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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
領主の務め
30/64

駄々をこねる

 ウイルドン家を継ぐようにと告げられたジャンヌは、喜ぶどころか意外なことを言い出した。


「ウイルドン家は私に何の関係もありません」

「自分とは何の関係も無いウイルドン家を継げるのでしたら、私はコンドルセ家を継ぎたいのですが」


 コンドルセ家は、マルセルとジャンヌの生活を支えてきた一人であるトールの実家だ。

 そのコンドルセ家も、ウイルドン家と同じく政争に巻き込まれて廃家になっていた。

 コンドルセ家を継ぐのにどうしても血筋が必要だと言うなら、トールと結婚してもいいとまでジャンヌは言った。

 実は、トールにはジェミーと言う婚約者がいて、ジャンヌもそれを知っていた。

 気立ての良い娘だったので、ジャンヌとも本当に仲の良い友達になっていた。

 ジャンヌがトールと結婚してもいいと言ったと聞いたとき、以外にもジェミーは引き下がった。


「婚約者と言っても、当人同士だけの約束ですし、お二人の幸せのために身を引きますわ」


 それを聞いて慌てたジャンヌはすぐにジェミーの家に行き、ジェミーの手を取って言った。


「ジェミー、違うの」

「私はマルセルさまとずっと一緒にいるつもりよ」

「だから結婚したとしても、トールと一緒に住む気は無いの」

「コンドルセ家を再興するためだけよ」

「で、あなたの気持ち一つなんだけど」

「二人目ーーということじゃ、だめなのかしら?」

「だって、私が家にも帰らず、よそに居続ければ、誰だって離婚したくなるわよね」

「だからその後に、二人が再婚するってのはどうかしら?」

「そんなこと考えてたの? ジャンヌ」

「二人はマルセルさまと私をずっと支えてくれたじゃない。あなたにだって幸せになって欲しいの」


 その話がマルセルの耳にも入った。


「ジャンヌは考えすぎなのよ!」


 すぐにマルセルが王家に対して駄々をこねた。


「トールがコンドルセ家を継げないなら、私もシバー家を継がないわ」


 五歳のマルセルの駄々に逆らっても無駄だとわかっているので、トールもジャンヌを通じてマルセルの養育に貢献したとして、コンドルセ家の再興が決まり、瞬く間にトールとジェミーの結婚も決まった。

 トールの兄弟の消息は未だ不明だったが、消息がわかればトールが面倒を見るということで、トールが当主になることも確定した。

 幸いにもコンドルセ家の屋敷も王家の管理となっていたので、結婚祝いとして王家からトールとジェミーに与えられることになった。


 余りにも急な展開にトールとジェミーは面食らったが、ジャンヌが二人の手を取って言った。


「これまでマルセルさまと私が何事もなく暮らしてこれたのは、マルセルさまの力だと思っているの」

「マルセルさまが動いたら、絶対悪いようにはならないわ」


 流石に、コンドルセ家の再興は過分ではないかと批判も多かった。

 それを耳にした王は、貴族たちを集めて意見を聞くことにした。


「それでは此度のことについて、皆の意見を聞かせてもらうことにしたがーー」


 意見しようと我先に前に出ていた貴族たちに向って、王が話を続ける。


「ウイルドン家のみならず、コンドルセ家の没落の責任は貴殿たちにもあったのは知っての通りだが、まずその責任をどう取るつもりか聞かせてもらった上で、此度のことについて貴殿らの意見が聞きたい」


 コンドルセ家もまた、ウイルドン家を巡る策略に巻き込まれただけにも拘わらず、ウイルドン家を擁護する者たちから過激な報復を受けていたと判明していた。

 王家としても再興できるものならと思っていたのだが、コンドルセ家でも血筋の者が見つからず、諦めていたのだ。


 暗に、家を捨てる覚悟で意見を言えるかと問われると、そこにいた者たちは後ろに下がり、押し黙るしかなかった。

 後ろめたさだけではなく、今の王にはそれだけのことが出来る力があったからだ。

 自分の若さゆえの力の無さで、両家を廃家に追い込んでしまったことを悔やんでいた王は、相手に有無を言わせぬだけの治世をエレノア妃と共に造り上げて来たのだ。


 これでようやく一件落着かと王家は胸を撫で下ろしたが、マルセルがまた駄々をこね始めた。

 シバー家を継いでシバー家の館に移るようにとの命を受けて、今まで通りにシフォン家の尖塔でジャンヌといっしょに暮らしたいと言い出したのだ。

 考えてみれば、マルセルはまだ五歳の幼児である。

 身寄りが無いままに放り出すわけにもいかないのは事実だった。

 

