第二尖塔
デノーテの手にモードネス家が戻ったとしても、今度はそれを維持していく算段が必要になる。
モードネス家には差し当たって、財政を豊かにできるようなものは無かった。
「ねぇ、マルセル。申し訳ないけれど、あなたたちでこの屋敷をどう使えばいいか考えてもらえないかしら」
デノーテにモードネス家の立て直しを任されたマルセルは、尖塔に皆を集めて相談した。
モードネス家の屋敷は、王家になるつもりで建てられたこともあって、大きく、部屋も数多く造られている。
蔵書にも役に立つ物がたくさんあった。
それならここを女学園にしたら良いのではと、誰からともなく声が出て、すぐ実行に移されることになった。
王都の学園では女子の高等教育は行われていなかったからだ。
まずは、学舎と宿舎を揃えなければいけない。
幸いなことに、モードネス家の屋敷は個室に使える部屋数が多く、そのままでも宿舎として使えそうだった。
ただ、造った当主の趣味だったのか、各部屋は部屋ごとに違った趣向が凝らされていて、マルセルたちにはそれが気に入らなかった。
どの部屋も同じ造りにして、家具も全て統一して造り付けにしておけば、最小の荷物だけで引っ越しが可能になる。
女子の高等教育をする学園を作れば、勉強好きのファーナ王女だけでなく、国中から国政に関わる勉強がしたいと思っている娘たちが集まって来るかも知れない。
身分の差に関係なく対等の立場が作りたいと思ったからである。
「ウイルドン家の寮みたいにすればいいわね」
「寮母先生はデノーテお母さまかしら」
「ミシェルさんは校長先生が適任だけど、どうかしら?」
「それはやはり、デノーテさんですよ」
などと、ワイワイやっているとジャンヌがボソッと言う。
「私は体育教師かな」
「それは適任かもね」
「私はまったりしたいからね 相談係でいいや」
マルセルがそう言うと、ミッシェルが賛同する。
「確かにね。あなたの目の前で涙を流すと、何でも上手くいく気がするわね」
ジャンヌが追い打ちをかける。
「じゃ、マルセルさま専用の懺悔部屋もあったほうがいいですね」
「やめて」
尖塔は笑いに包まれ、その声を聞いた、外で作業していたマッケン爺さんが驚いたように尖塔を見上げた。
「どうしたんだ?爺さん」
カストが首を傾げる。
「また、神さまからお呼びが掛かったのか?」
「毎日、讃美歌が聞こえてるらしいじゃないか」
「何を言う。そりゃあただの耳鳴りだ。まだまだ、そんな年じゃない」
「お前こそ、あの声が聞こえなかったのか」
「俺は、いらない音は耳に入れないようにしてるんだ」
「ほう、それが仕事が半分しか出来ない言い訳か」
「ちゃんとやってるだろ」
「口より、手を動かせ」
「きっかけは爺さんだろが」
ぶつぶつ言いながら仕事に戻るカストを尻目に、尖塔を見上げるマッケン爺さんだった。
「儂もまだまだ空には登れそうもないな」
善は急げと計画書を作成して王に見せて相談したところ、快諾するだけでなく、当面の建築資金も用意してくれることになった。
「ファーナの勉強環境を作るのに、絶好の機会だからな。惜しまんよ」
マルセルとジャンヌがメイドや看護士のための学園を立ち上げて以来、王室としても、娘たちの高等教育をどうするか考えていたからだ。
それはファーナのためでもあったが、これまでファーナはエレノアと一緒にいないといけないのが問題だった。
マルセルのお陰で、ファーナの行動範囲が広がったので、学園を立ち上げるという計画は渡りに船だったのだ。
マルセルたちは喜んで、マッケン爺さんに相談し、腕利きの職人たちを集めてもらうことにした。
部屋数は多かったが、同じ造りにしたということもあって、瞬く間に普請の最終日を迎えた。
明日のお披露目の準備をしていると、馬車が一台走って来た。馬車には王家の紋章がある。
馬車の扉が開くなり、飛び出してきたのはファーナ王女だった。
