野菜を作る
料理長のエストールが夕食の準備を始めていると、大きなカゴを抱えたジャンヌがやって来た。
「皆さん、いつもありがとうございます」
ーーははぁ、久しぶりに夕食の賄を取りに来たな。
そう思ったエストールが声を掛けた。
「ジャンヌ、悪いな。まだ準備を始めたところだ」
「じゃあ、ちょうど良かったわ」
ジャンヌがテーブルの上にカゴを置き、掛けてあった布を取る。
「これ、皆さんで召し上がってみてください」
カゴの中にはいろんな野菜が詰まっていた。
あまりに立派で、しかも量も多かったので、どこかの畑から持って来たんじゃあるまいなと訝ったエストールが、慌ててジャンヌに問うた。
「これは、どこから持ってきたんだ?」
「私が育てた物です。えっと、マルセルさまといっしょに」
それを聞いて安堵はしたが、子供の作ったものを屋敷の食卓に上げるわけにはいかない。
賄ででも使おうかと考えながら野菜を一つ手に取ったが、その手はすぐに次から次へと他の野菜に移っていった。
全部見終わると、エストールはジャンヌに笑顔で優しく問いかけた。
「マッケン爺さんと一緒に作ったのか」
「誕生日に種をもらったので、作り方を教えてもらってーー」
「後は、マルセルさまと二人でやりました」
驚いたエストールはそばにいた弟子に、大急ぎでマッケン爺さんを呼んでくるように言った。
「何か問題がありましたか?」
エストールのただ事ならない様子を感じたジャンヌが、おずおずと聞いた。
「いや、そうじゃなくてだな。何と言うか」
エストールはそう言って、頭を掻くばかりで何も言わない。
そこに息を切らしたマッケン爺さんがやって来た。
「何だってんだ。エストール」
「まあ、これを見てみなよ」
そう言って、テーブルの上のカゴを指差した。
それを見たマッケン爺さんは一目見るなり、カゴに飛びついた。
「これは王都の農園のものか?どうやって手に入れた?難しかったろう?」
そう言ったきり、カゴの野菜から目を離さない。
「それがそうじゃないんだよな」
エストールはそう言って、頭を掻く。
マッケン爺さんの目はカゴの野菜から離れない。
「じゃが、これほどのものが作れるのは、王都の農園以外では考えられんだろう」
エストールはニヤニヤしながら、口元をマッケン爺さんの耳に近づけて、小声で言った。
「シフォン家の ーーそうだな、あえて言うならーー”第二農園”と言ったら、どうする?」
「うちには、”第二農園”なんか無いぞ」
エストールは訝しがるマッケン爺さんの顔をしばらく楽しそうに眺めていたが、ジャンヌを指差して得意そうに大きな声で言った。
「じゃ、”マルセル・ジャンヌ農園”と言い換えようか」
驚いてジャンヌと野菜を交互に見つめているマッケン爺さんの肩を抱いて、また囁く。
「見た目は王都の農園と大差は無いだろ?」
「ああ」
マッケン爺さんの目は野菜とジャンヌを交互に何度も見つめる。
「後は味だよな。爺さんも試食してみたいと思わんか?だから呼んだんだ」
そう言って、エストールが菜っ葉やラディッシュを切り分けると、すぐに二人は口に入れた。
口に入れた途端から、二人の目が大きく見開かれた。
しばらくはシャキシャキという音しか聞こえない。
「これはーーもしかすると王都の物より美味しいかも知れんな」
そう言って互いを見つめ合っていた二人だったが、同時にジャンヌを見て叫んだ。
「どうすれば、こんなにうまくなるんだ!」
「父に教えてもらった方法も使わせてもらいました」
「だからと言って、こんなに美味くは出来んだろう。他にも秘密でもあるのか」
「んーー、愛情ですかね。マルセルさまが毎日、”美味しくなれ、美味しくなれ”と言っておられましたから」
二人は顔を見合わせた。
やや間があって、二人は大笑いした。
「その通りだな」
しばらくして真面目な顔に戻ったマッケン爺さんがエストールに向かってしゃべり始めた。
「確かに、この種はジャンヌの誕生日に儂がジャンヌにやった。育て方を教えたのも儂じゃ」
「その通りにしただけでも美味しくなるはずじゃが、儂にだってそれ以上に美味しく出来る自信はある」
「じゃが、子供達だけで育てたものにーーそれに負けてしまうとはーー、儂も相当慢心していたようだの」
