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8話——皆んなで『うどん』を堪能致しましょう。

 炊き出し当日。

 私は朝からとまってっ亭の食堂を陣取ると、昨日ワサビちゃんと一緒に準備したお稲荷さん用のお揚げへ、俵形に生成した酢飯を詰めていた。

 傍らにはレンくんの姿があり、彼もお稲荷さん作りを手伝ってくれている。勝手に体育会系なイメージでいたレンくんは、実は繊細な作業も得意らしく、こういったちまちました作業が苦では無いらしい。なんとも頼もしい助っ人である。


 お稲荷さんは、地域や家庭によって五目ご飯を入れたり、でんぶや錦糸玉子が飾られたりと様々だが、我が家のお稲荷さんはシンプルイズベスト。いつも白いご飯に甘めのお酢を混ぜた酢飯のお稲荷さんだった。

 母の作るお稲荷さんが本当に美味しくて、行事の時やお弁当なんかにもよく作って貰ったのを記憶している。

 私の大好きな味の一つだ。


 ワサビちゃんはというと、かき揚げ用の野菜のカットを既に済ませ、今は厨房の方で天ぷら用の衣の作成中だ。我が家は衣にマヨネーズを混ぜて作っている。そうすると、天ぷらがサックり揚がるのだと母が教えてくれた。


 マーレはシャルくんと共に、昨日作ってくれたうどんの麺を茹でてくれている。今頃は厨房に設置されている大釜にぐらぐらと沸くお湯の中で、白くて細い麺が踊っている事でしょう。

 シャルくんはうどん作りが楽しかったらしく、今日もマーレに引っ付いてあれやこれやと手伝っているようだ。


 会場の設営は団長様方の指揮の元、騎士団の皆さんや街の皆さんが進めてくださっている事でしょう。

 女将さんもそちらで『つゆ』の準備をしてくれている筈だ。


 結局王都を出発してから全然アルクさんと話が出来ていない。違和感はなくならず、何となく壁を感じたままだ。

 このままではいけないと思えば思う程に焦りだけが募り、何となく話し出すタイミングも掴めないままにずるずるとスレ違っている。

 本当に自分のヘタレ具合に嫌気がさす。

 無意識に溜め息を吐き出していたらしく、レンくんから心配そうな声が掛かった。


「えみ、疲れてるか?」

「え? あ、違うの。……ごめんね」


 慌てて謝意を伝え手元へ視線を戻すと、再びレンくんから声が掛かった。


「アルクさんの事?」

「!!」


 落としていた視線を上げると、エメラルドグリーンが真っ直ぐにこちらへ向けられていた。

 やっぱり顔に出てしまっていたらしい。

 レンくんの気持ちを知っているクセに、私は自分の事ばかりできちんと返事も伝えられていなかった。そんな中途半端な私に、レンくんは真っ直ぐ向き合ってくれている。そんな彼にも申し訳なくて、自分の不甲斐なさにも情けなくて、胸が締め付けられるように苦しくなった。

 覚悟を決める様に、自分の手をぎゅっと握り締める。


「……レンくん、私——」

「分かってる。……えみ見てれば、分かるよ」


 そう言って眉尻を下げながら口元を緩めるレンくんに、私は正面から向き合った。


「中途半端なままで、本当にごめんなさい。……私、やっと自分の気持ちに気付けて、その……」

「うん」

「私……アルクさんの事が、その…きで……レンくんの事も大切なんだけど……彼とは違う、っていうか……」

「……ん」

「レンくんの気持ちは、すごく嬉しかったの。それは本当に! だけど、その、それには応えられない…です」


 自分でも何を言っているのかよく分からなかったけど、今の私の精一杯を伝えた。

 レンくんはちゃんと私を見て、そして微笑んでくれた。


「うん、分かった。……オレは、えみの友達として応援するから」


 以前よりもずっとずっと表情が豊かになったレンくんは、今はとても穏やかな笑顔を見せてくれている。

 そう言ってくれた事が本当に嬉しかった。


「レンく……ありがと……」


 なんか泣きそう。今にも鼻水垂れてきそう。

 丁度、かき揚げと天ぷらの準備を終えたワサビちゃんが合流してくれたから、失敬して鼻水を仕留め、再びお稲荷さん作りを再会した。

 その後、麺を茹で終えたマーレとシャルくんも加わり、皆んなで大量のお稲荷さんを作り上げた。




 お昼の鐘が鳴り響く広場では、大勢の人達が器を片手に膝にお稲荷さんの乗った皿を置き、皆んなで準備した料理を堪能してくれている。多めに準備したにも関わらず、予想していた以上に人が集まった様で、たくさん作ったお稲荷さんは瞬く間に品切れてしまった。

 麺も危ういと思っていたら、広場に隣接する食堂の店主さん達から「使ってくれ」とうどん麺の提供がなされた。それらは有り難く頂戴し、彼らにもうどんを堪能して頂く。

 きつねうどんも人気だったが、ワサビちゃん特製のさっくりかき揚げが乗った、かき揚げうどんも大人気だった。

 ハワード様の予想通り噂が噂を呼び、『勇者』や『ホルケウ』効果もあり、炊き出しは大盛況だった。


 ◇ ◇ ◇


 北門に近い広場の端では、設置された簡易椅子に腰掛けたハワードとルーベルが、隣接する森へと意識を向けていた。


「大分苛立っているようだな」


 ハワードのニヤリな笑みが皮肉を含む。


「ホルケウ殿の牽制のお陰で、奴等は手出しが出来なくなりましたからね。誘き寄せるなら今が好機ではないかと」


 ルーベルが右手で眼鏡の縁を押し上げる。最早クセのようなものだった。

 北門の上、見張り台に登っているウォルフェンとアルクからは殺気を含む魔力を伴うプレッシャーが、森からざわざわと溢れ出ているとの報告もあった。魔力を持たない騎士達ですら肌を刺すような空気に異変を読み取ったのだ。それ程に露骨な苛立ちだった。

