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22話——そろそろ決着をつけましょうか。『前編』

 少し前のティータイムの事。

 メアリとメリッサと三人で過ごしたその時間に、二人が騎士見習い君達から仕入れたゴシップネタを教えてくれた。


『エトワーリル様らしいわよ』

『え? 何が?』


 突然声を顰めたメアリに、思わずこちらまで声を顰めて耳を向ける。

 すると反対側から今度はメリッサが声を顰めて囁いてきた。


『アルク様が女性が苦手になってしまった原因ですわ』

「え!? そうなの!?」


 びっくりして普通の声が出た。二人同時に睨まれて、慌てて再び縮こまる。

 エトワーリル様って、確かツェヴァンニ大臣の娘だよね? あのピンク色がよく似合うめちゃめちゃ美人。

 久しぶりに王宮でシャルくんと再会した時に物凄く睨まれたんだよねぇ……。


『最初はハワード様狙いだったみたいだけど、ある時からアルクさんに鞍替えしたみたい』

『えー……なんでまた?』

『そこまでは分かりませんでしたが、なんでも幼い頃からの付き合いらしく、何かと付き纏われていた…と』

『あらー……お気の毒に……』

『箱入りだし、大臣の娘だから、周りもきっと何も言えなかったんでしょうね』

『……貴族社会……面倒くさ……』





 そんな会話を思い出しながら、私は今、一人馬車に揺られている。

 行き先はツェヴァンニ邸だ。

 エトワーリル様からの招待状には


『遠征へ行かれる前に茶会へ招待いたしますわ

 是非一度ゆっくりお話したいと思っておりましたので』


 と、美しい字で(したた)めてあった。

 私はその場で『行く』と返事を書いた。その場にいた全員に反対されたが。

 なので、ひとつだけ条件をつけた。エトワーリル様と私のタイマンである事。それならお呼ばれしますと返事をしたら、二日後に迎えの馬車が来たのだ。

 心配したシャルくんに風の精霊であるアネムをボディーガードにつけられてしまった。

 本来ならワサビちゃんに来てもらうところなのだが、タイマンでと言った以上、私が約束を破る訳にはいかない。今のワサビちゃんは精霊である事に変わりはないが、全ての人に見えてしまっている。

 精霊もどうかと思ったが、「この妥協案を飲めないなら行かせられない」とアルクさんに言われてしまったので承諾した。

 手土産にクッキーとマフィンとパウンドケーキを持参する。

 箱詰めしていると暇人皇子に目敏く発見され、「おやつが食べられるのならついていく」などとほざき出したので、仕方無く「公務の合間にどうぞ」とご厚意を差し出す羽目になった。

 本当にパウンドケーキ、気に入ったみたい。




 遂に!! やって来ました、ツェヴァンニ邸。

 ……でか。何ここ?

 アルクさんのお屋敷もかなりの大きさだけど、さらにデカい。

 流石にお城とは比べられないが、塔とかあるし。門番いるし。

 なんなら門から玄関まで広がる庭は、先日ボアキングの肉パーティーした訓練場くらいありそう。

 箱入りのお嬢様だとは知ってたけど、成る程。超箱入りだったようだ。


 ゴゴゴゴ


 とでも効果音をつけたくなりそうな重厚な玄関が開き中へ案内されると、大人数の使用人が両脇でお辞儀をしている。


「(完全にくるとこ間違えたな……)」


 その奥から淡いピンクのドレスを優雅に着こなし、華麗な脚裁きでエトワーリル様が大階段を降りてくる。髪はこれでもかっ! と言うほど盛られ、ダイヤの散りばめられたティアラが乗っている。首もとには大粒のピンクダイヤが光っており、足元から頭に向かって暖色系のグラデーションでまとめられた素敵な装いだ。

