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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
23/64

二度目の訪問_連泊

 マルセルとファーナが得意げにエレノアの前に広げた計画書は、とても5歳未満の子供が書けるようなものではなかった。

 当然、ジャンヌの厳しい校正が入ったものではあったが、それでも王家で作成する計画書に勝るとも劣らないものであったので、目を通したエレノアは目を丸くした。

 少しばかり大人の事情で修正を加えて、明日は子供たちの計画にエレノアも参加することになった。


 夕食の席で、ファーナがエレノアに話しかけた。


「お母さま、さっき窓辺で手を振ってましたね」

「ええ、ああいうのも楽しいわね」

「おうちにも同じようなものがあればいいのにな。中もすごいのよ。我が家みたいに広くはないけど、丁度いいの」

「私も明日、見せてもらおうかしら」


 給仕をしていたジャンヌが、それを聞いてにっこり笑って答えた。


「よろしければ、明日は尖塔の屋根裏部屋にお泊りになられますか? ただの田舎の部屋ですが」

「いいわね。デノーテに二日も気を遣わせるのも可哀そうだから、後でデノーテにもそう言っておくわ」

「うれしい!」


 ファーナが飛び上がって喜んだ。

 その夜は遅くまで、屋根裏部屋に子供たちの声が響いていた。

 仕事を終えたジャンヌが上がって来て計画書を二人に見せる。


 「もう、寝る時間ですよ」

 「はーい」


 しばらくは布団の中で声を潜めたクスクス笑いが続いていた。


 次の日の朝早く、ジャンヌが作業服と長靴を抱えて母屋にやってきた。

 今日は農園を見て回ることになっていたのである。

 デノーテに玄関先まで送られたエレノアが、初めて着る作業用のシャツと、ダブダブの作業ズボンと長靴といった慣れない出で立ちで、よたよたとジャンヌの後を追いかけて行く。


「お手をお貸ししましょうか?」


 ジャンヌが気遣う。


「構わないでいいわ。子供の時は、実家で薬草園の世話を手伝っていたの。思い出すわ」


 生垣の間を抜けると、そこには農園が広がっていた。そこからは尖塔が一望出来るが、母屋は昨日エレノアが過ごした部屋だけしか見えない造りになっていた。

 尖塔の前には、作業着を着たマルセルとファーナ、そしてマッケン爺さんとダンクスも立っていた。


「王妃さま、お久しぶりです」


 まずダンクスが頭を下げる。


「あら、ダンクス、元気そうで何よりだわ」


 そしてマッケン爺さんの方を向いて、ほほ笑む。


「あなたもお変わりないようね」

「もったいないことで。王妃さまから宿題をいただきましたから、楽しく過ごさせていただきました」

「あの宿題の答えはしっかりいただきましたよ。王都でも、シフォン家で育てるとこうも違うのかと評判でした」

「だから皆があなたの帰りを今か今かと待っているわ」


 ダンクスの方を振り向いて、にっこり笑う。


「恐れ多いことです。が、まだまだーー」


 ダンクスが言いかけたのを、マッケン爺さんが制した。


「ダンクスには、王妃さまといっしょに都に凱旋してもらおうと思っておりますでの」

「えっ、爺さん そんなこと初めて聞くぞ」

「今、決めたからの。お前さんのお陰でカストの腕が格段に上がった。奴もやる気が出て来たしの」

「じゃから、わしらからすればーーお前さんはもう、お払い箱じゃ。それにーー」


 マッケン爺さんは皆を見回した後、ダンクスの方を向いて、ニヤッと笑って言い放った。


「これ以上、盗み取ってもらいたくないしの」

「爺さん、そりゃないぞ」


 それを聞いていた王妃は声を上げて笑った。


「そういうことなら、ダンクス、明日一緒に帰るしかないわね」

「爺さん、本当にいいのか」

「うむ、プレゼントも用意してある。今後は競い合おうな」

「よし、負けんからな」

「それはこっちのセリフじゃわい」


 畑に出ると、カストがぎこちなく待っていた。

 カストにしてみれば、王家の人々のそばに立つということなど考えられなかった。

 ただ、エレノアもファーナも、気さくに接してくれたので、だんだんに緊張がほぐれ、終いにはため口も出るようになってしまい、そのたびにマッケン爺さんのげんこつを頂く羽目になった。


