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20話——魔力のご利用は計画的に。

 解体され肉のブロックと化したボアキングは、騎士団の皆さんによって、城壁の内側にある訓練場へと運びこまれた。

 今度はここが戦場となる。もちろん私や王宮シェフ達にとってのだ。


「何このお肉。物凄く綺麗なサシ……高級肉みたい」


 ブロック肉を見ると、驚く程見事なサシが入っているでありませんか!!

 これ絶対旨いやつ! 超高級なやつ!!


「だから言ったであろう? こやつらは餌を選んで食す種族ゆえ、脂が上等なのだ」


 得意気にソラがフフンと鼻を鳴らしている。

 私と出会う前は食事はしてなかったって言ってたよね? その情報は一体どこで仕入れた訳?

 ついつい胡乱な眼差しを向けてしまったが、ソラは狼狽えるどころか更に胸を張って答えた。


「この国にはさまざまな種族や村々がある。辺境の地では魔の物を食す風習もあるのだ!」


 成る程。確かに『ゲテモノ』と言われるそれらを食す風習は元の世界にも少なからずあった。

 食べる人達がいるという事は、食べても大丈夫という事なんだろうけど……。

 それに抵抗があるかどうかはまた別の話で。

「(にしても、この量……)」

 何しろ大型トラックのような巨体だった。目の前に積み上げられたブロック肉も凄まじい量になる。もはや壁だ。

 が、ここにいるのは食欲旺盛な育ち盛り達。しかも、たった今戦いを終えて帰って来た彼らの胃袋はすっからかんだ。

 悠長にはしてられない!


「アルクさんのお屋敷から応援を呼んで貰えませんか? それから、ソラ! ワサビちゃん呼んで! 二人にも手伝って欲しいの!!」

「仕方無いのう」


 そう言いながらいかにも「仕方ない風」を装ってはいるが、尻尾はひくひく動いている。私は見逃さなかったよ。

 ハワード様に「四聖獣の力の使い方、完全に間違っているな」と呟かれていたが、そこは聞こえないフリをした。




 高級肉の食べ方として一番最初に思い付くのは、やはり『ステーキ』だろう。

 ソラに厚めにスライスして貰った肉に塩と多めのBPを振り、表面をこんがり焼いてニンニクチップを散らす。バターも乗せたりなんかして……

 考えただけでヨダレが垂れそうなので、早速お城のシェフの皆さんにお願いした。

 甘い火で焼いてしまうと折角の脂が溶けて旨味が流れ出てしまうので、強火でカリっと焼き上げ後は余熱で火を通す。

 一枚焼いて見せると、流石プロは違いますね!

 即席でその場に用意された魔道具付きのコンロで、あっという間に次々大量生産されていく。

 ソラがその一枚を見てブンブン尻尾を振り回すものだから、仕方なく味見係をしてもらった。

 どうやら納得のいく出来だったようだ。


 次に思い付くのは、『すき焼き』でしょう。

 薄くスライスし、甘辛い『割下』をたっぷり絡めた肉を卵にくぐらせて口に放り込めば、もう至福。

 白菜やネギ、椎茸、焼き豆腐にしらたきも外せないので、ここはポーチ頼みだ。

 人数が人数なだけに、使う食材も大量になる。未だかつてこれだけ開け閉めした事あったでしょうか? と言うほど、大活躍している。

 ソラに呼ばれて直ぐ様召喚されて来たワサビちゃんが、全ての食材をカットしてくれた。

 さすが成長した精霊はレベルが違う。

 以前はティーギ五つの薄切りが一度に出来る最大値だったのに対し、今は直径一メートル程の範囲内にある対象物を一度に切り刻めるようになっている。しかも、食材ごとに切り方を変えられるのだ。

 ワサビちゃん、素晴らしいよ! 絶対いいシェフになれるよ!!

 またまたハワード様が「精霊の使い方……」などと言っていたけど、それどころじゃ無いので聞こえないフリをした。


 肉のスライスはソラがしてくれる。野菜のカットはワサビちゃんが。

 なので私は割下の製作に取り掛かる。

 使うのは醤油、みりん、酒、砂糖、水だ。同量の醤油とみりん、水に醤油の半量の酒、三分の一の量の砂糖を混ぜて煮立たせるだけで出来てしまう。

 私の家では只の水ではなく、少し出汁を混ぜて作っていた。そうすることでまた味わい深くなる。

 そのままでは濃い目だが、野菜から出る水分で薄まるので、食べる頃には丁度良い加減になるのだ。

 幾つかの大鍋で大量に作る予定だ。


 最後に『カツ』。

 ボアキングはイノシシっぽかったから、『豚カツ』でいいのかな?

 近々騎士昇格試験を受ける見習い君達もいるようなので、験を担ぐ為にも豚カツ作ります!

 これまた厚めにスライスした肉に塩胡椒を振って、小麦粉→卵→パン粉の順に衣をつけ、熱した油でカラッと揚げる。

 サクサクの衣と、溢れ出る肉汁がもう堪らない!