 童話の世界の『ザ・お姫様』と言った具合だ。

 こうしてみると本当に美人。もうオーラが違う。私が男だったら、お近づきになれるなら手のひらで転がされても構わない。それくらい周りとは段違いにレベチなのだ。

 一方私は、ノーマルな普段着よりは少しランクが上の水色のドレスである。髪は纏めず、セミロングをそのまま垂らした。装飾品も小さな青灰色のキラキラ輝く石がトップについているシンプルなものだけ。

 並んだ時の対比が凄まじい。


「(来るトコ……間違えたな……)」


 早くも後悔していると、近付いて来たエトワーリル様が私の胸元へちらりと視線を送り、直ぐ様美しい笑顔で優雅にお辞儀をした。


「ようこそいらっしゃいました。狭苦しいところですが、どうぞゆっくりなさって」


 …………。


「ご招待ありがとうございます。こういった事が初めてなもので、失礼があったらすいません」


 クスクスと口元を隠して笑うと「どうぞ」と誘われる。


「そんな事気にしませんわ」


 どうやらエトワーリル様自ら案内して下さるようだ。

 ちらりとアネムと視線を交わし、彼女の後について屋敷に足を踏み入れた。




 真っ直ぐ通されたのは中庭だった。通って来た外の庭も凄かったが、こちらもまた壮観だ。

 四方を様々な色や種類の花に囲まれ、見た事のないような植物がところ狭しと植えられている。一見観葉植物のようなものもある。

 多肉植物のような鉢植えや、食虫植物のような見た目のものまで。まるでガーデンショップにでもやって来たみたいだ。

 一つ気になったのは、そのどれもがアルクさんのお屋敷では見かけた事のないものばかりだった事。

 それらの中央付近にカフェのテラスにあるようなテーブルや椅子が用意されていた。


 案内されて席に着く時、私の周りをふよふよしていたアネムが、庭の方へ飛んで行ったなぁと思っていたら、クスクス笑いながら戻って来た。


『ねぇえみ! 凄いよここ!! 生えてんのほぼ毒草』

「はっ!?」

「え?」

「……っくしゅん! す、すいません」


 はしたないとか思われてそうだけど、エトワーリル様はそんな素振りを微塵も見せずに微笑んでくれている。

 無意識で声が出てしまったが、何とか誤魔化せたみたいだ。

 にしても今、アネムがさらっと恐ろしい事を言っていたね。

 ほぼ? え、ほぼって全部と変わらないよね? ……結構あるよ?

 逆にどうやったらこんなに集めてこられるの?


「どうぞ。お掛けになって」


 ここには私と(アネムと)エトワーリル様だけだ。給仕のメイドや執事もいない。

 タイマンでと言った私の要望を叶えてくれている。

 テーブルの側にティーセットが置いてあるから、お茶を入れてくれるのはエトワーリル様なのだろう。

 彼女の笑顔が怖いのは気のせいかな?

 もしかして『タイマン』と言うのは、彼女にこそ都合が良かったのかもしれない……。


「巫女様が来てくださると聞いて、特別にハーブティーを作りましたのよ。お口に合えば良いのですけど……」


 ティーポットに茶葉を入れるエトワーリル様の手元をアネムが覗きこむ。


『神経麻痺の毒草が二種類、混ざってるな。おっと、内蔵にダメージを与えるものまであるよ。致死量じゃ無さそうだけど、順番にゆっくり効き目が出るよう配合されてる! 本当にすごいや!!』


 興奮してないでなんとかしてよ……


『取り除く?』


ええ、ありがとう(・・・・・・・・)。わざわざ用意してくださったなんて、光栄です」


 笑顔が引き吊らないよう気を付ける。ポーカーフェイス、苦手なのに。

 エトワーリル様がおもむろに近くで赤い花を付けていた植物から、花弁を二枚抜き取った。

 カップへお茶を注ぎ、その上へと浮かべる。


「綺麗な花弁ですね」


 毒ですか?


