お金が欲しい
ジャンヌの畑を手伝いに来ていたカストが、ジャンヌ手作りの昼食を食べた後に、袋から引っ張り出した材料で何かを作り始めた。
それを見たジャンヌがカストのそばに行き、尋ねた。
「カスト、何を作っているの?」
「これか? 弓と矢さ」
そう言って、作りかけていた弓を得意そうにジャンヌに見せる。
ジャンヌにはどう見ても玩具にしか見えなかった。
「へぇ、そんなものどうするの?」
興味無さそうに聞くので、カストは仏頂面をする。
「ウサギを狩るんだよ」
「ウサギなら罠でも捕まえられるじゃない」
「奴らもこの頃賢くなってさ。最近、罠には何も掛からないだろ」
ジャンヌはここしばらく、ウサギの肉にありつけてなかったことを思い出した。
罠に掛かるウサギが少なくなったのだ。かと言って、畑に出てくるウサギは以前と変わらない。
「そう言えばそうね」
「何日か前、騎士団の連中が食事に来てたじゃないか」
「あの中の一人が弓を持っていたんで、見せてもらったんだ」
「これだと、少し離れててもウサギも狩ることが出来るんだぜ」
カストが胸を張る。
「へえ、お手並み拝見だわね」
そう言って、ふんと鼻を鳴らしたのをカストは聞き逃さなかった。
「あっ、お前、信用していないな!」
「だって、カストだもの」
「出来上がったら、見てろよ!」
何日かしてようやく、カストは一組の弓矢を作り上げた。
騎士たちの持つものに比べれば、一回りも二回りも小さい玩具のようなものだったが、練習を重ねて矢が的に当たるようになると、二人で連れだって畑に行き、野菜を食べに来ているウサギを狙った。
以外にもカストの腕は大したもので、その日は大きなウサギを三羽も仕留めた。
「カスト、すごいじゃない。見直したわ」
「石投げで練習してたからな。でもやはり、弓で狩った方が簡単で、たくさん獲れるな」
「ねえカスト、そんなにたくさんウサギを狩ってどうするつもりなの」
「マッケン爺さんは、お前の狩ったものは好きにしていいと言ってくれたからねーー」
「肉を村で売ろうと思ってる。エストールさんも持ってくれば買ってやると言っていたし」
「自分だけの道具を揃えるために、お金を貯めるんだ」
「ウサギって、売れるの?」
売るなんて考えたことの無かったジャンヌは驚いた。
「ああ、一羽が銅貨三枚くらいかなぁ。この平原にはウサギがたくさんいるから安いんだよ」
「森に行けばもっと大きな動物もいるから、そっちの方が稼げるんだろうけど、俺たちは武器を持っていないからな。この弓矢だけじゃ難しいかな」
それを聞いたジャンヌはしばらく考えていたが、カストの手を取って言う。
「ねえカスト、私にも弓矢を作ってくれない」
「何でだ?」
「私も、お金を稼ぎたいのよ」
「お前、給金もらっているだろう」
「全部、父さんが持って行ったわ。十年分前払いで」
「だから、お小遣いしか貰ってない」
「そりゃあ酷いな。わかった。少し待っててくれるなら作ってやるよ」
「ありがとう。お願いね」
ジャンヌがお金を貯めたいと思ったのには理由があった。
もうすぐマルセルが五歳になるのだ。
五歳になれば”聖女の証”の鑑定を受けられる。
ーーシフォン家のご主人はマルセルさまに”聖女の証”の鑑定を受けさせるお気持ちは無いみたいだものね。
マルセルに”聖女の証”の鑑定を受けさせるのはジャンヌの勤めだと思っていた。
だがジャンヌには、まだ両親といっしょに住んでいたころの、”聖女の証”の辛い記憶があった。
「ねえ、お母さん 隣のマリーちゃんは、明日教会で”聖女の証”をもらうんだって」
台所の後片付けを手伝いながら、ジャンヌが言った。
母は、やれやれといった顔をしてジャンヌに答えた。
「ああ、ベックはどうしてもマリーを聖女にしたいんだろうね」
ーーなぜそんなに聖女にしたいのかなぁ?
