25話——『チーム勇者』が結成されました。
結果から言えば、夜会は成功と言えたでしょう。
教会関係者のお偉いさん方は、ハワード様とシャルくん直々に『巫女』を紹介され、形式的な顔合わせを済ませ、公の場で教会公認の上、巫女が王宮の管理下へ置かれる事を承諾した。
また、今回騎士昇格試験を受けた見習い君は全部で十名。そのうち、アルクさんの隊から五名が受験した。
因みに受験資格は、成人とされる十八才に年齢が達しており、騎士見習いとしていずれかの隊へ所属して二年以上年数が経過している事。
レンくんは騎士見習いの中では群を抜いて戦闘レベルが高かったが、年齢が達していなかった為に今まで受験資格が無かったのだそうだ。
ボアキングとシャルくん、レンくんの戦闘を目の前で体感し、先輩隊士と共に魔物の核の回収に尽力し、高級肉の肉パーティーに参加した第三の見習い君五名は、危なげなく試験に合格し、レンくん共々正式に騎士へと昇格した。
巫女の魔力効果だったのか、全然緊張することなく体調がすこぶる万全でいつも以上の力を発揮する事が出来たと、五人が口々に言っていた旨を私は後から聞かされた。
隊服と騎士へと昇格した事を示す勲章を受け取った彼らの姿は本当に立派だったと、メアリとエリィの口から聞いた。
何にも覚えておりませんが。
参加してその光景を見ていた筈の私は、本当に驚く程何にも覚えていなかった。夜会の記憶がまるっと無いのだ。お酒を飲み過ぎた訳でも、食べ過ぎて具合が悪くなった訳でも無い。
では何故か。
アルクさんのせいだ。
あんな風に触れるから。
あんな目で見るから。
酷く切なげに揺れる青灰色が全然頭から離れなくて、国の権威が詰め込まれた煌びやかな夜会だったにも関わらず、それどころでは無かったのだ。
ただそのお陰で、私の全身へ向けられた針の筵のような無数の眼差しを気にする余裕が無く、精神的なダメージは最小限で済んでいた。その事には感謝しておりますが。
何故だろう。あの時のアルクさんの表情が、仕草が、頭からこびりついて離れないのだ。
お陰で彼に対する態度もおかしな事になっている。
まず目が見られない。彼の気配がするだけで、心臓が大暴走を始め体中から大量の汗が噴き出す。挙動が不審になる。異常なまでに目が泳ぐ。
今までこんな風に体に異常をきたした事なんて無かったのに。本当にどうしてしまったのかと不安に押し潰されそうになっていた。
「アルク様への気持ちをはっきり自覚したんじゃなくて?」
「…………へ?」
そんな風にエリィとメアリに言われ、久しぶりにマヌケな声が出た。
その答えは私の中で無かったからだ。
アルクさんからの言葉も、ハグも、向けられる眼差しも、全然慣れなくて恥ずかしいけど、どこか当たり前のようになっていたのかもしれない。
全然当たり前ではない事なのに。
返事を待って貰ってる立場なのに、与えられるものだとどこかで期待して待ってしまっていたのかもしれない。
……私は何の返事も出来ていないのに。
夜会の夜、シャルくんや聖騎士団の人に囲まれた時、私は何故か不安を覚えた。
そのまま『教会』に引き込まれてしまいそうな気がしたのだ。そうなったところで立場や暮らしが変わる訳ではないのだけれど。
思わず振り返ってしまった。そこに彼がいる事を知っていたからだ。
不安そうな、寂しそうな、苦しそうな瞳が私を見つめていて、驚いてしまった。
不安にさせているは誰でもない私なのだと、この時唐突に理解した。私自身が何よりアルクさんの側に居られなくなる事が怖かったくせにだ。
やっとわかった。
私はアルクさんの側にいたい。一緒にいたい。
私の作ったおやつを「今日も美味しい」って笑ってくれるその笑顔が好きなのだ。
私の名を呼ぶあの声が、好きなのだ。
自覚すると、その気持ちは驚く程しっくりと自分の中に収まった。何を躊躇っていたのかと思える程に。
この気持ちをきちんと伝えなければ。そう思った。
でも、そう思う時に限ってすれ違いって起こるものですよね。
どうやって切り出そうかと、エリィの話もそっちのけで考えていたのに、今日のティータイムには帰ってこなかった。
夜は夜でドキドキそわそわしながら帰りを待っていたのに、結局起きている時間には会えなかったのだ。
そんなすれ違いの日々があっという間に流れていった。
そして、遂に王都を出発する日を迎える。
朝から準備に追われ、メアリとメリッサと慌ただしく朝食を共にした。
しばらく家を空ける事になる。おやつのレシピは渡してあるから困る事はないと思う。
くれぐれも気をつけてと、二人としっかり抱擁を交わし、私達はアルカン邸を後にした。
王宮に着くと新しく渡されたローブに袖を通す。今回出立するパーティメンバー全員に装備品とお揃いの紺色のローブが支給されたのだ。
ローブはワサビちゃんの分もある。お揃いの装いに笑顔の華を咲かせている。
うん。今日も可愛い!
