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7話——私に霊感などありませんけども。

 バターが室温で柔らかくなるのを待つ間、気分転換とヒント探しを兼ねてアルカン家の広い庭を散策させてもらう事にした。

 綺麗に整備されたそこには様々な色や形の花が咲き、風に乗ってふわりといい香りが漂ってくる。

 右に左に視線を向けながら、ゆっくりゆっくり歩いて回る。


 庭の中央付近には、屋根のついた可愛い鳥籠を思わせるガゼボがある。この素敵な庭を眺めながらお茶を飲んでおしゃべりが出来たら、楽しいひと時が過ごせそうだ。そこにおやつがあればなお最高だと思う。

 やっぱりクッキーにはナッツよねと考えながら、庭の奥にある温室らしき場所を訪れた。規模は小さな物だったが、中では様々な植物が鉢に植えられている。これから庭に移される植物なのかもしれない。

 私には何の植物なのかは分からなかったけど、何となく知っているハーブに似た香りの物もある。ハーブを混ぜて焼いてみるのもいいかもと思いながら、何の気無しに視線を上げた時だ。視界の隅で何かが動いた。


「ん?」


 直ぐに虫では無いなと思った。虫にしてはデカい。いくら異世界といえども、こんなにデカい虫などいてたまるかという願望が主だ。飛び方も何だかおかしい。

 更に一匹や二匹どころの話では無い。沢山気配がするのだ。

 そっちを見れば姿を隠し、こっちが消えたと思ったら視界の端っこに何かが映る。とにかく動きが尋常ではない。はっきり捉えられる訳では無いが確実に居る。


「え…、何? ……まさか……」


 だんだん見てはいけない物のような気がして怖くなった。今まで一度だって見えた事なんか無いのに。

 実はこのお屋敷が立つ前にこの場所に墓地があったのだ、とか言われたらどうしよう。考えた途端、急に寒くなってきた。

 はっきり見えてしまう前に戻ろう。そう思った矢先だ。


「おい」


 ひぃぃぃぃぃっっっ!!


 突然背後から声がしていきなり肩を掴まれ、恐怖がピークに達した私の恐怖メーターが振り切れてしまった。

 喉を引き攣らせ声にならない声を上げると、一瞬で目の前が真っ暗になった。




 ふわりと風が頬を撫でるのを感じる。顔にかかる髪がこそばゆくて不快で目が覚めた。


「あれ……?」


 眼前に映るのは、色とりどりの花の数々。何故か庭にあるベンチに横たわっていた私は、ゆっくりと起き上がった。起き上がった拍子に体からするりと滑り落ちたのは上着だ。誰かが掛けてくれたようだ。


「起きたか?」


 近くから声がしてそちらへ視線を移すと、レンくんがこちらへ歩いてくるところだった。

 状況が読み込めず、ポカンとしている私の側まで来ると、落ちた上着を拾い上げている。どうやら彼が掛けてくれたらしい。


「レンくん、どうしてここに?」


 ベンチに座ったまま疑問符を浮かべる私を、立ったまま見下ろしてくるその表情に感情が見えない。笑顔が優しいアルクさんや、表情豊かなメアリと違い、レンくんはあまり表情筋が動かない。だからいまいち何を思っているかが読めないのだ。


「声掛けたらいきなり倒れるから……どうしようかと……」

「え!? うそ! 私気絶したの!?」


 コクリと頷くレンくんの視線を追うと、彼の上着の裾が一部シワシワになっている。どうやら私がしっかりと握りしめて離さなかったらしい。

 メアリを呼ぼうにも呼べないまま、ここで起きるのを待っていてくれたというのだ。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げると、「別に」とぶっきらぼうに言われてしまい、ますます落ち込んでしまう。

 実際やらかしているので無理も無いが、なんかちょっと嫌われているのかもしれない。

 今度はじっと顔を見られて萎縮してしまう。度々レンくんにこんな風に見られているような気がしないでも無いが、私の顔に何かついているのだろうか。それとも余程警戒されているのか……。


