決心
「ファーナ、入ってもいいかしら。とても大切なお話があるの」
「お母さま、どうぞ」
部屋に入ってファーナの前に立ったエレノア王妃はファーナの目をじっと見つめて口を開いた。
「あなたの今後のことについて話しておきたいのです」
「ファーナ、あなたは私の精霊の力を常に受け取っているのは知っているでしょう」
「そして、その力が絶えると死んでしまうことも」
母の話が、自分にとって大切な話だと気づいたファーナはこくりと頷いた。
「”聖女の証”の儀の結果によっては何とかなるんじゃないかと期待をしていたのですがーー」
「今回の結果は、あなたにとって試練の大きなものになってしまいました」
「今のままでは、酷なようですが、あなたは私といっしょに死を迎えることになります」
「私が峠の結界石に精霊の力を注いでいるのは、あなたも知っているでしょう」
「はい」
「そのせいで私は長くは生きられないと思います」
しばらく沈黙が続く。
「ただこの事を案じて、私なりに対策も講じて来ました」
「それは私の代わりに、あなたに精霊の力を注いでくれる方を見つけることです」
「お母さま以外の方ですか?」
ファーナは驚いた。
「今、この国で精霊の力を扱える女性は、私を含めて四人が知られています」
「一番頼りにしたかった妹のミネルバは、残念ながらどこにいるかわかりません。生きているかさえも」
「後のお二人は、デノーテさんとマルセルさんです」
「このお二人に力を貸していただけるよう、お願いするしかありません」
「ですがその時は、あなたにとっては残念なことですが、王女としてではなく、臣下としてお願いすることになるでしょうね」
「理由はわかっているわね」
ファーナがこくりと肯く。
「精霊の力を持たないシャンツ家は王家を維持できませんから」
「私はデノーテさんに多少の恩を売りました。でもあの方もーー」
「モードネス家の今を見ると、難しいと思います」
「”モードネス家の呪い”などと言う噂も耳にしますしーー」
「私としては、ミネルバの娘のマルセルさんは、私の姪で、あなたの従妹になりますから、ぜひともマルセルさんに庇護をお願いしたいところです」
「後は、あなた自身がどうしていくか、その覚悟を決めないといけません」
「王女として、しかも将来の女王と見なされて育ったあなたには本当に酷な話ですがーー」
「ずるい言い方をすればーーいつまでもマルセルさんに必要だと思われるようにーー」
エレノア王妃の目に涙が浮かんだ。
「今のあなたが生きていく手立ては、それしか無いのですよ」
「それは母として悔しくてならないのですが、私にはーー私が死んだ後まで、あなたを救える力はありません」
そう言うと、エレノア王妃は部屋から出て行った。
母の後姿を見送ったファーナは、思いも掛けなかった自分の境遇に一度は涙したが、すぐに気持ちを入れ替えた。
ーーマルセルさんと同じね。
まだ二歳の時に、母のエレノア王妃と訪れた、シフォン家での楽しいひと時の中で出会ったマルセルの生き方を、自分に重ねてみた。
マルセルは母を知らず、父も自分の子とは認めてくれず、デノーテやアスクにも冷たい仕打ちを受けたにも関わらず、ジャンヌの手助けを受けて健やかに育って来た。
そして昨年、五歳になって”聖女の証”を得たことで、逆に世間はマルセルを中心に沸き立っている。
ファーナが”聖女の証”を得ていれば、どちらが女王になるにしても、ファーナとマルセルが国の中心で並び立つのは間違いなかったし、ファーナもそれを夢見ていた。
”聖女の証”を得られなかったことで、ファーナの夢は砕かれたが、ジャンヌがそうして来たように、自分もマルセルのそばに並び立ちたいと心に決めたのだった。
その後、ファーナは滅多に皆の前に出ることは無くなった。
世間ではファーナ王女は失意に沈んで自室に籠って泣いているんだろうと、噂し合っていたが、それは違っていた。
ファーナはこの国を治めるべき人と並び立つための勉強を始めていたのである。
ファーナが”聖女の証”が得られなかったということは、シャンツ家の王位を守るためにはジョセが”聖女の証”を得た娘を嫁に取り、かつその娘の精霊の力が四家の中で一番強くないといけない。
