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5話——生きていく為には、胃袋をガッツリ掴みましょう。

 運ばれていく夕食の後に続いてダイニングへ入ると、着替えを終えたレンくんとアルクさんが既に席へついていた。

 二人の姿を見た途端に緊張が増していく。

 聞けば、時間が経つにつれて屋敷中を漂っていく良い匂いに、期待値は上がる一方だったという。

 また一つハードルが上がってしまった……。


 ハンナさんとメアリによって一皿目のリゾットが配膳され、二人の前に置かれた。

 私も用意して貰った席へつく。レンくんが正面から、アルクさんが右隣から、期待の眼差しを向けてくる。


「これをえみが作ったのか?」


 ライルさんの完璧な盛り付けも相まって、皿を見れば勘違いされてもおかしくない出来栄えになっている。

 瞠目しながらこちらを見てくる二人に、「皆で一緒に作りました」と言いながら壁際に立つシェフ三人衆とハンナさん、メアリに視線を移す。

 冷めても嫌なので「どうぞ」と言いつつ、簡単にメニューの説明をする。


「こちらはティーギとコロンニが入ったチーズリゾットです。『チーズ』というのは私の故郷の食べ物で、ミルクを加工したものです。いつものジャバニをアレンジさせてもらいました」


 アルクさんはひと匙掬うと伸びるチーズに驚きの声を上げ、口にしてまた驚いている。その様子を見ていたレンくんも一口食べると、目を見張りお皿と私を交互に見てきた。


「これがあのジャバニなのか?」

「……うま」

「チーズというのは初めて食べたが、なかなかに味わい深いね。塩味も程よくて優しい味がするよ」

「……、……うま」

「ふふ、良かった」


 二人の口に合ったようで、安堵と共に大きく息を吐き出した。

 安心したところで、私も頂く事にする。

 味つけは普段の食事の様子からごくごく薄味にしたけど、そのおかげでティーギとコロンニの甘さがよく引き立っていた。炒めるのに使ったバターと最後に入れたチーズが、コクととろみ塩味を足してくれていて上出来だと思う。


 次に配膳されたのはポトフだ。


「こちらは野菜とウィンナーのポトフという食べるスープです。ウィンナーは私の故郷の食べ物で、子供から大人まで人気のある食品です」

「野菜がごろっと入っていて食べ応えがあるね。……これがウィンナー?」

「はい。えっと、スパイスや調味料で味付けされた挽肉を腸詰めにして燻し焼きしたものなんですけど、いろんな料理に使えてとっても美味しいんですよ」


 アルクさんはじっくり観察しながら噛み締めて食べている。ウィンナーのパリっという音に驚き、溢れ出る肉汁と旨味に感動しているようだ。

 レンくんも相変わらず反応は薄めだが、箸が進んでいるところを見るにお気に召してもらえたようだ。


「最後のお皿は角煮と言って、大きく角切りにしたお肉を甘辛いタレで柔らかく煮込んだものです」

「おお!」

「なんと……柔らかい……」


 二人は肉にフォークを刺して驚きの声を上げた。いつも食べている硬い肉にすんなりフォークが入ったのだから無理もない。

 色が黒いからか、恐る恐る口に入れている。

 咀嚼し、互いに顔を見合せ、その後二人同時に私を見た。その動作がシンクロしていて思わず笑ってしまう。

 二人は角煮が気に入ったみたいでおかわりまでしていた。

 やっぱり男の子ですね!! がっつり系の肉料理は喜ばれるようだ。覚えておこう。

 二人の食べっぷりが嬉しくて手が止まっていた私も、久しぶりの食べ慣れた味をしっかりと堪能したのだった。




 食事を終えメアリの淹れてくれたお茶で一息つくと、アルクさんは満足そうにアイドルスマイルを向けてくる。


「こんなに素晴らしい体験をしたのはいつぶりだろう。えみ、本当にありがとう」


 レンくんの表情も柔らかく、満足してくれたようだ。私は逆に恐縮してしまう。


「そんな、私はただ自分の国の料理をしただけです。……でも、喜んで貰えたのなら嬉しいです」


 自分が作ったものを美味しいと食べて貰える事が、ただ嬉しかった。

 私は食べることが大好きで、どうせ食べるのなら美味しいものがいいと思っているだけだ。それを誰かと共感出来るのなら更に嬉しいと思う。


「食事が楽しいと思えたのは初めてだ。それに、なんだか身体に力が漲るようで……不思議だな」

「実は私もだ。さっきまで感じていた疲労感が消えてしまった」


 レンくんは自分の両手をまじまじと見つめている。驚いた事に、アルクさんも同じように感じていたという。


「そうですか? 私は何も感じませんが……」


 至っていつも通りだ。

 ただここ数日はなかった満足感で満たされているくらいだ。ひとつ欲を言えばデザートが欲しかったな。

 また作れたらいいなと思っていたら、


「えみさえ良ければまた作って貰えないだろうか。他の料理も是非食べてみたい」


 アルクさんからの願ってもない申し出に、私は即答していた。


「作ります! 毎日でも! 作りたいレシピがまだまだ沢山あるんです!」


 それにはレンくんも賛成し、部屋の隅にいたシェフの皆や、ハンナさんやメアリも小さく歓声をあげていた。

 私の奮闘記の一頁目が刻まれた瞬間だった。

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