雇用
三日後、シバー家の門の前には借金証文を持った男たちが大勢押しかけていた。
門まで出て来たミッシェルが、マリーの父にテーブルと椅子を小屋の前に用意させて、そこに座ると言った。
「ではお約束通り、証文と引き換えにお支払いしましょう」
「借りた金額の倍をお支払いします。それでよろしければ順に並んでください」
ミッシェルが証文を見ながら、テキパキと支払いを始めた。
「ねえちゃんよぉ、倍じゃぁ足らないんだけどよぉ」
何人かの支払いが終わると、一人の男が絡んできた。
いかにも腕っぷしに自信の有りそうな男だ。
「そうですか。では後でお話しすることにしましょう。そこで待っていてください」
笑顔でミッシェルはそう言ったが、目だけは笑っていなかった。
男はそれに気づかず、女と侮って声を荒げた。
「今すぐここで払えと言ってるんだよぉ」
「そうですか。で、あなたはいくら欲しいのですか?」
「十倍だな」
マリーの父が立ち上がって言った。
「あの時は一割と言ったじゃないか!」
「お前、三年も逃げてたんだぞ」
「それでも、十倍はないだろうが!」
「うるせえ、お前の娘が聖女になってたら、俺らの金づるにもなってたんだ」
それを聞いていたミッシェルの顔から笑みが消え、ピシャリと言った。
「わかりました。そう言うことなら、あなたを拘束することにしましょう」
「なに?」
「衛兵!」
ミッシェルが後ろにいた護衛の騎士に合図した。
衛兵に腕を取られて驚いた男が叫ぶ。
「な、何でだ!」
「国が禁止している高利貸しの現行犯です」
「それに、娘さんを金づるにするというのは人身売買と同じと見なします。これも国が禁止しています」
「両方の罪を合わせると三十年の牢屋暮らしになると思いますが、どうされますか?裁判に委ねますか?」
「あなたも裁判費用がお高いのはご存じでしょう」
勝ち目は無いと観念した男が渋々と答える。
「ば、倍でいい。娘のことは考えたことも無い」
「賢明です。ですが、国の人間である私を”ねえちゃん”呼ばわりした不敬罪については、どうお考えですか?」
国の役人に不敬なことをした場合は、殺されても文句が言えないことに気づいた男は、急に丁寧な言葉遣いになった。
「が、元金だけでよろしいです」
「本当に?」
「は、はい。間違いございません」
「あなたはご奇特な考えをお持ちなのですね。そうまでおっしゃるなら、そのように」
にっこり笑ったミッシェルがお金を計算し、男の前に差し出した。
男は元金だけ受け取って、しょんぼりと帰って行った。
呆気に取られてミッシェルのやりとりを見ていたマリーが、ジャンヌに小声で言った。
「ねえ、ジャンヌ あの人すごいのね」
「私たちの先生だもの。あなたもあの人に教わることになるのよ」
「今までのことを考えると、むしろ夢みたいだわ」
「でもマリー、よく考えてね」
「自分が頑張らないと、この先ずっとそれが続くとは限らないのよ」
「ええ、あなたを見ていて、それはわかるわ」
「それにーーマルセルさまも、まだ五歳なのにすごくしっかりしていらっしゃるし」
ちらっとマルセルを見たジャンヌの口から出たのは、意外な言葉だった。
「マルセルさまはーー」
「得体が知れないからね」
それを耳にしたマルセルが叫んだ。
「ジャンヌ!聞こえたわよ」
「ジャンヌだってそうじゃない! ミッシェル先生だってそうだわ! ねーマリー、あなたもこの得体の知れない仲間の一人になっちゃうの?」
マリーは困った顔で呟いた。
「そこまではちょっと勘弁かな?」
三人の娘たちは大笑いした。
支払いがすべて終わると、ミッシェル女史の前でマリーの父が頭を掻いた。
「ありがとうございました。あの、立て替えていただいたお金は、ちゃんとお返ししますので」
「気にしなくてよろしい。あれはシバー家立て直し資金として、王さまから国庫より出していただいたお金の一部です」
「シバー家に汚点を残すわけにはまいりませんからね」
「ただし今後は、シバー家を煩わすことの無いようにお願いします。娘さんが可愛いと思われるなら、なおさらです」
「申し訳ありませんでした。これからはシバー家の名は決して汚さないようにするとお約束します」
「そう言えば、下の娘さん、ジュナさんは五歳でしたね?」
「今は検定にお金は必要ないのですがーー」
「”聖女の証”、受けてみますか?」
ミッシェルはそう言うと、ニヤリと笑う。
「いえ、結構です」
「ですが、もしあの時”聖女の証”を授かっていたらーと、いつまでも考えるくらいならーー」
「いえ、地道に努力していくことが大切なんだとわかりましたから。このジャンヌさんのように」
「そうですか。ではそのように」
ミッシェルが今度は、閑を持て余してジュナと二人で遊んでいたマルセルに向くとニヤッと笑った。
「マルセルさま お友達が欲しいと言っておられましたね?」
「うん」
「このジュナは、いかがですか?」
マルセルが飛び上がって叫んだ。
「いいの?」
「ええ、マルセルさまさえ良ければ、ジュナには、尖塔でマルセルさまといっしょに生活してもらいましょう。八歳になったら、マリーと同じように、ウイルドン家で学ばせましょう」
「よろしくお願いします」
マリーの父母は涙を流して喜び、頭を下げた。
「娘さんたち二人とも間違いなく”聖女の証”以上のものを得られると思われますよ」
ミッシェルの自信たっぷりな声が父母の二人の胸に響いた。




