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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
プロローグ
1/65

カーニャ、年代記を知る

研究所で働く女性考古学者のカーニャは、湖に浮かぶ小島にある遺跡から、年代記と題された羊皮紙の束を見つけた。

そこにはサザンヒルズ国と呼ばれた国の歴史が詳細に書かれていたが、それは精霊と呼ばれた生き物と人間の歴史でもあった。

カーニャがその歴史を紐解いているとき、研究所のスポンサーが研究所を維持する代わりに利益を上げることを要求してきていた。

研究を続けたかったカーニャは、スポンサーの機嫌を取りたい所長の要求を呑んで、読み解いた年代記を公表していく。



「やっと見つけたわ! あの日記に書いてあった通りだもの、間違いない!」


 この地の調査に来ていた探検隊の女性隊長が叫んだ。

 彼女の前には、白くキラキラと輝く、人の背丈ほどの石柱が立っていた。


 ここは、屏風のように左右に広がり、高くそそり立って進路を阻んでいた崖の間に、ようやく見つけた狭く切り立った割れ目の中だ。

 割れ目の中を進んでいくと、峠と思われる少し開けた広場に出た。

 石柱はその中央に立っていた。

 通って来た道と同じように、その広場も周りは高い崖で囲まれていて、石柱の向こう側にも同じような割れ目が見える。

 その先がどうなっているのかは見当もつかない。

 あたりを見回すが、他には人一人がやっと身を潜ませる位の小さな窪みが一つあるだけだ。

 前に見える割れ目しか、他に進む道は無かった。


ーー行くしかないわね。


 この探検のために、多くの人とお金を使っているのだ。

 彼女は覚悟を決めるしかなかった。


「隊長! この先がどうなっているか、見てきます」


 彼女の様子を横で見ていた助手がそう言って、向こう側にある割れ目に向かって飛び込んで行く。


ーー相変わらず、よく気が利くわね。


 隊長と呼ばれた女性はカーニャと言い、研究所で働く考古学者だ。

 歴史学者になると決まった時、やはり歴史学者だった曾祖父が残した研究資料を父から譲り受けた。

 彼女が大学で考古学を専攻していることを知った祖父が、役に立てばと残しておいてくれたらしい。

 その量はとてつもなく多かったので、これをライフワークにしようと、仕事の合間を見つけて少しづつ整理をしていた。

 その中で、曾祖父のまた祖父が、まだ若かったころに書いた日記を見つけた。

 彼は興味のあったことは何でも日記に書き残していたらしい。

 日記に書かれている内容は面白く、カーニャもつい時間を忘れて読み漁っていた。

 そんな時、便箋の入った封筒が挿まれているのを見つけた。

 ラブレターかもと、胸をワクワクさせて開封して読んでみると、その内容はカーニャの興味を沸き立たせた。

 便箋には、トーニャと呼ばれていた女性の遺骨を石畳の下に納める作業に加わった時の様子が書かれていた。

 封筒の表には「これは”サザンヒルズ国”での出来事」と記されていた。

 そんな国の名は聞いたことが無かったので、カーニャは心を惹かれた。

 研究所の皆に問うてみても、”サザンヒルズ国”の所在を知っている者はいなかった。

 図書館の古い記録の中からも、そんな国の名は探し出せなかった。

 もちろん、トーニャが何者かも全くわからなかった。

 だが、実際にそこで起きたことが詳細に書かれていた。


 読み進むうち、カーニャたちが今住んでいる街から遥か東にある、今は水が枯れて森となっているオアシスの石の祠に刻まれている碑文の中に、”サザンヒルズ国”と読める文字があるらしいと知った。


ーーその碑文を読めば、何かわかるかも知れない。


 それを探しだせば、”サザンヒルズ国”が実在した証拠を見つける唯一の手段になりそうだ。

 仕事が一段落したときに、カーニャは休暇を取ってオアシスまで出かけた。

 祠はすぐに見つかったが、残念ながら碑文の文字は消えかけていて、何が書いてあるか判別できなかった。

 祠には石の扉がはめ込まれていたが、開けることは出来なかった。

 だが祠の扉に手を掛けたとたん、日記に書いてあることは本当の出来事だったと、なぜか彼女は得心した。

 