 ソース派とからし醤油派に別れるらしいが、私は何もつけずに食べるのが地味に好きだ。

 この肉は上等なので、塩胡椒の味付けだけでも充分堪能出来そうだ。もちろん千切りキャベツは増し増しで!


 野菜の下処理を終えたワサビちゃんが、肉の両面に塩胡椒をし、均等に粉をまぶし、卵にくぐらせ、見事なまでにしっかりパン粉をつけてくれる。

 本当に魔法って便利!! 風魔法様様だ!

 ワサビちゃんが私の元にやって来てくれたのは、もう本当に女神様の思し召しなんだろうと思う。ワサビちゃんの魔法を目の当たりにする度に、私はきっと女神様に感謝するでしょう。

 後は油でカラッと揚げるだけなので、こちらも一枚作って見せる。

 大活躍してくれるワサビちゃんに味見してもらうと、よっぽど美味しかったのか、作るスピードがアップした。

 この調子なら直ぐにでも出来上がりそうだ。


 そうこうしているうちに、応援部隊も到着した。メアリとメリッサも来てくれている。

 二人はこの見事なブロック肉が魔物のモノだと知ると、大層驚いていた。

 そりゃそうよね。今日まで魔物肉を食べるという発想自体が無かったのだから。

 こうして、大量にあった肉の塊はあっという間に料理へと変化していった。



 急遽、訓練場が立食パーティー会場となった。

 いつの間にか設営に城の執事達も加わり、王都へ魔物達が攻めてきた時の為に待機していたローガンさんと第四、第五師団の騎士達も加わる。

 人数がみるみる増えていったが、食料は充分足りそうなので、ひたすら調理に没頭した。



 ◇ ◇ ◇


 会場の端の方。

 皆んながボアキングを堪能している頃、レンは一人汚れた体を清めていた。

 訓練の合間に使用する水飲み場で、血で汚れた手や尻尾を洗う。

 細く白い毛にこびりついた血液はなかなか落ちない。力に任せてごしごしやっていると、背中から声が掛かった。


「そんなにしたら、折角の綺麗な毛が傷んでしまうでしょう?」


 立っていたのはメアリだ。

 えみがお屋敷から応援を呼んだらしく、そのメンバーに入っていたのだろう。


「全然落ちなくて…」

「貸してみなさい」


 そういうと、指で一本一本ほぐすように洗っていく。

 レンはメアリに尻尾を託すと、その様子をぼーっと眺めた。


「大活躍だったみたいね。皆んな勇者様と獣人様の話で持ちきりよ」


 メアリが手元から視線を外さないまま口を開く。


「いや……なんか、もう夢中で……よく覚えてない」

「何よそれ。もっと胸張ればいいのに」


 メアリはいつものようにカラカラと笑った。


「しっかりアピールしないと、えみの事アルク様に取られちゃうわよ」

「友達だって」

「え?」


 驚きに開かれた瞳がこちらへ向けられた。


「えみの中で、オレは友達。……多分そうなんだと、思う」


 きっと無意識に出た言葉だとは思う。だからこその本心だろうと思った。

 きちんと答えを貰った訳ではない。それでも『友達』というその響きに、何故か違和感は抱かなかった。


「そう……いいの? それで」


 いつの間にか、尻尾の汚れが綺麗に落ちている。

 流石メイドは伊達じゃない。


「んー……よく分からない。……でも、護りたいものは変わらないから」


 自分の手を見つめた。

 えみのそれとは違う異形の手。血に汚れたその手を何の躊躇もなく握ってくれた彼女を、彼女が生きていくこの世界を、自分の手で護りたい。

 そう強く思った事に、嘘偽りは無い。


 初めてえみに会った時、何故か既視感を感じた。黒い髪も黒い目も、今まで見た事も無かった筈なのに、どこかで会った事がある気がした。

 これはおそらく『レイノルドの記憶』なんだろう。そう考えたら合点がいった。

 彼にとって当時の巫女は大切な人で、自分の中で何よりも最優先だった筈だ。そういう強い『想い』は、時として体に深く刻まれる。獣人ならばそれは更に顕著に現れるのだ、と幼いながらに聞かされた記憶がある。