「この花の香りが大好きなんですの。是非巫女様にも楽しんで頂きたくて」

『最っ高!! 幻覚作用があるよ! このお姫様、すげーや!!』


 背筋が凍り付きました。

 何も知らなかったら、一人で来ていたら、堂々と笑顔のまま毒を盛られていた訳だ。殺す気は無いみたいだけど、仮にも巫女相手になんという度胸と精神力……。

 この人、可愛い顔してやる事えげつないな。



「どうぞ」


 素敵な笑顔でカップを差し出され目の前に置かれる。

 驚いたのは、ちゃんと自分のカップにも同じ花弁を浮かべていた事だ。

 どうするつもりなのかと思っていたら、まさかの先に口を付けている!

 一口飲んで再びこちらへ笑顔を向ける。


「美味しく出来たようですわ。さぁ、どうぞ」


 私のカップのお茶は、アネムが毒素を取り除いてくれているから大丈夫だけど、エトワーリル様はちゃんとしっかり毒入りの筈だ。

 どういうこと?


『あのお姫様、毒に慣らされてるね。扱いといい、知識といい、普通じゃない。きっとこれくらいなら取り入れても平気なんだよ』


 成る程、そういえばハワード様から聞いたことがある。

 幼い頃から少しずつ毒を摂取して慣らしておく。王族とか位の高い貴族は、いつ毒を盛られて命を狙われるかわからないから。

 エトワーリル様もきっとそういう訓練をさせられて来たのだろう。ツェヴァンニの家に、貴族の家に生まれてしまったばかりに。

 自ら毒を取り込むだなんてそんな事、望んでやりたい訳無いだろうし。

 ……望まない境遇。

 そういう意味ではなんだか似ている気がするなと思った。


「いただきます」


 湯気と共に香ってくる花の匂いはとても甘い。毒のある花だなどとは微塵にも思えない。

 口に広がるお茶の香りは、ハーブの独特なもので、嫌な味は一切ない。後味は爽やかで、最後にあの浮かべた花弁の甘い香りが鼻に抜けていった。

 本当に美味しいお茶だった。毒を除けば。


「美味しい! こんなに美味しいお茶は初めてです!」

「そうですか。そう言って頂けたら嬉しいですわ」

「私も持って来たものがあるんです。エトワーリル様に召し上がって頂きたくて」


 そう言いながら紙袋から包みを取り出す。

 彼女の笑顔が揺らいだ気がした。

 箱を開け見せたのは、先程ハワード様に邪魔されながら詰めてきたおやつだ。


「私が作った『おやつ』です」

「おやつ? 聞き慣れない言葉ですわ」

「私のいた世界では、お茶を楽しみながら、甘い物を食べる習慣があるんです。今ではお茶の時間になると毎日のようにハワード様がやってくる程、アルカン家では定着しているんですよ」

「……そうですか」

「このパウンドケーキなんかはハワード様のお気に入りで……」

「……」


 ハワード様とアルカン家というワードに反応しているね。


 さて。そろそろ腹の内、見せて頂きましょうか。


「毒は入っていませんよ?」

「……は?」


 エトワーリル様の美しい笑顔がゆっくり消えていく。

 対象的に、私は笑顔を崩さない。

 お行儀が悪いのは百も承知で、箱からパウンドケーキを手に取ると、そのままかぶりついた。

 うん! 今日のも良い出来だ。


「ね?」


 美女の無表情って怖くないですか?

 何を考えているのかわからない目が真っ直ぐ私を見据えている。


「私に話があったんでしょう? 他に誰もいないんだし、遠慮しないで言っちゃえば?」

「………」

「私に危害を加えたいならオススメしないわ。精霊が付いて来ちゃってるし、私に異変があれば四聖獣がやってくる。一秒かからないわ。今のこの会話も、もしかしたら聞いてるかも」


 あえて『ソラ』とは言わない。

『四聖獣』の響きがどれ程の影響力を持つか、このお嬢さんにならわかる筈だ。


「毒を盛られた事は言わないでいてあげる。貴女に効果が無いように、私にも効果が無い——」


「あんた……ムカつくのよ。いい加減、消えてくださらない?」


 そう言い放ち、私を睨みつけるその瞳は、怒りと憎悪に燃えていた。

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