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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
26/28

散歩

「ねえ、ジャンヌ カストの所に行ってもいい?」


 今日は朝から雲一つ無い洗濯日和だったので、大張り切りのジャンヌはシーツや枕カバーの洗濯に余念がない。

 そのせいで、朝からずっと放っておかれたマルセルは暇を持て余していた。

 どこかに行きたくて、しょうがなかったのだ。

 そこで、お菓子を袋に詰めたり、お茶を水筒に入れたりして準備を始めていた。

 普段なら、散歩をする時には必ずジャンヌがついて来るのだが、今日は忙しさにかまけていて、つい一人で行くことを認めてしまった。


「夕食までには帰ってきてくださいよ」

「わかった」


 マルセルにとって、こんな機会は二度と無い。

 ジャンヌの気が変わらないうちにと、大急ぎでカストが草を編んで作ってくれたカバンに、用意しておいたお菓子の袋やら水筒を詰め込み、肩に掛けると走り出した。

 尖塔から離れて、ここならもうジャンヌに捕まることはないと確信する所まで来ると、後ろを振り向いて大きな声で叫んだ。


「行ってきまーす」


 叫ぶや否や、くるっと背を向けて一目散に走り出した。


 ジャンヌが、やられたと気づいたときには、もうマルセルの姿は見えなかった。

 やれやれと頭を掻くと、仕方ないかと肩をすぼめ、ジャンヌは残りの洗濯物を干し始めた。


 マルセルが息を切らしてカストたちの小屋の前に来たが、そこには誰もいなかった。

 ふと見ると、牧場と南の森の間に造られた柵の一部が開いている。


ーーカストは森に行ったんだ。ウサギ狩りかな?


 その道を歩いていけば、そのうちカストに会えるだろうと、柵を潜り抜けて森に出て行くことにした。

 森の中にはずっと一本の小道が続いている。

 これを辿るとカストに逢えると確信しているので、これまで来たことも無い道にも関わらず、躊躇いもなくずんずんと奥に入って行く。

 そのうち、声のようなものが聞こえてきた。


「人間の子供だぞ」

「さわってみようか」

「やめろよ。あの子が死んだらどうするんだ」

「そんなことどうでもいい。僕は消えたい」


 止せと言う声が聞こえる中、小さな光の玉が一つ、マルセルの背中に向かって飛んできた。

 マルセルの身体に当たると、一瞬大きな光になって、それが消えた後には何も残っていなかった。


「あいつ消えちゃったぞ」

「おい、あの子はシフォン家のマルセルじゃないか。どうしてこんな所にいるんだ」


 別の声が、驚いたように叫ぶ。


「マルセルなら大丈夫だ。消えたい奴は行こうぜ」


 その声を聞くや否や、小さな光の玉が次々とマルセルに向かって飛んできた。

 光の玉が当たったマルセルの身体が大きな光に包まれた。

 しばらくすると、そこにはびっくりしたような顔をしたマルセルだけが立っていた。


「今の、何だったんだろう」


 心なしか、足の疲れが楽になったような気がしたマルセルは、口ずさみながらスキップをして歩き始めた。

 その後も、まるでブヨが纏わりつくように、光がマルセルの身を包む。

 いい加減鬱陶しくなり、不機嫌になりかけたころ、少し開けた日の当たる場所に、腰をかけるのにちょうど良い石を見つけたので、そこで持ってきたおやつを食べることにした。

 石に腰掛けて、カバンからお菓子と水筒を取り出し、お菓子を口に運ぶ。

 そうしている間にも、小さな光の玉が次々とマルセルに向かって飛んできては、閃光を放って消えてゆく。


「夜だと綺麗でしょうけど、昼間じゃ鬱陶しいだけね」


 だんだん機嫌が悪くなっていく。


「もう、やめてよ!」


 その声が聞こえたのか、前方の藪の中から現れた大きなイノシシがマルセルの方を見る。

 石の上に座っているマルセルを見つけると、その場にしゃがみ込んで動かなくなった。

 何とマルセルの周りには他にも大小の森の動物たちがしゃがみ込んでいる。

 マルセルが森に入った時から、一匹、二匹と動物たちが後に付いてきていたのだ。

 

