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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
22/28

王妃の訪問

 ランチとディナー、そして宿泊から明日の朝食までが今回の行幸の予定になっていたが、王都を出た馬車がシフォン家に到着したのは夕暮れ前になっていた。


 ようやく届いた前触れを聞いて馬寄せで待っていたデノーテたちの前に馬車が停まり、エレノア王妃とファーナ王女が降りて来た。

 ファーナ王女は王妃と同じ銀髪だったが、良く見ると父であるグーテ王と同じ金髪も混じっており、陽の光を受けてホワイトゴールドのような何とも言えない色合いになっている。

 目はエレノア王妃と同じ銀色だった。


 カーテシーで迎えたデノーテは、二人を居間に案内して旅の疲れを労った。


「お疲れでしたでしょう?我が家自慢のお茶を用意させました」

「何かあったのかと心配しておりましたのよ」

「国の北の端から南の端まで来るのにこんなに時間が掛かると思わなかったわ」

「もう夕方ですので、ディナーの準備をさせております」

「予定を狂わせてしまって、ごめんなさいね。」


 くつろいでいる二人の前に一人のメイドがお茶のセットを運んで来た。

 お茶の用意を始めた娘を見たエレノア王妃は、お披露目で騒ぎを起こしたあの娘だと気づいた。


「あら、あなたはーー」


 言いかけて口をつぐんだ。彼女は今、メイドとして大事な仕事をしている最中なのだ。


「どうぞ」


 二人の前にお茶を置き、ジャンヌが礼をして後ろに下がる。

 茶葉の何とも言えない良い香りが鼻を擽る。

 カップを口に当てると、熱過ぎもせず、一口啜ると茶葉の味が口いっぱいに広がった。

 至福の時というのはこういうのを言うんだろうと、しばらく目を瞑る。


「お母さま、このミルク、美味しい」


 可愛い声に呼び戻された王妃が目を開けて声のする方を見ると、ファーナ王女がカップを抱えて飲んでいるのはミルクティーだった。

 手を上げてメイドの娘を呼び、話しかけた。


「わざわざこの子のために?」

「はい、小さいお子には、お茶だけでは少々渋いかと思いましてーー」

「あら、ありがとう。実はね、ファーナはお茶が苦手なのよ」


 エレノア王妃は、ちょうど良い話のきっかけになったと、ジャンヌに声を掛ける。


「あなたは確か、今年のお披露目の場でダンクスに突っかかっていた娘よね?」

「はい、あの時は失礼をいたしました」

「いいのよ。お蔭でシフォン家の食事を堪能出来るのだもの」


 少し意地悪く続ける。


「あなたさえ良ければ、ファーナ付きになってもらってもいい位よ」

「私にはマルセルさまがおられますのでーー申し訳ありません」

「マルセルーーああ、私と同じ銀色の髪をした子ね?」

「はい」

「あなたは本当に物おじしない強い子ね。なおさらファーナのーー」


 言い掛けたその時、食堂の準備が出来たと知らせがあった。


「ディナーの用意が整ったようですので、こちらにどうぞ」


 デノーテに促され、王妃と王女は食堂に向かった。


 大きなガラス窓と、視界を遮らないように極力細く造られた柱など、庭の景色を楽しむための工夫がされたシフォン家自慢の食堂の窓際に置かれたテーブルに二人分の席が用意されていた。

 シフォン家では、景色と食事を存分に楽しんでもらうために、挨拶をした後は客から求められた時以外は客前に出ないようにしていた。

 たとえ客が王妃と言えど、デノーテは食堂に顔を出さなかった。

 給仕は全てジャンヌ一人に任せられていた。


 料理はコック長のエストールがシフォン家の野菜を使って腕によりをかけて作ったもので、お披露目の場でマルセルやジャンヌがダンクスに立ち向かった理由は、一口口にしたエレノア王妃にもわかった気がした。