 それを考えた時、えみに対するこの気持ちが、自分自身の気持ちなのか、レイノルドの記憶なのか、曖昧になってしまったのだ。

 それでも護りたいという思いは決して揺るがない。それは間違いなく自分自身の本心だった。


 その異形の手に、メアリの手が重なった。ハッとして顔を上げる。


「私だって、ちゃんと味方だからね」


 メアリのアメジストに自分が映るのを見た。

 空いた方の手が濡れたハンカチで自分の頬を擦ってくる。

 その最初から全く変わらない優しさに胸が満たされていくのをはっきりと感じた。


 レンは目を閉じた。

 されるがまま身を任せる。

 繋がれた手は無意識に固く握られていた。


 ◇ ◇ ◇



「それで、ボアキングの核の処理は終わったのか?」


 ハワード様がステーキを優雅に食しながら尋ねている。


「はい。シャガール殿の聖剣によって、迅速に処理されました」


 ルーベルさんはカツが気に入ったようだ。どうもソース派らしい。


「それにしてもボアキングとは……。王都が無事で何よりですな」


 ローガンさんはすき焼きをゆっくり堪能している。卵と割下を混ぜ合わせて肉に絡めるという、乙な食べ方をしている。


「シャガールとレンのお陰です。あの二人がいなければどうなっていたか」


 アルクさんはステーキを切り分ける姿も絵になりますね。

 シャルくんはもう聞いてすらいなさそうだ。

 皆さん食べるか話すか一度どちらかにしたらどうっすかね? などと心の中でつっこみをいれながら、お冷やを足して回っているところだ。

 因みにレンくんはここにはいない。さっきから姿が見えないのだ。

 メアリが探してくれているとは思うけど、大丈夫だろうか。また一人で抱え込んでいないといいのだけど。


「あの数の魔物が一夜にして集結したというのも気になりますね」

「それは本当なのか?」


 ルーベルさんの話に信じられないと言わんばかりのハワード様。

 確かに、あの数が動けば何らかの兆しがあっても良さそうなものだが、監視の隊士はもちろんの事、城の魔術師団の監視にも引っ掛からなかったと言う。何も無いところに突然現れるだなんて、まるで手品のようだ。


「奴等は呼び寄せられたのだ。『亜空間』の扉を開け閉め出来る奴がいたのだろうな」


 食事を終えたソラが脚を投げ出して首だけ持ち上げる。

 端から見たら、出産間近なワンコのような姿だ。ぽっこりお腹が何とも……。

 ホントに伝説の四聖獣なのかと、時々本気で分からなくなる。


「『亜空間』? 聞き慣れない言葉だな」


 博識なハワード様も首をかしげている。

 他の団長様達にも聞き覚えの無い単語のようだ。


「目的地と目的地を繋ぐ入り口を、空間をねじ曲げて繋げてしまう高度な魔術だ。使える者はそうそうおらぬ」


 成る程。私のポーチが四○元ポケットなら、そっちはどこでも○アって事ね!!


「魔人の中で使えるのは、王の側近である『マフィアス』だけだったと思うが、よもやあの場に奴が居たという事だ」


 さらっと言ってのけたソラの言葉に団長様方が凍り付いている。


「魔族のナンバー2が……」

「……あの場に居たのか……」

「王都が無事で何よりですな……」

「何が目的だ?」


 ハワード様の眉間には深い深いシワが刻まれている。古畑さんもびっくりだ。


「覚醒者を見に来たのであろう。それと恐らくは……」


 そう言ってこちらをちらりと見ていたソラの視線には全く気付きませんでした。そんな事より疲れたせいなのか体が重く、そっちに気を取られてしまっていたのだ。

 四人の男性陣はソラのその視線の意味を理解したのか、目配せし合っている。


「それよりえみ。おぬし、体は大丈夫か?」

「え? 何で?」


 ソラが私の心配するなんて、よっぽど……

 と思っていたら、急に体に力が入らなくなって膝がカクンと折れてしまう。

 地面に倒れる前に異変に気付いたアルクさんが抱き止めてくれた。


「えみ! どうした!? 大丈夫か?」

「な、に……力が……」

「魔素の使い過ぎだな。女神の恩恵を多用しすぎたのであろう。少し休めば元に戻るゆえ心配はいらぬ」


 確かに今日は沢山使ったもんなぁ。

 使い過ぎは良くないって事ね……

 なんて思いながら、瞼が重く垂れ下がってくるのに抗えず、うつらうつらとアルクさんの腕の中で意識が浮き沈みするのを感じていた。


「今日は朝から使い通しだったからの。疲れたのであろう。魔素を一度に多用し過ぎると普通はこうなる」


 そう言ってソラがシャルくんを見る。

 団長様方とハワード様にも見られるが、訳が分かっていないシャルくんは首をかしげるばかりだ。

 ソラがもう既に眠っているワサビちゃんを背に乗せると、「ではな」と軽く跳躍する。


「私もお先に失礼します。えみを休ませてやりたいので」


 ソラを見送り、私を抱えたアルクさんが立ち上がる。


「ええ。お疲れ様でした」

「えみ殿によろしく伝えてくれ」


 挨拶したいのに体に全然力が入らない。意識もそろそろ限界のようだ。

 そんな私の代わりにアルクさんがルーベルさんとローガンさんに一礼したところで、意地の悪い笑みを浮かべたハワード様と目が合った。


「襲うなよ」

「ケダモノじゃないんでね」


 変な事言わないでよ! と心のツッコミを入れたのを最後に、私の記憶は途切れている。

 翌朝、盛大に朝寝坊した私を待っていたのは『アルクさんにお姫様抱っこされて帰って来た』と言う恥ずかし過ぎる出来事が、お屋敷の使用人全員に周知されていると言う事実だった。


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