不思議に思ったジャンヌが聞き返す。
「どうして?」
「そりゃあ、聖女だってことになりゃ、お金持ちから嫁の貰い手がたくさん来るからさ」
「でもマリーは、生まれた時にも光は舞わなかったらしいから、折角のお布施も無駄になるんじゃないのかねえ」
ーーそうかあ、お嫁さんになれるのかぁ。私もなりたいな。
「教会に行けば、私でも”聖女の証”がもらえるのかしら?」
「ハッ、私も、お前の父さんも、平民だからね」
「ご先祖さまに聖女がいたなんて聞いたことも無いしさ」
ーーだめなのかな?そんなことないよね。
「でも、鑑定してもらわないとわからないんでしょう?」
「お布施が大変なんだよ。駄目ってわかっていて大金を出せるほど、うちは金持ちじゃないんだ」
「お姉ちゃんも鑑定には連れて行ってないし、今度の十二歳のお披露目だって、どうしようかと悩んでいるんだよ」
「どうせ、光の環なんて浮かぶはずないしね」
女の子が十二歳になると、王家主催のお披露目という儀式がある。
王族の前でカーテシーをすると、精霊の力を少しでも持つ娘の頭上に光の環が浮かぶらしい。
ただ最近は光の輪が浮かぶ娘は稀らしく、少しでも光れば、その後の舞踏会で若い男たちが群がって結婚の申し込みをしてくると聞いている。
精霊の力があるということは、平民にとっても人生を大きく変えることができる希望なのだ。
そこへ父が帰って来て、どっかと椅子に腰掛けるなり、母に話しかける。
「ベックはあちこちから金を借りまくって、お布施を作ったらしいぞ。娘が”聖女の証”をもらったら、倍にして返すと息巻いているらしい」
「お布施の額で”聖女の証”が買えるというものでもあるまいにねぇ」
「あの鑑定をする牧師は、お布施が大そう好きらしいからな。そりゃ、わからんぞ」
「あの牧師ならね」
鑑定にやって来る牧師のお布施好きはこの村でも有名だった。
二人は笑っていたが、父は急に真顔になった。
「ベックも今度こそ、村を出て行かざるを得なくなるぞ」
母はジャンヌの方を向いて言った。
「そうなるのが嫌だったら、お前も”聖女の証”が欲しいなんて言わないでおくれ。そんなことより、さあ、掃除を手伝いな。それが終わったら洗濯だ。その後は料理を手伝うんだよ」
次の日の夕方、ジャンヌは家の裏のベンチにしょんぼりと座っているマリーを見つけた。
ジャンヌはベンチに並んで腰かけて、マリーに尋ねた。
「マリーちゃん、どうだった?」
「ダメだった。そのせいでお父さんはお酒を飲んで酔いつぶれているしーーお母さんは押し寄せて来た借金取りをなだめるのに大変だしーー」
「私のせいだわ。どうしたらいいんだろう」
マリーが泣き出した。
ジャンヌはマリーが泣き止むまで、その背中をさすり続けていた。
次の朝早く、隣の家から響いて来た大人たちの罵声でジャンヌは目が覚めた。
静けさが戻り、そっとマリーの家を覗いてみると、家はもぬけの殻となっていて、マリーの姿を見かけることは出来なかった。
母がため息をついて言った。
「言わんこっちゃないやね」
「昨夜、そっと挨拶に来ていたが、これからどうするつもりなんだろうね。王都にもシフォン領にも居られないだろうし、モードネス領やシバー領は寂れてるから、行っても生活も大変だろうしね」
「伝手があるとは言っていたけどねぇ。マリーも、これから鍛えて一人前にしようってとこだったのにーー可哀そうに、ベックが一攫千金を狙うもんだから。ジャンヌ、お前はしっかり修行するんだよ」
「”聖女の証”なんて、夢だと思いな」
「うん」
ジャンヌがもう一度マリーの家に行ったのは、金を貸していた男たちが家の中から金目になりそうな物を引きずり出した後の夕方だった。
壁板はもちろんのこと、屋根の瓦まで外して持って行かれて、残っていたのは薪にもならないような柱と竈の跡だけだった。
廃墟に入って行ったジャンヌが、いつもマリーが座っていた辺りで、踏まれて壊れた花飾りを見つけた。
いつもマリーが頭に付けていた物だ。
「お母さんが作ってくれたの」
嬉しそうに話していたマリーの顔が浮かんだ。
ジャンヌはその花飾りを拾い上げ、家に持ち帰り、自分の衣装カゴの中にしまい込んだ。
それから三年が過ぎたころ、母と夕食の支度をしていると、父が慌てて家に帰って来た。
「ジャンヌ、お前の奉公先が決まったぞ」
突然なことに驚くジャンヌと母に、父が得意そうに言った。
「ご領主さまのシフォン家だぞ。名誉なことだ。うん名誉なことだ」
驚いた母はジャンヌの手を握り、泣き始めた。
「良かったじゃないか。お前が使える娘だってのは、この辺りの皆がよく知ってるからね。きっとご領主さまの耳にも届いたんだね」
「これで我が家も、お前のお陰で楽になるぞ。頑張ってくれよ」
「おい、前祝い酒だ」
母は仕方がないねという顔つきで、戸棚からワインの瓶を取り出した。
何か祝い事があったら、皆で飲もうと仕舞っておいたものだ。
「そんなだから、いつまで経っても貧乏なんだよ。結婚した時はあんなに腕の良い庭園職人だったのに」
嫌味を言うのは忘れない。
「仕方がないだろうが、親方が急に死んじまったんだから」
「目を掛けられていた分、皆の目がきつくて居辛くなったんだよ」
「俺だって独立してやれると啖呵を切っちまった」
「腕には自信があったんだけどな。一人でやるとなると、誰も信用してくれない」
「親方がいなけりゃ、ただの使い走り同然だった訳さ」
コップに入れたワインをグッと飲み干すと、父は母に言った。
「明日にでも連れて来いと言われてるから、お前、連れていってくれ」
「そうそう、給金は十年分前払いにしてもらっておけよ。ジャンヌはまだ子供だからな。小遣いだけ渡してくれればいいと言っておけ」
そう言うと、二杯目をコップに注ぎ、飲み干した。
もう、瓶が空になるまでその手が止まることは無かった。
ジャンヌは、シフォン家に来て以来、贅沢をするつもりは無かったが、必要な物を手に入れるにしても、毎月に貰う小遣いではどうしても足りず、何か月も我慢を重ねて貯めては手に入れてきた。
そんなジャンヌがどうしてもお金を手に入れたかったのは、来年マルセルがその”聖女の証”の鑑定を受けられる歳になるからだった。
マリーのことを見ていたので、自分は”聖女の証”の鑑定を受けられなくても仕方ないと思っていたが、それでも、自分も受けてみたかったという気持ちは強く残っていた。
それが、マルセルには絶対”聖女の証”の鑑定を受けさせたいという信念になっていたのだ。
カストが作ってくれた弓矢を受け取ると、二人はいっしょに練習を重ねた。
一ヶ月もすると、カストよりもジャンヌの方が正確に的に当てられるようになっていた。
「お前、すごいな」
「どうやれば、そんなに上手に当てられるんだ? 教えてくれよ」
ここでも、先生と生徒の立場が逆転した。