「負けちゃったわね」


 あっさりと負けを認めた。

 しかも、テーブルに置かれたワインを飲んだ王妃はもっと驚かされた。


「これは、どこの何年物のワインなの?」


 ジャンヌが前に進み出て、得意さを隠してさり気なく言う。


「シフォン家で昨年収穫したブドウで造ったワインです。お口に合いませんでしたでしょうか」

「いえ、すごく美味しいわよ。王都でも滅多に味わえない物よ。でもそんなに若いお酒なのに、すごく深みがあるのね」

「これには愛情が込められていますから」

「えっ」


 思いもかけない返事にエレノア王妃は何かの冗談かと驚いた。


「マルセルさまが樽の前で、”美味しくなれ、美味しくなれ”と毎日唱えられてました」


 からかわれたのかと唖然としたエレノア王妃だったが、ジャンヌが決して冗談で言っているのではないことを見て取って、満面の笑顔になった。


「まあ、それは美味しくなるに決まってるわよね」

「シフォン・マルセル産というわけね」

「あなたたち、最高よ」


 我を忘れてケラケラと笑い始め、しばらくは王妃の笑い声が食堂に響いていた。


 一夜明けて、予定では二階のテラスで朝食を摂ることになっていたが、ファーナ王女が少し駄々をこねた。


「庭で食事をしたい」


 ファーナ王女が自分の希望を口にすることは珍しいらしく、すぐにエレノア王妃が場所の変更をデノーテに打診してきた。

 タンカとマーサはすぐに手分けをして、庭に植えられた花が最も良く見える東屋にテーブルを準備した。

 デノーテが警護のために家人をつけようとしたが、王妃がやんわりと止めた。


「ごめんなさい デノーテ 久しぶりだから、娘と二人だけで食事したいわ」

「それに、すごく頼りになるメイドさんがいるじゃない」


 デノーテには何のことやらわからなかったが、王妃の言うとおりに屋敷の中で待つことにした。


「大丈夫かしら」


 気をもんでいるデノーテを見て、マーサがそっとデノーテの傍に寄って行き、囁いた。


「任せてください。大丈夫ですよ、奥さま」


 マーサの自信ありげな物言いに、デノーテも自分を落ちつかせた。


 朝食のテーブルについた二人の前にはパンとスープとサラダが並べられている。

 ジャンヌは王妃の前には熱々のウサギのもも肉のローストの皿を置き、ファーナ王女の皿には丸い大きな黄色いケーキのような物を置いた。


「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」

「いい匂い。これなあに?」


 ファーナが問うと、ジャンヌが答えた。


「姫さまには、朝からお肉はきついと思いましたので、これは卵焼きです」


 それを聞いたファーナが、スプーンですくって口に入れた。


「わあ、ふわふわ これが卵焼き?美味しい!」

「ねえ、ファーナ 私にも少しちょうだい」


 王妃がねだり、ファーナがすくって差し出した卵焼きを一口食べて、ほほ笑んだ。


「本当に美味しいわね」


 それを見たジャンヌが得意そうに言う。


「実はこれ、例の秘密の可愛いコックが味付けしました」

「会いたい!」


 ファーナが言うと、ジャンヌが生垣の向こうで様子を見ていたマルセルを二人の前に連れて来た。


「マルセルと申しましゅ」


 夕べ教えてもらったカーテシーをする。


「美味しかったわよ 腕の良いコックさんね」


 エレノア王妃が声をかける。


「いえ、私は横で”タマゴさんガンバレ”と声をかけていただけでしゅ」


 それを聞いたエレノア王妃が気がついた。


ーーそう言えば、ワインの時も同じようなことを言っていたわね。


「もしかして、あなた”祝福”を使えるのかしら?」

「それって何でしゅか?」


 わけがわからないと言う風にマルセルが首を傾げる。


「私の実家のシバー家ではそう言うの」

「そう言えば、あなたの髪も私と同じ銀色よね」

「本当に私と縁があるのかも知れないわ。これからもがんばってね」

「はい、ありがとうございましゅ」


 食事が終わるころ、王妃がジャンヌに尋ねた。


「シフォン家の農園の長には会えないのかしら」

「すぐ来るように申し伝えましょう」