 お昼には、ジャンヌが運んできたウサギ肉のサンドウィッチを、牧草の上に敷物を敷いて食べた。食べ終わると、カストがソリを持ってきて、子供たちは牧草が育つ丘を滑り降りて遊んだ。

 その様子を見ていたエレノアが、そばにいたジャンヌに声を掛けた。


「ジャンヌ、ありがとう。あなたのお陰でこんな楽しい一日を過ごさせてもらったわ。それにしてもーー」

「あなたもマルセルも強い子ね。賢いし」

「ありがとうございます。尖塔にある書物のお陰ですかね」

「書物?」

「はい、二人で毎晩読んでいるのですよ。お陰で私は学校にも行っていないのに、読み書きが出来るようになりました」

「それは、すごいわね。どんな本を読めばそうなるのかしら」

「今夜は、尖塔にお泊りになる予定ですので、中でゆっくりご覧になれますよ」

「それは楽しみね」

「でも、マルセルさまに本を見せたらーー」

「質問攻めになって、今夜は徹夜になるかもしれませんよ」

「まあ」

「その時は、王妃さまはお先にご就寝されてください」

「いえ、心配しないで。私は最後までファーナと一緒にいるわ」

「では、濃いコーヒをご用意いたしておきます」

「お願いね」


 そこへ、ファーナが駆けてきた。手には子ウサギを抱いている。


「お母さま! ほら、ウサギよ」

「あら、どうしたの?」

「罠に掛かってたの。飼ってもいい?」

「それはいいけど」

「食用のために仕掛けた罠に掛かったウサギの親のそばにいた子供です。そのまま置いて行くのはいやだとおっしゃって」


 恐縮しながらカストが説明をする。


「ファーナが面倒を見るならいいわ」

「いいの?必ず面倒見るわ!」

「ファーナさま これに入れてお持ち帰りください」


 いつの間に用意したのか、カストが草で編んだ檻カゴをファーナに差し出した。


「あら、あなた器用ね」


 エレノアが褒めると、カストは顔が真っ赤になった。


「カスト、どうしたの?熱が出たの」


 マルセルの容赦ない艦砲射撃で、カストは耳まで真っ赤になった。

 辺りに、カストを指刺して囃し立てる娘たちの声が響き渡った。


 夕方まで農園と花園を歩き回り、母屋で夕食を摂り、お風呂に入って寝間着の上にガウンを羽織ったエレノアとファーナはジャンヌに付き添われて尖塔に向かった。

 戸口で待っていたマルセルが二人を招き入れ、寝室にする屋根裏部屋まで案内した。

 しばらくそこで母子の時間を取ってもらい、その間にジャンヌとマルセルは入浴して寝間着に着替えた。

 すると、エレノアだけが下りて来た。


「ファーナは疲れたみたい。すぐ寝ちゃったわ」

「お茶をお持ちしますね」


 ジャンヌがハーブティと、マルセルのためにミルクティを作り、テーブルに並べた。

 ハーブティを一口飲んだ後、エレノアが階段を指差して言った。


「あれがあなたたちの先生と言う訳ね。殆んどの本が難しい内容だったでしょう」

「わかるものから順に並べ替えてあったんです。今は一階から二階までの本を読んでます」

「それでもすごいわよ。この本はどなたのものなの?」

「シフォン家の代々の奥さまたちが集められたものと聞いてます」

「この尖塔の中に置いてある家具や内装は、先代の奥さまの手によるものとか」

「そうね、なぜかここに居るとすごく落ち着くわね」


 ジャンヌが階段の所に歩いて行き、床を指差した。


「先代の奥さまはこの石の上が気に入られて、それでこの石を中心にして尖塔を造られたそうです」

「私にはあまり感じられませんが、マルセルさまには気持がいいようで、よくこの上で寝ておられます」

「特にこのーー」


 ジャンヌが石畳の中央にある、指が入るくらいの小さな穴を指差す。


「この穴から美味しいものが漏れてくると言われて」


 マルセルの顔が真っ赤になる。


「ジャンヌ 恥ずかしいから言わないで」


 エレノアも石の所まで歩いて行き、その上に座り込んだ。

 石畳は真っ二つに割れていて、その割れ目の中央に穴がある。

 そっとそこに手を当てると、すぐに優しくエレノアを包み込む癒しのような空気を感じた。