 奴等こそ人間共を狩りたくてウズウズしている事だろう。


「行くか」

「そうですね」


 二人が椅子から立ち上がる。

 ルーベルが手を上げて合図を送れば、見張り台から団長二人が降りて来る。


「調査隊で迎え撃つ。ウォルは街の方を頼む」

「はっ」

「誰か、シャガール殿とレンを呼んでください」

「はい!!」


 ハワードの命にウォルフェンは直様第一師団を招集し、ルーベルの呼び掛けに応じた騎士の一人が、炊き出しの手伝いに加わる二人を呼びに走った。


 ◇ ◇ ◇


 うどん作りを続けていた私達の元へ、アルクさんの部下の騎士がやってくる。最近ワサビちゃんと仲良しの彼だ。

 少し離れた場所でシャルくんとレンくんと少し言葉を交わすと、直ぐに北門の方へと戻って行く。

 何かあったのかと思っていたら、二人が私とマーレの元へやって来た。


「ちょっと行ってくる」

「え? どこに?」


 指差す先は北門の向こう側、例の森だ。

 討伐に行くという事だろうと直ぐにわかった。


「私も——」


 行くと言い切る前にレンくんに止められる。


「えみは留守番。ここを頼む」


 ——奴等の狙いはマーレだった

 ハワード様からはそう聞かされていた。マーレには勿論言っていない。

 何も言わないまま頷く二人に、私も頷いて見せる。

 今の私に出来るのは、ソラと一緒にここに残り、マーレと街の皆んなを不安にさせない事。それが最善だと分かったからだ。


「わかった。どうか気をつけて!!」

「大丈夫、任せろ!」

「誰に言ってる?」


 二人に余裕の笑みを向けられて、不安が少し和らぐ。

 シャルくんとレンくんは北門で待つ三人と合流し、一度こちらへ手を振ってくれた。それにマーレと一緒に手を振り返し、街の外へ向かう彼等の背中が見えなくなるまで、その場で見送っていた。




 陽が傾き、用意していた麺が全て無くなり、片付け作業をしていた時だ。突如地響きが聞こえたかと思ったら、突如下から突き上げるような大きな揺れに見舞われる。


「きゃぁ!!」


 急な地震にバランスを崩し、その場へ膝を付いた。


「何? 地震!?」


 心当たりの方角を見れば、森の更に奥の方で茜に染まりつつある空へ、黒や黄色の光がバリバリと走っている。

 揺れは直ぐに収まったが、今まさに討伐作戦が決行されているなどとつゆ程も知らないマーレや街の人達にざわめきが起こっている。

 魔物の群れの襲来を経験している彼等には、さぞ不安な事だろう。


「ソラ!」


 何とかならないかとそちらを見れば、やれやれと言わんばかりに立ち上がり、お座りの体制になる。


「仕方ないのう」


 瞬く間に薄いピンク色の幕が街全体を覆い、森の方に見えていた黒い光や黄色い光が見えなくなった。

 ソラの結界だ。

 あの光はシャルくんの精霊達の光だ。成る程、シャルくんの躍動する揺れだった訳だ。

 それなら分からんでもないなと一人納得していると、ソラの口から溜め息が漏れた。


「あやつには加減を覚えさせねばなるまいな」


 その台詞には全く同感だった。




 陽が沈み、空がオレンジや紫、藍色と美しいグラデーションに彩られた頃、それはいきなり起こった。

 いち早く反応したのはソラとワサビちゃんだ。

 マーレの様子がおかしい。その場に踞り、動かなくなってしまったのだ。


「マーレ? どうしたの? 大丈夫?」


 近付くと、苦しそうに息をしている。


「……体が……熱い……」


 マーレの体から白く湯気のような魔力が立ち昇っていく。それは徐々に増えていくと、マーレの体全体を包み込んでしまった。


「まさかこれって……」

「覚醒したな」


 ワサビちゃんの手を借りて、二人で広場からマーレの体を移動した。

 宿の少し先、路地の入り口へと移動する。

 シャルくんやレンくんの時のように、魔力を含む暴風が吹き荒れる訳では無かったのは幸いだった。


「ソラ、どうすればいい?」


 オロオロする私とは裏腹に、ソラは至って冷静だ。


「どうもこうも、コントロールするしかない」


 マーレは苦しそうに荒く息を繰り返すばかりだ。彼女の側に付いていた三人の精霊は、不安そうに回りをふよふよしている。こういった現象が初めてのようだ。彼等にもどうすれば良いのかわからない様子だった。

 コントロールするしかないのだろうが、その方法が私には分からないのだ。


「どうしよう……どうしたら……」


 マーレの体が熱い。高熱でも出したかのようだ。苦しそうだし、立ち昇る湯気のような魔力もどんどん増えていく。

 どうすれば良いのか分からずに途方に暮れていると、上から声が降ってくる。


「えみ。オレに任せろ」


 その声にはっと振り返ると、そこにはシャルくんの姿があった。

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