鑑定
ジャンヌは悩んでいた。
来年、マルセルが五歳になる。
この国では、女の子が五歳になると教会で"聖女鑑定"を受けることが出来る。
本来なら、マルセルの"聖女鑑定"はシフォン家が執り行ってもよいはずだが、デノーテには全く関心が無いように思える。
バッセも、マルセルが生まれた時に光の粉が舞わなかったことを知って失望し、未だに”聖女の証”を持つ娘を探し求めて国中を回っていて、マルセルのことを気に留めようとしない。
ジャンヌはマルセルに"聖女鑑定"を受けさせるのは自分の責務だと思っていた。
ただ、鑑定には大金が必要だとも思っていたので、どうしたものかと思い悩んでいたのだ。
と言うのも、まだ実家にいたころに、隣家の幼馴染のマリーが"聖女鑑定"を受けたことが原因で借金が増え、結局夜逃げしてしまったことを憶えていたからだ。
おまけにシフォン家からは、マルセルの生活費は一切支給されていなかった。
ジャンヌも、給金の大半は親に10年分が先払いされていたので、少ない毎月のお小遣いでは"聖女鑑定"のお布施は到底払えないと思っていた。
マルセルの生活費が支給されていなかったのは、シフォン家に悪意があったわけではない。
バッセは、マルセルの処遇はデノーテを通じて執事のタンカが取り計らってすでに解決していると思っていた。
デノーテはバッセがタンカに指示していると思っていた。
デノーテにしてみれば、どうせ一週間もすれば、今までと同じようにお金と共に元の親の元に帰すはずだったからである。
タンカも、デノーテがマルセルとジャンヌを尖塔に住むように指示したのを聞いて、後はデノーテが面倒を見ると思っていた。
シフォン家の使用人たちも、主人の様子を見ていて、放っておく方針だと思っていたので、ジャンヌが困っていれば助けることはあっても、あれこれ主人に上申することはなかった。
第一、ジャンヌに守られているマルセルに悪いことが起こるはずが無いーーという何とも言えない安心感が、シフォン家には漂っていたのである。
どうすればお金が手に入るか考えた末、ジャンヌはウサギを狩ってお金を得ることに決めた。
カストが農園に入ってくるウサギを狩って、小遣いを手に入れていることを知っていた。
カストに作ってもらった弓矢を持って畑に行き、ようやく一羽のウサギを仕留めてきた。
そのウサギを持って村の家々を歩き、ウサギとお金を交換してくれるよう頼んで廻ったのだが、ウサギはどの家でも自分たちでワナを仕掛けて手に入れることが出来たので、ジャンヌの持ってきたウサギを買おうという者はいなかった。
ようやく一軒の家が、急な祝い事が出来たからちょうどいいと、ウサギと引き換えにジャンヌの手に銅貨を三枚握らせてくれた。
ただそれだけではとても足りないと思ったジャンヌは森に狩りにいくことにした。
村の若者たちが狩りを終えて森から帰ってくるときは、手にたくさんのウサギをぶら下げて帰ってくるのを見ていたからだ。
ある日、ジャンヌはマルセルをマーサに預けて森に入って行った。
森に入るなり最初に出会ったのは、なんと大きなクマだった。
カストの作った弓やエストールにもらったナイフでは、とても太刀打ちできない。
逃げ回っているうちに追い詰められ、大きな石に躓いて転んでしまった。
もう最後かも知れないと覚悟して、その場に座り込んで気を失ってしまった。
しばらくして、生臭い血の匂いで意識が戻った。
ーー血が出ているのね。私死ぬのかしら。
だが、何も起きなかった。
そっと目を開けると、目の前に牙をむき出した大きな熊の顔があった。
「きゃーっ」
ジャンヌは悲鳴を上げて、また気を失ってしまった。
気づいたときには、目の前には熊の皮を剥いでいる若者の姿があった。
ジャンヌが目覚めたのに気がつくと、若者は笑顔で近づいてきた。
「やあ、ごめんね。もしかして君の獲物を横取りしちゃったかな?何ともないかい?」
「ええ、ありがとうございました」
ピクリとも動かない熊の頭を見て、ジャンヌがおずおずと聞いた。