後から慌てて降りて来たのは、エレノア王妃だった。
マルセルがファーナのことは請け合うと言ってはいても、やはり母として心配だったのだ。
「待ちきれなくて来ちゃった」
「もう帰らないからね。 私はどの部屋に入ればいいの?」
さすがにファーナは王女なので、貴賓室を用意しようということになった。
デノーテは子供のころからの自分の部屋を譲ると言ったが、その部屋を見るなりファーナ王女は言った。
「皆さんと同じ部屋でお願いします」
「そうは言ってもエレノア王妃も居られることですから、今日だけでもここをお二人でお使いください」
デノーテにそう言われ、渋々認めたファーナだったが、母と一緒に外で過ごせるのはシフォン家の尖塔以来だったので大喜びだった。
結局、部屋割りは開校後に平等にあみだくじで決めることになった。
まさか今日から泊まる者はいないと思っていたので、今日の夕食の用意が無い。
「じゃ、私がウサギでも狩ってくるわ」
そう言うなり、弓矢を持って森に走って行ったジャンヌが、すぐに何羽かのウサギを下げて帰って来た。
明日の披露のために野菜などはたくさんあったが、厨房の準備の邪魔をしないようにと、庭でバーベキューをすることにした。
「私、こんなの初めて!」
ファーナ王女は有頂天で、肉を焼く作業を引き受けた。
こんな快活な子とは誰も思っていなかったので、やはりシャンツ家を継ぐに相応しい娘だったのだと、その場にいた皆は認めざるを得なかった。
次の日、盛大に行われた学園のお披露目と合わせて入学要綱の発表を終えると、まだ尖塔での仕事が残っていたマルセルたちは、エレノア王妃とファーナ王女の世話をデノーテに頼み、シフォン家の尖塔に戻って行った。
ミッシェルが誰にともなくつぶやいた。
「ここは教育環境としては申し分ないわね」
「すごく落ち着くし」
それを聞いていたマルセルも、相槌を打つ。
「そうなんですよ。でもモードネス家の屋敷に移ったら、遠くて使い勝手が悪くなるので、しばらくは閉じておくしかないですね」
「移設は出来ないのかしら」
「その手もありますね」
自分たちがいなくなれば、シフォン家には思い出したくもない石碑を残されたようなものだ。
かと言って、今はシバー家の領地になっているので、シフォン家が勝手に壊すことも出来ない。
マルセルたちが他所に移設をすれば、シフォン家としても目の上のこぶが取れることになる。
「ジャンヌやお義母さんとの思い出の塔だから残したいわね」
庭にいたマッケン爺さんに事情を聞いてみると、先代の当主と一緒に築いたものだと言う。
「そうさな、石を集め始めて5人で三ヶ月位じゃったか」
「先代の奥さまがいろいろと注文をされて、その度に石を組み替えたものじゃが」
「今でもしっかり建っているようじゃな」
「儂らの腕もまんざらじゃなかったわけだ」
マルセルはマッケン爺さんに塔を移したいと話した。
「マッケンさん、手伝ってもらえないかしら」
「そうさのう、儂にとっても思い出の塔だが、お嬢ちゃんの方が思い出も強いじゃろうからの」
「儂も歳を取ったし、ここの庭園の管理はカストで十分じゃから、お暇を貰ってお嬢ちゃんの手伝いをするか」
「いいの?ありがとうございます」
「庭師仲間に連絡して、すぐ作業を始めたいがーーいいかの?」
「よろしくお願いします」
「任せとけ」
「じゃ、荷物の引っ越しを急がないといけないわね」
「家具や本は、ほとんどがシフォン家の先代が集めた物だから、置いて行かないといけないかな?」
「ここがシバー家の飛び地になった時点で、誰も返せとは言わなかったからーー」
「持って行ってもいいよね」
などと、勝手なことを言う。
マッケンが連れて来たのは、爺さんの息子、ドークの率いる新進気鋭の庭師グループだった。
腕は良いのだが、庭を持つ貴族や商人の殆んどがお抱えの庭師を持っており、たまに声が掛かることがあっても、その庭師たちのお手伝いの仕事だった。