「……何か?」

「あ、いや。……あの、さ」

「はい?」

「変な事聞くけど……初めまして、だよな?」

「え? それは、そうだよ。私異世界出身だし」

「……そうだよな」


 ちょいちょい見られていたのは、初めて会った気がしないからだったのか。

 まぁ、確かに私の顔はどこにでもいそうな顔だから、こっちの世界にも似たような人間がいてもおかしく無いかもだけど。

 私の周りにはレンくんのような美形はいなかったから、絶対初めましてだね。知り合いなら、こんなイケメン絶対忘れないし。


「えみは何してたんだ? あんなところに突っ立って」

「何って、散歩してて……」


 聞きながら隣に座ってくるレンくんを見てはたと思う。そういえばと思い出してしまったのだ。見てはいけない物の存在を。

 思い出した途端に寒くなった。


「レンくん、私も変な事聞いていい?」

「何?」

「……ここ、……出る?」

「は?」

「私……見ちゃったかもしれなくて……」

「……何を?」

「………………幽霊」


 無表情のレンくんが無表情のまま固まった。そんな彼を見てやっぱりかと思った。

 どうやら見てしまったらしい。霊感なんてこれっぽっちも無いと思っていたのに。


「散歩中に何か気配を感じてね、そっちの方を見るんだけど、さっと消えちゃって……それが何回も続くもんだから、もう怖くって怖くって」

「この庭で?」

「そう!! 私霊感なんてひとっつも無いのに見ちゃったんだよ。見えちゃったんだよ! ……ねぇこの場所って、お屋敷が立つ前は墓地だったとか無いよね!? そんな事実知っちゃったら、私怖くて一人で寝らんない!」

「いや。それは無い」

「本当に!? だって絶対何かいるよ!?」

「それ、幽霊じゃなくて精霊だろう?」

「……へ?」


 幽霊じゃなくて精霊? 精霊って、何?


「こんくらいで、羽根生えてなかったか?」


 レンくんが表してくれた大きさと羽根と聞いて、厨房で見た生き物の事を思い出した。


「あ!! そうかも! ちっちゃくて、髪の毛ふわふわで、羽根があった!! その子は厨房にいたんだけど、お腹空いてたのか果物食べてた」

「幽霊なら果物食べないと思うぞ」

「あぁ、そっか。……そうかもね」

「えみは精霊が見えるんだな」

「え、霊感無いのに?」


 レンくんがフッと小さく息を零す。それが笑ったのだと気が付いた時には、もう元の表情に戻っている。

 レンくんのレアな一面に、思わずじっと見つめてしまった。


「霊感は関係ないだろ」


 そんな私の視線が痛かったのか、ふいっと目線を外されてしまう。


「精霊が見える人間は貴重なんだ。大きな魔力を秘めていることも多いしな」

「へぇ、そうなんだ。…でも私は魔法使えなかったよ?」


 そう。

 この世界には魔法が存在している。王都には魔法使いもいるようで、攻撃魔法や治癒魔法もちゃんとあるのだそうだ。最初聞かされた時は、急なゲーム展開に驚いた。小さい頃にやったPSのRPGゲームを思い出して無性にワクワクしたのだ。

 ただ、魔力自体を使いこなせる人は少なく、とても貴重なのだそう。

 そして、魔法が使える人は魔力が高く、精霊の姿が見える事があるのだそうだ。

 せっかく異世界に来たからには、私にも魔法が使える可能性があるはずだと色々試してみたものの、そんな様子は微塵もない。アルクさんには私から魔力を感じるって言われたんだけどなぁ。


「今はまだ眠っているだけで、そのうち使えるようになるのかもしれない」

「えっ! そうなの?」


 それなら私にも『ファイヤーボール』とか使えるかもしれない。

 魔法書とかあるのかな? それを読めば私も魔法使いになれるのかな? 呪文は誰に倣えばいいんだろう?


「まぁ、後から魔法に目覚めて使えるようになったっていう例はそうそう無いけどな」

「なんだぁ。ガッカリさせないでよ!」


 またレンくんが笑った。小さく息を吐き出す程度の微笑だったけど、無表情なだけじゃないと分かって少し嬉しい。

 もっと笑えばいいのに。怖い顔より全然可愛いのに。

 口に出して不快にさせたら嫌だから言わなかった。

 表情筋を動かすのが苦手な人もいるし、人それぞれだもんね。

 とにかく悪い人じゃないし、普通に会話してくれてるから嫌われている訳でも無さそうだし。それだけでも分かったから良かった。




「そういえば、レンくんはどうして庭に?」

「え?」


 一瞬、目が泳いだように見えたのは気のせいか。すぐにいつもの表情に戻ってしまったから分からない。


「たまたま通りかかったらえみがぼーっとしてたから、声掛けただけだ」

「そっか! 心配かけてごめんね。それから上着、掛けてくれてありがとう」


 別にと立ち上がると、レンくんは訓練に戻るからとお屋敷の方へ歩いて行った。

 庭に咲く色とりどりの花へと視線を向ける。

 今は何も飛んでいない。でも、もう見えても平気だと思った。


「精霊かぁ……お話出来ないかなぁ」


 怖さのあまり気絶したことも忘れて、私は厨房で会ったあの子のことを思い出していた。

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