墓所
マルセルとデノーテが和解してしばらく経った頃、義母になったデノーテがマルセルの住む尖塔にやって来た。
「お義母さま、どうされましたか」
「早速で悪いけど、いっしょにモードネス家の墓所に来てくれないかしら」
「よろしいですが、何故でしょう?」
「あなたたちに見せておきたいものがあるの」
モードネス家はデノーテの実家だが、すでに跡を継ぐ者はいなかった。
そうなると屋敷は荒れ果てていても不思議は無いのだが、建国に功績のあった四家の一つでもあり、まだデノーテが唯一の血筋として残っていたため、屋敷は王室が管理して残されていた。
モードネス家の屋敷の裏の大きな池の中にある小島に、こじんまりとした大理石の祠が墓所として建てられていた。
「あそこには舟で行くのよ。子供のころ、よくあそこで遊んだものだわ」
デノーテが岸辺に繋いであった小舟に身軽く飛び乗ると、マルセルたちにも乗るように勧めた。
ところが、ジャンヌはなかなか乗ろうとしない。
足元を見ると、膝が震えている。
そんなジャンヌを見てデノーテが笑った。
「あら、ジャンヌは揺れるのが嫌いなのかしらね」
ジャンヌは目を丸くして舟を見つめたままだ。
「おっ、泳げないですし」
「大丈夫よ、すごく浅いから。何なら歩いて行っても良いのよ?」
「いえ、舟で」
ようやく意を決して、震えながら乗り込んだジャンヌだったが、島に着くまでの間、舟が小刻みに揺れて水面に波紋が広がるのをマルセルが面白がった。
「ジャンヌの弱点、もう一つ見つけちゃった。お馬さんと水!」
小島に上がると、デノーテがマルセルに墓所の扉の前に並んで立つよう促した。
「よく見てるのよ」
そして、デノーテは目を瞑り、つぶやいた。
「墓所の扉を開けて欲しいのですが」
すると扉の前がボウッと光って、大きな鍵束を抱えた精霊の番人が現れるのが見えた。
「どう?マルセル」
「精霊ですかね? これが墓所の管理人さんですか?」
「え、誰かいるんですか」
ジャンヌには見えなかった。
マルセルには見えたのがわかり、デノーテはホッとした。
「彼が見えない人には、この墓所の管理は絶対出来ないのよ」
デノーテはそう言うと、精霊に向かって言った。
「私はデノーテです」
すると、番人が腰にぶら下げた鍵束の中から鍵を一つ選びだした。
その鍵には”デノーテ”と刻んであるのが、マルセルにも見えた。
番人がその鍵で扉を開けると、島のあちこちから小さな精霊たちが祠に飛び込んでいき、祠の中を明るく照らしだした。
「すごいでしょ。モードネス家の初代は精霊たちととても仲が良かったらしくて、その精霊のお陰でこんなことも出来たの」
「でも、聖女の力が衰えると精霊も見えなくなって、墓所に入ることも出来なくなるらしいわ」
「先祖代々の眠る墓所の管理が出来なくなって、そこに入ることさえも出来ないとなればーー」
「父が焦ったのもわかる気がするの」
「ご先祖様も遊びが過ぎちゃったんですかね」
「唯一の希望だった私をシフォン家に嫁がせてしまったので、父はもうモードネス家の墓所は使えないと諦めていたらしいわ」
「父が亡くなった時に、試してみたら他家に嫁いだ後でも主と認めてくれて、父をここに埋葬することが出来たのよ」
「私としては、それを最後に封印するつもりだったんだけど」
デノーテはしばらくだまっていたが、意を決したようにマルセルを見つめた。
「ここからは私のお願いになるわ」
「マルセル、私が死んだらここに埋葬して欲しいの。精霊が見えたあなたなら出来ると思うから」
「えっ、お母さまはもう、シフォン家の人間じゃないですか」
デノーテは急に笑顔になった。
「ええ、だから離縁したの。もうバッセの了解済みよ」
「ええっ」
「あなたたちをシフォン家の子供として認めて欲しいとバッセに願ったのだけど、拒絶されちゃったの」
「だから離縁して、あなたたちの義母になることにしたわ」
「昔、バッセがモードネス家を援助するはずだったものを、手切れ金としてもらうことになったから、生活には問題は無いわ」
「ただアスクはどうしてもシフォン家を継ぎたいみたいで、残ると言うの」
「行く先が決まるまでは、私は今の家にいていいそうよ」
「それでね」
意地悪そうにマルセルを見つめると懇願するように言った。
「離縁された母は、どこに行けばいいのかしら」
マルセルとジャンヌは見つめ合うと、一緒に後ろの館を指差して同時に叫んだ。
「あそこよ!」
それはデノーテの実家のモードネス家の屋敷だ。
「お母さまが離縁されたなら、モードネス家を再興してモードネス家の屋敷に戻ってもいいはずよ!」
「お母さまがシフォン家に住まないなら、私もあそこに住むのは気まずくなるから、モードネス家にシバー家の領館を移せばいい」
「ウイルドン家も学園経営で手狭になりましたから、シバー家に倣いますよ」
