再会
マルセルが十二歳になり、お披露目の日がやって来た。
当日の王館の大広間は大勢の人で溢れていた。
次代を担うかも知れない、今最も聖女の素質がある娘が登場するという、一生に一度見れるか見れないかという好機なのだ。
王館だけではなく、王都中がお祭り気分で浮かれていた。
そうして時は到り、町中の鐘が鳴り響いて、お披露目の開始を知らせる。
まるで王家の結婚式が執り行われるかのようだ。
大広間で待つ人々の前に王家一族が登場して一段高い座に席を取ると、グーテ王が立ち上がり、手を上げて宣言した。
「これより、今年のお披露目の儀を執り行う」
そう言うと、エレノア王妃に向かって頷いた。
エレノア王妃は責を立って壇を下りていく。
手には何か布で包んだ物を持っている。
壇の下に置かれた小さなテーブルの前で手に持っていた布の包みを開き始めた。
中から、光が漏れてくる。
中に入っているのがガラスの小瓶とわかる頃には、王妃の手はまばゆいばかりの光に包まれていた。
王妃はそれをテーブルの上に置くと自分の席に戻って行った。
すると小瓶の光は徐々に消えていった。
それを確認した王が、もう一度声を張り上げる。
「扉を開けよ!」
大広間の大扉が開かれると、思い思いに着飾った、緊張した表情の今年十二歳になる娘たちが入って来た。
その中にマルセルもいたのだが、他の娘たちとは違って質素な白いドレス姿だったので、誰も彼女が”聖女の証”を持つ娘だとはわからなかった。
ミッシェルやジャンヌが説得を続けたにもかかわらず、ジャンヌがお披露目で着たドレスを自分も着たいとマルセルが言い張ったのである。
おかげでジャンヌは夜明け前までドレスの縫い直しをする羽目になった。
儀式では、自分の名が呼ばれると王の前に進み、テーブルの前でカーテシーをして挨拶をすることになっている。
すでに五歳のとき”聖女の証”を得た娘や、少しでも精霊の力を宿す娘がカーテシーをすると、一瞬頭の周りに光が舞うのだ。
だが、今日はまだ光が舞った娘はいない。
「シバー家のマルセル!」
マルセルの名が呼ばれると、広間に居た誰もが固唾を飲んで静まり返った。
そんな静寂の中、マルセルが進み出てカーテシーをすると、頭の周りに光の環が浮かんだ。
それが光の花環だと気がついたのは、聖女の血筋にある者だけだった。
他の者には光の環が一瞬見えただけだったので、何が起きるかと期待して見ていた者たちの中には落胆した者も多かった。
エレノア王妃は感嘆して見ていた。
ーーあの娘があの小瓶に直に触ったら、一体どうなるのかしら?
ーー私よりもっとすごい光が出てきそうね。
マルセルが”聖女の証”を得た時の光は凄かったとは聞いていたが、マルセルの強さを実感したのだ。
光の環は、それを見る者の持つ精霊の力の大きさによっても違って見えたらしい。
王の隣にいたファーナ王女は、七色に輝く花環を見た。
大きく目を見開いて「あっ」と、小さく声を上げた。
そして、大きな決心をしたように顔を引き締めた。
その姿は、先ほどまでのおどおどした様子とは打って違う、凛としたものだったが、母のエレノア王妃がそれに気づいた。
ファーナ王女は、生まれた時に眩いほどの光が舞い、その将来が期待されたにもかかわらず、五歳の時に”聖女の証”が得られなかった。
それからは自分の部屋に閉じこもることが多くなったため、ファーナ王女は”聖女の証”が得られなかったのを恥じて、引きこもりになっていると世間では噂されていた。
実際、余程のことが無い限り、館の中でも姿を見かけることは無かった。
たまに見かけても侍女のスカートの後ろに隠れているので、今ではどんな姿だったか思い出すことさえ難しかった。
国事などではやむを得ず出席するが、挨拶が終わるとすぐに自分の部屋に逃げ帰るのが常だった。
だからせめてこのお披露目式の間は、最後まで残って皆に顔を見せて置けと、王から釘を刺されていたのだ。
仕方なく、宴の間はカーテンの陰に隠れて時が過ぎるのを待とうと腹積もりしていたのだが、マルセルの光の花環を見て気が変わった。
ーーマルセルさんといっしょなら、自分の成すべきことも成就出来る。
マルセルも、今までこんなに多くの人たちの中にいたことが無かったので、こんな場所は苦手だった。
婚約依頼をしようと次から次へとダンスを申し込んでくる連中を凌ぐのに疲れ果ててしまった。
人の波が一瞬途切れたのを幸いに、人の居なそうなバルコニーを見つけて走り出ると、広間との境の扉を後ろ手に閉めて目を閉じ、大きく深呼吸をする。
目を開くと目の前に静かな星空が広がっている。
夜空の星はまるで手が届きそうに輝いていて、自分に力を貸してくれるために降って来そうにさえ思えた。
「星の雨、降って来るといいな」
呟いたマルセルの耳に囁いた者がいた。
「それはいいですね」
驚いて声のした方を振り向くと、石の柵の陰に一人の女の子が立っていた。
「あら、ごめんなさい。先客がいたのね。すぐに失礼するわ」
あわてて中に戻ろうとしたマルセルの手を少女が掴んで引き留めた。
「いえ、あなたをお待ちしていたのです。ここにいれば、きっと会えると思っていました」
しっかりとマルセルを見つめると、はっきりと言った。
「お話を聞いていただきたくて」
マルセルは驚いて、改めて女の子を見た。
小さい時に、どこかで会った記憶があった。
「もしかして、ファーナ王女?」
「はい」
マルセルが慌ててカーテシーをする。
「失礼しました。えっと、私はマルセルと申します」
ファーナ王女もカーテシーで応えた。
「ファーナです」
「ずいぶん前のことですが、二度ばかりシフォン家でお会いしてますのよ。タマゴ焼きを作っていただいたことは忘れません」
「やはり、あの時の」
「はい、あの味と、尖塔の屋根裏部屋から見た景色は一生忘れません」
まだ二歳を過ぎたばかりだったはずの幼女が、しっかりした娘になって自分の前にいるのにマルセルは感激した。
ーー私を待っていたと言ったわね。真剣に話を聞かないといけないようね。
マルセルはグッと気を引き締めて、ファーナに問いかける。
「で、お話とは?」
「私を、あなたと一緒に国を支える一人として相応しくなるようにしていただきたいのです」
「えっ」
今はファーナは王家の人間であるので、マルセルに”力を貸せ”というなら理解できる。
それを、”マルセルといっしょに支える一人に”とはどういうことなんだろうとマルセルは訝しがった。
確かに、ファーナは五歳の時に”聖女の証”は得られていないので、今のままではシャンツ家がファーナを立てて王家を続けられる保証は無い。
「まずは、お話を伺うことにしましょう」
そう言って、ファーナの話を聞くことにした。




