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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
領主の務め
37/64

家族

 ジャンヌの家族の騒動も平穏になったある朝、シャークと打ち合わせの約束があって、久しぶりにウイルドン家を訪ねたジャンヌは、長兄のウィルが庭で剣の素振りをしているのを見かけた。

 そっと隠れて見ていたが、ジャンヌには粗削りな腕に見え、そのままでは惜しく思えた。

 ジャンヌは兄に近づいていき、話しかけた。


「おはよう、ウィル兄さん 剣術が好きなの?」

「やあ、ジャンヌ 前のあんな生活じゃ、先が見えなかったからね。どこかで護衛にでも雇ってもらおうかと思ってたのさ」

「お前のおかげで、ここじゃ楽に生活出来てるけど、このままでいいのかとも思ってる」


 ジャンヌはじっと兄を見つめて、にゃっと笑みを浮かべると言った。


「ウィル兄さん、剣の使い方を教えてあげましょうか」

「お前が? 冗談だろ?」

「手合わせしてみましょうか? 私、結構強いですよ」


 ジャンヌは近くの木の手ごろな枝を折り取って構える。

 見た目はそんなに強そうにない。

 腕に覚えのあるつもりのウイルは、バカにされているのかと少し腹を立てた。


「生意気だね。じゃ、いくよ!」


 カンと一回打ち合わせただけで、兄の木剣は手から離れて飛んでいた。


「どうします?」


 兄はジャンヌの並々ならぬ腕を確信すると、素直に頭を下げた。


「指導を頼みたい! よろしく頼む」


 それからは、暇があればジャンヌはウイルドン家を訪れるようになった。

 そしてウイルの手が空くのを待って、二人で剣術の稽古をするようになった。

 時には、二人の稽古を見ていたシャークまでもが、その輪に加わるようになった。

 元々シャークや兄には剣の才があったようで、たちまち二人ともジャンヌと五分に戦える程になった。

 ある日ジャンヌは、以前ジャンヌがクマに遭遇した森に兄を連れて行った。

 そこで熊を見つけると、兄の方を振り向いて言った。


「一人で討ち取ってみますか?」


 そう言ってにこっと笑われると、嫌とも言えない。無言で熊の前に立ちはだかるしかなかった。

 ウイルはこれまで熊と闘ったことは無かったが、横でジャンヌが平然としているのを見て、自分でも討ち取ることが出来ると勇気が湧いてきた。

 そして、剣を抜いて熊に飛びかかって行った。

 しばらくして、返り血を浴びて真っ赤になって熊の上に座り、肩でハアハア息をしている兄がいた。


「お見事! でも時間がかかりましたね」

「おいおい、初めてなんだぞ。褒めてくれてもいいんじゃないか」

「そうですよねーー」


 ジャンヌは少し考えるそぶりをしていたが、おもむろに口を開いた。


「じゃ、その褒美にーー」

「ここの、ウイルドン家の護衛騎士長になるなんてのはどう?」


 意地悪く笑いながら、事も無げに言った。


「何だって?」

「ウイルドン家は今、護衛騎士が5人は欲しいと思っているのよ」

「兄さんたちと従弟も含めると、ちょうど5人いるわね」

「ウィル兄さんが皆を鍛えてくれたらいいんだけどな?」

「本当か?有難い! ジャンヌ、お前に、いや貴女に忠誠を誓うよ」

「そんな大げさな。でも、よろしくお願いね」


 兄弟たちに知らせようと、屋敷に駆け戻っていく兄の後ろ姿を見送って歩き始めると、二つ歳上の姉がこちらに歩いてくるのに出会った。

 ジャンヌのお披露目の時に、花冠を作ってくれた娘だ。

 手には庭から摘んできたばかりの花束を持っている。色の取り合わせがうまくまとめられていた。


「キャル姉さん」

「あら、ジャンヌ 来てたのね」

「それ、花束ですか?」

「ええ、玄関ホールにあった花瓶に活けようと思って」


 そう言って、ジャンヌの前に花束を差し出す。


ーーああ、あの青い花瓶にちょうどいい花束ね。玄関が引き立ちそうだわ。私よりもずっとセンスがいい。

ーーそう言えば、私のお披露目の花冠もキャル姉さんが作ってくれたんだったわ。


 ジャンヌは感心した。


