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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
領主の務め
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護衛騎士

「後は、護衛を雇わないといけないわね」


 雇い人のリストを見ていたミッシェルがつぶやく。


「私がそばにいますから」


 それを耳にしたジャンヌが意気込んだ。

 確かにジャンヌの剣や弓の腕は、王室の騎士にも勝るとも劣らないので適任に思える。

 ただどういう訳か、ジャンヌは乗馬が苦手で、落馬したり、乗っただけで吐き気がしたりで、馬に乗って馬車の護衛をすることなどは考えられない。

 動物は大好きで、飼っている馬といつも仲良く遊んでいるのだが、乗ることだけはダメだった。

 馬だけでなく、どうも揺れるものが苦手らしい。

 それにマルセルと常に一緒にいるとは言え、ジャンヌはウイルドン家の当主という立場なのだ。

 例え形の上だとしても、マルセルの家来という訳にはいかない。

 ミッシェルにそう諭され、やんわりと断られて気落ちしたジャンヌだったが、急に顔が明るくなった。


「そう言えば、心当たりが一人いるわ!」


 そう言うなり、ジャンヌは家の外に飛び出していった。

 シフォン家の農園を走り抜けて、狩りをしていた森に入って行くと、いつもの場所で石に腰かけているトールを見つけた。

 トールは家を継いでからも、今までの生活を大切にして、毎日のように森に狩りに出ていた。


「トール」

「やあ、ジャンヌ こんにちは」

「こんにちは」

「今日はどうしたんだ?」

「トール、話があるんだけど」


 ジャンヌはトールにこれまでの経緯を話した。


「それでね、マルセルさまの護衛騎士になる気は無い?」

「急に言われてもーーそれに俺は騎士なんて柄じゃない」

「私、知ってるわよ。あなたのコンドルセ家は、元々有名な騎士家だったんでしょう」

「どうしてそれを?」

「王館に置いてある家名鑑で見たの。それにジェミーも名家の出じゃない」

「その通りだ」

「だったらすごくチャンスだと思うんだけど」

「僕が家の再興を望んでいなかったのは、家が没落した経緯にあきれたからでね。今でもあんな世界には戻りたくないと思っている」


 なぜトールの家が没落したかをジャンヌは知っていた。

 ウイルドン家を陥れた貴族に、コンドルセ家が加担したとして罪に問われたのだ。

 加担と言っても、単にトールの父がその貴族の護衛騎士だったというだけだ。

 襲われた主を庇って戦ったことが、共に加担してウイルドン家を陥れたとされた。

 一族は捕らえられたあげく、ウイルドン派によるリンチに等しいやり方で殺された。

 トールが生き延びたのは奇跡と言って良かったのだ。


 ジャンヌはトールに会う前に、トールがコンドルセ家の人間であることをシャークに打ち明けていた。


「あなたにとっては敵方だったから不満もあるかもしれないけれど、トールをマルセルさまの護衛騎士として雇いたいの」


 ジャンヌの話を静かに聞いていたシャークは、いつになく丁寧な物言いで言った。

 

「忘れないでください。ここのご主人さまは、私ではなくジャンヌさまですよ」

「ご主人さまがお決めになったことに私は反対はいたしません」

「トールの父親もそうだったのではないですか?」

「それに私とて、マルセルさまに抗っているジョセさまに加担しているのですよ」

「それでもこうして、私に仕事を続けさせてくださる。トールのことで文句など言えるはずがありません」

「むしろ、そうしていただいた方が、私も気が晴れます」

「ありがとう。じゃそうするね」


 トールの決心は固いようだったのでジャンヌは一計を案じる。

 とにかく、マルセルのところに連れて行こう。人たらしのマルセルに会わせるのが一番だとジャンヌは考えたのだった。


「一度だけでも、マルセルさまの話を聞いてくれればいいのだけど」

「まあ、一度だけなら」


 あまりのしつこさに、不承不承ながらトールが受け入れた。

 マルセルの前に出たトールは、そばにいた年上のミッシェルが当主だと思っていたのだが、横に立つ女児が当主だと聞かされると、まごついてしまった。


「失礼をして申し訳ありませんでした。まさかこんなにお若いご当主さまとは知りませんでしたので」

「ですよね。だから皆が心配するの。強い護衛騎士が必要だって」


 マルセルがそう言ってにっこり笑うと、トールの手を取り、懇願する。


「私を護っていただけないでしょうか?」


 その目は潤んで愛らしい。


ーーこれって、拒否なんて出来るわけないじゃないか。


 こういう時の礼に則って、トールはすぐ片膝を立ててしゃがみ込み、言った。


「命を賭けてお守りします」


 それを聞いたマルセルはトールの肩にそっと右手を置いた。


「命はいらないわ。それより自分と家族と仲間を大切にしてくださいね」


 そう言うと、ポンポンと肩を叩いた。

 マルセルのやった何気ない仕草は、剣ではなかったものの、その国での騎士の叙任儀式そのものだった。

 その手を伝って、トールの心に温かいものが漲ってくる。


ーーああ、もっと早くマルセルさまに会っていたら、もっと騎士として精進出来たのに。

ーーこの数年、体を鈍らせることしかしてこなかったのが悔やまれる。


 トールは立ち上がり、深々と礼をすると言った。


「ありがとうございました」


 眼からは、滝のように水が落ちていたけれど、その場にいた人々は何も言わずにいた。

 ジャンヌがトールのそばに寄り、トールの背中を撫でながら囁いた。


「トール、ジェミーさんの家も何とかして欲しいんじゃない?」

「それは私が責任を持って頑張りますからっ」


 トールが叫ぶように言うので、その場にいた皆は大笑いしてしまった。




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