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3話——人は日々、進化と成長を遂げてゆきます。

「オレがやります」


 そう言って前へ出たシャルくんの体からは、目に見えて魔力が立ち上がっている。やる気満々なのが精霊達にも伝わっているのか、彼らも「いつでもイケますよ」の態勢である。

 もしかしてだけど、あの夏の思い出カレーは精霊だけでなく、シャルくんの魔力にも影響を及ぼしてしまっているかもしれない。

 何故なら、シャルくんが今までこんな風に目に見えて魔力を放出するところを見た事がなかったから。放出しているのではなくて、せざるを得ない(・・・・・・・)のだとしたら……。


 見なかった事にしようかな……



 結界が解かれると、森の奥から続々と魔物達が姿を現す。

 結界を張っていたとはいえ、これだけ魔力持ちが集まり進化を遂げた精霊を連れていれば鈍い奴でも気付くだろうと、これはソラの見解だ。


 現れたのは『オーク』と呼ばれる種族だ。

 人型の魔物で、成人男性と比べても頭一つ分くらいは更に大きい。頭部が豚のような造りをしており、歪な角を持ち、やはり瞳は紅く不気味な光を湛えている。

 手には武器を持っており、ゴブリンのように棍棒を手にしているもの、城の魔術師が持つような背丈程もある杖を模した木の棒を持つもの、剣を持つものと様々だ。

 以前に見たボアと呼ばれる、猪に似た下級の魔物を従えているようにも見えた。ただ以前に見たものよりも、ひとつひとつの個体がデカい。

 もちろんボアキング程ではないが、それこそ成人男性程はありそうだ。あれらはボアの中級種にあたるらしい。

 魔物が魔物を使役するのは、通常よりも知能や魔力が高い証拠だそうだ。よって、この群れは以前王都近くに現れたものよりも厄介だという事だ。

 騎士の皆さんはそれがやはり分かっていたらしく、その表情には緊張が見て取れる。


 改めてオーク達の方を見てみれば、何だかやけに視線を感じる気がするのだけれど……気のせいだろうか。

 しかも、よくよく見ればだらしなく涎を垂らしているではありませんか!

 朝食の良い匂いでも残っていたのかな? うん。きっとそうだと思いたい!

 なんとなく身の危険を感じてソラへとしがみつく。そんな私を横目で見ながらソラがフフンと鼻を鳴らした。


「えみ、モテモテだのぅ」

「嬉しくないよ!!」


 陣形を崩さないまま、私が魔物の目に映らないよう背に隠してくれているアルクさんから黒いオーラが放たれる。

「穢らわしい視線を向けられないよう、全ての目を潰してやろうか」だなんて、誰よりも悪魔みたいな台詞が聞こえた気がしましたが、気のせいって事で良いでしょうか? 横に立つレンくんが綺麗な二度見をかましていましたが、気のせいって事で良いですよね!?



「せっかく精霊レベルアップしたんで、試したかったヤツやってみます。あ! 巻き込むかもしれないから離れてくださいね」


 なんてケラケラ笑っているシャルくんは、余裕の表情を浮かべている。この数にも全く怯んでいない。

 なんと頼もしく逞しい事でしょうか。


「ボアは我の食料にするからな。忘れるでないぞ」


 ソラがちゃっかりしっかり釘を刺して、私達は言われた通りシャルくんから距離を取った。




 シャルくんと精霊達が、魔物の群れと対峙する。

 睨み合いが続いていたが、遂に恐ろしい咆哮をあげながら、オークやオークソード達が一斉に襲い掛かってきた。


「アネム! 巨大竜巻(タルナーダ)!! ベルク! 砂嵐(サブルム)!!」


 シャルくんの発声の直後、地面に彼を中心とした直径数十メートルの円形状の魔法陣が発現し、黒く発光した。光ったと思ったら、ぶわりと舞い上がった土煙が彼の衣服を揺らし、髪を巻き上げる。

 それらはまさに襲い掛かろうといていたオーク達を覆い、シャルくんとアネム、ベルクの姿も覆い隠した。

 視界を奪われ、シャルくんを見失った群の動きが止まった。

 土煙が起こった刹那、今度は黒い魔法陣に重なるように赤い光が四方八方へ発せられた。その光は直ぐに渦を巻いて空へと立ち上がると、数秒掛からず大きな竜巻へと姿を変える。


「……なんて魔力だ」

「……信じられない」

「「「…………」」」

「ホント、規格外なヤツ」


 唖然と佇むばかりの騎士様方の声に、呆れたようなレンくんの声が重なった。

 まぁ……お気持ちは分かります。

 それもその筈。始まって数分で目の前に発生した災害級の巨大竜巻が、大量の砂塵と半数以上のオークを悠々と巻き上げながら、恐ろしく凶暴な現象へと姿を変えているのですから。


