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11話 神様の変化

いつも思うのだが、ヤンキーや不良と呼ばれる人は、誰かとつるんでいないといけないのか。誰かとずっと一緒にいることが、そんなに楽しいのだろうか。それとも、一人では悪いことはできないのか。よくわからない。

あの日、凛が僕たちの秘密基地を訪れてから、僕たちの関係は、また少しだけその形を変えた。

凛は、時々、差し入れを持って神社に顔を出すようになった。

彼女がいると、静かだった境内は、途端に賑やかになる。凛は、僕が知らない将希の子供の頃のドジな話を暴露し、僕は「やめろ!」と顔を真っ赤にして怒鳴る。

そのやり取りを、葵が、本当に楽しそうに、声を立てて笑うようになった。


彼女の、心からの笑い声。

それは、どんな音楽よりも心地よく、僕の心を温かいもので満たしてくれた。

葵もまた、凛の太陽のような明るさに少しずつ心を開いていった。最初はまだ戸惑いがちだったが、凛の裏表のない優しさに触れるうちに、彼女は凛に対して、確かな信頼と友情を抱き始めているようだった。


三人の時間。


それは、僕にとってかけがえのない宝物のような日々だった。この穏やかで、幸せな時間が、永遠に続けばいい。

僕は、心の底から、そう願っていた。


だが、世界は僕たち三人だけで回っているわけではなかった。

僕たちの知らないところで、小さな、しかし、確実な悪意の種が芽を出し始めていたのだ。



変化は、教室の空気から始まった。


神崎葵が、変わった。


その噂は、僕たちが気づかないうちに、クラス中にじわじわと広がっていた。

転校してきた当初、彼女の周りには、誰も近づくことのできない、絶対零度の氷の壁があった。誰もが、彼女を遠巻きにし、『神様』と揶揄し、腫れ物のように扱っていた。

しかし、最近の彼女は違う。

相変わらず、自ら積極的に誰かと話すことはない。でも、その身にまとっていた、人を刺すような鋭い棘は、いつの間にか消えていた。

特に、僕と、そして凛と話している時の彼女は、別人のようだった。


「なあ、神崎、これ、どう思う?」


「葵ちゃん、このプリント、先生に渡しといてくれる?」


僕や凛が話しかけると、彼女は、まだ少しぎこちないながらもちゃんと僕たちの目を見て言葉を返してくれるようになった。そして、ごく稀に、その口元に本当に小さな、でも、確かな笑みを浮かべることさえあった。

その変化は、クラスのほとんどの生徒にとっては、好意的に受け止められていた。「神崎さん、最近、笑うようになったね」「なんか、前より話しやすくなったかも」。そんな声も、聞こえてくるようになった。

だが、その変化を、快く思わない者たちも、確かに存在した。


その中心にいたのは、やはり、江川を中心とした、クラスのリーダー格の女子生徒グループだった。

彼女たちは、クラスという小さな王国の中で、常に自分たちが中心にいることを望んでいた。自分たちの知らないところで、物事が動くことを何よりも嫌う。

孤高の『神様』だったはずの葵が、自分たちではなく、クラスの隅にいるような将希や、委員長ではあるが誰にでも平等な凛にだけ心を開いている。その事実が、彼女たちのプライドをひどく傷つけたのだ。


江川たちの攻撃は、最初は陰湿で、誰にも気づかれないような小さなものだった。

僕と葵が廊下ですれ違う。ただ、それだけ。でもその後ろで、江川たちがわざと聞こえるような声で、くすくすと笑う。


「ねえ、見た?」

「うん、見た見た。なんか、ウケるんですけど」


僕が、凛と葵の三人で話している。すると、少し離れた場所から、突き刺さるような視線を感じる。振り返ると、彼女たちが冷たい目つきで、こちらをじっと見つめている。

それはまだ、直接的な攻撃ではなかった。だが、じわじわと、粘着質な毒のように、僕たちの周りの空気を蝕んでいった。

僕は、その変化にすぐ気づいた。そして、どうしようもない怒りと、不安を覚えていた。

だが、葵は、もっと敏感に、その悪意を察知していた。

彼女は、再び、教室で口数を減らすようになった。僕や凛と話す時も、どこか周りの視線を気にするように、おどおどとしている。せっかく出せるようになった彼女の笑顔が、また分厚い氷の仮面の下に、隠されようとしていた。