 突然王妃から呼ばれて驚いたマッケン爺さんが息を切らして駆け付けて来ると、王妃の横にはダンクスが立っていた。

 此奴は誰だとちらっと不審な目でダンクスを見て、マッケン爺さんは王妃の前にひざまずいた。


「わ、私がここの農園を任されているマッケンと申します」

「ダンクス あれを」


 ダンクスは布袋を一つ取り出し、マッケン爺さんに渡した。


「これは?」

「王室の農園だけで育てられている野菜の種です。あなた達の手で育てるとどうなるのか知りたいのです。楽しみにしていますよ」


 思いも掛けない王妃の言葉にマッケン爺さんは驚いた。


「よろしいんですか。王家の物は門外不出と聞いておりましたが?」

「その代わりと言っては何ですがーー」


 そばにいたダンクスを促して前に出させた。


「ダンクスを預かって頂きたいのです。彼が帰る時には、私もお土産が欲しいですし」

「なるほど、儂に直接そう言われるということは、その件については、うちの旦那は儂が説得せよと言うことですかな」


 王妃はニコッとほほ笑んだ。


「心配しなくとも、バッセには何も言わせませんよ」

「ここのラディッシュも美味しいですが、シャンツ家のサラダ菜は今でも最高ですよ」

「ハハハ わかりました。力を尽くしましょう」

「この花畑もステキね。これもあなたが?」

「はい」

「では、後のことは二人でよろしく」


 テーブルに戻ると、お茶の用意がしてあったので、親子は食後のお茶を楽しんだ。


「あの尖塔も景色に映えて綺麗ね。すごく和めるわ」

「あれも庭師のマッケンさんの傑作の一つです」


 ジャンヌがさりげなくマッケンを称える。

 それを耳にしたマッケンは年甲斐もなく顔を真っ赤にしてしまった。


「お母さま、私もあの塔が好き。大きくなったら、あんな所に住みたい」

「そうできたらいいわね」

「うん」


 二人は久しぶりに母子水入らずで朝の時を過ごした。


 帰りの馬車に乗り込む前に、エレノア王妃はデノーテに笑顔を見せた。


「すばらしかったわ デノーテ」

「お気に召していただけたようで良かったですわ。ジョセさまにはアスクも良くして頂いておりますし」


 すると、エレノア王妃が右手を額に当てて、天を仰ぐ。


「ああ、でも有名なのよ。あの三人」


 王妃はどうにもならないという顔をして続ける。


「ジョセ、シャーク、アスクのげんこつトリオってね。プライドの塊が三つ集まると、コチコチに固いってことらしいわ」

「我が子ながら頭が痛いのよ。デノーテも何とかしないとダメよ」

「気が付きませんで、申し訳ありません」


 王妃からそんな話が出ると思っていなかったデノーテは慌てた。


「三人とも、本当は出来る子たちなのにね。残念だわ」


 そう言うと、王妃はファーナを促し、馬車に乗り込んだ。


「楽しい休暇を有難う。デノーテ」


 王妃はデノーテの手を取った。


「また呼んでくれると嬉しいわ」

「では、次は湖畔のあの林が赤くなる秋頃は如何でしょうか」

「そうね、楽しみにしているわ。それにあなたの悩みも聞いてあげたいし」

「えっ」


 驚くデノーテに王妃が掛けたのは、思いもかけない言葉だった。


「旦那さまのことよ。それにあなたの実家のことも」

「決心がついたら教えてね」


 そう言ってニコっとほほ笑んだ。

 意味深な王妃の言葉にデノーテには返答が出来なかった。

 じっとデノーテの様子を見ていた王妃は真面目な顔に戻って前を向き、御者に「出しなさい」と命じた。

 動き出した馬車の中でファーナ王女が王妃に話しかけた。


「お母さま、楽しかったですね」

「そうね。秋にまた来れるわよ」

「本当?わあ、うれしい」


 馬車が尖塔の脇の小道を進んでいると、尖塔の前の花壇に女の子が立っていた。

 ファーナが気づいて手を振ると、女の子はお辞儀を返した。


「どうしたの? ファーナ」

「卵焼きの女の子がいた」

「あら、そうなの」

「ファーナ、お友達になりたい」

「そうね、また今度来た時に、お友達になるといいわ」


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