7話——お宝発見しちゃいました!!
マーレのお母さんが営む宿屋。その名も『とまってっ亭』。
朝の忙しい時間帯をやり過ごしたその食堂で、私は遅めの朝食を食べながら、ワサビちゃんと明日の炊き出しに向けて打ち合わせをしていた。
「きつねうどんは絶対作りたいんだぁ」
「良いと思います!!」
昨夜お披露目したきつねうどんは大盛況だった。ワサビちゃんのお気に入りにも追加して貰えたようだ。
「あと、かき揚げうどんも出来そうだし、卵を落として月見うどん。お稲荷さんもいいなぁ」
「どれも美味しそうですね!」
「どれくらいの人が集まるか分からないから、多めに準備しようと思うんだ。……昨日の三倍は作ろうと思うんだけど」
「では、お揚げは今日の内に仕込んでおきましょう!」
「そうだね。お稲荷さんの分もあるから、大きなお鍋を借りてこないと」
大体の数量を割り出しながら仕込みの話をしていると、ハワード様とシャルくんがやって来た。
「大鍋なら教会から借りるといい」
「え? 貸して貰えるんですか?」
だって、王宮と教会の仲ってあんまり良く無いじゃないですか。
特にハワード様が絡むと。
なんて思ってしまったものだから、恐らく顔に出ていたのでしょう。ハワード様には真顔をされ、シャルくんからは苦笑いが返って来た。
「民への施しの為なら、教会は喜んで力を貸してくれるよ。オレも一緒に行くしな」
勇者様が一緒なら確かに話は早そうだ。
「本当に!? ありがとう! あ…でも、いいの? シャルくん忙しいんじゃ……」
「教会に行く用事があるんだ。オレも本当なら復興の手伝いするつもりでいたんだけど、どこ行っても勇者の手は借りられないって言われるんだよ。だからえみの方手伝うよ」
「ありがとう。助かるよ!」
私は勇者様の手を借りる事、遠慮したりしませんけど、何か?
早速教会へ向かおうとしたタイミングで、奥からマーレがやってくる。教会へ行く話をすると、一緒に行きたいと言ったので同行することになった。ワサビちゃんには別に頼み事をしてあったので宿屋で別れ、ソラを加えて四人で向かった。
「炊き出しのお手伝い、私にもさせて」
道すがら願ってもない申し出に、思わず立ち止まってしまう。
「嬉しいけど、でも食堂の方は? 女将さん一人になっちゃうよ?」
「明日はうちの宿のお客さんが総出で炊き出しのお手伝いらしいから、きっと暇だってお母さんが言ってたの。だからそっちは心配いらないと思う」
女将さんが経営する宿は今、この街の復興にあたっている騎士団と職人さん達の貸し切りとなっている。
彼らがやってくれるのは主に会場の設営だろうが、同時進行で復興へも人員が回される為、確かに総出になるだろう。
「すごく助かるよ!」
「麺は任せて! とびきりのを用意するから!!」
なんと麺まで作ってくれると言う。
マーレが出してくれたうどんは確かにツルッツルで、歯応え喉越し共に最高だった。それを提供して貰えるのなら、この街の人達にとっては更に親しみ易い物になる筈だ。
元いた世界でもあんなにコシのしっかりした麺には中々出会えない。それを考えても此度の出会いはまさに奇跡だっ…——
そこではたと思う。
「そう言えば麺を作る為の粉って、何使ってるの?」
うどんに使われるのは一般的には中力粉。
おやつを作る際に使用する薄力粉と、パンを焼くために使用する強力粉の、それこそ中間の粉だ。我が家では手作りうどんを作る時、その二つを混ぜ合わせて作っていた。
「二種類の粉を混ぜて使ってるよ」
うそっ!?
まさか……それじゃぁ……
「き…強力粉……ある……?」
「強力粉? がわからないけど、お母さんは種類の違う麦だって言ってたと思うな」
なんと言うことでしょう!!
まさかのお宝発見かもしれません!
強力粉が! 強力粉があれば!! ふわふわパンが焼けるのです!