そしてエストールに向かって頭を下げた。
「エストール、すまんかった。お前さんの腕を生かす手伝いが出来てなかったようだ」
肩を落とすマッケン爺さんの肩を叩き、エストールが言った。
「爺さん、あんたの野菜は王都でもすごく評判でーーすでに王都産を越えているんじゃないかと噂されてるくらいなんだ」
「だからシフォン家で食事することを心待ちにしている貴族も多いんだぞ」
「謝ることはない。誇りに思ってていいのさ。美味しい野菜が使えることを、俺たちは誇りにさえ思っているんだ」
「そう言ってくれれば助かるがーー」
「上には上があったということじゃの」
「ああ、こいつは間違いなく王都の物を越えたかも知れんからな」
「お互い、うかうかしておれんようになったぞ」
マッケン爺さんはジャンヌの手を取った。
「ありがとう、ジャンヌ。久しぶりに目を覚まされたわい」
「昔、一緒に働いていた奴がそんなじゃったのを思い出したぞ」
「儂がここまで努力してきたのも、そ奴がいたからこそじゃが、何があったのか、急にいなくなってしもうての」
「この歳になって、またその時の屈辱を思い知らされるとはのう」
「そんな、大げさですよ。マッケンさん」
二人が騒いでいる様子を見て驚いたジャンヌが謙遜する。
その時、なかなか帰って来ないマッケン爺さんを探して、カストも厨房にやって来た。
「マッケンさん 次は何をしたらいいんだい?」
「おう、ちょうどいい」
「カスト、お前は明日から、午後はジャンヌの弟子になれ」
「えーっ、こいつ、俺より年下だぜ。それにここじゃあ、俺の方が先輩だし」
「腕はお前より確かじゃよ」
カストはプゥッとほほを膨らませた。
「でもそれじゃあ、爺さんの仕事が増えるぞ、いいのか」
「午前中に倍働いてくれればいい」
「えーっ、それは無いぞ」
「少し真面目に働けば何てことないさ」
「俺、真面目に働いてるぞ」
カストはむくれた。
「と言うことだ。ジャンヌ頼む」
マッケン爺さんがジャンヌに頭を下げた。
横に突っ立っていたカストの頭を手で押さえて、頭を下げさせる。
「じゃ、カストに手伝ってもらって、畑を広げてもいいですか?」
「おう、こき使ってやってくれ」
「えーっ」
ジャンヌが尖塔に戻ろうとすると、エストールが呼び止めた。
ジャンヌが振り向くと、エストールがマッケン爺さんの袖を引いて来て、ジャンヌに話しかけた。
「相談がある」
「お屋敷でレストランに出している野菜を、今の野菜よりもっと良くしたいんだ。王都の物など問題にならないほどに」
エストールが真剣な顔で言った。
マッケン爺さんが相槌を打って続ける。
「当然だろう。子供に出来ているものを、儂らには出来んとは言えんからな」
「それ以上を考えるしかないからの」
「ジャンヌ、虫の良い話だが、お前のやり方をカストに叩き込んでやってくれんか」
そう言って、マッケン爺さんがジャンヌに頭を下げる。
ジャンヌは慌てて、マッケン爺さんの姿勢を戻す。
「はい」
「儂の方も、いろいろ工夫をこらしてみようと思う」
マッケン爺さんは薄笑いを浮かべてエストールに向き直り、エストールの胸を小突いて言った。
「これまで以上の物が作れるとわかったんだ」
「お前も、これまでのやり方でいいと思うなよ」
「そうだよな。俺もウカウカしてられんよな」
二人はしっかりと手を握り合った。
そこに、なかなか帰って来ないジャンヌを探して、マルセルがよちよち歩いてきた。
皆が集まっているのを見つけると、片手を上げて近づいて来た。
皆の前で立ち止まると、ペコッと深くお辞儀をした。
「あーこんちわ」
そこにいた皆も、あわてて丁寧なお辞儀を返す。
そのマルセルを抱き上げながらジャンヌが、マルセルに話しかけた。
「お迎えありがとうございます。マルセルさま、帰りましょうか」
そして、皆に会釈すると、尖塔に向かって歩いて行った。
尖塔に向かう二人を見送ったエストールとマッケンは、もう一度お互いの手を固く握りしめた。
「初めて大きな仕事を任されたときのような気持になったぞ」
二人は周りにいた者がびっくりするほどの大笑いした。
その日の夕食は、デノーテも驚くほど美味しい野菜尽くしだったのだが、館の主は誰もその野菜の出所を知らなかった。




