執していたーー


 先にも語ったように、この国は、山脈と湖と森に囲まれた平原にある。

 その平原にある四つの丘に、丘の周囲を治める領主の館が建っている。

 その領主たちは四家と呼ばれていて、王国を立ち上げる際の功績をもって、王位継承権が与えられていた。

 シフォン家もその一つで、他には、現王家のシャンツ家、その王妃であるエレノアの実家であるシバー家、デノーテの実家であるモードネス家がある。

 王位の替わり目時に、四家の中で最も強い精霊の力を持つ女性がいる家が、新しく王家を開く権利を得る。

 ただ不思議なことに、建国以来王家を引き継いで来たのはシャンツ家だった。


 ”聖女の証”とは、その精霊の力を持っていることの証なのだ。

 ”聖女の証”を持っているかどうかは、女の子が五歳になったときに教会で受ける”聖女検定の儀”によって初めて明らかになる。


 だがなぜ人が精霊の力を持つことが出来るようになったのだろうか。


 歴史を紐解くと、元々、この平原に人はいなかった。

 平原は屏風のように長く伸びてそそり立つ高い山に囲まれ、開けた南側は東西に深い森、南には高い山とそのその裾野に広がる深い森、しかも森と平原の間には東西に延びる湖が広がっている。

 それらに阻まれて、とても人が入って来れるような場所では無かったのだ。


 人が入って来る以前には、平原は精霊で満ち溢れていたと伝説がある。

 南の森の中央には、他の木々よりもひときわ高く、樹齢が千年は越えると思われる大木が生えていて、不思議にも夜になってもその姿を認めることが出来る。

 そのため、精霊の住処がそこにあるとの言い伝えがある。


 この平原に人が住み始めた切っ掛けは、五百年前の地震で北側にある屏風のように東西に広がる山脈の中央が割れて、馬一頭がようやく通れるほどの裂け目が出来たことに始まる。

 程なく、その裂け目を抜けて向こう側の北の地に住んでいた人々が入って来た。

 だがそれは、やぶ蚊のように纏わりつく精霊との戦いの歴史でもあったと聞く。

 精霊が身体に当たると命を失うこともあり、精霊を見ることが出来なかった人々は森の毒気に祟られたと恐れた。

 その中に、精霊を見ることが出来るだけでなく、精霊と触れ合うことで、不思議な力が使えるようになった者が出て来た。

 最初は四人の娘たちだった。

 平原の住民は北から北から追われるように逃げて来ていた。

 北からの追っ手は度々平原に現れて、住民の生活を苦しめていた。

 我慢が出来なくなった彼女たち四人が、その力を使って平原に住む住民を守り、この国が生まれる礎を造った。

 その時に定められた憲法において、王位継承権を持つ四家のうちで”聖女の証”の力が最も強い娘のいる家が王家となるものとした。

 そして”聖女の証”を持つ娘がいなくなった家の王位継承権は消滅するものとされた。

 精霊の力無くしては、住民を守ることが出来ないのだ。

 

 それが国を立ち上げた四百年前までの話である。


 そんな四家も、今ではモードネス家とシバー家には正式な跡継ぎが居なくなっている。

 シャンツ家とシフォン家だけが、次の代における王位継承権を維持出来る可能性を持っているに過ぎない。

 シフォン家も、今でこそ”聖女の証”を持つデノーテがいるのだが、バッセとデノーテの間には一人息子であるアスクしかいない。

 つまり、何らかの形で”聖女の証”を持つ娘を家に迎えておかないと、デノーテが亡くなった後のシフォン家には、”聖女の証”を持つ者がいなくなり、王位継承権も消滅してしまうのだ。

 逆に、シフォン家に”聖女の証”を持つ娘が生まれるとなると、シャンツ家に娘が生まれない限り、シフォン家に次の王位が移る可能性が格段に高くなる。

 これはまだ王子しか生まれていないシャンツ家も同様に、頭の痛い問題であったが、幸いなことに王妃エレノアが懐妊していて、今年中にも子供が生まれることになっていた。

 この子が女の子であれば、そして精霊の力を秘めているとわかれば、シャンツ家にとって次の代に王家を引き継ぐことが出来る希望となる。

 それ故にバッセは、先祖から続く王位継承権に執着して、強力な精霊の力を示す”聖女の証”を持つ自分の子を欲していたのだ。


ーー今は何を言っても駄目みたいね。


 デノーテはあきらめて、バッセに問うた。


「それでこの子をどうなさるおつもりですか?」

「この子の母親との約束はちゃんと果たすつもりだぞ。だから我が家に連れてきた」

「名前はマルセルだそうだ。後は頼んだぞ」


 バッセはそう言い残すと部屋を出て行ってしまった。

 その後ろ姿を見送ったデノーテは、どうしたものかとしばらく女の子を見つめていた。

 なぜか、敵意のようなものが、デノーテの心にしみ出てくる。


ーー気持ちが悪い

ーーこのままではこの赤子を床に叩きつけるかも知れない。


 そんな気持ちを慌ててぐっとこらえた。


ーー私はこの国で聖女の一人と呼ばれているのよ。しっかりしなきゃ。


 気持ちが落ち着くのを待って、もう一度女の子を見る。

 女の子は銀色の髪をしていて、デノーテを見つめるその瞳はバッセと同じ紫色だった。


ーーバッセの子には間違いはなさそうね。

ーーこの子の髪の毛の色が濃いグレーだったらーー私の子供だったらーーこんなに悩むことも無かったのにね。

ーーでもバッセにも困ったものだわ。私が女の子を生まなかったばっかりに、また犠牲者が生まれてしまった。

ーー前の子のときも、タンカがお金をやって引き取らせたらしいから、今度もそうするしかないわね。

ーー早く片を付けましょう。


 そしてドアに向かって声を掛けた。


「タンカ」


 返事が無い。


「誰かいないの?」


 何度か声を掛けると、ドアが開いて、か細い声が答えた。


「はい、奥しゃま」


 そこには、十歳にも満たない小さな女の子の不安そうな顔があった。



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