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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
15/28

誕生日プレゼント

 楽しい夜も更け、皆が帰って後片付けをしていると、入り口の扉がトントンと軽く叩かれた。

 これまで夜に人が来ることは無かったので、ジャンヌはアスクが悪戯をしに来たのかと疑った。

 マルセルをソファの後ろに隠し、エストールがくれたナイフが近くにあるのを確かめると、小声で聞いた。


「どなた?」

「遅くにごめんね。マーサよ」


 ジャンヌはホッとため息をつき、マルセルに出て来るように手招きする。

 扉を開けると、そこにはメイド長のマーサが立っていた。


「どうぞ 入ってください」

「ごめんね。昼間は坊ちゃまの目があるからね」

「これを持ってきたのよ」


 マーサの手には、畳まれた白いドレスと一反の可愛い花柄の反物があった。


「これは私が用意したものだから、心配しないでね」

「本当は娘のお披露目に着せるつもりで作ったドレスと反物なの」

「娘は森へベリー摘みに行った時、精霊に触られてーー」


 しばらく声が無い。


「命を落としたの」

「いっしょにいた娘さんに向かって精霊が飛んで来たらしいけどーー」

「うちの娘が庇おうと手を出して、精霊に触れたらしいわ」

「だから、あなたのお披露目で娘の代わりに着てくれると嬉しいわ」


 もう一つの反物はマルセルに渡した。


「ジャンヌは裁縫が出来るから、これで服を作ってもらってください」

「ジャンヌ、裁縫道具も持ってきたからね」

「ありがとうございます」

「長く居ると坊ちゃまに不審がられるかも知れないから、もう行くわね」


 マーサは二人を抱いて言った。


「お誕生日、おめでとう」


 扉が閉まり、マーサの足音が聞こえなくなると、マルセルが声をひそめて聞いた。


「精霊って人を殺すの?」

「聞いた話では、精霊の力を受け止めきれなかったら死ぬとか」

「精霊もそんなことするつもりは無いから、受け止められそうな人でないと近寄らないと聞くんですけど」

「マーサの娘さん、お友達を庇おうとしたんだよね」


 しばらくすると、また扉が叩かれた。

 ジャンヌが扉を開けると、今度は執事のタンカが立っていた。


「やあ、遅くに悪いね」

「私はここに来れる立場じゃないんだが、どうしてもお祝いを渡したくてね」

「どうぞ、お入りください」

「いや、ここで結構だ」

「ここだと、ここに来たことを誰かに見られて困りませんか」


 ジャンヌが母屋を指差して、意地悪そうに言う。

 タンカは頭を掻きながら入って来た。


「じゃ、少しばかりお邪魔をさせてもらおうか」


 部屋に入ったタンカはマルセルのそばに行くと、口元に笑みを浮かべ、お辞儀をして言った。


「マルセルさま、お誕生日おめでとうございます」


 ジャンヌに向き直ると、上司の目つきになって言った。


「ジャンヌもおめでとう」


 タンカはしばらく部屋を見回していたが、安心したように笑顔になった。


「いや、皆から話には聞いていたが、あの物置がこんなに立派なお屋敷になるとは」

「皆さんのお陰です」

「散らかっていますけど、お茶でもどうぞ」

「どうじょ」

「有難い。いただくとしますかな?マルセルさま」


 子供の遊びに付き合ったつもりで一口飲んだタンカが驚きの声を上げた。


「ほう、これはまた美味しい」

「ジャンヌがね、森でお茶の木を見つけて、お庭に植えたの」

「それを私が摘んだのよ」


 マルセルが得意そうに言う。


「葉も一流。入れ方も一流。香りも味も素晴らしい」


 感心しているタンカの前にクッキーが積まれた皿が置かれた。


「残り物ですが、クッキーはいかがですか」

「いかがでしゅか」

「いただきましょう」


 期待を込めて一口食べると、驚きの表情に変わった。


「うん、これも美味しい」

「こりゃあ、エストールに発破をかけないといけませんな」

「エストールさんに指導してもらったんです」


 ジャンヌがうれしそうに言った。

 それを聞いたタンカは少し考えていたが、手にしていたカップをテーブルに置き、ジャンヌに向き直ると言った。


「ジャンヌ 本来なら私がお前の教育を進めなければならなかったのにーー」

「放っておくしか出来なかったのは申し訳なかった」


 そう言って、頭を下げた。


「だがそれでもここまで成長してくれて私はうれしい。お前はきっと立派なメイド、いや執事にだってなれるだろう」


 そう言って、もう一度頭を下げた。


「今後もマルセルさまのために頑張ってくれよ」

「はい」

「マルセルさま、良いメイドに恵まれましたな。私も肩の荷が一つ下りました」

「タンカさん、下ろさなくていいから、暇な時にはここに来て教えてください」

「教えてくだしゃい」

「そうさせていただきたいですな」


 タンカがカップを口に運び、お茶を一口すすり、恍惚の表情を浮かべる。

 しばらく目を瞑っていたが、思い出したように肩に掛けたカバンに手をやる。


「そうそう、私がここに来たのはーー」

「これをお渡ししようと思いまして」


 タンカがカバンから取り出して二人の前に置いたのは、紙の束とインクとペンが入った箱だった。手本にする本も添えてある。


「マルセルさまも、そろそろ字を憶えないといけないでしょうしーー」

「ジャンヌもちゃんとした文章が書けないといけません。シフォン家の一員として、これでお勉強してください」

「わあ、ジャンヌ もう石板使わなくてもよくなるの?」


 タンカは驚いた。


「ほう、もう字を学んでおられるのですか」


 ジャンヌが階段横の書棚を指差して言う。


「タンカさんが言われたように、あれを読んで差し上げようと頑張っていたら、横で見ていて憶えられたようです。少しずつですが」

「もうすぐ、一階の棚は読み終わるのよ」


 マルセルが得意気に続ける。


「ほう、それはすごい」

「一階には子供向けの本が集められていましたから、すぐに私にも読むことが出来るようになりました」

「それはバッセさまがまだお小さい時に、亡くなられた奥さまが子供にも手が届くようにとーー」

「確か、歳に合わせて学ぶべきものを、下の階から上に行くほど難しくなるように並べてあるんだよ」

「全部読み終わったら、ベッドを二階に移して、今度は二階の本棚の本を読むの」

「その時には手をお貸ししますよ」

「書棚は三階にもあるし、屋根裏部屋にもあるから、楽しみよ」

「本当に勉強がお好きなんですね」


 タンカはしばらく考えていたが、「アスク坊ちゃまもーー」と、言いかけて首を振った。


「いや、いらぬ愚痴になりそうだ」

「それでは夜も遅いので、失礼させていただきます。改めて、お誕生日おめでとうございます」


 いつもの澄ました表情に戻ったタンカが帰って行った。


 扉が閉まり、タンカの足音が聞こえなくなると、ふぁぁっとマルセルが大きなあくびをする。


「今日は忙しかったですからね。先に休んでください」


 マルセルを着替えさせ、ベットに寝かせると、寝ぼけ眼でマルセルが言った。


「ジャンヌ あの服が作れるね」


 尖塔の書棚で本に挟んであった服のデザイン画を見て、作りたいねといつも見ていたのだ。


「そうですね。明日からでも取り掛かりましょうか」

「やったぁ!」

「良いお誕生日になりましたね」

「うん!」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 マルセルが寝入ったのを見届けたジャンヌは、テーブルに近寄り、そこに置いてあったエストールがくれたナイフを手に取り、しばらく見つめていた。

 そしてマーサがくれたドレスを手に取り、それを胸に抱きしめた。




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