「なあ、凛」


ある日の放課後、神社へ向かう途中、僕は、隣を歩く凛に話しかけた。


「最近、江川たちの視線、感じないか?」


「……うん。感じてる」


凛は、僕の言葉に重々しく頷いた。彼女もまた、気づいていたのだ。


「あいつら、絶対葵ちゃんのこと面白く思ってないよ。私たちが、葵ちゃんと仲良くしてるのが、気に入らないんだよ」


凛の声には、珍しく、怒りの色が滲んでいた。


「どうにかならないのか?」


「どうにかって……。あいつら、何か直接手を出してきたわけじゃない。今の段階で、私が何か言っても、『別に、何もしてないし』って、しらを切られるだけだよ」


凛の言う通りだった。彼女たちのやり方は、巧妙で、陰湿だ。証拠は何もない。ただ、不快な視線と、悪意に満ちた空気があるだけ。


「でも、このままじゃ、葵ちゃんが……」


凛が、言葉を詰まらせる。

そうだ。このままでは、せっかく開きかけた葵の心が、また、固く閉ざされてしまう。あの光のない、孤独な世界に、彼女を戻してはいけない。


「俺が、なんとかする」


僕は、ほとんど無意識に、そう言っていた。


「将希が?」


「ああ。俺が、江川に直接話してみる」


「ダメだよ、そんなことしたら! 火に油を注ぐだけだって! もっと、葵ちゃんへの当たりが強くなるかもしれない!」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ! このまま、黙って見てろって言うのか!」


僕たちは初めて、声を荒げて言い合った。

気まずい沈黙が、二人の間に流れる。

やがて、凛が、小さな声で言った。


「……ごめん。私も、どうしたらいいか、わかんなくて……」


「いや、俺の方こそ、悪かった。熱くなりすぎた」


僕たちは、二人して、大きなため息をついた。

どうすれば、葵を守れるのか。

その答えは、どこにも見つからなかった。


そして、その週末。

事件は、ついに目に見える形で起こった。

その日、僕と神崎は神社の境内で落ち葉焚きをしていた。集めた落ち葉が、パチパチと音を立てて燃え、白い煙が空に昇っていく。

作業も一段落し、僕たちはいつものように縁側に座って、少し休憩していた。

そこへ、数人の男女が境内に入ってきた。


見覚えのある顔。江川とその取り巻きの女子、そして、みたことのない他校の男子生徒たちだった。

彼らは、僕たちを一瞥すると、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、拝殿の方へと近づいてきた。


「へえ、ここ、結構いいじゃん。溜まるのに、ちょうどよくね?」


リーダー格の男子が、そう言って、土足のまま、僕たちがぴかぴかに磨いたはずの拝殿の床に、ずかずかと上がり込んだ。


「おい、やめろよ!」


僕が、思わず叫ぶ。


「あ? んだよ、お前。ここ、お前の神社なわけ?」


男は、僕を睨みつけながら、せせら笑った。

隣で、葵の体が、恐怖にこわばっていくのがわかった。

江川が、そんな葵を見て、わざとらしく、甘ったるい声を出した。


「ねー、神崎さん。こんなとこで、山口くんと二人っきりで、何してたのー? もしかして、えっちなことでもしてたの?」


その言葉に、周りの男女が、ゲラゲラと下品な笑い声を上げる。


「ち、違う!」


葵が、震える声で、必死に否定する。


「ふーん、違うんだー。じゃあ、何? もしかして山口くんとデート?」


江川の言葉は、鋭いナイフのように、葵の心を抉った。


やめろ。


僕の中で、何かが、ぷつりと切れる音がした。

僕は、立ち上がり、江川たちの前に立ちはだかった。


「帰ってくれ。ここは、俺たちの大事な場所なんだ」


「はあ? 何言ってんの、こいつ」


「大事な場所、ねえ……。じゃあさ」


江川はにやりと笑うと、信じられない行動に出た。

彼女は、持っていたジュースのペットボトルを開けると、その中身を僕たちが掃除したばかりの拝殿の床に、ぶちまけたのだ。

甘ったるいオレンジの液体が、美しい木目の床に、じわじわと、汚い染みを作っていく。


「あ……」


葵が、息をのむ。その瞳から、さっと光が消えていく。


「やめろおおおおっ!!」


僕は、我を忘れて、叫んでいた。

だが、僕の叫びは、彼らの嘲笑にかき消されるだけだった。


「きゃはは! ウケる!」

「じゃあねー、神崎さん。また、遊んであげる」


彼らは、嵐のように、僕たちの神聖な場所をめちゃくちゃに汚すと、満足したように、高笑いをしながら去っていった。


後に残されたのは、汚された拝殿と、そして、呆然と立ち尽くす、僕たち二人だけだった。

葵は、床にこぼれたオレンジジュースの染みをただじっと見つめていた。その瞳はもう、何も映してはいなかった。

それは僕が雨の日に見た、あの絶望の色。

彼女のせっかく開きかけた心の扉が、今僕の目の前で、乱暴に、そして固く閉ざされていく。

幸せな時間に終わりを告げる、残酷な音が僕の耳の奥で鳴り響いていた。

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