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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
領主の務め
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和解

 マルセルには悩みが一つ残っていた。

 尖塔での生活は自ら望んだことではあったが、すぐ隣にはシフォン家の屋敷がある。

 そこにはデノーテが住んでいることを考えると、やはり気が重くなり、ついため息が出てしまう。

 デノーテを嫌っているからというのではなく、こんなにも近くにいるのに挨拶さえもしない関係なのが煩わしいのだ。

 ただこれまで何年もそうだったし、お互いの生活にも支障は無かったので、何を今さらという気にもなる。


 そんなマルセルの気持ちをよそに、ジャンヌとシフォン家の使用人同士は、うまく融通し合って生活している。

 ここに来た当時こそ世話になりっぱなしだったが、最近はジャンヌ無しではシフォン家の家事は回らなくなっているらしい。

 自分だけが置いていかれたような気がして、気が滅入るのだった。

 人の事なら簡単に解決してしまうマルセルでも、自分の事となると難しいようだ。

 

 マルセルは尖塔の最上段の屋根裏部屋を自分の部屋として使っている。

 本来なら屋根裏部屋は使用人が使う部屋なのだが、螺旋階段に沿った本棚から本を探しながら自分の部屋に上がるというスタイルが気に入って、屋根裏部屋に住みたいと希望したのだ。