「キャル姉さんは家事が好きだったですよね」

「女は家事が出来ないとね。だから好きかと言われると、仕方なくだけどーーでも好きだわね」

「こんな屋敷の家事をしたことは?」

「無いわ。どうしていいやらさっぱりよ」

「だから、自分に出来ることから始めようと思ったの」


 ジャンヌはキャルをじっと見つめて、いたずらっぽく言った。


「屋敷のメイドの仕事の作法、教えましょうか?」

「えっ」

「私、ずっとシフォン家でメイドをやって鍛えられましたから、作法なら教えてあげてもいいですよ」


 キャルはパッと顔を輝かせて、ジャンヌの手を取った。


「あぁ、お願い!教えて欲しいわ」

「このままでいいのかって、ずっと思ってたの」

「じゃ、明日は時間を空けておいてね」


 次の日、ジャンヌはキャルを尖塔に連れていった。


「マルセル 私の姉のキャルよ。ここでしばらくいっしょに生活することにしたわ」

「キャルです。よろしくお願いします」

「マルセルよ。わあ、人が増えたら楽しくなるね」

「キャル姉さん、三階の私の部屋に荷物を置いたら、すぐ降りて来てね。早速特訓開始よ」

 ジャンヌは自分がマルセルの世話をするのを見せては、キャルにもやらせた。

 時にはマーサに頼んでシフォン家の作法も学ばせた。

 ほぼ三ヶ月の特訓が終わるころには、キャルはどこの屋敷に行ってもメイド長もこなせるほどの腕前になった。

 やはり、ジャンヌの血筋は、やれば出来る家系のようだ。

 そんなキャルの様子を見て、ジャンヌはキャルに課題を出すことにした。


「キャル姉さん、今度はお茶会の仕切りをしてくれない? お客さんたちを満足させたら、姉さん、合格よ」


 しばらくして、ジャンヌはマルセルとミッシェルを招いて尖塔でお茶会を催すことにした。

 その準備は招待状を出すことも含めて全てキャルに任せた。

 ジャンヌが示したのは招待者と日取りだけであった。

 どうすればお客が満足するかの手立てはキャルに任された。

 実は三人で、日取りが決め難いように打ち合わせてあったのだが、キャルは難なく三人の了解を取り付けてしまった。

 当日は庭で摘んだ花が美しく飾られたテーブルに、贅沢ではないが美味しいお茶とクッキーが出され、ちょうど熟した食べごろの農園の果物まで置いてあった。

 お茶会の後、ミッシェルとマルセルはキャルをそばに呼び寄せ、絶賛し、同時に叫んだ。


「キャル、私の所に来ない?」


 その声が終わらないうちに、ジャンヌが素っ気なく断る。


「ダメですよ。 キャル姉さんはウイルドン家のメイド長になるために特訓をしているんですから」

「でもいいなぁ、ジャンヌのところにはどんどん人が集まるんだね」

「家族ですよ」

「私には家族もいないから、苦労してるのに」

「私がいるじゃないですか」

「私もいますよ」


 ミッシェルも相槌を打つ。


「あなたたち以外によ! キャルに来て欲しいな。ねえ、魔女先生」

「そうね。来てもらえるならね」


 それを聞いて驚いているキャルを、ジャンヌは意地悪そうに見つめて口を開く。


「キャル姉さん、今を時めくマルセルさまとミッシェル先生のお二人に乞われてるのよ」

「どうする?」

「私はジャンヌの、ウイルドン家のメイドがしたいです!」


 それを聞いたマルセルが、残念そうに額に手を当てる。


「あちゃー、残念ね。ミッシェル先生」

「そうね、でも惜しいわ。メイドの仕事がしっかり出来る子がもっと欲しいのよ」


 マルセルがパンと手を叩いて言った。


「そうだ!ウイルドン家の屋敷にメイドの養成学校を造るのはどうかしら?」


 ミッシェルも賛同する。


「そうね、いい考えね。王室での作法は私が教えられるわ。どうかしら?ジャンヌ」

「面白そうですね」

「じゃ、決まり」

「だそうです、その時は教師をお願いしますよ。キャル姉さん」


 ジャンヌがキャルに向かってウインクをした。


「えっ」

「後で計画書を渡しますから、意見をお願いしますね」


 キャルが何も答えない内に、三人の間で計画はどんどん進んで行った。



ーそう言えば、キャル姉さんが持って来る花はきれいだったけど、どこから持って来たのかしら。