「どうしたものかのう、エレノア 儂には良い案が浮かばぬ」

「シフォン家には、私も二度ばかりお世話になりました」

「ああ、ファーナの初めての長旅であったな」

「あの時、マルセルたちの暮らしていた尖塔に、私たちも一泊したのですがーー」

「本当に居心地の良い所で、つい寝坊までしてしまったのです」

「マルセルがあそこを手放したくないという気持ちもわかりますわ」

「それに、なぜかあの尖塔にはシフォン家の人間は近寄らないと聞いております」

「そこで、私の案なのですがーー」


 グーテ王はバッセを呼び出し、エレノア王妃の提案を実行することにした。

 もう呼び出しを受けることは無いだろうと思っていたバッセは知らせを受けて驚愕した。

 この件で王室に三度も呼び出しを受けたということは、場合によってはシフォン家の廃家もありうると、バッセは覚悟せざるを得なかった。


ーーだが、廃家だけは絶対にダメだ。デノーテとアスクのためにも。


 王の前に出たバッセは、何を糾弾されるのかと身を固くしていたが、王は意外な要求をしてきた。


「お主の屋敷のそばにある尖塔周辺をシバー家の飛び地とせよ」


 思いもかけない命令にバッセは驚き、反論した。


「赤の他人に領地を譲れとおっしゃるのですか」

「赤の他人だと?」


ーーとうとう、赤の他人とまで言い出しおったか。


「この際、はっきり申しておこう」

「国は、マルセルはお前の子だと確信しておる」


 王は声を張り上げて、バッセに告げた。


「それはご無体な」

「無体と言うか?」

「マルセルを見よ。シバー家特有の白銀の髪、シフォン家特有の、お前と同じ紫色の眼」

「違うと言う方が難しいのではないか?」


 バッセは下を向いて何も言わない。


ーーやはりお前の子のようだな


 王は確信して話を続ける。


「にもかかわらず、お前がそれを認めないということは、お前は王家に対して虚偽を申しておると言うことになる」


 バッセが一瞬身を震わせる。


「お前が今ここでマルセルを自分の子として認めさえすれば、話は別であろうがーー」


 バッセは何も言わない。


「お前が認めない以上、王家に対して虚偽の答えをしたのではという疑念は、今後も晴れないと思うが良い」

「もし、マルセルがお主の子と判明した時はーー」

「改めて、王家に対して虚偽の報告をしたとして、大きな罪を問うことになるぞ」


 それでもバッセは口を閉じて何も言わない。


ーー自分の子と認めても、利益こそあれ、何の不利益も生じないと思うのだが、頑固な奴じゃ。


 ため息を一つついた王は、バッセのそばに歩み寄り、優しく話し始める。


「バッセよ、お前と儂は、立場が入れ替わっていたかも知れんのはわかっておろう」

「エレノアとデノーテ、どちらも精霊の力が強かったが、デノーテは群を抜いていたからの」

「だが、王位継承の場では何故かエレノアに軍配が上がった」

「儂らも驚いたし、デノーテとお前の仲を知っていたお前の父の落胆ぶりは相当なものだったと聞いておる」

「それほどに、シフォン家は”聖女の証”を持つ娘を欲していたはずだ」

「マルセルはその”聖女の証”を持つ娘だ。しかも最強の力を持っていると報告を受けておる」

「そりゃあそうだろう。エレノアの妹であるミネルバの娘だ」

「ミネルバの精霊の力は、エレノアを凌いでいたからの」

「お前が父だと名乗りさえすれば、シフォン家は次期王家を継げるかも知れないのだぞ」

「それを考えれば、あの尖塔をマルセルにくれてやっても良いではないか」

「儂らにとっては残念な結果になるかも知れんがの」


 王の最大の譲歩であったが、それでもバッセは口を閉じて何も言わない。

 グーテ王は、またため息をついた。


ーー仕方がない。エレノアの案を採るか。


 王座に戻った王は声を張り上げる。


「わかった。ならばマルセルに関しての国の最終決定を申し渡す」

「先程も申した通り、国はマルセルがお前の子であると言うことを否定しないことにする」

「お前が何と言おうともじゃ」

「つまり、お主の死後に王位継承権を持ってシフォン家を継ぐ第一候補は、”聖女の証”を持つマルセルと言うことになる。それに不服は無いな?」


 それを聞いたバッセの目が泳いだのを、王は見逃さなかった。


ーー認めたくない訳はそこにあったか


 また王はバッセの所に歩み寄り、耳元で囁いた。


「長男のアスクにシフォン家を継がせたいのであろう? ならば、マルセルとお前の間に父子のつながりは無いと、はっきりと国に納得させておくべきではないか?」


 バッセには王が何を言っているのか理解できない顔で、初めて王の顔を見る。


ーー潮時じゃな


「ここだけの話じゃ。手切れとしてマルセルに領地を与えてやっても良いのではないか」

「さすれば、お前の心も軽くなるだろう」

「後は長男のアスクに”聖女の証”を持つ娘を娶らせればよいだけだ」

「シフォン家の行く末のことは、これ以上は国は何も申すまい」


 拒否すれば、マルセルをお前の子だと公にして、シフォン家をマルセルのものにしてもいいのだぞと暗に脅しをかけた王の言葉に、バッセは渋々ながらそれを受け入れざるを得なかった。


 それを聞いたバッセの長男であるアスクが猛反対した。

 バッセは理由を話すことなく、シフォン家存続のためと説き伏せた。

 それでなくてもマルセルに反感を持っていたアスクは、この一件から今以上の憎悪をマルセルに向けることになる。


ーー世間がマルセルを中心に動こうとするなら、俺が必ず止めてやる。

ーーそのためには、力が欲しい。


 小さくではあるが、火種としてくすぶり始めた。


 マルセルが尖塔で暮らせると知ると、ジャンヌも今まで通りマルセルと一緒に暮らすことを強く望んだ。


「わかった、わかった。好きにするがいい」


 王は考えるのにも疲れていたので、これまで通りに二人の生活をさせることにした。


「ただしマルセルがお披露目を迎えるまでじゃ。その代わり、お前たちに先生をつけるぞ」

「領主としての教育が必要じゃからな」


 まだ若くもあるので、成人になるまでは様子を見るということにしたのだ。

 それは監視人をそばに置くとも言えるのだが、先生が来るということは、これまで尖塔で読んで来た本の理解できなかった部分が解決するかもということでもあった。

 二人にすれば大歓迎で、すぐにそれを受け入れた。


 こうして、シフォン家の敷地の中にシバー家の飛び地が設けられたが、シフォン家の使用人たちとマルセルたちの間には垣根など無く、自由に行き来し、生活は今まで通り何の変化も無かった。




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