ーーなるほど、これがシフォン家の精霊の力の残滓なのね。先代で途切れてしまったということなのかしら。

ーーじゃ、デノーテの持っている力は、やはりモードネス家の精霊の力ということね。


 思いを巡らしているエレノアをジャンヌの声が呼び覚ました。


「私たちが住むようになってからは、マッケンさんとガストに手伝ってもらって便利にしてもらいました」

「つまり、今のこの内装はジャンヌのセンスということね」

「いえ、私はマルセルさまの思いを伺いながらーー」

「謙遜しないでいいわ。あなたは本当に素晴らしいメイドさんね」

「ありがとうございます」


 横でマルセルがどうだと言わんばかりに身をそらせている。


 今度はマルセルを見てエレノアが言った。


「この子もすごく気になるのよね。この子のお母さんのことは聞いてる?」

「いえ、マルセルさまとだけしか」

「そうなの?気になるのよ。髪の毛の色が私と同じなものだから」

「ですが、お生まれになった時には光らなかったと聞きました。」

「となると、やはり思い過ごしかしら」


「ところで、ファーナは寝ちゃったけど、夜は何をする予定だったの?」


 エレノアがマルセルに聞いた。


「肝試し!」


 マルセルが叫んだ。


「おうちの周りを歩くの。あっ、忘れてた。オバケのカストがまだ外で待っているんだった」


 マルセルがカストを呼びに飛び出して行った。


「じゃ、ジャンヌ カストと一緒にお茶にして、今日はお開きにしましょうか。私も慣れない畑仕事で疲れたわ」

「はい、王妃さま」


 次の日の朝、屋根裏部屋の寝室を覗ったジャンヌは、疲れて熟睡している二人を見ると、母屋に急ぎ、朝食の時間をずらして昼食として用意するようお願いした。

 そして二人が起きてくるまで待っていた。


 昼前になってようやく二人が慌てて降りて来た。


「すっかり、寝過ごしちゃって。迷惑かけてない?」

「いえ、疲れは取れましたか」

「おかげさまで」

「ではこちらで洗顔をどうぞ」

「二階に着替えの用意も出来ております」

「何だか、騒がしいねぇ」


 眼をこすりながら、マルセルも起きてきた。ジャンヌが甲斐甲斐しく洗顔の手伝いをする。

 着替えを済ませて降りて来たファーナがマルセルを見つけると、駆け寄ってきて抱きついた。


「せっかくのお召し物が濡れますよ」


 ジャンヌの言うことなど聞く様子も無かった。


 準備を整えた二人が母屋に向かうと、前に来た時と同じ東屋に、朝食の用意が出来ていた。

 エレノアに乞われて、今日はデノーテも席に着いた。

 ファーナはマルセルとも一緒に食事をしたいと言ったが、ジャンヌに一言たしなめられた。


「それはなりません」

 そう言われた時は諦めるよう教育されていたファーナは渋々諦めるしかなかった。

「その代わり、お帰りの際にもう一度尖塔にお寄り下さい」


 ファーナの耳元で小さく囁いたジャンヌの言葉に、ファーナの笑顔が戻った。


 帰りの馬車の前で、エレノアがデノーテの手を取った。


「デノーテ 今回も無理なお願いを聞いてくれてありがとう。楽しかったわ」

「喜んでいただけて、よろしゅうございました」

「ここであなたに言ったこと、忘れないでね。いつでも力になるつもりよ」

「ありがとうございます。その時が来ましたらよろしく」

「悪いようにはしないわ」


 二人が帰って行った後、居室でデノーテはエレノアの言葉の真意を考えていた。

 言われてみれば、今のままだとデノーテにもアスクにも将来が見えて来ない。

 アスクがジョセ王子と仲が良いなら、それでも良いように思われるが、エレノアの話を聞いていると、エレノアはジョセよりもファーナに肩入れしているような気がする。

 つまり、ジョセに加担するアスクには未来は無いぞと言われたも同然だ。

 そんなことはデノーテ一人が考えることでは無いので、バッセに相談したかったが、当のバッセはここ一ヶ月、顔を見せていない

「あの人、当主としては失格だわね」


 小さく呟いて、明日からの客の準備のために階下に降りて行った。


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