書庫
デノーテから、モードネス家の書庫にも古くからの書物があると聞いていたマルセルは、モードネス家がデノーテの手に戻ったことを知ると、書庫に入らせてくれるよう頼んでいた。
ジャンヌにデノーテの許可があったことを報告していると、横で聞いていたミッシェルもモードネス家の歴史に興味を持って同行を願ってきたので、三人でモードネス家を訪れた。
「あら、いらっしゃい」
「すみません。大勢で押し掛けてしまって」
「いいのよ。若い娘たちは大歓迎よ」
マルセルたちを快く迎えたデノーテは、書庫の鍵を開けて三人を招き入れた。
書庫はさほど大きくはなかったが、扉を開けた正面に大きな木のテーブルが置かれ、その向こうには明るく光の入る窓があった。
左右の壁には天井まで届く黒光りする木製の書棚があり、本で埋め尽くされていた。
三人は目を見張った。
「すごい量の本ですね」
「四家はね、自分たちのどの家が王家になっても困らないように、知識を共有するよう取り決めていたらしいわ」
「だから、この部屋にある本は他の三家にも同じ物があるはずよ」
「でもこれまでずっとシャンツ家が王家を継いできたから、折角のお宝も持ち腐れのようなものだけどね」
「そんなことは無いですよ。他家の蔵書とは違った観点からの本もあるようですね」
ミッシェルが感心する。
「モードネス家としての解釈ではーーという覚書ね。多分、他家にも同じような物があるんじゃないかしら?」
「残念ながら私は尖塔に入れなかったので、見たことは無いけど。マルセルやジャンヌは知っているんじゃない?」
「そうですね。本棚の最上段に幾つか解説本がありました」
ジャンヌが同意する。
「シャンツ家は禁書扱いになっていましたが、ファーナさんが見せてくれるかも知れませんね」
ミッシェルがそう言うと、すかさずジャンヌがマルセルの耳の痛いことを言う。
「シバー家はマルセルが近寄らないからね」
「うーん、あそこにはミネルバさんがいるからね」
マルセルが苦笑すると、ジャンヌが追い打ちをかけて来た。
「あなたのお母さんじゃない」
「そうは言っても、二人も感じたでしょ。あの部屋にいるのは若いミネルバさんだって」
「そうね。彼女の許可が欲しいわね」
「四家がどう考えていたか、早く比べてみたいね」
「マルセル、また楽しく勉強できるわね」
「ねぇ、ミッシェル先生、寝かせませんよ」
「す、すごい!」
ミッシェルは上の空で棚を調べ回っていた。
その様子を楽しそうに見ていたデノーテが声を掛けた。
「見て欲しいのはこちらよ」
デノーテが扉の右にある書棚の中央を指差して、彫り込まれた模様を軽く押すと、書棚が左右に開き、その裏に隠された小さな扉が現れた。
「わあ、そんな所に、隠し扉が!」
「ここは私も入ったことが無いの。父が禁じてたからね。でも、あなたたちはモードネス家の後継ぎだから、父も文句は言わないでしょう」
「殿方の好きな、秘密の隠れ部屋ということですかね」
デノーテに促されて、マルセルが扉を開けると、そこは書斎だった。
その書斎も正面にある窓以外の壁面は全て書棚で埋め尽くされていた。
「この部屋はね、モードネス家初代様が、モードネス家を中心にする王都を設計するために造られたらしいわ」
「言わば、個人の研究をまとめたものだから、他人には見せる理由が無いということかしらね」
「こういうの、シフォン家の尖塔にもあったでしょう?」
「屋根裏部屋には園芸に関するものが多かったですね」
窓際に置かれたテーブルの上には、ガラスの小瓶が置かれていた。
マルセルが何気なく手を伸ばして小瓶に触れると、微かに光った。
「これは?」
「”聖女の証”の検定の小瓶と同じようだけれど、こちらは光が弱いようね」
そう言ってデノーテが小瓶に触ると、やはり微かに光る。
デノーテに促されて、ジャンヌとミッシェルもおずおずと触ったが、小瓶は光らなかった。
「ちょっと期待したんですけどね。安心しました」
”聖女の証”の検定を受けられなかったことがトラウマのようになっていたジャンヌが晴々とした表情で言った。
「もしかして、この中にも精霊さんがいるんですか?」
検定の小瓶の精霊を知っているマルセルがデノーテに問いかける。
「それは私にはわからないわ。だけど、初代は精霊の力についても研究されていたとか聞いてるからーー」
「モードネス家の当主になられた方々は、代々皆さん、ここで同じ研究に没頭されたみたいよ」
「だから、あなたたちが知りたがっていることは、ここで見つかるかも知れないわね」
「鍵を預けるから、自由に入って構わないわ」
デノーテはそう言って、書庫の鍵をマルセルに渡した。
「ありがとうございます」
三人はすぐに書斎の棚に並んだ本を見ていこうとした。
そこにはモードネス家の初代からの歴史や、国の造り方についての本などが並んでいて、三人は小躍りした。
さっそく一冊を手に取って表紙を開こうとしたが、本は一枚の分厚い板のようになっていて、開くことが出来ない。
「お義母さま、本が開けないのですが」
「本当に?」
デノーテが本を持つと簡単に開ける。そしてデノーテが一度開いた本はマルセルたちも読むことが出来た。
ただ、一旦、書棚に戻すと開けなくなってしまう。
確かめてみると、ほとんどの書物にそんな仕掛けが施されていた。
それを外せるのはデノーテだけで、ジャンヌやミッシェルはもちろんのこと、マルセルにも外すことが出来なかった。
「これは精霊の力を使った鍵なんですかね」
「お義母さまにしか鍵は外せないようですね」
モードネス家の血筋の者でないと駄目なのだろうと諦めたマルセルたちは、読みたい本をデノーテの所に持って行き、鍵を外してもらってから読むことになった。
そんな面倒な作業を続けながら、三人は次から次へと本を読んでいき、今までの知識に欠けていた部分とか、補間出来る部分とか、全く知らなかったこととか、パズルのピースをはめていくような作業を議論し合いながら進めていった。
「あなたたち、もう夕食の時間よ。私の楽しみにしている娘たちとの食事の時間を台無しにするつもりかしら?」
三人は、お互いを見合って肩をすくめると、立ち上がって声を合わせた。
「はーい、お義母さま」
「すみません、デノーテさま」
マルセルは、四家が持つ資料を集めれば、この国の成り立ちと進むべき方向がわかるんじゃないかと考えた。
四家が一つになっている今、それが出来るはずだと。