「あらあら、面白そうね。実を言うとね、エレノア王妃からも、モードネス家の屋敷は譲ってもいいと了解を得ているの」
エレノア王妃はシフォン家でのデノーテとの約束を守ったのだ。
デノーテの死後、遺体を墓所に収めるには墓所の管理人に墓所の主として認めてもらう必要がある。
問題は、明らかにモードネス家の血を引かないマルセルを、主として認めてくれるかどうかだ。
「それじゃ、お母さま、試してみましょうか」
「えっ」
「やってみないとわかりませんから」
「マルセル、ちょっと待って」
「その前に、あなたにもっと詳しく話をしておかないといけないわ」
「精霊の力のことですか」
「知ってたの?」
「精霊の力は、良いことばかりじゃなくて、それを使った人間に代償を求めるんじゃないかと思ってます」
「そして代償が払えなくなった時は、死を以って償わないといけないのでしょう?」
デノーテは驚いた。
「マルセル、あなたはそれをどこで知ったの?」
「シフォン家の尖塔にあった古い書物の中に、お伽噺のように書いてありました」
「ジャンヌと二人で、これはもしかしたら本当の出来事じゃないかと話し合っていたんです」
「そうだったの。もっと詳しいことはモードネス家の書物に書いてあるわ」
「初代さまは王になれなかったのが相当悔しかったようで、なぜ精霊の力を失ったのか、精霊の力について研究を始められたらしいの。そして、その研究は代々の当主に引き継がれてこられたらしいわ。」
「それは素晴らしいですね。それはぜひお屋敷を手に入れないといけないですね」
「心配いりませんよ、お母さま。この墓所の管理は私に引き継がせてください」
「そうね、あなたの力はすごいから、きっと大丈夫でしょうね」
「ええ、力が無くなる前に解決するようにします」
「そういうことなら、お願いするわ」
一旦祠を出て、デノーテが施錠すると、今度はマルセルが扉の前に立ち、何かを呟いた。
「私はデノーテお義母さんの娘です。義母から墓所の管理を引き継ぎました。扉を開けていただけませんか」
すると例の門番が現れた。
「マルセルです」
門番は、別に怪しむでもなく、さっきとは別の形をした鍵に”マルセル”と名前を刻み、扉を開けてくれた。
鍵に名前が刻まれた瞬間、マルセルは自分の身体の力が少しづつ抜け始めたような気がした。
こうして精霊の力が抜けていって、いつ死んでしまうのかわからない不安に、デノーテはずっと耐えて来たのかと思うと、今更のようにデノーテが不憫に思えたが、デノーテが心配するといけないので、デノーテの手を強く握り締めて言った。
「大丈夫なようですね。これでこの祠は私の管理になりました。後の心配はなさらないでください」
デノーテも手を握り返し、抱き合った。母娘の絆がしっかりと結ばれた瞬間だった。
そんな命に係わる受け渡しがあったことなど知らないジャンヌが言った。
「私も死んだらここに入ってもいいんですかね」
「そうね お姉さまだものね」
「でも、嫁がずにずっといっしょにいると言われても困るわね」
デノーテが笑って続けた。
「あーお母さまは意地悪なんだ」
三人は手を取り合って、大笑いした。
マルセルは、尖塔に戻ると、すぐ早馬を飛ばし、モードネス家の件を王に報告した。
・デノーテがシフォン家を離縁し、モードネス家を再興する。
・デノーテがマルセルとジャンヌの義母になる。
・モードネス家、シバー家、ウイルドン家が親戚関係になる。
・三家の領館をモードネス家の屋敷に設けることにする。
これだけだと、王家であるシャンツ家には脅威しか無い。
しかし、王夫妻に極内密に伝えられたのは、ファーナ王女もマルセルの義妹として加わり、マルセルの後ろ盾を得て、女王を目指すということだった。
言い換えれば、ファーナを中心とした国家を作ると宣言したのだ。
王と王妃は喜んで全ての要求を認め、モードネス家は問題も無くデノーテの手に戻った。
この時点でジョセ王子とアスク、シャークには、そのままでは先が無くなったのである。
改めてモードネス家の当主となったデノーテは、マルセルが精霊に認められたことを喜び、さっそくマルセルに”祝福”を与えてみようとしたが、やはりモードネス家の精霊の力には、”祝福”の力は無かった。
デノーテは考えた。
ーーモードネス家の精霊の力が、家族にしか与えられないなら、私は母として、三人の娘たちに全力で母の愛を注ぎましょう。
すると、デノーテは自分の身体から、墓所の管理をしていた時以上の力が流れ出したのを感じた。
少し不安ではあったが、デノーテはマルセルたちと本当の母娘の関係が築かれたことを確信して喜んだ。
同じころ、王館ではファーナが鼻歌を歌いながら廊下を歩いているのが目撃された。
そして尖塔でお茶を飲んでいたマルセルとジャンヌは、久しぶりに満ち足りた気分になって、まるで幼子のようにじゃれ合っていた。




