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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
20/64

騒動

「ふん、やはり来ませんね」


 閑を持て余したジャンヌがボソッとひとり言を言うと、大きな伸びをして言った。


「さて、美味しいものでもたくさん食べて帰りましょうかね」

「ジャンヌ、可愛いのにね。ダンスも頑張って練習したのにね」


 その様子を見ていたマルセルが残念そうに言う。


「光の冠が出なかったですからね。仕方ないですよ」

「何でも出来るのにね」

「誰もそんなこと知らないですからね」


 ジャンヌがテーブルにあった料理を皿に取り分け、手がテーブルに届かなかったマルセルに渡した。

 それを受け取って、一口食べたマルセルが、周りの皆に聞こえるような大きな声を出した。


「美味しい。でもジャンヌの作った野菜の方がもっと美味しい!」

「おやおや、それは聞き捨てならないなあ」


 そこに声を掛けて近づいて来た者がいる。


「おい、王都の野菜は最高なんだぞ」


 少し小太りの、平服だがさっぱりした身なりの中年の男だった。

 お酒が入っているようで、息が酒臭い。


「子供の言っていることです。いい大人が一々目くじら立てないでください」


 面倒くさいことになったと思ったジャンヌが、軽くあしらってしまった。


「なあ、王都の野菜はな、最高なんだぞ」


 それでも同じことを繰り返してきた。

 本当に面倒になったジャンヌが男を睨みつけた。


「私のご主人であるマルセルさまが、私が作った野菜の方が美味しいと言われたのをーー」


 そう言いながら自分の人差し指を男の顔の前に突き出す。


「あなたはこの私に、それを否定させろと言われるのですか」


 ジャンヌの、このきつい一言に、男は一瞬たじろいだが、今度はこぶしを振り上げて来た。


「こ、この生意気な娘め!」

「力づくですか。お相手しますよ」


 ジャンヌも負けていない。

 相手の男も、小娘にここまでコケにされ、それを大勢の人に見られてしまっては引き下がることも出来ず、振り上げた手をどうしようかと迷っていると、今まで黙っていたマーサが口を開いた。


「あなたは確か、王都の農園の方ですよね?」

「私たちはシフォン家に仕えている者ですが、シフォン家の評判はご存じないのかしら」


 もちろん、その男はシフォン家の評判は良く知っていた。

 ”王都の野菜より美味しいんじゃないか”と巷では噂されていた。

 こりゃ、ヤバイ奴らに絡んでしまったと、酔いも冷めかけた。


「あなたは、そのシフォン家の野菜にもケチをつけるつもりですか」

「いや、そういう訳じゃない。お前らがシフォン家の人間だと知らなかっただけだ」

「あなたはどなたです?」

「ーー王都の農園を任されているダンクスだ」


 仕方なく答える。


「そのダンクスさんがーー大人げないことを」

「いや、悪かった。料理を運ぶのを手伝っていたら、そいつにーー」


 マルセルを指差して、今にも泣きだしそうな声で言う。


「俺たちの野菜を悪く言われたような気がしてよ」


 そんなダンクスをじっと見つめていたマルセルが一言。


「ジャンヌの作った野菜の方が、もっと美味しいよ。本当だよ」


 傷口に塩をたっぷり擦りつけてしまった。


 ダンクスの顔色が見る見る赤くなっていくので、ダンクスがキレるんじゃないかと周りにいた人たちはハラハラしたが、そこに割って入った者がいた。


「そこまでにしなさい、ダンクス。せっかくの娘たちの晴れの場を、酔っぱらったあなたがぶち壊してはいけないわ」


 驚いた皆が、声のする方を見ると、そこにはエレノア王妃が立っていた。


「す、すみませんでした」


 ダンクスはお辞儀をすると、逃げるように去って行った。


「あなた、とても大胆な子ね」


 エレノア王妃はジャンヌに向き合うと、じっとジャンヌを見つめてくる。

 ジャンヌも負けずに見つめ返す。

 エレノア王妃はクスッと笑うと呟いた。


「あのままにしておいたら、ダンクスが気絶させられてたかも知れないわね」


 ジャンヌのそばでじっと王妃を見つめていたマルセルに気が付くと、王妃はマルセルに顔を近づけて尋ねた。


「あら珍しい。私と同じ銀色の髪なのね。お母さまはどなた?」

「この子が一歳の時に、私どもの主がお屋敷に連れて来られたので、私どもにはわかりかねます」


 マーサがおずおずと答える。


「どこの?」

「シフォン家でございます」

「ああ、あのーー」


 王妃もバッセのことを知っているらしい。


 王妃は自分の髪を指先に巻き付けながら、マルセルを見つめたまま言った。


「この銀色の髪はね、私の実家の遺伝なのよ。どこかで縁があったのかしらね」


 ニコッとほほ笑んで立ち上がったが、今度は不機嫌そうな顔をマーサに向けて言った。


「だけどこの子に、”王都の物より美味しい”と挑戦されたのは見過ごせないわ。シフォン家の野菜がどんなものか証明して欲しいわね」

「挑戦された以上、私も受けざるを得ないでしょう?」


 マーサを睨みつける仕草までする。

 マーサは身も凍る思いで言葉を絞り出した。


「あの、帰りましたら、私どもの主の方から、王妃さまをご招待申し上げるよう、お伝えさせて頂きます」

「そう? 待っているわ」


 歩き始めたエレノアが足を止め、振り向くと、今度は微笑みを浮かべてマーサに問うた。


「聞けば、朝の景色もすばらしいらしいじゃない?」

「ご、ご宿泊も、ご用意させていただきます」

「気が利くわね。ファーナにも見せてやりたいわね」

「王女さまですか? 他にはどなたが?」

「二人だけでいいわ」

「かしこまりました。我が主からのご招待を、お待ちくださいませ」

「楽しみにしてるわ」


 エレノア王妃が向こうの集団の方に去って行くと、マーサがジャンヌにもたれかかってきた。

 マルセルがマーサの足を見て聞いた。


「マーサ寒いの? 足が震えているよ」


 シフォン家では気丈に振舞っているマーサにも怖いものがあるんだなと、そばにいた皆が笑った。


「ジャンヌ、まだ足の震えが止まらないわ。王妃さまと間近で話すなんてーー」

「本当にもう、マルセルさまもジャンヌも、あんなことは絶対止めてちょうだい。私の寿命が縮んだわよ」

「帰ったらすぐ、奥さまに招待状を書いていただかなくてはいけないわ」


 ジャンヌが横から口を出す。


「マーサさん、あのダンクスさんにも野菜を届けてあげて欲しいんですが」

「そうね、もう一度ギャフンと言わせてやらないと気が済まないわよね」

「はい」


 ジャンヌの母は、娘の堂々としたやりとりを横で見ていて、声も無かった。


 帰って来たマーサから、王妃の意向を聞いたシフォン家では大騒ぎになった。

 すぐに王室と日取りなどの打合せやら準備を重ね、瞬く間に王妃一行の来る日が来た。



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