6話——女子会には『おやつ』が必須です。
朝、いつもは寝坊助な私が、まだ薄暗い中、目を覚ました。昨日はなかなか寝付けなかったにも関わらずだ。
夕食の時の事を思い出すと、思わずにやけてしまう。
この世界に来てから、ここでお世話になる事が決まってから、初めて恩返しが出来た気がした。
大した事なんて出来ないけれど、私の得意な事が誰かの役に立つのはやっぱり嬉しい。
私が作ったご飯を、皆んなが美味しいと喜んで食べてくれた事がこの上なく嬉しかったのだ。そんな興奮がいつまでも冷め止まず、ベッドに入ったものの全然寝付けなかった。
結局無理やり寝るのを諦め、ベッド脇のランプの灯りを頼りに今後作りたいものを書き出す事にした。今日使った食材も忘れないように書いておく。名前、形、味に調理方法。経済や語学なんかはちっとも勉強する気にならないけど、料理に関しては別だ。特に大学で専攻していた訳ではないが、好きな物だからこそと言うのが大きい。
ペンとノートはポーチから取り出した。私が望むものを出してくれるポーチは、この世界への転生を果たす際に女神様が持たせてくれたものだ。
食材だけでなく、文房具も取り出し可だった事が嬉しい。どこまで出せるのか、どの程度の大きさまで大丈夫なのか、今後検証する余地がありそうだ。
そうしてあれもこれもと書いているうちに、いつの間にか眠りについていた。
変な鳴き声の鳥の囀りも聞こえないうちに起き出すと、クローゼットから着替えを取り出し、準備を整えて厨房へ向かった。
「おはようございます!」
既にシェフの三人は朝食の準備中だった。挨拶すると「朝から元気だねぇ」と笑顔で返してくれる。
昨夜の夕食作りでシェフ三人衆とすっかり意気投合してしまった私は、アルクさんの計らいもあって厨房の出入りを許されている。
「こんな小娘なんかに包丁握らせやがって」と思われていないか不安だったのでそれとなく聞いてみたら、料理長のライルさんは「可愛い女の子を見てる方が楽しいからオッケー」と、ダンディな見た目からは想像もつかないようなチャラ男発言をしていた。若干引いた。
「料理長の発言はアレだけど、学びになっているのは本当だ。だから遠慮せず使うといい」
そう言って声を掛けてくれるのは、優しそうな見た目とは打って変わってシブ男のホーンさん。この二人は足して2で割れば丁度いいと思う。
ちなみにルファーくんは見たまんま、ちょっぴり抜けてるところもある可愛い男の子だ。人懐っこい性格で、子犬属性。年上のお姉様に好かれるタイプだと思う。
「あら? えみ、今日はずいぶん早いのね」
余計な妄想を膨らませていると、メアリとハンナさんもやって来た。
転生初日から大寝坊している事を知っているメアリには、私の早起きが衝撃だったらしい。「早くご飯が作りたくて」と言ったら笑われた。
「朝のメニューは何ですか?」
「朝はいつもパンとスープとサラダって決まってる。あとはその日手に入る果物を添えるくらいだな」
どこの世界でも朝は軽めの食事が好まれるものらしい。
そのメニューなら出番は無いだろうと、調理場の端っこを借りる為に移動する。
今日はどうしても作りたいものがあったので、準備をしようとポーチを取り出した時、後ろからルファーくんの嘆きが聞こえてきた。
「あーあ。このパン、もうちょっと何とかなりませんかねぇ」
見るとルファーくんが大きなパンの塊をスライスしているところだった。
それが何故かとても硬そうなのが気になる。どう見ても切っているのがパンだとは思えない手付きだ。だんだんナイフがノコギリに見えてきた。
「(……パン……だよね? それ)」
この世界では、この硬いパンが一般的なのだそうだ。
朝からこれを咀嚼するのは大変そうだなと思う。どんなに眠くても目が覚めてしまいそうだ。
一欠片もらい食べてみると、案の定硬くて口の中の水分を全部奪っていくような、とっても食べにくいパンだった。
食べ方を聞くと、そのまま食べるかスープやミルクに浸けて柔らかくして食べたりするとのことだ。
それを聞いてピンときた。
「じゃぁフレンチトーストにしよう!」
皆の頭の上には『?』が浮いていたが、作りながら説明することにしてすぐに準備に取りかかった。
ミルクに卵と砂糖を加えてよく混ぜる。
