歴史
「魔女先生、この国の歴史を教えていただけませんか。今までに読んだシフォン家の蔵書には詳しい歴史書が無いのですよ」
ジャンヌがミッシェルに頼み込んだ。その横でマルセルも頷いている。
「そうねぇ、王室に残っている歴史書だと、四人の聖女がいたという四百年前からなんだけどーー」
「その少し前の、この平原の成り立ちについての伝説も少し残っているから、そこから話しましょうか」
「お願いします」
「ではーーコホン、そもそもこの平原には、人がいませんでしたーー」
この平原の北側にある屏風のようにそそり立つ崖は、元はこの国全体を囲んでいた。
その南側の崖のの一部がある時噴火して、南の山が出来た。
その時、山の周囲の屏風の一部が崩落して堰を造り、堰き止められた水が溜まって東西に延びる大きな湖が出来た。
崖と湖と森に囲まれた平原には長い間、人が入って来ることは出来なかった。
平原には四つの丘があり、今はそれぞれに、シャンツ家、モードネス家、シバー家、それにシフォン家の館が建っている。
四つの丘のどの丘からでも南の山を望むと、山の中腹の森の中にひと際高く大きな木を見ることが出来る。
その根元にある小さな洞から、時折精霊が生まれ出て来るようになった。
精霊は寿命を持たないので、時を重ねるにつれて増えた精霊で森の中は満ち、森から溢れた精霊が平原を満たしていった。
「つまり、人が入る前のこの地は精霊で満たされていたーーと言うことらしいです」
四百年前に南の山が二度目の噴火をしたとき、大きな地震があった。
その影響で北側の屏風のような断崖の中央に縦に裂けた亀裂が生じた。
亀裂は平地近くまで深く切れ込み、そこに人がやっと通れるほどの道のようなものが出来上がった。
当時、人は崖の向こうの北の地に住んでいた。
しばらくすると、亀裂を通って、まるで追われるように四組の家族が一族を引き連れて南の平原に移住して来た。
ほぼ東西南北にあった四つのなだらかな丘ごとに、それぞれの一族が村を造り、平原の開拓を始めた。
丘の上には村を治める庄屋の館を作った。これが今の四家の館の元だと伝わる。
その頃はまだ、北も南も、足りないものは道を通じて融通し合い、争うことなく暮らしていた。
地震があったことなど忘れたころに、二度目の大きな地震があった。
この地震により、それまで裂け目の左右の山から南北の山麓に向けて流れていた雪解け水が、割れ目の頂上に向かって流れを変えた。
そして二つの山から向き合うように割れ目の上から大きな滝となって流れ落ち、そこに大きな滝つぼを作った。
その滝つぼから溢れた水は、それまで南と北を結んでいた道を北と南に別れる大きな流れに変えた。
そのため、北と南の往来は完全に遮断されてしまった。
その後に起きた三度目の大きな地震によって、今度は滝に流れ込んでいた二つの川の上流が崩れてしまい、西の山の水は南に向けた新たな流れをつくり、山脈に沿って滝となり、湖に注ぐようになった。
東の山からの水は、滝のすぐ脇に新しく出来た亀裂に沿って流れ、麓で元の南の川に合流した。
つまり、山脈の雪解け水はほぼ全てが、北に流れなくなり、南のこの平原を潤すことになった。
「元々は精霊の住む平原だったようですね」
「ここからは、王室に残っている歴史書になります」
そう言って、ミッシェルが歴史書を開く。
二つの滝に水が流れなくなると滝つぼは干上がって、以前のような道が出来た。
滝壺はちょっとした広場に変わった。
その中央に、元は水の上に頭だけ出していた岩が塔のように立っており、北と南の人々は、この岩を北と南の境とし、”境界石”と呼んだ。
しかし、問題は徐々に現れてきた。
南に住む人にとっては、川が一つ増えて農業がやり易くなったのだが、北の人たちからすると大きな水源が無くなったことになる。