 オアシスの周りには数軒の小屋があって、人が住んでいた。

 彼らの話を聞いてみることにした。


「”サザンヒルズ国”のことをご存じないですか?」

「聞いたことも無いね」

「あなたがたは、ずっとこの地に住まわれていたのですか?」

「儂らの祖先はもっと東の方に住んでいたらしい」


 カーニャが、東に霞んで見える山の向こうを指差して尋ねた。


「あちらには何があるかご存じですか?」

「東に向かう道が森の中に断片的に残っているから、森の向こうに行けば何かわかるのではないかねぇ」


 自信無さげに答えてくれた。

 それ以上のことは誰も知らなかった。


 日記や証言が正しいとすると、次は東の山に行くべきなのだろう。

 ただ、そこまで行きつくには二週間は掛かりそうだ。

 カーニャ一人だけで旅をするのは無理と思われた。

 遠征隊を組む必要があった。

 だが往復で一か月近く遠征隊を引き連れるとなると、かなりの人数と費用が必要になってくる。

 とてもカーニャ個人の資金力では賄えない。

 カーニャは支援者を探すことにした。


 旅から戻ってきたカーニャが研究所の上司にその話をして、遠征隊を組みたいと願った。


「それは彼の作り話じゃないのか」


 上司は笑って取り合おうとしない。

 それでも何度も調査を嘆願してきたが、これまで色好い返事はもらえていない。

 諦めかけたころ、偶然にも興味を示した支援者が現れ、すぐに遠征が決まったのだ。

 そうしてやっと始まった探検だったが、すでに予定の半ば以上を費やしている。

 もう潮時かと諦めかけていた時、ようやく日記の記述と合致する崖の割れ目を見つけて、そこから辿ってきたのだ。


 助手の姿が割れ目の向こうに消えるのを見届けると、彼女は石柱のそばに歩み寄った。


ーーこの石柱は日記の中で”結界石”と呼ばれていたものに間違いないわ。


 石のそばに近寄り、石に手を当てると、石の表面が輝き始めた。

 驚いて手を引いてしまった。

 周りにいたポーターたちに確認しようとしたが、誰も石の変化に気づいていないようだった。

 思い直してもう一度、石に手を当ててみた。

 石の表面が輝き始め、その光が指先に纏わりついてきて、彼女の心を安堵の気持ちで満たしてくる。

 目を閉じてうっとりとしていた彼女の耳に、割れ目の向こうから大きな声が響いてきた。

 

「博士、ここで間違いないみたいですよ。良かったですね」


 その声で我に返ったカーニャは、そばにいたポーターたちに声をかけた。


「ここが目的地みたいよ。調べてくるから、それまでここで休んでいてちょうだい」


 そして、期待に胸を膨らませた彼女は、狭い割れ目の中へ助手の後を追った。


ーーやっと、みつけたわ!


 うきうきした気分で歩いていくと、目の前がパッと開けた。

 そこには、海と見紛うばかりの湖が広がっていた。


ーー間違いない! 大きな湖。この中のどこかに遺跡があるはずよ!


 湖の向こうを見つめていた助手に近寄り、声を掛ける。


「何か見つけたの?」

「ええ、あそこ」


 助手が指差す方を見ると、湖の中に四つの島が見えた。

 ただ、ほぼ水没しかけた、小さな点にしか見えない。


「どの島にも屋敷跡のようなものが見えますがーー」

「ほら、一番向こうの島に、崩れかけた塔のようなものが見えるでしょう?」


 助手が指差す方向に目を凝らすと、確かに人が造った塔のようなものが建っている。

 カーニャの胸が高鳴った。

 日記に書いてあった塔に間違いない。


「見つけたわよ!やはりあの日記に書かれていたことは本当だったのだわ」


 喜びに浸っているカーニャを現実に引き戻すかのように、辺りを見回していた助手がまだ信じられないという風に口を開いた。


「この湖が昔は平原で、そこに国があったと、博士は言われるんですよね?」

「ええ」

「そしてそれがサザンヒルズ国だと?確かに遺跡のようなものは見えるようですが」

「そうよ。だからまずは証拠を見つけなくっちゃ」

「でもここは大きな火山の火口湖だと思うのですがね」


 助手はまだ半信半疑だ。


「火口湖?あら、そうなの?」

「ええ、間違いありません」


 そう答えて背後の崖を指差した助手が得意そうに説明を始めた。


「この崖の岩は火成岩ですよ。それに屏風のようにぐるっと湖を囲んでいるでしょう?」

「専門的に言えば、火口壁ですかね」

「あの南に霞んで見える山は、その火口壁の一部が後に噴火して出来た火山だと思いますよ」

「山の両側、東西に崖が無いのは、そのときに崖が吹き飛んだのでしょう」

「三千年くらい前でしょうか」 

「あの点在している島も、最初に出来たこの火口の中に、後から出来た小火山群の頂上部分だと思うのですがね」

「屋敷跡みたいなものがあるとは言え、とてもここに国があったとは思えないのですが」

「さすが地質学を専攻していただけあって現実的ね」


ーー失敗したのかな?


 カーニャはため息をついた。

 だけど、諦めるわけにはいかない。


「でも日記通りのこの場所に、たどり着くことが出来たじゃない?」

「何かあったのは間違いないでしょう?」

「ですが、本当にここに国があったんでしょうか」


 助手はまだ疑っている。


「あの島の遺跡を探せばわかるはずよ。そこで起きた話が日記には書いてあったのだから」


 助手はやれやれと言う風に首をすくめて降参した。


「後は、どうやってあの島に行くかですね」

「港が残っているといいわね」


 日記には、湖岸には村があって、港も造られていたとあったが、考えてみるまでも無く、百年以上前の話だ。

 桟橋や舟などはとうに朽ちて沈んでいるだろう。


「幸い、筏が造れそうな木はたくさん生えているようですから、しばらくは船大工ですね」

「村があったなら、キャンプ出来る場所はすぐに見つかると思うわ」

「行きましょう。皆に岸辺に下りたらキャンプを設営するように伝えておいて」

「わかりました」


 日記には、その島には千年以上前に建てられたと伝わる尖塔の遺跡があると、書かれていた。

 その尖塔の石畳の下に二人の聖女の遺骨が葬られていて、その傍らに”サザンヒルズ国年代記”と記された羊皮紙の束と、”消えずの小瓶”と呼ばれて、固く密封されたガラス瓶が添えられているとも書かれていた。

 カーニャはその年代記を探しだして、ここにサザンヒルズ国が存在していたという証拠にしようと旅をしてきたのだ。


 ”サザンヒルズ国年代記”だけでなく、カーニャには気に掛かるものがもう一つあった。


ーー”消えずの小瓶”って何だろう?





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