「あなたが、一人で?」
「うん、君がちょうどいい位置に追い込んでくれてたからね」
「いえ、私は逃げるのに必死だっただけです。おかげで助かりました。ジャンヌと言います」
「気にしないでくれるなら良かった。僕はトールだ」
それからジャンヌはトールの皮剥ぎと腑分けを手伝った。
すっかり気を許したジャンヌは、皮矧ぎを手伝いながら、自分やマルセルの境遇を話した。
「やはり貴族って面倒なんだね」
トールはため息をつく。彼にも何か悩みがありそうだ。
「よし、そういうことなら、俺が戦い方を教えてあげてもいいよ」
「ありがとうございます」
腑分けを終えると、ジャンヌは少しばかりの肉を分けてもらって帰ろうとした。
「本当に肉はそれだけで良いのかい?」
「ええ、二人しかいないし、干し肉にすれば当分大丈夫だから」
「そうか、助かる」
「実は知り合いの娘の具合が悪くてね。薬の材料を集めていたんだ。やっと熊が見つかったと思ったら、もう君が戦ってたからね」
「追い廻されていただけよ」
「正直、諦めてたんだよ」
「良かったわね。娘さん、良くなるといいわね」
「ああ、きっと治して見せる」
そんなことがあったので、あの熊を想像するだけで怖くて、しばらくは森に行く気も失せていたのだが、お金も稼がないといけない。
警戒を怠らなければいいはずと自分に言い聞かせて、森に行くことにした。
森に入ったジャンヌは、前に出会った場所の石の上に腰掛けているトールを見つけた。
そこにいればジャンヌに会える気がして、待っていたらしい。
ジャンヌに気がつくと、トールは立ち上がってジャンヌの手を掴んだ。
「ありがとう! おかげで彼女の病気は良くなったよ。何かお礼がしたいんだが」
「良かったわね!じゃ、大物の狩り方と剣術を教えてくれないかしら?」
ジャンヌは今の状況を包み隠さず話し始めた。
今は食べるだけで十分なのだが、マルセルの”聖女鑑定”やら、ジャンヌのお披露目の年になるとドレスも必要だ。
そのためにはお金を稼いでおかないといけないし、王都に出ればマルセルを暴漢から守ることも必要になってくる。
ジャンヌの先を読む聡明さに舌を巻いたトールは、自分が以前使っていた剣と弓矢をジャンヌに譲り、狩りに出た時は森で、畑で作業している時は畑を耕すのを手伝って時間を作ると、剣術の指南をした。
マルセルの”聖女鑑定”の頃には、ジャンヌの剣術の腕前はトールも舌を巻くほどになっていた。
「トール、あなたはこれからどうしたいの?」
ある時、トールの身の上話を聞いていたジャンヌが言った。
「そうだなあ、俺は没落貴族の三男坊だからぁ」
トールの実家であるコンドルセ家は王家の大臣を務めたこともある家柄だったが、政争のとばっちりを受けて没落してしまった。
元々三男でもあり、家を出ることははっきりしていたので、狩人として身を立てるつもりでいたのだ。
「ねえ、私と組まない?」
「君とかい? でもメイドをやってるんだろう? それはやめるのか?」
「ううん、でもここでは手に入らないものがあるの。お金が必要なのよ。だから、狩りをやったり、作物を育ててお金を手に入れたいの」
「そんなに困っているのか?」
「食べ物はいいんだけど、着るものや靴が欲しいのよ」
言われてみると、ジャンヌが森歩きに着ているものは継ぎ接ぎだらけだし、靴はウサギの皮を巻いて作ったものだった。
それを見てトールは言った。
「わかったよ、君と組もう」
普段はジャンヌはマルセルの世話をしないといけないので、街での売り買いはトールの仕事になった。
それからはトールも加わって、二人がマルセルを支えていくことになる。
マルセルの五歳の誕生日が過ぎたある日、ジャンヌはマーサに貰った生地を使って縫ったワンピースと上着を着せ、村の教会に連れて行った。
今日は教会で”聖女の証”の検定が行われるのだ。
そして自分の力で最初に手に入れた銅貨を三枚ポケットから取り出し、おずおずと牧師に差し出した。




