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6話——これはもはや飲み物だな。……いいえ、違いますよ。

 私達のイーリス到着が夕方だったせいか、もう間も無く宿の食堂は忙しくなる時間を迎える。それをワサビちゃんと共に手伝う事を条件に、厨房の隅の方を借りる事になった。

 時間も無ければ即席の為、うどんのつゆは万能調味料である『めんつゆ』を使う事にした。

 手伝いを申し出てくれたマーレに礼を告げ、いつものようにピンクのポーチを出す。そこからめんつゆを取り出すと、早速マーレの精霊達が反応する。不思議そうに、嬉しそうに、ポーチの周りに集まって来る。


「女神様の匂いがするって、どういう事?」


 そんな彼女達に加わり、不思議そうにこちらを見ているマーレに、ポーチを見せて説明する。


「実はこれ、此方の世界に来るときに女神様から貰ったの。私が元いた世界のご飯を作るのに、調味料や食材が出せるのよ」

「へぇー、私もやってみたい」

「いいけど……期待しないで」


 ポーチをマーレに手渡すと、彼女がファスナーを開けた。

 しかし、中からは何も出て来ない。至って普通の何の変哲もない、空のポーチと化しているのだ。


「あれ? 何も出ないよ?」

「うーん、やっぱり? 実は私専用のアイテムらしくて、他の人には使えないみたいなんだよね」


 以前、メアリにも同じ事を言われて、試してみた事があった。メアリの時はファスナーすら開けられなかった。

 それがあって色んな人にポーチを渡して検証してみたのだ。勿論協力してもらったのは、私の事情を知るアルカン領のお屋敷の使用人の皆さん。それからアルクさんとレンくんだ。

 その結果、ファスナーを開けるかどうかに関しては、魔力の有り無しが関係していると分かった。開いたところで何も出なかったのだが。

 聖剣の鞘がシャルくんにしか抜けないように、このポーチも私にしか扱えない。

 ソラは『女神の恩恵』だと、そう言っていた。つまり、聖剣はシャルくんの、ポーチは私の、女神様の加護を受けた専用アイテムという事だ。


 がっかりさせてしまったお詫びも兼ねて、めんつゆを使ったうどんはマーレに一番に試食して貰った。

 すすった瞬間に瞳がこれでもかっ! と開かれ、こちらを凝視する。

 それを見た女将さんも一口。目を白黒させている。

 待ちきれないワサビちゃんもやはり試食に加わる。それはそれは美味しそうに食べている。

 ただ、麺を啜るのは苦手のようで、困ったような表情もちらほら。そんな姿もまた可愛らしい。

 女将さんもマーレも、「信じられない」と驚愕の声を上げつつ、「美味しい」と恍惚の笑みを浮かべ、最後には「是非作り方を教えて欲しい」と懇願された。

 取り敢えず、「名物になんて事してくれんだ」って言われなくて良かった!


 素うどんも美味しいけれど、私は『きつねうどん』が大好きだ。

 あの甘じょっぱいお揚げをかじって、その風味が口に残っている間に麺をすする。甘さと、塩味、出汁の旨味が合わさった時のあの感動。最後につるつるっと歯応えのあるしこしこ麺が喉を通れば、もう至福。


「(あぁ……食べたい! 無性にきつねうどんが食べたい!!)」


 という訳で、時間無いくせにきつねうどんにします。

 早速ポーチから大量に『油あげ』を取り出す。

 実はあのお揚げ、簡単に作れてしまうのだ。

 軽く茹でて油抜きした油あげを、出汁、醤油、砂糖で十分程煮るだけ。少ない煮汁で短時間で煮えてしまうので、美味しくてすぐ出来てしまう、私にとってはお助け料理のひとつなのだ。

 そうして出来上がったきつねうどんにネギを刻んで乗せれば完成だ。

 勿論刻んでくれるのはワサビちゃん。それはそれは見事な小口切りを披露してくれましたとも。


 完成したそれを早速二人に食べてもらうと、感動に打ち震えておりました。女将さんなんてもう目元押さえちゃってますね。

 大袈裟だよと思ったけれど、喜んで貰えて何よりです。

 こうして食堂で首を長くして待つ男性陣とソラへ、きつねうどんのお椀を配って回った。


「うーん、上手い!! これはもう飲み物だな!!」


 なんて言いながら、ウォルフェンさんはおかわりをしている。器が何個も積み重なっているのを見ると、大分気に入って頂けたようだ。


「お揚げはちゃんと噛んでくださいね!」


 なんて言ってるマーレにも言いたい。

 飲み物じゃないよ? うどんのコシと喉越しも味わって、と。

 そうこうしている内に、この街で復興にあたっている騎士団や職人の皆さんも仕事を終えて帰ってくる。人数が増えて食堂に入りきらなくなった人々が外にも溢れ出す。その人々を見て、或いはその匂いにつられて、街の人達もやってくる。

 といった具合に、きつねうどんはあっという間に広がり、その日宿の食堂は大盛況だった。


「これなら炊き出しにも人が集まりそうですね」


 その様子を見ながらルーベルさんが隣のハワード様へ耳打ちしている。


「そうだな。人伝にも広まりそうだし……炊き出しは直ぐにでもやるか。……ま、目的のひとつは叶ったがな」


 その視線の先には、精霊を肩に乗せトレーを持ってお客さんの間を走り回っているマーレの姿があった。


 ハワード様の一声で、炊き出しの日程は明後日に決まった。明日は一日準備に追われそうだ。


「しかし、魔物の群れがいつ襲ってくるか……」


 不安気なウォルフェンさんの部下の方にお椀を差し出しながら「大丈夫ですよ」と声を掛ける。


「ソラが牽制してくれます。食事の邪魔されるの嫌いなので。だから心配しないで、街の復興に専念してあげてください」

「……なんと心強い……!!」


 ソラの面子の為に「食い意地張ってるだけなんです」とは言わなかった。



「もういくらでも飲めるな!!」


 ウォルフェンさんの前には更に器が積み重なっていく。彼には『うどん=飲み物』が定着してしまったようだ。

「水筒に入れて持ち歩きたい」と言い出したウォルフェンさんに、「塩味が利いてるから余計に喉渇きそうですねー」なんて笑ってるマーレ。

 ……そこじゃないと思うんだけどなぁ……。

 噛み合っているようで合っていない二人。まぁ、面白いから良いんだけれども。


 その後も厨房を女将さんと二人で回し、食堂をマーレとワサビちゃんに頑張って貰う。

 ワサビちゃんの風魔法のお陰で、マーレは必要以上に走り回らなくて済んだようで、今はすっかりシャルくんと意気投合している。

 どうやら二人には共通点が沢山あったのか、共感出来る部分が多かったようだ。最初は緊張気味に話していたマーレも、今では可愛らしい笑顔を浮かべて楽しそうだ。

 シャルくんにもあんな風に仲良く話せる友達が出来て良かった。

 楽しそうに会話をしている二人を見て心がほっこりしたところで、未だ止みそうにない注文を捌く為、私は新たにポーチからめんつゆを取り出すのであった。

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