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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
領主の務め
28/64

勅使

 何の前ぶれも無しに、国の国務長官をしているベックがシフォン家にやってきた。

 シフォン家の領地で”聖女の証”を持つだけでなく、七色の光に包まれた女の子が見つかったと報告を受けた王が、勅使として送り込んで来たのだ。


 何も知らずに勅使を迎えることになったシフォン家では大騒ぎになった。

 領主のバッセが不在だったので、妻のデノーテが対応するしかなかった。


「マルセルさまはどちらに?」


 ベックが発したマルセルの名を聞いて、デノーテは驚いた。


ーーあの尖塔に住まわせてはいるけど、なぜ国の長官がマルセルを知っているの?


「尖塔にいるはずです」


 名指しされては隠すわけにもいかず、そう答えるしか無かったが、自分たちのマルセルへの扱いが批難されるのではないかと、デノーテは不安になった。

 そこには四年に及ぶ事情が、シフォン家にはあったからだ。


「では、会わせていただきましょう」


 ついて来ようとするデノーテを手で制して、ベックは一人で尖塔に向かう。

 庭先から生垣を通り抜けたその先にある、小さな尖塔を持つ石造りの小屋を訪れたベックは、きれいに作られた花畑と野菜畑に囲まれた、白い尖塔が醸し出す、母屋とは全く違う別世界を見た。

 庭先には洗濯物が干してあって、どこか懐かしささえ感じさせる。

 いつもは厳めしい顔つきのベックの口元がちょっと緩んだ。

 しばらくその景色を楽しんでいたベックが、思い出したように小屋の扉をノックすると、少し開けられた扉の隙間から日焼けして健康そうな、真っ赤な髪色の女の子が顔を出した。