アルカン領で断念せざるを得なかったふわふわパンが、実現するかもしれないのです!!
一刻も早くその粉を確認せねば!!
踵を返そうとしたところをソラに止められる。
「待て待て落ち着け。どこへ行くのだお主は。まずは鍋であろうが」
そうでした!!
早る気持ちを無理矢理落ち着け取り乱した事を詫びると、気を取り直して再び教会へと向かったのだった。
私達が教会へ来た目的は大鍋を借りる事だったが、シャルくんがやって来た目的は他にあった。
以前、シャルくんが勇者として認められる為の儀式を行った際に、先の勇者シャルナンドが使用していたという魔道具の指輪を賜った。
そのうちの一つに、転移魔法陣を記憶する指輪がある。その指輪へ、ここ、イーリスの魔法陣を転写するのが目的だったのだ。
転移魔法陣の使い方。
①イーリスの魔法陣を起動する。
②魔法陣上に立つ。
③飛ぶ為の魔力を送る。
以上
転写の前に魔法陣の起動を行わなければならないらしく、部屋全体が広くて天井がドーム状になっている場所へと案内された。
床と柱が真っ白な大理石で作られており、部屋の上部には女神様と聖獣をモチーフにしたステンドグラスが嵌め込まれている。教会自体に初めて来たが、王宮の儀式の間を思い出させるような作りだった。
「起動」
シャルくんが部屋の中央へ立ち魔力を送ると、足元に幾何学的な模様が浮かび上がった。
それは四方八方へ光りながら広がり、シャルくんを中心に直径三メートル程の円を描く。
「転写」
徐々に光が大きくなり、シャルくんの指輪の一つも光り出す。やがて光が止むと、指輪も何もなかったかのように沈黙した。
先程まではただの床だったその場所に、光の魔法陣が描かれている。これで、いつでもイーリスと王都を行き来出来るようになるのだという。
因みにこの魔法陣は王都にしか通じていない。他の街へ行きたければ、その街へと繋がる為の魔法陣を一から構築しなければならないのだそうだ。
それにはとてつもない時間と膨大な魔力を必要とする。よって、地方教会と中央教会を結ぶ為の魔法陣しか構築されていない、らしい。
「これが出来るのなら、初めからこれを使えば良かったのでは?」
馬で五日も旅をする必要がなくなると思うのですが。
素朴な疑問を口に出したら、側にいた神官に物凄い目で見られてしまいました。
「確かにそうなんだけど、それをするのが難しいらしいんだよな」
神官の代わりに教えてくれたのはシャルくんだ。教会で修行をしている彼は、内部の事情にも一段と詳しくなっている。
そもそも、この魔法陣を起動する事自体に膨大な魔力を消費するのだそうだ。
一度スイッチを入れてしまえば、オフらない限りずっとオンになるので、後は王都へ飛ぶ為の魔力だけ有れば良いのだけれど、その魔力も魔術士の魔力を丸々使ってしまう程。
教会所属の聖騎士団は全員が魔力持ちで、その中には勿論魔術士もいるのだが、数に限りがある人材をホイホイ多用する訳にはいかない。このご時世特に。
要するにコストパフォーマンスが悪すぎるのだ。
スイッチを入れて更に動かす等という芸当は、それこそ規格外であるシャルくんにしか出来ないと言う事だ。
じゃぁそもそも何で起動したんだ? シャルくんにしか発動出来ないのに、オンにする意味あるのかな?
そう思ったけど、聞かないでおきました。
『大人の事情』。……そういう事です。
教会での用事をさっさと済ませ宿へ帰って来ると、早速マーレにお願いして二種類の小麦粉を見せて貰った。私には見た目で判断出来ないので、ワサビ先生に鑑定をお願いする。
「間違いなく、これは強力粉です」
食材博士のワサビちゃんに確認してもらい、私は遂に強力粉を発見した。
今すぐアルカン領のシェフ三人衆とハンナさんに伝えたい!! あのパン屋さんにも!!
興奮のあまり踊り出したい衝動をそれはそれは必死に堪え、私は明日に向けてお揚げを大量に鍋へと投入したのだった。




