バズり目的で婚約を破棄された子爵令嬢は、心霊現象の夢を見る
4000字未満の百合短編です。さらっとめ。
「――――――――キミとの婚約は、破棄だ!」
本日5回目、誰かの「婚約破棄」を耳にして。
(また〝バズ狙い婚約破棄〟ね。多すぎて嫌になる)
ダンテ子爵令嬢リオン・サクムは、夜会場の隅にそそくさと向かった。
(精霊からの投げ銭魔力欲しさに、貴族たちが生み出した流行……。
被害者は一生、恥を動画に残されるっていうのに)
彼女とは反対方向に、半透明の人――――精霊たちが飛んでいく。
彼らはその手に四角い板〝窓〟を持ち、発言者を撮影しているようだった。
(こんな下世話な流行、みんなおかしいと思わないの?)
貴族だが魔力がなく、婚約者が拡散禁止の王族・第三王子キースゆえ。
撮影とは縁のないリオンであったが。
(私の家族は、それで滅茶苦茶にされた。
泣いてる人たちを踏み台にする、こんな流行り!)
彼女は壁に向かってため息を漏らし、唇を引き結んだ。
両手の黄色い手袋をはめ直して、リオンは固く拳を握りしめる。
(許せないのよね……!)
白く綿毛のようにふわっとした髪を、なびかせ。
その黄金の瞳を、強く輝かせた。
「聞いているのか、リオン!
キミとの婚約は、破棄だと言っているんだ!」
だが、自身は安泰だったはずのリオンに。
それは振りかかった。
「……え? キース殿下?」
振り向いたリオンは、婚約者の貴公子の姿を認めた。
「どうして婚約破棄!? 私に何の落ち度が!!」
「君とじゃバズれないからに決まってるだろう!」
「はぁ!?」
悲痛な叫びに寝言を返され、リオンは顔が真っ青になる。
「私は激動の継承争いを、このサリシナの力で生き残る!
精霊たちよ! 拡散して私にもっと魔力を!」
彼が侍らせている女と。
(――――ハッ!?
あの女、黒い瞳! 平民なのに撮影されてる! 魔力がある!?)
二人に〝窓〟を向けている精霊たちの姿も、見た。
(しかも精霊が動画を拡散してる! 王族拡散禁止の盟約が無効化されてる!?
これはまさか!)
なぜか涙を浮かべる女の背に、黒い影を見て。
リオンはがたがたと、震えはじめた。
(常識を捻じ曲げる〝心霊現象〟!
キース様は操られて!?)
彼女は、礼儀作法をかなぐり捨てて。
「お気を確かに、キース様!
その女は、〝心霊〟に乗っ取られた人間――――」
女を指さした。
「転生者です!!」
Ω Ω Ω
(なぜこんなことに……)
そして捕まった。
(いや、なぜもなにも、か)
あえなく地下牢に放り込まれたリオンは。
僅かに漂う精霊を見て、ため息を吐く。
(話には聞いていたけど、あれが〝ヒロイン〟と化した心霊。
〝呪い〟の前では、崑崙山の修行で培った力も歯が立たない、か)
精霊に紛れ、異界の魂〝心霊〟が稀に現れて人間に取り憑く。
取り憑かれた人間は〝転生者〟と呼ばれ、〝呪い〟の力を持っていた。
リオンは手枷足枷、鉄格子をじっと見つめ。
「――――ふざけるなッ!」
壁を叩いた。震動と轟音が、彼女一人の地下牢に響き渡る。
手枷は砕け、壁には大きくヒビが入った。
(私の家族を滅茶苦茶にした、婚約破棄の流行!
王子と婚約できて、それと無縁の人生だと思ったのに!)
怒りに震えるリオンは。
(異世界のやつに、好き勝手されて!
こんな、こんな!)
