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哀れな女  作者: 月愛
2/5

愛人契約書

契約書に書かれた条件は、たったひとつ。


「愛を望まないこと」


それに自分の名前を書き込んだ瞬間から、

私は人間じゃなくなった。

彼が欲しい時だけ笑い、

都合の悪い感情は押し殺す、

安く扱える生き物になった。


でも、嬉しかった。

名前を呼ばれるたびに、

唇に触れられるたびに、

私は「存在している」と実感できた。


馬鹿みたいに。



---


契約の残りは一週間。

だんだん、彼は呼んでくれなくなった。

会う頻度が減り、メッセージは単語だけ。

既読がつくだけで泣きそうになる。


「邪魔じゃないよね?」

と尋ねた日、彼は笑った。


「君は邪魔にならないのが取り柄だろ?」


褒め言葉のように言われたそれを、

私は本気で喜んだ。


惨めだと分かっていても。



---


最終日。

私は一番似合うと思ったワンピースで彼を待った。

寒さで手が震えても、笑顔だけは崩さない。


「今日で終わりにしよう」

彼はコーヒーを飲み干しながら言った。


「契約どおり」


私は頷いた。

喉が潰れて、声が出なかったから。


彼は立ち上がり、

私の頭をひと撫でして言った。


「ありがとう。本当に助かったよ」


助かった。

私は、彼の支えにすらなれなかった。

彼の恋人にも、何者にもなれなかった。


なのに。


時計の針が日付を越えて、

契約が完全に切れた瞬間。

私は席に残され、

飲みかけの冷たいカフェオレと向き合った。


「大好きだったよ」

彼がいない店内で呟く。

自分に聞かせるために。



---


帰らなきゃいけないのに、

歩けない。


だって、契約が切れた途端、

私はまた無価値に戻った。


一枚の紙切れに縋りつき、

役に立つ道具のフリをして、

名前を呼ばれたくて笑い続けて。


それでも彼の恋人には、なれなかった。


契約書を胸に抱いて、

私はまたサインする。


次はもっと上手く笑えるように。

大切にされなくても構わない。

蹴られても、利用されても、

捨てられないように。


ねえ。

期限付きでもいい。

使い捨てでもいい。


だから、どうか。

彼の手の中に、私を置いてください。


愛が欲しいなんて、

二度と言わないから。



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