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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
14/28

誕生会

 夕方になり、集まってきたみんなで尖塔の前の庭にテーブルや椅子を出していると、自室でその音を聞きつけたアスクが近くにいたメイドに尋ねた。


「彼奴ら、何をしているんだ?」

「マルセルさまとジャンヌとカストの誕生日のお祝いをするらしいです」


 言い終えて、「いけないっ」と気づいたときにはもう遅く、アスクの顔がみるみる赤くなっていった。


「孤児と使用人の誕生祝いだと?」

「生意気だな!」

「やめさせてやる!」


 庭に走り出て来たアスクが、マルセルの前に立つと叫んだ。


「おい、お前ら!ここはシフォン家の庭だ。勝手なことをするんじゃない」


 またいつもの嫌がらせだわとジャンヌはため息をつき、アスクとマルセルの間に割り込んだ。


「な、なんだ」


 アスクはジャンヌが苦手だった。

 ジャンヌがすっと右手を挙げると、アスクは怯えて後退りしたが、石に躓いてしまい、尻餅をついた。


「お、俺はここの主人だぞ」


 ジャンヌは手を下ろすと、頭を下げた。


「はい、申し訳ありませんでした。すぐに片付けます」


 どうなることかと見ていた使用人たちに、無様な格好を見られてしまったのに気づいたアスクが、そそくさと立ち上がり、何事も無かったように帰ろうとしたが、マルセルがとっとっとアスクのそばに寄って行き、袖を引っ張った。