肩を落とし、がっくりと膝をついた。
「……私が人のことばかり構っていたから、きっとバチが当たったのね。
キース様……」
もう戻らない、婚約者との望外の日々を。
仲睦まじく幸せだった日々を思い出し。
(あれ?)
――――彼の隣で揺れていた、不安げな黒い瞳と影を思い起こして。
(〝呪い〟では、人の意思は直接操れないという。
キース様の言動。それに彼女、泣いてた……?)
リオンは、涙を飲み込んだ。
(これは、もしや)
本当の加害者が誰なのかに気づいた彼女は。
顔を上げ、手枷と足枷を砕き、鉄格子をひん曲げた。
「――――出よう。私にはまだ、やることがある」
Ω Ω Ω
夜半。ある宿に忍び込んだリオンは。
「今のうちに、逃げなさい。サリシナ」
部屋に一人で寝ていた、サリシナという女を起こし。
厳かに、そう告げた。
「明日にはあなた、承認欲求に取り憑かれたキース様に婚約を破棄される」
「はぁ!?」
「その動画は、一生ついて回るの。だから――――」
「嘘よ!? 私には力が……!」
「動画が拡散されると魔力が集まり、呪いの力は解けるわ」
リオンの前でサリシナが目を見開き、視線を泳がせる。
「いえ、もうだいぶ解けてるのね。
だからあなたは王子の元から追い出され、今一人」
「っ! あなた昼間、彼に捨てられた女じゃない!?
なんでそんなこと私に!」
「兄も姉も妹も母も。あの流行に人生を台無しにされたの」
何かをこらえるような、リオンの声が静かに響く。
「私自身の恋路なんか、どうでもいい。
でもあなたが破滅するのは、見過ごせない」
サリシナが息を飲んだ、ものの。
「そんな話、信じられないわよ……」
「そう」
無理もないと、リオンは背を向ける。
その左手が、掴まれた。
「だから! 見届けていきなさい」
「……は?」
Ω Ω Ω
「キース様! あなたと昨日結んだ婚約、破棄するわ!」
「な、なぜだサリシナ!?」
「急に声かけられて連れてかれてけど!
結局私、魔力欲しさの茶番に利用されたんでしょう?」
街中で繰り広げられる婚約破棄劇に、リオンは唖然とした。
「いくら生活苦だからって、そんなのまっぴらご免なのよ!」
「――――キミは何か誤解してるようだ。
ゆっくりと話し合おう、サリシナ」
「嫌よ! 自分のために婚約者を泣かせて、動画に撮らせるクズなんかと!
話すことは何もないわ!!」
(っ、サリシナ……)
「……おい、彼女をお連れしろ」
王子のそばに控えていた兵士たちが、槍を持ってサリシナに迫る。
サリシナの背に黒い影が浮き出るものの、彼らは止まらない。
「魔力のせい? ほんとに効かない……。
あなたの言う通りだったわね、リオン。リオン?」
いつの間にか、白髪金目の令嬢は姿を消しており――――。
「――――昨日貴殿がせしめた魔力。丁度折半、頂戴致す」
代わりに風が巻いた。
王子の懐に、長い銀髪を三つ編みにした何者かが飛び込む。
「御免っ!」
首から口元までを布で覆った、その白い影は。
キースに突き立てた、黄色い手袋に包まれた拳を離し。
「そ、それは私の魔力!? 貴様いったい!」
抜き取った青い輝きを手に、サリシナの方を振り返った。
「ボクは、ダンデライオン。人呼んで」
一拍遅れて兵士たちが皆倒れ、王子も片膝を着く。
「――――――――〝婚約破棄返礼代行〟」
「は?」「え?」
「貴殿の元婚約者、ダンテ子爵令嬢リオン・サクムより。
〝人を貶める鬼畜、我慢ならん〟と依頼を受けた」
タンポポと名乗ったその人物は。
サリシナに歩み寄り、魔力を彼女に押し込んだ。
「貴殿が得た魔力の半分を、サリシナに譲渡する」