 お菓子を食べ終えたマルセルは水筒をカバンに押し込み、石の上から飛び降りて、さあどっちに行こうかと迷っていた。

 この先には道が一本続いているのだが、マルセルの目にはもう一本の道が見えていた。

 イノシシが出て来た方向だ。

 その道は南の方向に延びていて、その先には梢越しに大きな木が見える。

 そっちに行ってみようと、イノシシのそばを恐れもせずに通り過ぎた途端、藪に突っ込んでしまった。

 下がってもう一度見ると、道が見える。

 一歩前に踏み出すと、また藪に阻まれる。


「どうして行けないのかしら?まあいいか」


 諦めて別の道の方に歩き出した。


 マルセルの姿が見えなくなると、しゃがみ込んでいたイノシシが立ち上がって歩き出し、石の上に座り込んだ。そしてしばらくすると立ち上がり、さっきやって来た道を引き返して森の奥に消えて行った。

 その姿が消えるのを確認したように、狐の親子が走り出てきて石の上に座り込む。

 その後にも森の生き物たちが次から次へとやって来ては順番に石の上に座り込んでいた。


 そんなことが後ろで起きているとは知らずに歩いているマルセルは、途中でも何度か光の攻撃があったが、もう気にも留めずに鼻歌交じりで歩いていた。

 そろそろ、お腹が空いてきたと思い始めたころ、急に目の前が開けた。

 そこはさっき、マルセルが森に入って行った柵のある所で、マッケン爺さんとカストが柵の修理をしていた。


「おや、お嬢ちゃん 森に行っていたのか」


 マルセルを見つけて驚いたマッケン爺さんが聞く。


「カストを探しに森に行ったの。もう帰ってたんだね」

「俺、森になんか行ってないぞ。柵を直す材料を取りに物置に行っていたんだ」

「そうなんだ」

「それで、お嬢ちゃんはどこまで行ったのかの?」

「この道をずっと歩いていたら、ここに戻って来たの」

「へえ、じゃ、俺が狩りをする道を歩いたのか?疲れただろう」

「途中、小さな光さんが大勢で力を貸してくれたから、疲れてない。でも、お腹空いちゃった」

「もう夕食時だな。カスト、ジャンヌが心配しているかも知れん。先に連れて行ってやってくれ」

「わかった」


 マルセルとカストの後ろ姿を見送ったマッケン爺さんは考えていた。


ーーカストが狩りをする森の道は、とても幼児の足では歩けないはずだがな。

ーー光が力を貸すとはどういうことかな?

ーーつくづくマルセルお嬢さんは不思議なお子だわい。


 マルセルとカストが尖塔まで戻ってくると、そこには帰りの遅いマルセルを待つジャンヌの姿があった。


「マルセルさま!今までどこに行っておられたんですか」

「あー、カストと遊んでたの」


 ジャンヌはカストの前に行き、キッと睨む。


「カスト!」


 気迫に押されたカストが二三歩後ずさりする。


「俺、悪くないぜ。マルセルがーー」


 そう言って、マルセルの方をちらっと見ると、そこには片目を瞑って手を合わせているマルセルがいた。

 困ったカストが声を出せずにいると、後ろから声がかかった。


「ハッ、ハッ ジャンヌ カストを責めんでやってくれ。儂も一緒におったんじゃ」


 二人の後を追いかけてきたマッケン爺さんが助け舟を出す。


「心配かけて悪かった」

「そんな、マッケンさん」

「あれ?爺さんだと大人しいんだな」


 カストが膨れる。


「あんたは信用できないからね」


 ジャンヌはカストを無視して、マルセルに話しかける。


「マルセルさま、汗をかいておられますね。すぐにお風呂の用意をします」


 そう言うとジャンヌは小屋の中に入って行った。


「じゃ、儂らも母屋に行こうか」


 そう言って歩き出したマッケンの後を追おうとしたカストの手を、後ろに立っていたマルセルが掴んだ。


「ごめんね 私のせいで」

「いいんだよ。でも次はちゃんとどこへ行くか言ってから出て行ってくれよな」

「わかった。そうする」

「でも一人で行っても良いとは誰も言わないからな」

「わかった。黙って行く」

「俺がそうしろって言ったなんて言うなよ」

「カストは言わなかったって言う」

「俺の名前を出すなよ!」

「わかった。名前を出すなって言われたって言う」

「あのなーー」

「カスト どうした。早く来い」

「ーーもう! その話は明日な」


 カストは泣きそうな顔になってそう言うと、マッケン爺さんの後を追いかけて行った。

 そこへジャンヌが声を掛けてきた。


「マルセルさま お湯の準備が出来ましたよ」

「わかった」


 バスタブに浸かったマルセルは、森の中の出来事をジャンヌに話して聞かせた。


ーーやはり、マルセルさまが”聖女の証”をお持ちなのは間違いないわ。

ーーどうすればそれを証明できるかしら?


 ジャンヌは一晩中考えていた。

 



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