その卵液にパンをじっくり浸し、バターを溶かした浅鍋で表面をカリっと焼き上げれば完成だ。本当は一晩つけた方が良いのだが、今思いついてしまったので仕方ない。
いつもよりも薄めにパンのカットをお願いし、ライルさんにフレンチトーストを託した。
ホーンさんにはサラダ用のドレッシングを作ってもらうことにして、私は自分の作業に取り掛かる。
先程の件で、ふわふわパンも作らなければと決意した。
「でもその前に……ムフフ……」
ポーチから何やら取り出す私を見ながら、ルファーくんがせっせと果物の皮を剥いている。
こちらの世界特有のものなのか、見た事のない色と形をしているのが少々気になる。
「今度は何を作るんだ?」
ルファーくんの目は、好奇心からかキラキラと輝いていた。
「女子会には欠かせない『おやつ』を作ろうと思ってね」
やっぱり頭に『?』が浮かんでいたが、さほど気にする事もなく鼻歌なんて歌いながら材料を揃えていくのだった。
朝食もアルクさんとレンくんは気に入ってくれたようだった。
バターでこんがり焼いたフレンチトースト、ルファーくんが悶絶したお酢を使って作ったドレッシングの掛かったサラダ、皆大好きウィンナーと目玉焼きのプレートに、昨夜のポトフにミルクを入れてアレンジしたスープ。あとはルファーくんが飾り切りした色とりどりのフルーツ。
朝はギリギリまで寝ていたい派の私にしてみれば、ずいぶん豪勢な朝食である。
ハンナさんはフレンチトーストが大変お気に召した様子で、1日おきに朝食に出すと張り切っていたのを思い出して、思わずクスクスと笑ってしまう。
「楽しそうだね」
そう言われて顔を上げると、目の前にアルクさんの優しい笑顔が、その隣には何事かと訝しげな顔のレンくんがそれぞれこちらを見ていた。
一気に顔に血がのぼり、その後に食べたご飯の味がよくわからなくなってしまった。
朝食後、一人厨房に戻った私は早速おやつを作ろうと考えていた。
バターは柔らかくしたいので、室温にしばらく置いておく事にする。
ハンナさんやメアリと一緒にお茶をする時のために、お茶請けが必要だと強く思ったのだ。
「女子会にはやっぱり甘いものがなくっちゃね!」
独り言を言いながら、まずは定番のクッキーとマフィンを作ろうと材料を見るが、何かが足りない気がした。
何が足りないのかと辺りを見回すと、厨房の奥の方で何かが動いた。
ん? と思い、そーっと近付く。
野菜や果物が入っている籠の中で、何かがもぞもぞと動いているのが見えた。
一瞬ネズミかと思ってドキッとしたが違うようだ。
「(羽根……?)」
そう。
私の手の平くらいの大きさのそれには半透明の羽根があるのだ。蝶とトンボを合わせて2で割ったような羽根が。
絵本に出てくる妖精のような姿のソレは、果物のひとつを食べているのか、こちらには全然気付いていないようだ。
「何これ!? 生き物!?」
つい口に出してしまったその声に、羽根を持った生き物がこちらをばっと振り返る。
目が合った。ばっちり。
私も驚いたが、向こうはもっと驚いたらしく、目を見開いて果物の汁まみれの口はあんぐり開いている。
「なんだ。もう来てたのかい? 昼食の準備には早いよ?」
そこへ笑いながらライルさんが入ってきた。いきなり声を掛けられて、反射的にそちらを振り返る。
「ライルさん! 今ここに———」
すぐに視線を戻したが、そこにはもう羽根の生えた生物はいなかった。
「どうした?」
ライルさんが側へやってきて籠を覗くが、そこにはいつも通り野菜や果物が入っているだけだ。
謎の生物の食べ掛けも残っていない。
私はどう説明するべきかも分からず、結局何でもないと言うことにして作業に戻ることにした。
そのすぐ側の窓の陰から覗く小さな視線には全く気が付かなかったのだ。
ライルさんにおやつに足りない材料を相談しようと思って失敗した。なぜなら彼は『おやつ』という存在自体知らないと言うのだ。
甘くてティータイムにお茶と一緒に楽しむものだと話したが、「ティータイムとはお茶を飲むものだろう」と笑われてしまった。
何と言うことでしょう。
この世界では、3時におやつを食べないと言うのだ!
『おやつ』という概念すら存在しないと言うのだ!!
全く信じられない!!!
だったら私がそれを当たり前にしてやろうじゃないのと、逆にひとり燃えるのでした。