今回のように、没落した貴族が再興したなどの話が耳に入ると、庭師として雇ってもらえるよう動くのだが、どうしても以前の庭師に先に話が進むのである。
そんな矢先にマッケン爺さんがくれた仕事は、再興したモードネス家の仕事で、お手伝いなどではなく自分たちへの依頼だったので、二つ返事で引き受けた。
マッケン爺さんが若い頃造った物だと聞くと、競争心さえ芽生え、絶対に以前より素晴らしいものにしようと意気込んで来たのだが、マルセルの言葉はあっさりとしていた。
「ここ、居心地が良いのよ。そっくりそのままに移設して欲しいの」
ドークをがっかりさせるようなことを言う。
それでもドークは尖塔で一日中過ごしたり、測ったりスケッチする作業を一週間ほどかけると、マルセルたちに集まってもらって話を切り出した。
「この尖塔はこのまま残しておきませんか」
「ここにはマルセルさんたちだけでなく、シフォン家先代や私の父の思い出も残っています」
「バッセ様も小さい時、ここを使われたはずです」
「ここの心地よさは、マルセルさんとジャンヌさんのものだと思っていましたが、ここには過去のいろんな方の思いが詰まっているんです」
「ここにいると、それが伝わってきます」
「特に、この階段下の石畳の上とか」
そう言って、部屋の中央にある石畳を指差した。
「他所に持って行くと、形はそのままでも、それが無くなる気がします」
「ですから、移設じゃなくて同じようなものを作らせてもらえませんか」
マルセルはしばらくドークを見つめていたが、ふっと笑顔になった。
「そうね、その通りだわ」
「でも新築するなら、一階はもっと広くしたいわ」
「教育をするには少し狭いかもしれないから」
「そうそう、それと、尖塔の屋根裏部屋の窓と、お義母さまの部屋の窓は同じ高さにして欲しいわ」
「お母さまと窓越しに、お話し出来るように」
それを聞いたドークも自分の考えを述べた。
「それならいっそのこと、階を一つ増やして、一階は大教室、二階が校長室、三階はウイルドン家の執務室、四階はシバー家の執務室としますか」
「で、屋根裏部屋が、お母さまと顔を合わせることが出来るレストルームね」
「出来るかしら、ドークさん」
「はい、その分、少しばかり天井が低くなるのを承知して頂ければ、出来そうですね」
すると、それまで黙っていたマッケン爺さんが口を開いた。
「ドークよぅ、施主に注文を付けたら、良いものにはならんぞ」
「そうは言ってもな。同じ高さで、三階を四階にするんだぜ」
「新設を勧めたのはお前だろう。不便を強いるくらいなら、移設でやめとけ」
「それでは多分、誰も満足出来ないと思うんだよ」
「だったら、皆が満足するにはどうしたらいいか考えるんだな」
「無理だよ」
「そうか?シフォン家の庭は平らだったが、モードネス家の庭は傾斜があったような気がするが?」
「傾斜? そうか!敷地を掘り下げて半地下の大教室を作り、その上に塔を建てればいいのか」
「そうだ、母屋から見たら元の塔と同じになるようにー」
「別な場所からは一階の校舎も見えるようにーですね」
二人の話を聞いていたジャンヌが相槌を打つ。
「そうすれば、来客があっても授業の邪魔にならないし、好都合ですね」
皆も賛成の意志を示すと、マルセルがドークの手を握って言った。
「ドークさん、それでお願いしますね」
「わかりました。すぐに図面を書き直してきます」
ドークは飛び出して行った。
その後ろ姿を見つめていたマッケン爺さんは、マルセルに向き直り、頭を下げた。
「嬢ちゃん、ありがとうよ」
「実は、儂もこの塔を崩すのは忍びなかったんじゃ」
「あそこで嬢ちゃんが条件を変えてくれたおかげで、この塔の命が続くことになった。礼を言う」
マッケン爺さんはもう一度頭を下げた。
「その代わり、私たちに快適な未来をくださいね」
「おう、任せとけ」