 一つしか無い小さな窓を開くと、マッケン爺さんが植えたモミの木の梢越しに、シフォン家の母屋の二階の中央の窓がよく見える。

 そこはデノーテの居室だった。

 窓を開けた時には、嫌でもそれが目に飛び込んでくる。


 今日も窓を開けると、デノーテの部屋の窓が開いていて、そこにデノーテの姿があった。

 身を隠そうかと思ったが、気を取り直してデノーテを見つめた。

 するとそれに気づいたかのようにデノーテもこちらに目を向けた。


ーー目が合ってしまったわ。どうしよう。


 するとデノーテの口元が綻び、手を少し上げてひらひらと振るのが見えた。

 釣られて自分も手を振ると、デノーテがこちらにいらっしゃいと言うように顔を傾げた。

 そのとたん、窓辺にマルセルの姿は無かった。


 シフォン家のメイド長のマーサがメイドたちに玄関の掃除の指図をしていると、尖塔との境にある生垣を軽々と飛び越えて走ってくるマルセルの姿を見た。

 驚くマーサの前に、息を切らせたマルセルが立った。


「お義母様に会わせてちょうだい」


 部屋に通され、丁寧にカーテシーを済ませると、マルセルから話を切り出した。


「お久しぶりです。長いこと挨拶にも伺わず、申し訳ありませんでした」

「それは私も同じですよ」


 マルセルに椅子に座るよう勧めてから、デノーテが笑顔で話し始めた。


「実はね、あなたの姿が窓辺に見えたとき、話をするなら今しかないと思ったのです。来てくれてうれしいわ」

「私もです!」


 メイドがお茶を持ってきて、テーブルに置き終えると部屋を出て行った。

 後にはデノーテとマルセルの二人だけが残った。

 やや重苦しい間があって、デノーテが意を決したように話し始めた。


「私は、あなたがここに連れて来られたことで、私やアスクの身がどうなるか心配だった」

「結局、あなたを育てることを実質的に放棄してしまいました」

「今考えれば、あなたを死地に追いやろうとした悪魔のようなものです」

「私も”聖女の証”を持っているというのにーー」

「あなたたちの死の知らせが来るんじゃないかと、最初のころは怖くて夜も眠れないこともあったわ」

「ところが何事も無いどころか、どんどん立派に成長していくのですものーー」

「罪悪感なんてどこかに行ってしまって、もう無視し続けるしかありませんでした」


 デノーテは目を伏せるとつぶやいた。


「ごめんなさいね」


 今度はじっとマルセルを見つめて話し出した。


「そのうち、アスクを越えてしまうだけの教養を持っていると聞こえてきてーー」

「その時にでも、改めて親子として認知するとか、何か手を打っていれば、バッセにも少しは光が差したかもしれません」

「でも、アスクのことを考えると、私には何も出来なかった」

「あなたが聖女として認定されたにも拘わらず、父親であるはずのバッセは認知を拒みました」

「不思議だったわ。あれほど欲しがっていた”聖女の証”を持つ自分の子だと言うのに」


 デノーテは窓の外に視線を移した。


「そのくせバッセは今でも、”聖女の証”を持つ子を手に入れようと国中を駆け廻っているのよ」

「滑稽でしょう? あなたを実子として認めればいいだけだったのに」


 フッと口の端を歪め、今度は寂しげに話し始めた。


「アスクはアスクで、ジョセ王子に取り入ることで、シフォン家の領主としての地位を確実にしようとしているわ」

「大局を見れば、アスクを従えたジョセ王子と、”聖女の証”を持つあなたを味方にしたファーナ王女のどちらに軍配が上がるのかは、誰が見ても明らかなのにね」

「ファーナ王女は聖女としての認定こそされていないけれど、あなたに匹敵する力を持たれていることは精霊の力を少しでも持つ人なら誰もがわかっていることなのに」


 確かにファーナは何か隠された力があるのじゃないかとマルセルは思っていたが、デノーテの口からそれを聞けるとは思っていなかった。


「そうなんですか」

「ええ、間違いないわ。でも残念ながらアスクにもジョセ王子にもそれが見えていないわね」


 少し厳しくなっていたデノーテの顔が、哀しみの表情に変わり、マルセルに目を向けた。


「ジョセ王子がファーナさまを憎まれるように、アスクもただただ、あなたが憎いだけなんでしょうね」

「物心ついてからずっと、私の心情を察していたからなのかも知れません」

「アスクをそんな気持ちにさせてしまって、親としては申し訳ない限りです」

「ですがーー」


 デノーテは立ち上がって身を正した。


「方向はどうあれ、夫も息子も抗っているのですから、私が何もしないと言うのはおかしいでしょう」

「ですが、私に出来ることはーー」


 デノーテはマルセルの前にひざまづくと、嗚咽と共に声を絞り出した。


「私たちを許してちょうだい」


 マルセルは泣き崩れるデノーテの手を取って立たせた。


「許すも許さないもありませんわ、親子兄妹ですもの。ですから、これからはちゃんと、お義母さんとお呼びしてもよろしいですか」

「私のせいで、あなたは死んでいたかも知れないのよ」

「過去は過ぎ去るものです。私は先しか見ないことにしています」

「こんな私でも義母と言ってくれるの」

「はい、お義母さん」


 その後、改めて始めたお茶会は、親娘の初めてのお茶会になった。

 無駄にした何年もの時を惜しむように、二人は話を続けた。

 あっと言う間に時間が過ぎていき、心配して迎えに来たジャンヌをマルセルがデノーテに紹介すると、デノーテは、ジャンヌの手を取り、ジャンヌにも謝罪した。


「ジャンヌ、あなたにも謝らないといけないわ。年端も行かない子供二人を放り出すなんて、とても許されることではなかった」

「それでも、あなたは立派にマルセルを育て上げてくれた。感謝するわ」

「シフォン家は我が家の農園で作る野菜のお陰で大そう潤っていましたが、これはジャンヌのお陰だったらしいわね。それに気がつくことも無く、自分たちの手柄のように考えていたのも恥ずかしい限りだわ」


 そう言って、デノーテはジャンヌに頭を下げた。


「奥さま、もう済んだことですから」


 あわててジャンヌが止めに入った。

 すぐにジャンヌの席が用意され、三人が席に着くと、デノーテがジャンヌに問いかけた。


「あなた、ウイルドン家を継ぐのよね」

「はい、そうなってしまいました。でもあそこにはシャーク様もおられますから、いろいろと難しそうですね」


 デノーテは少し考えていたが、意外なことを口にした。


「ではあなた、私の娘におなりなさい」

「えっ」

「元平民の子がウイルドン家を仕切るよりは、四家の一つであるシフォン家の娘として仕切った方が軋轢が少ないと思うの」

「よろしいのですか」

「だって、あなた方二人はもうちゃんとした貴族じゃないの。なんの問題も無いわ」

「むしろ、シフォン家としては、その方が有難いかもね」

「わあ、お義母さま。それは名案ですね。ジャンヌ、今から私はあなたをジャンヌお姉さまと呼ぶわ」

「だから、あなたも私を、マルセルと呼んでちょうだい。ねっ?」

「はい、マルセルおーー」

「ジャンヌお姉さま」


 母娘三人でしばらく時を過ごした後、二人はシフォン家を辞した。

 マルセルとジャンヌが帰って行った後、デノーテは考えていた。


ーーマルセルは私を許してくれたけど、出来たら本当の母娘になりたい。

ーーマルセルに本当の母としての証を授けたい。

ーーマルセルの実母のミネルバや、叔母のエレノアは、シバー家の血を継いでいるので”祝福”の力があった。

ーーだから私がマルセルを放って置いている間にも、人知れず”祝福”の力でマルセルを守ることが出来たんだわ。

ーーだからこそ、今のマルセルが私の前にいる。

ーーマルセルの義母を名乗る以上、私もマルセルに”祝福”で応えたい。


 残念ながら、デノーテの家系であるモードネス家に伝わる精霊の力は、モードネス家の血筋にのみ反応するようだ。

 モードネス家の血筋でないマルセルに対しては、デノーテには何も出来なかった。


ーーもしかして、モードネス家の墓所の管理者として墓所の鍵をマルセルが作ることが出来ればーー

ーーモードネス家の一員と見なされて、私もマルセルに”祝福”を送ることが出来るのじゃないかしら。

ーーこれは賭けだけど、やってみるしか無いわ。



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