21話——なんだか面倒な事になってきましたね。
「教会も交えて夜会を開く事になったから」
いつもの如くハワード様がアルカン邸へやって来て、お茶とお茶菓子を半ば強制的に要求され、皆んなが席へ着いた頃、唐突にそれを聞かされた。
「へぇー」
全く関係ない私は適当な相づちを挟み、茶をすする。アルクさんは苦笑いを浮かべ、シャルくんもおやつの『ドーナツ』に夢中だ。
メリッサの視線が『殿下に失礼ですよ』と言っていたが、それはもう仕方無いと思う。今更なので。
そもそも『夜会』が何かをよく知らないんだよね。貴族の皆さんが集まって、お酒飲んだりダンスしたりするアレの事でしょうか?
どうぞご自由に。そう呑気に構えていたら、まさかのアルクさんから変化球を喰らった。
「今回の主役はシャガールとえみだよ」
「「は?」」
シャルくんと綺麗にハモったね!
なんで今日はシャルくんも一緒なのかと思っていたらそういう事か。
「どういうことですか!? 聞いてませんけど!!」
目を怒らせてハワード様を睨み付けるが、「今言ったからな」なんて軽く受け流されてしまう。
「オレはともかく、えみもですか?」
シャルくんは確かに『勇者様』として、表舞台に立つ機会は多いだろう。
先のボアキングとの戦闘でも高度な魔法をばんばん使って大活躍だったし、その報告も教会側に入っている筈だ。さぞかし鼻が高い事でしょう。
それに比べて私の場合は『黒の巫女』とは言われているが、基本的にはサポート役だ。目に見えて魔力が高い訳でも、戦える訳でもない。むしろご飯しか作って無い。
『巫女』として精力的に活動している訳でもないのに、積極的に表舞台に立つ必要は無いように思うのだが……。
「教会の連中がな。えみを正式に『巫女』としてお披露目しろと言ってきている」
「……どうしてでしょうか……」
また偉い人の前に出ていかなければならないなんて震えますけど。
まさか教皇様がいたのに選定の儀を私がやっちまったから、それを根に持ってるとか!?
悪いのは全部ハワード様なのに!?
「本来なら、どちらかと言えばえみは『教会派』の人間になるからだよ」
心の声を正しく聞き取ったであろうアルクさんが苦笑しながら教えてくれた。
アルクさんが言う事には、教会は元々女神であるミランツェ様を自分達の唯一神として信仰している。
魔力を持つ人間は女神の力の一部を頂いた信者とみなされ、教会が有する『聖騎士団』へ入団する事が許されるのだ。
『勇者』は女神様の魔力を生まれながらにして持っている為、信仰する神の落とし子とされ、教会の管理下へ置かれる事が国との誓約の中で決められているのだそうだ。シャルくんが『騎士団』ではなく、『聖騎士団』へ入隊したのは、そういう理由からだった。
そして、『黒の巫女』もまた、女神様の恩恵を受けている人間の為、本来ならば教会の管理下へ置かれるのだ。
が、今回(私の場合)は教会へ所属する前に、精霊や四聖獣の契約者となり、王国騎士団のアルクさんの婚約者となった事から、教会ではなく王宮の管理下へ置かれる事となったのだ。
謂わば『特例』なのだそうだ。
「よって、教会は自分達の面子を保つ為に、えみを表舞台に立たせろと言ってきている」
「それがどうして夜会なんですか? 女子がドレス着て化粧して出ていくアレですよね?」
「教会主催で認定式やるって言ったのを、オレが断ったからだろうな」
「…………」
「数日後には王都を出発するのに、そんな事に時間を取っている暇はないと言ったら、騎士昇格試験合格者を祝う為の夜会に参加させろとねじ込まれた。流石にそっちは断れないから仕方無く了承したと言う訳だ」
要するに、王宮に巫女捕られたから、せめて教会の公認ですよと公の場で言わせろと。
そこで、巫女の顔を拝んでやろうじゃないかと。そういう事ですかな?
あー……面倒くせー……
全部ハワード様のせいじゃねぇか!
「まぁ、いつかのホットケーキの礼と言う事で参加してくれ。ついでに料理の監修頼むな」
「え、全っ然嬉しくないけど。逆に迷惑ですけど。迷惑以外有りませんけど! そして絶対そっちメインですよね!?」
おっといけない!
心に留めておくつもりが、全部駄々もれてしまいました。最近巫女使い荒くて心の声を心に留めて置けなくなってきている。
全てハワード様のせいだけど。
ハワード様は「着飾って皆の注目を集めるのが嫌いな女がこの世に存在したとは……」とかなんとか、驚愕の表情でぶつぶつ言ってる。
女が皆んな派手好きだと思ったら大間違いだから!
アルクさんはまたまた苦笑いだ。メリッサはハラハラした様子でこちらを伺っている。
「まぁ、とにかく一週間後の夜だから、アルにとびきりのドレスを用意して貰ってくれ」
「え?」
思わずアルクさんの方を見ると、完璧なアイドルスマイルがそこにはあった。
おっと危ない。私の場合、一時たりとも気を抜けないんだった!
「妻のドレスを用意するのは夫の仕事だからね」なんて言いながら、心底嬉しそうにメリッサへ仕立て屋を呼ぶよう手配している。
もう夫婦にでもなったかのような言い草に、血液が沸点へ到達してしまった。ただでさえ顔が熱いのに『虫刺され』の事を思い出してしまって、途端に顔が見られなくなってしまう。
「だったらオレは装飾品を贈るよ」
そう言って手を握ってきたのはシャルくんだ。きょとんとしていると、キラッキラの眼差しを降り注いでくる。
「だって、アルクさんはまだ婚約者候補なんだろ? それならオレだってそうだ。だから、オレもえみに贈りたい」
「や…でも、それは……」
面倒くさくなってきたなと思っていたら、案の定アルクさんから黒いオーラが……。
「それなら、オレもだな」
なんて言って、まさかのハワード様まで参戦してくる。
あなたが絡むと余計にややこしくなると何故わからない? 絶対面白がってるだけだよね?
結局話し合いの末、シャルくんにネックレスと腕輪を、ハワード様にティアラと耳飾りを作って頂く事になった。
夜会への参加に不安しかないのだけれど、大丈夫だろうか……。
盛大な溜め息を吐き出し、恐ろしさに打ち震えていると、今度は執事さんから来客の知らせが入った。
「え? 私に、来客……ですか?」
驚いて聞き返していると、使いの方らしき女性が現れる。
……なんか見た事ある気がするのは、絶対気のせいではない。
近くにいたシャルくんも顔を強張らせているから、やはり間違いない。
「えみ・ナカザト様でいらっしゃいますね」
「え、ええ」
「お嬢様から、こちらをお預かりして参りました」
渡されたのは真っ白な封筒だ。わざわざ封蝋印まで押してある。
もう嫌な予感しかしない……。
それは、エトワーリル・ド・ツェヴァンニ様からの茶会への招待状だった。




