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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
11/28

確執

 マルセルがシフォン家にやってきたころ、南の国の王家であるシャンツ家のエレノア王妃が二人目の子を出産した。

 しかも、かねてから待望されていた女の子であるだけでなく、眩いばかりの光に包まれて生まれたことから聖女に間違いないと、周りの者たちはシャンツ王家の将来が輝かしいものになると喜んだ。

 女の子はファーナと名付けられた。

 これでシャンツ家の次の王位は確実なものになったと、グーテ王もエレノア王妃も安堵したが、先に長子として生まれていたジョセ王子の心には穏やかでは無いものが渦巻き始めた。


 ジョセは、自分は王になるべくして生まれた長子で、唯一無二の皇太子であると思っていた。

 シフォン家の一人息子だったバッセも、他家から聖女デノーテを嫁にして、シフォン家の当主になっていたからだ。

 ファーナが光りに包まれて生まれたと聞いても、王位は皇太子である自分が継ぐべきものだと周りに語って憚らなかった。

 そうなると、王子派、王女派のようなものが作り出されていくのは自然の理だった。

 グーテ王は自分の代替わりの時の権力争いを起点とした悲惨な事件を経験していたので、ジョセには言動を控えるよう伝えていた。

 だが、ジョセは意に介することもなく、取り巻きたちを連れて遊び回り、事有るごとに「俺は次の王だぞ」と場所を憚らず大声を張り上げていた。


 ”聖女の証”を持っていることに疑いの無い女の子が王家に生まれたという知らせは、シフォン家にも届いた。

 領主のバッセは相変わらず家を空けて留守にしていて、代わりに知らせを読んだデノーテの顔が少し明るくなった。

 

ーーこれでもう、旦那さま自身が”聖女の証”を持つ娘を探す必要は無くなるわ。


 ファーナが王位を継げば、次の王位継承は自分たちの死後になるからだ。

 マルセルがシフォン家に来た時には、マルセルが”聖女の証”を得てしまったら自分たちはどうなるのだろうという不安がデノーテの胸を過ることもあった。

 ファーナが次の王位を継ぐだろうとの噂を聞いてからは、マルセルが”聖女の証”を得たとしてもシフォン家は王位とは関係無くなると、デノーテの心から不安の影は消え去って行った。

 当然、尖塔で暮らしているマルセルとジャンヌの存在も忘れ去ってしまったのである。


ーーもうすぐ私たちには王位なんて関係なくなる。バッセも家にいてくれるようになる。


 だが、そんなデノーテの気持ちとは裏腹に、バッセの”聖女の証”を持つ娘を探す旅は終らなかった。


 流石にその頃にはアスクも、たとえ自分がシフォン家の長子であっても、”聖女の証”を持った娘を娶らない限り、王位継承権が消えるのはわかっていた。

 シフォン家の当主には「”聖女の証”を持つ娘によって得られる王位継承権を末代まで引き継ぐべし」という責務を課されていたことは、父からもよく聞かされていた。

 自分のために”聖女の証”を持つ娘を探してくれていると感謝していたはずの父が、アスクの嫁としてではなく、父自身が”聖女の証”を持った娘に女の子を産ませて、その子にシフォン家を継がせようとしていると知った時はさすがに心を痛めた。

 ”聖女の証”を持つ子が家に来た時点で、アスクの立場はどうなるかわからない。

 しかも、”聖女の証”を持っているかも知れない、しかも父の実子かも知れないマルセルが、自分と同じ敷地の中に生活しているのだ。

 考えただけでも不安が押し寄せてきて、マルセルの姿を見掛けたり、名前を耳にしただけでも、今まで以上に癇癪が起きるのだった。


 マルセルが庭で遊んでいると、母屋からすごい形相のアスクが走ってきた。

 またいつもの発作が出たらしい。

 マルセルがその姿を見てきょとんとしていると、アスクと目が合ってしまった。


「何だ!何か言いたそうだな?」

「アスク、領主になるつもりなら、もう少し落ち着いた方がいいよ」


 その一言がアスクを逆上させた。


「こ、この生意気なチビめが!」


 アスクの手がマルセルの顔に延びてきた。

 マルセルはじっとアスクを見つめて動かない。

 アスクが圧されたように手を止める。


「くそ!」


 アスクがもう一度拳を振り上げると、誰かがその手を掴んだ。


「アスク坊ちゃま、その辺にしてくださいませんか」


 その声はジャンヌだった。


「放せよ!お前は使用人だろうが」

「そうですね。失礼しました」


 ジャンヌは手を離してマルセルとアスクの間に立った。


「ですが、私はマルセルさまを守るようにも言われています」

「マルセルさまを害するものには立ち向かいます」


 そう言って、アスクを睨みつける。


「お前も生意気だ!」


 叫んだアスクがジャンヌに殴り掛かった。

 いや、殴り掛かろうとしたときには、ジャンヌの右手がアスクの頬に触れるか触れないかのところにあった。

 驚いたアスクはヘタっと座り込んでしまった。


「ねえ、アスク、そこには水溜りがあるよ」


 座り込んだアスクを見ていたマルセルが声を上げた。


「濡れちゃうよ」


 それを聞いて慌てたアスクは、それが自分が失禁したからだと気づき、恥ずかしさで顔を赤くした。


「覚えてろ!」


 捨て台詞を残して、アスクは母屋の方に駆けていった。


「風邪をひかなければいいんだけどね」


 マルセルがつぶやくのを横で聞いていたジャンヌは、改めてこのマルセルを守り抜こうと心に誓った。




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