 軍服姿のベックを見ると、途端に目元が少し引き締まり、上目遣いにジロッと睨んできた。


ーーおやおや、これはすごい気迫だな。


 子供とは思えないその威圧感に、ベックはたじろいだ。


ーーまるで王都一番の剣士並みの迫力じゃないか。


 気を取り直したベックは帽子を取り、丁寧に挨拶をする。


「失礼しますよ、お嬢さん」


 そして微笑みを浮かべて用件を述べた。


「私はベックと申します。王さまの使いでマルセルさまの元に参りました。お話を伺っても?」


 それでもジャンヌは半信半疑で、ジロジロとベックを眺めまわす。


「悪意は無いですよ」


 肩をすくめる仕草をすると、ようやくジャンヌの目元が緩み、仕方なさそうに扉を開けた。


「どうぞ」


 不愛想なまま、手を部屋に向けてベックを招き入れる。


 マントを脱いで帽子と一緒にジャンヌに渡したベックは部屋の中に入って行った。

 そこはこじんまりとした広間になっていて、炊事場やバスタブや家具やらが壁際のあちらこちらに配置してある。

 中央には大きな石畳があって、そのそばには尖塔に上がるための螺旋階段が造られている。

 その階段の手すりに沿って、上の方まで設けられた書棚には、たくさんの本が並べられていた。

 さすがはシフォン家だと感心しているベックの耳に、小さな女の子の声が入って来た。


「ジャンヌ?」


 ベックが声のした方に目をやると、天井と階段の手すりの間から小さな顔が覗いていた。


「ジャンヌ、誰か来たの? お客さんなんて珍しいね」

「王さまのお使いのベックさんだそうです。マルセルさまも下りて来て、ご挨拶してください」

「わかった」


 階段を下りて来て、物怖じもせずベックの前に立った女の子に、ベックが軽く頭を下げて挨拶する。


「ベックと申します」

「まあ、初めまして。私はマルセルと申します」


 女の子も挨拶を返し、ちょこんとカーテシーをした。

 それがあまりにも可愛らしかったので、ベックはつい二度目のお辞儀を今度は深々としてしまう。

 するとマルセルがジャンヌに手を向けて、ベックに紹介した。


「ここに来てからずっと、私の世話をしてくれているジャンヌです」

「よろしく」


 にこりともせず、つっけんどんにジャンヌが頭を下げる。


「貴女がお世話をーーですか? まだとてもお若いーーまさか貴女お一人という訳では無いですよね?」

「ここには二人しかいませんからね」

「じゃ、この見事な拵えはどなたが?」


 部屋を見回しながらベックが問う。


「元は、シフォン家の先の奥さまが手を掛けられたようですが、物置のようになっていてーー」

「物置の整理は男の人たちに手伝ってもらいましたが、後はマルセルさまと二人で片付けました」


 ジャンヌが素っ気なく言った。

 その後をマルセルが続ける。


「私がまだちゃんと歩けない時は役に立たなくて、ジャンヌ一人で大変だったのよね」


 それにジャンヌが続けた。


「そんな時はマッケン爺さんが手伝ってくれましたからね」

「最近やっと、二人で大きなものも運べるようになったのよね」


 何かおかしいと気づき始めたベックが問いかけた。


「あなた達は、いつからここに二人だけで?」

「ここでジャンヌにミルクを飲ませて貰っていたからーー」


 マルセルが首を傾げながら言った。


「4年になりますかね」


 お茶の用意をしながら、ジャンヌが事も無げに後を続ける。


「こんな物しか出せませんが」


 そう言って、ジャンヌがベックの前にお茶の入ったカップを置く。

 とても子供が入れたと思えない良い香りのするお茶にベックは驚いた。


ーーこれは!お城でも滅多に味わえない香りと味だぞ。


 ベックはお茶を飲みながら、世間話に託けてマルセルのことを知ろうとした。

 ただマルセルもシフォン家に連れて来られたのが一歳の時なので、憶えていることは殆んど無かった。

 ジャンヌもシフォン家で初めてマルセルに会っているので、マルセルの生まれた時のことなど全く知らない。

 それでもベックは気づいていた。

 少なくとも、この子たちはシフォン家から見捨てられて育っているのだと。


「ところで、これはご存じですよね」


 ベックが肩に掛けたカバンから取り出してテーブルの上に置いたのは、教会にあったガラスの小瓶だった。


「もう一度、私の前で光らせてみて欲しいのですよ」


 ジャンヌが訝しげにベックと小瓶を交互に見つめる。


「いえ、疑っているわけではないのです。そういう決まりなので」


 そんな二人に構わず、マルセルが机の上に置かれた小瓶を覗き込むと、小瓶はボウッと光り始めていた。


「疑いは無いようですな。ですがーー」


 ベックがマルセルに瓶に触るよう言いかけた時、まだ触ってもいないのに七色の光が部屋に満ち溢れた。

 ベックとジャンヌは驚いて声も出ない。

 瓶の中に人影が映って、マルセルにしゃべりかけて来た。


「やあ、また会ったな。”聖女”さま」

「私、あなたを知らないわ」

「えーっ、忘れたのか!いや、待てよ」


 精霊がマルセルの方をじっと見る。


「そう言えば、雰囲気が違うな。それにガキだし」

「失礼ね!」

「悪い、悪い」

「ところで、”聖女”ってなあに?」

「俺たち精霊と話が出来る娘のことさ」

「あなた、精霊なの?」

「ああ、それにここはシフォン家の尖塔だろ? その石畳ーー」


 精霊が螺旋階段の下の石畳を指差す。


「そこは俺の寝床だったんだ。懐かしいな」


 そう言うと精霊はしばらく黙っていたが、意を決したようにマルセルに向って言った。


「お前、俺を外に出してくれないかな」

「どうして?」

「この中に居るのも飽きちまってさ」

「もう残り少ないが、お前に俺の力を全部やってもいいからさ」

「わかった」


 マルセルが蓋を開けようとしたが、固く閉まった蓋は小さな子には開けられなかった。


「私には無理だわ。ジャンヌにお願いしてみる」

「ねえ、ジャンヌ」


 ジャンヌに開けてもらおうと声を掛けて、瓶から手を放した途端に光が消えた。

 マルセルが呼びかけても、瓶の中の精霊は答えなかった。


 光が消え、我に返ったジャンヌが慌ててマルセルに問いかけた。


「どうされたのですか」

「出してくれって言われたの。この中にいる精霊さんに」

「私には聞こえませんでしたが」

「本当よ。私を”聖女”だと言っていたわ」

「マルセルさま、多分その声は”聖女”にしか聞こえなかったんじゃないかと思いますよ」

「これは昔から伝わる、”聖女”を鑑定するための小瓶ですから」


 小瓶が光ったことを目にしたベックは、マルセルが”聖女”であることは間違いないと確信した。

 二人の会話には上の空で、挨拶もそこそこに王館に取って返し、マルセルが”聖女”に間違いないことや、シフォン家での酷い扱われ方を王に報告した。


「何だと?」

「乳飲み子を、子供一人をつけただけで放置していただと?」

「しかもその乳飲み子は”聖女”だったと言うのか。そんな扱いを四年もの間か!」


 王城では、”聖女”に対するシフォン家の扱いを巡って大騒ぎとなってしまった。

 すぐに改めて正使がシフォン家を来訪し、マルセルとジャンヌ、そしてシフォン家のバッセとデノーテに王館に来るよう命じられたのである。


 王の命令を受け取ったデノーテは困惑して執事のタンカに問いかけた。


「タンカ、旦那さまは今どこにいるの? 知っているのでしょう」

「はい、奥さま」

「すぐに戻るように伝えてちょうだい。シフォン家の危機ですよと」


 タンカが部屋を出て行くのを見届けたデノーテはソファに身を投げ出した。

 

 思えば、マルセルがシフォン家に来た頃から、シフォン家は裕福になっていった。

 ジャンヌが十二歳のお披露目の舞踏会で王家の庭師と喧嘩を起こしかけたが、それが縁でエレノア王妃の知己も得られた。

 これで、長男のアスクが結婚でもすれば、シフォン家の行く末は光り輝くもののように思っていた。

 最初こそ、バッセと自分の頑張りの結果だと思っていたが、バッセは家のことなどお構いなしに遊びまわっている。

 マルセルとジャンヌがいるからじゃないかと薄々は感じていたが、二人の扱いを変えることはなかった。

 それが今度は、マルセルのことで、地獄に落とされようとしている。

 バッセが戻って来るまで、デノーテは気が気では無かった。 




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