私の装備品はペンダント型の魔道具で、魔力切れを起こさないよう備蓄しておける優れものだ。見た目は可愛らしい普通の装飾品。なのでアルクさんからもらったネックレスとも相性はバッチリだ。
準備が整った頃を見計らったかのようにハインヘルトさんが呼びに来てくれた。
いつもいつも時間ピッタリで、何処かに隠しカメラがあるのではないだろうかと一度本気で探した程だ。ソラの鼻の力も借りたくらいにして。
「えみ様、お時間です」
「はい」
大きな通路をハインヘルトさんに続いて歩いた。無駄に広くて長い廊下も、緊張していた私にとってはそれらを解す絶好の機会になっている。広くて長い廊下は、決して無駄なだけでは無かったようだ。
前方に皆の姿が見えた頃、ハインヘルトさんに呼ばれて彼へと体を向けた。
「どうかお気をつけて」
左手を胸に当てたハインヘルトさんが礼の姿勢を取ってくれている。最上礼の姿勢だ。
「ありがとうございます。行ってきますね」
恐れ多くて恐縮してしまったが、笑顔を向けるといつも表情をあまり変えないハインヘルトさんが微笑んでくれた。
メリッサはきっとこのギャップに萌え萌えキュンなのだろう。察した。
私とソラとワサビちゃんが合流し、陛下の待つ大広間へと足を踏み入れる。
先頭に立つのはハワード様。その後をシャルくん、アルクさんとルーベルさんが続き、私たちとレンくん。殿をアルクさんの隊からローガンさんが選抜した十名が努めている。
正面の厳かな椅子には、正装に身を包んだ国王陛下と皇后様のお姿。二人の元へ伸びる赤い絨毯を真っ直ぐ歩く。
「陛下。勇者シャガール殿と以下十七名、イーリスへ向けて出立致します」
「うむ。皆の活躍を期待している」
ハワード様に習って礼を施す。
いよいよだ。チーム勇者始動の瞬間だった。
挨拶を済ませ外へ出ると、正面入り口前に大きな馬車が用意されていた。
真っ白な馬が四頭繋がれ、どれも毛並みが美しく艶々と陽の光で輝いている。背中にはフェリシモール王国の国旗を刺繍した馬衣が覆っている。
これで目的地まで行く気!? と思ったら、途中で乗馬に切り換えるようだ。
これじゃまるでパレードだものね。ああ、びっくりした。
色々と面子を保つというのも大変なんだなぁと呑気に考えていたら、見送りにとローガンさんが来てくれた。
「総隊長! わざわざ申し訳ありません」
アルクさんとルーベルさんが駆け寄り、「隊を宜しくお願いします」とご挨拶。
シャルくんとレンくんも加わり、精悍で逞しさと美しさを兼ね備えた男達の図が出来上がっている。
なんと美しい事だろうか……。
独り悶えていると、「涎垂らすわよ」と声が掛かった。
驚いて振り返ると、そこにはエリィの姿が。後ろにはサラさんも控えている。
「エリィ! 来てくれたの!?」
嬉しくて思わず駆け寄ると「そんな格好で走ったら、はしたないからおやめない」と怒られてしまった。
「えみ、くれぐれも気をつけてね! 皆さんがついてるから大丈夫だと思うけど、貴女、どこか抜けてるところがあるから本当に不安だわ」
「だ、大丈夫だよ」
「落ちてるものとか拾ったら駄目よ! 知識もないのにその辺の野草とか採っちゃ駄目だからね!」
「わかってるよ」
「……話したい事まだまだ山程あるんだから……ちゃんと無事に帰って来ないと許さないから」
「エリィ……」
ゆらゆらと瞳を揺らすエリィの後ろでは、サラさんが目元を押さえている。私も貰っちゃうから止めてください。
「エリィは見かけによらず心配性だな」
私達の会話を聞いていたのか、どこからともなくハワード様がやってくる。エリィの表情が途端に緊張を孕んだものへと変わった。
「言っただろう。『エリィ』の方が良いと。楽にしてくれ」
「ごめんなさい。……慣れなくて」
それはそうよね。これでもこの国の皇子ですもの。私のこの態度の方がおかしいのだ。
変える気ないけど。
「えみの事は心配するな。四聖獣がついているし、アルが死ぬ気で守るさ。……それよりあの話、忘れるなよ」
そう言って意地悪な笑みを浮かべるハワード様に、エリィの顔がみるみる紅く染まってゆく。この顔のハワード様はろくな事考えてないけど……
なんだこれ? 私邪魔かなぁ?
「あの話って?」
「ん? えみには内緒だ」
なんだこれ!? 私どっか消えた方がいいのかなぁ!? 人の目の前でピンク色のお花飛ばしやがって!
でもまぁ、二人の関係性が良い方向に向いていそうでホッとした。
「じゃぁ、エリィ、行ってくるね」
手を振って別れ、馬車へ近づく。
いつの間にか見送りの隊士が増えていた。
一緒に魔物の群れを撃退した第二、第三師団の皆さんと、その奥の方にもぞろぞろ見える。
聖騎士団の制服も見かけたので、おそらく教会の関係者もいるのだろう。
沢山の人達に見送られて、遠征メンバーが次々と馬車へ乗り込んだ。
「えみ。手を」
乗り込もうとして、踏み台に脚を掛けたとき、馬車の中から声が掛かる。
見上げると、私のみ抹殺出来る笑顔を何倍にも素敵にしたアルクさんがいた。目と目を合わせるのが久しぶりで、思わず見とれてしまいそうになる。もう一度声を掛けられ我に返ると、差し出された手を取った。
力強い腕に引き寄せられ、車内へと乗り込む。
いつもならどさくさに紛れて体が触れ合ったり、熱い視線を注がれたりしていたのに、あっさり手を離されてしまった。多少の違和感はあったものの、まだまだこれからチャンスはいくらでもあるはずだからと、シャルくんの隣へ座る。
ワサビちゃんが乗り込み、最後にレンくんが見張りも兼ねて御者席へ着く。
周りを十名の騎馬が隊列を組んで取り囲んだ。
ゆっくりと馬車が動き出す。
大勢の歓声に包まれて、遂に、遠征メンバーを乗せた馬車が目的地『イーリス』を目指し、王都を出発した。
第二章 完