「勇者殿には必要無いだろうが、エセ魔法使い共は黙らせておくか」


 ハワード様がそう言った事で、呆気に取られていた私や騎士様達の視線が、竜巻の範囲外にいるオークビショップ達へと向いた。

 杖を掲げるように持つオークビショップ達が、一斉に詠唱を始めていたのだ。

 私の周りで魔法を使う人達が詠唱しているところを見た事が無かったせいで、オークビショップ達の足元に魔法陣が無ければ何をしているのかさえ分からなかった。


「アル! そちら側は任せる」

「了解しました」


 再びハワード様に視線を戻すと、彼の手元にはいつ取り出したのか、弓が握られている。


「何……水……?」


 よく見る弓矢とは違い、もっと攻撃力の高そうなヤツだ。確か『クロスボウ』。

 ハワード様が持っている(・・・・・)為に、あたかもそこにあるように見えているが、明らかに普通の物では無い。


「殿下の魔力で作り出された代物だ。殿下以外に扱えはしないよ」


 私の疑問に答えてくれたのはアルクさんだ。

 水が形を造り、クロスボウへと姿を変え、ハワード様の手に握られているのだ。


 彼が今まさに詠唱しているオークへ向かって水の矢を放った。しかも矢をつがえる事なく連射している。それらの矢は、シャルくんが巻き起こす竜巻の暴風を無視して全て命中し、オークビショップの詠唱を中断させ、魔法陣を打ち消した。

 ただ致命傷を与えた訳ではなさそうで、あくまで詠唱の邪魔をするもののようだ。

 邪魔されたオークビショップ達がめちゃめちゃ怒っておりますが。


 今度はハワード様が狙った反対側のオークビショップ達にも何かが当たり、「ぎゃっ」と言う叫び声と共に詠唱を中断されていく。

 こちらはアルクさんの仕業のようだ。

 右腕を真っ直ぐ伸ばし、手をピストルの形にして、本当に弾を打ち出している。こちらも連射が可能のようで、撃ち抜かれたオークビショップ達が次々と倒れていく。同じく致命傷にはなっていないようだった。

 本来なら頭や腕を撃ち抜くところなのだろうが、多分私やワサビちゃんに配慮してくれたんだと思う。

 口でも開いていたのか、呆然とする私にアルクさんが苦笑しながら教えてくれた。


「私の魔力でね。土や砂を銃弾に変えて撃ったんだ。私も殿下も精霊がついていないから、無から物質を生み出す事は出来ないが、元になる水や土があれば自分の魔力と合わせて使う事が出来るんだよ」


「へえ……凄い……」


 いいなー……

 私もファイアボールとかやってみたかったよ。


 呑気に解説を聞いていると、突然竜巻からバリバリと耳をつんざく轟音が聞こえた。

 驚いて見てみれば、竜巻から時折稲妻のようなものが発生している。そのうちの何本かが地面に落ち、地面を抉っている。

 何事かと思えば、砂を大量に含んだ暴風からバリバリゴロゴロと電気が発生している。


「何あれ!? 雷みたい」

「静電気のバカデカいやつですね。まさか……あれを狙って併せ技を」


 ルーベルさんは驚いているのかいないのかわからない表情で淡々としている。


「あの規模であれをぶちかましたら、この辺一帯ただでは済まぬぞ」


 ソラはもう既に呆れている。


「ワサビ。結界だ」

「は、はい!!」


 唖然としていたワサビちゃんが私達の周りに薄いベールを下ろしてくれた。

 竜巻の中心でシャルくんが右手を挙げる。暴風も砂嵐も関係ないのか、その表情は変わらず笑みを見せている。


「狙え。一匹も外すなよ」


 目の前の災害は、もはや群れにとって絶望以外の何物でもないだろう。戦意を喪失しその場に固まる者、逃げ出す者と様々だったが、シャルくんも精霊達も逃がす訳が無かった。


「轟け!! 雷剣(ブリッツ・エスパーダ)!!」


 溜まりに溜まった静電気が、(つるぎ)となってオーク達に襲い掛かる。轟音と爆風、断末魔に加え爆煙、粉塵、強力な閃光も重なり、私は耐えられずに側にあった影へと姿を隠した。

 ワサビちゃんの結界のお陰でそれらを頭から被ることが無かったのがせめてもの救いだった。



「えみ、もう大丈夫だよ」


 耳元で大好きな声色が聞こえ、驚いて顔を上げた。目の前にあったのは、まさかのアルクさんの穏やかな笑顔だ。


「えっ…と、あれ……? 終わったん、ですか.?」


 ソラだと思ってしがみついたら、どうやら近くにいたアルクさんでした。


「ごっ、ごめんなさい!」


 慌てて手を離したが、私の肩を抱く彼の手は離れていかない。むしろ然り気無く更に引き寄せられ、体同士の接地面積は全く変わらなかった。

 不意討ちに耐えられる筈もない私の心臓は、さっきのとはまた違う音を立て始める。


「震えているみたいだから、収まるまでこうしていよう」


 確かにさっきまでは震えていましたが、今は貴方の尊さに打ち震えているだけなんです!

 などと言える筈もなく、唯今だけは感じていた違和感を忘れ、されるがまま身を任せる事にした。



「いやぁ、……やり過ぎちゃった、かなぁ……?」


 そう言い笑いながら戻ってくるシャルくん。その後ろには、つい数分前にはあった筈の森はなく、地面が抉れ、土肌が剥き出しになった無残な荒野が広がっていた。立派に仕事をこなして見せた精霊達は、誉められる事を疑わず、ふよふよと嬉しそうに舞いを舞っている。

 もちろん魔物達の姿はない。姿どころか、残骸も無いし、魔石の回収の必要もなさそうだ。

 と、言うことは勿論、ソラが食料にすると言っていたボアの姿がある筈もなく……。


「この大馬鹿者が!! 加減を知れ!!」


 魔力を含んだプレッシャーと共にソラの咆哮がこだました。

 一説には、その時の咆哮が近くの街まで届き、一時その街の厳戒体制が跳ね上がったとか上がら無かったとか……。

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