愛の証拠を探す女
彼の部屋には、私のものは一つもない。
けれど、私は知っている。
ここにはちゃんと“私の気配”が残っている。
証拠を、探せばいい。
*
最初に見つけたのは、ベッドの端に落ちていた髪の毛。
黒くて細い一本を拾い上げ、胸に抱く。
「これは私のだ。きっとそうだ。」
彼に触れられた夜、髪がほどけたあの瞬間の残り香だと、
私は信じた。
ゴミ箱に入っていたティッシュも、
飲み切られたペットボトルも、
散らかったままの部屋も、
全部、私を忘れられない証拠。
忘れるなら片付けるはずだもの。
捨てるはずだもの。
*
次の日、私は彼の家の前で待った。
玄関の扉が開く。
彼は驚いた顔で言った。
「なんでここにいるの?」
その声の震えを、私は嬉しさだと思った。
会えて喜んでるのだと錯覚した。
「会いに来たよ。ちゃんと愛してる証拠、見つけたから」
「証拠って……は?」
彼の声が冷たい。
冷たいけど、氷の奥に熱があると勝手に思い込む。
*
彼の腕を掴んだ瞬間、
私は引き剥がされた。
「やめろ。気持ち悪い」
胸が裂けるようだった。
でも私は笑った。
「嫌いなら、どうして私の髪を拾って残してくれたの?」
「……髪?何の話だよ」
違うの?
じゃあ、あの部屋に落ちてたものは何?
私を覚えていたから、捨てなかったんじゃないの?
私を想ってくれている証拠なんじゃないの?
*
思考がうまく回らなくなる。
彼が離れていくように見えて、焦りで足が震える。
嫌だ。
証拠が欲しい。
消される前に、愛の痕跡をこの手で掴まなきゃ。
「お願い、捨てないで。私を消さないで」
彼の腕にすがりつく。
泣きながら、必死に縋りつく。
彼が嫌がって振り払うたび、愛を拒まれた気がして息ができない。
*
最後に、彼は言った。
「警察呼ぶぞ。二度と来るな」
その言葉が、鋭い刃物みたいに刺さった。
でも――
逃げる背中を見て、私は喜んだ。
だって、背中を向けるってことは、
振り返る可能性があるってことでしょう?
捨てる気なら、もっと冷たくできたはずだ。
怒鳴らなかったはずだ。
怒るってことは、私に感情があるってこと。
無関心じゃないってこと。
その夜、私はまた彼の部屋に向かう。
証拠を探しに。
彼に忘れられない“何か”が、
きっとまだどこかに残っているはずだから。