 ジャンヌは不思議に思っていた。


ーシフォン家だったら、花園はたくさんあったけど。

ーこの屋敷は長く人が住んでなかったから、庭は雑草だらけだったのに。


 そんなある日、庭を散歩していたジャンヌは使用人部屋の窓の下に造られた花壇に色とりどりの花が咲いているのを見つけた。

 そこでは父が小さな少年といっしょに花の手入れをしていた。


「父さんじゃない。何をしているの?」

「あっ、すまんな。許可をもらってなかったな」

「それはいいのよ。きれいね」

「ここに来てから何もすることが無くてね。前は生きることで精いっぱいで、好きでもやれなかった」

「園芸が好きなの?」

「若い時には庭師になるつもりで弟子入りしていたんだが、師匠が急に死んでしまって、やる気が失せちまったんだ」

「そこから先はお前の知っての通りだ」


 ジャンヌは父のそばにいる少年がじっとジャンヌを見つめているのに気がついた。


「この子は?」

「お前が家を出てから生まれた、お前の一番下の弟だよ。庭仕事が好きそうなので教えてやってる」


 ジャンヌが屈みこんで、少年の顔の前で微笑んで優しく問いかける。


「あなた、お名前は?」

「ダン」

「そうなの?私はあなたの姉のジャンヌよ。よろしくね」

「うん」


 父を見上げて、ジャンヌが提案した。


「父さん ダンに庭師の修行をさせない?私の知り合いに伝手があるのよ。どうかしら?」

「そりゃあ、願っても無いことだ。よろしく頼む」


 もう一度ダンに向き直って問いかける。


「ダン 聞いた通りよ。それでいいかしら?」

「うん」

「こら、”はい、よろしくお願いします”だろうが」

「はい、よろしくお願いします」

「頑張るのよ」


 ジャンヌは立ち上がると、花壇を見回して問いかけた。


「私、父さんの腕がこんなに良いなんて知らなかったわ。折角だから、この屋敷全部の庭も管理してもらえないかしら?」

「儂でいいのか?」

「今度、知り合いの庭師さんを連れて来るから、ダンのことも含めて打合せしましょう」

「わかった。よろしく頼む」


 父と別れて、使用人部屋の方に歩いていると、懐かしく美味しそうな匂いがしてきた。

 使用人用の厨房の窓から覗くと、母が鍋で何やら作っている。


「母さん、何作ってるの?」

「あら、ジャンヌ 恥ずかしいところを見られたね。ただの野菜のスープだよ」

「そう言えば、しばらく母さんの作るスープを飲んだことが無いわ。ご相伴させてもらえるかしら?」

「そりゃ、かまわないが、貴族さまになったお前の口に合うかどうか」

「そんなこと気にしないでちょうだい。私は母さんの娘なんだから」


 スープを皿によそってもらい、スプーンですくって口元に持ってくると、懐かしい香りがした。

 口に含むと、これもまた懐かしい母の味だ。


「母さんの味は変わらないわね」

「変わったものは入れてないからね。味付けも塩だけだよ。でも聞くところによると、世間にはいろんな調味料があるらしいね」

「私は料理がやりたくて食堂に勤めてたんだけどね、父さんと結婚した時に辞めちまったんだ」

「父さんさえ仕事を辞めなけりゃ、そのうち店を開こうかと思ってたんだけどね」

「でももう諦めたさ」

「母さん、ここの調理場を見たことはある?」

「ああ、りっぱな設備だったね」

「使ってみたいと思わない?」

「出来る事なら、いろいろ腕を振るってみたいもんだね」


 ジャンヌは母を調理場に連れていくと、料理長のベンに紹介した。

 そして、母を料理人として使って欲しいと頼んだ。

 ベンも人手が欲しかったこともあり、二つ返事で了承してくれた。


「いいぜ。さっそく今から夕食の手伝いをしてくれ」


 二人は夕食の準備の打ち合わせを始めたが、すぐに意気投合した。

 しばらくすると、これからは屋敷中のまかないも含めて全て任せて欲しいと、ベンが大喜びでジャンヌのところに言ってきた。

 この日から、主や客だけでなく、使用人の食事も全てベンとジャンヌの母親に任せられることになった。




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