ダンデライオンはマスクの下で笑みを見せ。
「王族でありながら盟約を破り、バズり動画に手を染めたその所業。
お上の沙汰を待つがいいさ」
「ま、待て!?」
「しからば御免」
また風となり、どこへともなく消え去った。
Ω Ω Ω
「相席失礼」
「どうぞ」
馬列車の個室で一人出発を待っていたリオン。
向かいの席に座った、桃色の髪の女を見て立ち上がろうとし。
「やっと見つけたわ、リオン。いえ」
左手を、掴まれた。
「〝婚約破棄返礼代行〟タンポポ?」
「……何の話でしょう、サリシナ」
「転生者の呪いを甘く見ないことね」
「……何の用でしょう」
「あなたの魔力を返しに来たのよ」
「私は魔力が宿らないので、もらってください」
逃亡を諦めてリオンは席に戻る。
だが、手は離れなかった。
「そ。じゃ、あなたの魔力としてついていくから」
「はぁ!?」
リオンはもう一度立ち上がる。
「もう、行くところがないのよ」
(あっ。動画拡散の影響……)
「ちょっといい暮らしが、したかっただけなのに。
王子に見初められたと思ったら、このザマ」
サリシナが、泣き笑いのような顔を浮かべた。
「平民の私は魔法も使えないし、魔力はあっても無駄。
でも動画のせいで、みんなが私を知ってて……仕事も、首に」
「……私が、責任をとりましょう」
「責任!?」
サリシナが立ち上がる。手が、固く握り締められた。
リオンは僅かに、首を傾げ。
「ええ。仕事ならありますし。雇います」
「はぁ!? だからあんた動画に男を取られるのよ!?」
「何ですってそれを言ったら戦争でしょうがサリシナ!?」
至近距離で睨み合った、二人は。
続きの言葉が出ず、頬を赤くして目を逸らし合った。
二人、席に腰を下ろす。
「ごめんなさいね」
「……何に謝ってるんです?」
「私のせいで、あなたの人生滅茶苦茶でじゃないの」
「……何を謝るんです。彼の方から声をかけたんでしょう?」
「きっと、私が願ったからそうなったのよ……?」
「確かにそうかもしれません。
ですが。彼がバズり目的で婚約破棄に手を出したのは、見て明らか」
「でも、リオン……」
リオンは、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「もう、いいんです。泣いてる子はいないんですから。それで」
サリシナが、ハッとしたように瞳を大きく開き。
指を絡め、リオンの手を握り込んできた。
「私の目の前に、いるようだけど?」
「気のせいですよ」
「泣き顔が見えるのだけど?」
「これは笑ってるんです」
「そう、じゃあ」
サリシナの右手が、リオンの頬と目元を撫でた。
「私がもっと、笑顔にしてあげるわ」
「それは、楽しみですね……なぜその影を出す」
リオンの目の前で、サリシナが黒い影を出してほほ笑む。
「今こそ、〝ヒロイン〟の力の使い時でしょう?
さぁ、もっとよく私の目を見て? リオン」
「あ、なに、これ。熱いし、心臓が爆発しそう!?」
紅潮し、目が潤むリオン。サリシナの笑みが深まる。
「ふふ。リオンは目を閉じる方? それとも見ていたい方?」
「や、やめろサリシナ!? ――――御免っ!」
「ぐふっ」
一瞬の隙をつき、リオンは一撃して姿をくらます。
個室にはサリシナ一人が残され。
馬列車が静かに、動き出した。
「ちょっと雇うんなら私を一人にするんじゃないわよリオン!?
絶対逃がさないんだから!!」
そのうち現実ばかりか、夢でも追いかけられるようになったリオンは。
執念深いサリシナに、散々泣いたり笑ったりさせられたという。
この国から。
理不尽な流行に涙するものがいなくなる、その日まで。