しばらくは川の水が流れ込んでいた大きな湖の豊富な水でまかなっていたが、次第にその水位が下がり始め、生き辛い生活を強いられるようになった。
救いだったのは、干上がった川が、左右を高い崖に挟まれてはいるが、馬が一頭通れるほどの道になったため、細々と交易が可能になったことだった。
しかし、北側の貧困は北に住む人々の秩序を壊し始め、南側では毎年のように北から来た盗賊の穀物の略奪が続いていた。
そのうち、北の住民は国を仕立てて、大きな武力を持って以前にも増した略奪を行うようになっていた。
南の人たちにはそれを撃退する力も無く、当初はされるがままになっていた。
どこかに逃げるしかないと、皆が集まって相談をしていると、四人の娘が、自分たちが侵入者に立ち向かうと宣言した。
どこで得たのか、四人は精霊の不思議な力を使って、北からの侵略者を境界の岩の向こうに押し返した。
帰って来た娘達からその話を聞いた人々は、四人の娘たちを称え、聖女と呼んだ。
そして、北の国に対抗して、四人の娘たちの実家であるシャンツ家、シフォン家、シザー家、モードネス家を中心とした王国を造り、北の国からの侵略に備えることにした。
四家の家長たちは集まって相談し、聖女の力が最も強い娘を持つ家を初代の王家とし、その後も聖女の力が最も大きい娘を持つ家を王家を継ぐと取り決めをした。
聖女の力が無くなった家は、王位を継承する権利も無くなるとも取り決めた。
それを聞いたシャンツ家の娘は愕然とした。
実は、彼女は侵入者を峠から撃退した後、ふとした思いつきから、シバー家の娘の手助けを受けて、北から二度と侵入できないように峠の境にある岩を中心に、精霊の力で結界を張ったのである。
そのため、彼女はかなりの聖女の力を使ってしまっていたのだ。
娘が父親にそのことを打ち明けると、父親も王家となることを半ばあきらめざるを得なかった。
シフォン家とシザー家は、聖女の力が強いとは言え、手助けが出来る程度のものであり、最初から王家争いに加わるつもりは無かった。
そうなると、残るモードネス家が初代王家になっても良かったのだが、不思議にもそれは叶わなかった。
四人の中で聖女の力が最強だったにも関わらず、モードネス家が王家になれなかったのには理由があった。
シャンツ家の娘の精霊の力が衰えていることを聞いたモードネス家の初代は、自分の家が王家になることを確信し、有頂天になった。
そしてこれまたふとした思いつきで、王家に相応しい墓所を敷地内にあった池の中の小島に造ろうと、娘に精霊の力を使わせてしまったのだ。
そればかりか、永久的に精霊に墓所の管理をさせるよう、娘に命じていたのである。
娘は父の命に従って墓所を造ったが、それ以降は墓所の維持に絶えず多量の精霊の力を必要とするようになり、それは聖女が命を落とすまで続くことになった。
モードネス家の初代がそれに気づいたときには、娘の聖女の力はシバー家やシフォン家の娘と大差なくなっていた。
彼は王になることを諦めざるを得なかった。
結局、峠の分水嶺の岩に結界を張り、それを維持し続けているシャンツ家の娘の方が、残った精霊の力も大きく、初代王家はシャンツ家に決まった。
その地が南の国と呼ばれていて、四家がそれぞれ丘の上にいたことから、国の名をサザンヒルズと取り決めた。
国造りをやりかけていたモードネス家の初代は失意の内に、王国建設計画の資料を書庫に封印した。
その後も、モードネス家には精霊の力が大きい娘が代々現れるのだが、不思議にもモードネス家が王家となることは叶わず、シャンツ家が代々王家を担っている。
「ーーと、まあ、そんなところですかね」
「それになぜか、国名は”南の国”の方が使われていますね」
「精霊、聖女の力かぁ。」
「確かに、シフォン家のバッセさんも、そこに固執していたわね。」
「なぜでしょうね」