「あのねえ、アスク 領主さまになるなら、もっと皆に優しくした方がいいよ」


 そして、止めの一発。


「またオシッコ漏らすよ」


 それを聞いた使用人たちは笑いを堪えるのに必死だった。

 以前に、あまりにしつこいアスクの嫌がらせに切れたジャンヌがアスクにビンタをした。

 さすがに主人を叩くわけにはいかないので、頬の直前での寸止めだったが、その迫力に押されたアスクが失禁してしまったのだ。

 それを見ていた使用人たちの間では、”ジャンヌの寸止めビンタ”と伝説になっている。

 忘れかけていた痛い所を付かれたアスクは、みるみる顔を赤くすると、マルセルの手を振り払って怒鳴った。


「余計なお世話だ。早く片付けろ」


 そして母屋の方に逃げるように戻って行った。

 その姿を見送っていたジャンヌが向き直り、手を叩いて言った。


「では、皆さん 後はお部屋の中で続けることにしましょう」


 そこにいた人たちで手分けして、尖塔の二階に会場を移した。

 以前はそこにも古い家具が山積みになっていたが、カストが移設した倉庫に不要な家具などは移してあったので、尖塔の二階は広い広間になっていた。

 生活するには一階だけで十分だったので、まだ使い道は考えずにそのままにしてあったのだ。


 ジャンヌの薦めで、最年長のマッケン爺さんが音頭を取ることになった。


「それでは、マルセルさま、ジャンヌ、それにカストもだったな。お誕生日おめでとう」

「おめでとう!」

「さあ、ケーキを切り分けますよ」


 ジャンヌが大きなケーキを運んできたので、マッケン爺さんが驚いた。


「ほう、ベリーのケーキじゃないか。これはジャンヌが作ったのか?」

「ベリーを摘んできたのは私よ」


 マルセルが口を挿む。


「じゃ、マズいはずはないの」


 仕事の合間に作ったからと、寸胴に入ったスープを運んで来ていた料理長のエストールが、ウサギ肉のローストを一口食べて言った。


「ウサギ肉のローストも美味いじゃないか」

「ジャンヌとカストが弓矢で狩ったの」


 また、マルセルが口を挿む。


「ほう、お前も見かけによらず、頼りがいがあったのだな」


 マッケン爺さんがカストの肩を叩く。


「えーっ、俺ってそんなに頼りなかったのかよ」

「自分を頼りがいがある男だと思ってたのか」

「それはーー」

「ハハハ」


 後には誰も来る気配が無さそうなので、ジャンヌが言った。


「母屋のメイドさんたちは、この様子じゃ来れないみたい。後でクッキーを持って行ってあげましょうね」

「じゃ、残してあげなくちゃ。カスト、こっちは食べないでね」

「えーっ 俺も誕生日なのに」

「歳を取るんだから、我慢することも覚えないとね」

「マッケン爺さんは大人になるんだから欲を出せって言ったぞ」

「それは仕事のことでしょう」


 皆がわいわいと騒いでいるのを見て、マッケン爺さんは楽しんでいた。


「先の奥さまがいらっしゃった頃に戻ったようだ。儂も若かったからな」

「ところでマルセルさまは、何歳になられた?」


 ぶどう酒と言うにはまだ少し難のある、ジャンヌの作ったぶどう酒もどきをちびちび飲みながら、マッケン爺さんがマルセルに尋ねた。


「二歳」


 左手の人差し指と中指を右手で広げながら言う。


「そうか、しかし二歳にしては大人びとるな」

「大人びとるって?」

「カストより大人ってことだな」

「えーっ、そりゃ酷いぞ 俺、今日でもう十二歳だぞ」

「やってることは二歳と変わらんということだな。少なくとも、十歳のジャンヌの方が大人だ」

「そりゃ無いぞ。爺さん」

「こりゃ、誰が爺さんじゃ!」

「すみません。マッケンさん」

「お前のお陰で、儂は年に二回は誕生日があるようなもんだわ」

「わあ、いいなぁ」


 マルセルが羨ましそうに言うと、マッケン爺さんはカストを見てニヤニヤしながら言った。


「それだけ寿命が早く縮まるということじゃがの」

「後は安心して俺に任せてくれよ」


 カストが胸を叩いて言う。


「その言葉を聞くと、逆に若返らんといけんような気持になるわい」

「良かったな。俺のおかげか?」

「心配で心配で、死ぬわけにはいかんがな」

「爺さん、このぶどう酒もどきで酔ったんじゃないのか」


 カスト以外の皆が大笑いをした後、マッケン爺さんが真顔になって言った。


「実のところ、マルセルさまとジャンヌのお陰で、儂らのやる気が出て来たのは事実じゃ」

「あんたたちが来なかったら、儂はーー」

「とうの昔にカストに全部押し付けて、隠居しとったかも知れん」

「俺、大将になり損ねたのか」


 やれやれとばかりに、マッケン爺さんはカストの頭にこつんと拳骨をくれた。


「感謝しとるよ」


 マッケン爺さんは頭を下げた。


「私たちもいろいろ教えていただきましたからーー」

「礼を言うのは私たちの方です」


 ジャンヌが言い、マルセルもコクコクとうなづく。

 マッケン爺さんはぐっと手で目をこすると、持って来ていた包みを解いた。


「これは、儂からのプレゼントじゃ」

「花束はマルセルさまに、そしてこれはジャンヌに」


 花束をマルセルに渡し、布袋を一つテーブルに置いた。

 ジャンヌが布袋の口を開いて見ると、中にはいろんな種が入っていた。


「儂が趣味で育ててきたものじゃ。シフォン家の物じゃないから、安心して使えばいい」

「ありがとうございます」

「畑を広げる時は手伝うぜ」


 カストが言う。


「じゃ、儂も渡そうか」


 エストールがポケットから何かを取り出して、マルセルに手渡した。


「市で見つけてきました。お気に入ればいいんですが」


 それは、花柄の小さなミルクカップだった。


「まぁ可愛い!ありがとう。大切に使うわ」


 マルセルがうれしそうにカップを受け取るのを見て、今度はナイフを取り出してジャンヌに渡した。


「これは私が料理人になった時、師匠がくれたものだがーー」

「長く使って研いでいるうちに、こんなに短くなって、私の手には合わなくなってしまった」

「だが、とても良いものだし、お前にはちょうどいいサイズだと思うぞ」

「そんな大事な物、もらっていいんですか」

「道具もうまく使ってもらった方が喜ぶさ」

「ありがとうございます。大切に使います」


 それを見ていたカストがマッケン爺さんに、可愛く首を傾げて両手でちょうだいをして、おねだりした。


「マッケンさん、おいらには何か?」

「そうさな。拳骨でもやろうかの」

「あっ、それは勘弁」

「ハハハ 小屋に帰ったらな、楽しみにしておけ」



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