早くから国の法律を調べていたファーナはそれに気づいていた。
ジョセの結婚相手が重要になるのだ。
そして今、適齢期の”聖女の証”を持つ娘はマルセルしかいない。
シャンツ家にとって、ジョセがマルセルを娶ることが最善なのだ。
だが”聖女の証”を持つ娘を必要としているのは、四家の中ではシフォン家のアスクがいる。
ジョセとアスクは恋敵になっても不思議ではないのだが、アスクはマルセルに最も近い所にいるのに、なぜかマルセルを毛嫌いしているらしい。
マルセルはバッセの娘だと噂されているから、それは仕方のないことかも知れない。
すると、ジョセにはマルセルを嫁に取ることに何の問題も無いはずなのだが、どういう訳かアスクに合わせてマルセルを嫌っている。
ーーお兄さまは、何を考えているのかしら。
ーーこのままだと、私が支えて行かない限り、シャンツ家の未来は無さそうに思える。
ーー私の命はいつ果てるかわからないというのに。
ーー”聖女の証”を得られなかったことで、このままではマルセルさんの横に並ぶことが出来ない。
ーー並ぶためには、マルセルさんやジャンヌさんに匹敵する知識と実行力を持つしかない。
ーー出来たら、マルセルさんを中心として、ジャンヌさんといっしょにその横で国を守って行きたい。
国のために何かできる人間になろうと固く決めてから、ファーナは人の目を盗んで図書室に通い、マルセルがやったように蔵書の読破を目指した。
ファーナとマルセルの違いは、ジャンヌのようなしっかりした教師がファーナのそばにはいなかったことだ。
才女と噂されていたミッシェルもマルセルとジャンヌの元に行くことになっていた。
「お母さま、私も尖塔でミッシェルさんに教えていただくわけにはいけませんか」
ファーナも尖塔で一緒に学びたかったが、エレノア王妃はファーナが自分のそばから離れることを固く禁じていた。
ファーナが一人で自由に歩けるのは王館の中だけだった。
エレノアは常にそば近くにファーナを連れていた。
エレノアからファーナに送る精霊の力が、エレノアから離れることでどうなるかわからず、心配でならなかったのだ。
仕方なくファーナは一人で城の蔵書室で蔵書を読み始めていた。
ある日、蔵書室の扉をそっと開けて左右を見回し、廊下に誰もいないのを確かめてから、いつものように小走りに自分の部屋に帰ろうとすると、薄暗い廊下の向こうに人影が見えた。
「おい、ファーナ」
「ジョセお兄さま」
ジョセがファーナを待ち構えていたのだ。
”聖女の証”の儀の後、ジョセとはなるべく顔を合わせないようにしていたのにーーファーナは唇を噛んだ。
そんなファーナを見て、ジョセは口元に笑いを浮かべる。
「光らなかったらしいじゃないか」
「ーー」
「これでお前が女王になる芽は完全に無くなったな」
「しかもお前は母上がいないと生きられないらしいじゃないか」
「どうしてそれを」
「私にだって、教えてくれる人間はいる」
「母上が今、日増しに弱っておられるのを知っているか?」
「お前のせいじゃないのか?」
ファーナが歯を喰いしばって下を向いているのをニヤニヤと見つめていたジョセが口を開く。
「お前を女王に仕立てようとする奴がいたとしても、母上が亡くなられるまでだ」
「お前は母上といっしょに旅立つのだからな」
「王になるのは私だ」
「よしんば生き永らえたとしても、私が王になればお前は用無しになるぞ。行く末を考えておくんだな」
「まあ、生きていればの話だがな」
ファーナはジョセが”聖女の証”のことを全く気にしていないようだったので驚いた。
ーーお兄さまはどなたか精霊の力が強いお方と婚約をされたのかしら?
ーー精霊の力を持たなければ、他家に王位を譲らないといけないのに。
「私もこれから忙しくなる。王になったときに臣下になるシャークやアスクともっと親交を深めないとな」
そう言うと、自分の部屋の方に歩いて行く。
ーーお兄さま、それは悪手ですわ。
ーーお兄さまに任せると、シャンツ家が王家で無くなるだけじゃなく、国の未来まで危うくなりそうね。
ーー私が動かないといけない。そのためには生きないといけない。




