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17話——アルクさんにしてやられたようです。

「一体どういう事なのか、キチンと説明してもらいましょうか?」


 私は今、尋問されている。

 椅子に座り縮こまる私の正面には、同じく椅子に座るメアリと、座るのも忘れて仁王立ちしているメリッサがいる。

 場所は私の部屋である。

 朝、見知らぬ寝室で目覚めた私はパニックから放心状態へと陥った。そこから自力で我に返り(まず自力で復活出来たところを褒めて欲しい)、このままでは色々不味いと頭をフル回転させ(あのパニック状態からそこまで考えつけた事を褒めて欲しい)、こっそり自室へ戻ろうとしていたところを案の定二人に見つかって今に至る。

 因みに起きた時、その部屋の主であるアルクさんはいなかった。朝が早いと聞いていたし、既にお仕事へ行ってしまった後だったのだと思う。

 せめて起こしてから行って欲しかった!


 目の前にはニヤニヤ笑いのメアリと目を吊り上げたメリッサがいる。

 ソラとワサビちゃんは少し離れたところからこちらを伺っている。メリッサの剣幕にソラが危険を察知した様だ。

 まぁ尋問といっても、テーブルの上にはお茶とお茶請けのどら焼きがしっかり準備されているので、要は女子会だ。


 面白がっているのはメアリ。多分何となく事情は察してくれていると思う。

 私のチキンっぷりを存じ上げないメリッサは、両手を腰に当てて目を怒らせている。お母さんより怖い。


「婚姻前の男女が同じ部屋で朝まで過ごすなんて、淑女としてあるまじき行為です!! 一体どういう事ですか!?」

「誤解です! ……多分」

「多分とはなんですか!? はっきりおっしゃってください!!」

「一線は越えてません! ……多分」

「隠すといい事ありませんよ!!」

「本当に覚えてないんです! ……気絶してたので……」

「はぁ!?」


 耐えきれなくなったメアリがとうとう吹き出した。笑ってないでどうか一緒に誤解を解いていただきたい。


「ホルケウ様。アルクさんとえみ様が一緒に眠るのが何故いけないのですか?」

「……さてな。人間の事情など知らん」

「アルクさんとえみ様はとってもとっても仲良しさんですから、ご一緒でも変じゃないですよね? 何で怒られるのですか?」

「……知らん。本人達に聞け」


 あっちはあっちで恥ずかしい会話が聞こえてくる。

 ソラの視線が痛い。それはそれは痛い。面倒だから余計な事をするなって顔に書いてある。

 もう……消えて無くなりたい……


「メリッサ、アルク様は寝ているえみを襲うようなケダモノじゃないわよ」


 涙を拭きながら言われても説得力皆無ですよね。と言う眼差しを半眼で向ける。

 メアリには効果が無いようだ。


「何でえみが寝てたってわかるのよ?」

「だってキスされて気絶するようなチキンハートなのよ? 迫ってくるアルク様の色気とフェロモンに耐えられる訳ないじゃない!」

「……え」


 そう言ってまたメアリに大笑いされた。恥ずかし過ぎて耳まで熱い。冷え○タとアイ○ノンでも出そうかな……。

 そして哀れみの目を隠そうともしないメリッサの表情も辛い。もちろんその哀れみはアルクさんに向けられたものだろう。いや、逆の逆の逆をついて私かもしれない。

 メリッサがどういう事かメアリに説明を求めている間に、こっそりその場を離れ着替えを始める。

 二人に見つかってからそのまま連行されたため、いまだに夜着のままだったのだ。

 背中に感じたアルクさんの熱を思い出してしまってクラクラする。耳元を掠めた吐息の生々しさは、今もはっきり覚えている。

 ……あれは……怒ってた、のかな……

 シャルくんにも無防備だと言われた。私的には、アルクさんもシャルくんも私の嫌がる事をしないと分かっているから安心しきっていただけの話しなんだけど、二人からしてみたらそういう問題では無かったのかもしれない。

 自分に心を寄せてくる相手に対して無防備を晒す軽い女だと、そう思われてしまっただろうか。

 グイグイくる二人に圧倒されてパニックを引き起こしていただけだったんだけど……それは言い訳になってしまうのかも。

 一応アルクさんの婚約者って事になってるし、それ相応の気構えでいなくては。私の場合どこからボロが出るか分からないのだから。

 次に会った時にきちんと謝ろう。

 この様子だとメアリは当てにならないから、メリッサから淑女教育的なものを受けた方がいいかもしれない。

 女子会しながらお願いしてみようかな、などと考えつつ下着姿になったところで、後ろからワサビちゃんの声が掛かった。


「えみ様。お首に虫刺されが出来てますよ」

「うそ! いつ刺されたんだろ」

「赤くて丸くて痛そうですぅ」


「「「え?」」」


 背中に二人の視線を感じる。それはもうひしひしと。


「ねぇ待って……」

「これって……まさかキスマークじゃ……」


 キ、キ、キ……———


 あ、今一瞬意識が。


「えみ、貴女まさか本当にアルク様と……?」

「そういえば今朝アルク様『本当に美味かった。ありがとう、とえみに伝えて欲しい』って……」


 最悪のタイミングでぶっこんできやがった!

 いや、彼の事だ。ここまで含めて全て計算だったのかもしれない!!

 O M G!!!


「えみ」

「本当の事を言いなさい」


 笑顔が怖い! 二人の笑顔が怖いですから!

 そして絶対誤解してる! 美味しかったのは試食の方であって、決して二人が思ってる用な意味ではない!!


「ホルケウ様、きすまあくってなんですか?」

「はぁ……我に聞くな」


 ふるふると小さく首を振りながら後退りする私を他所に、ソラとワサビちゃんは呑気にどら焼きを頬張っていたのだった。






 何とか尋問をやり過ごし誤解を解いた私は、その後大急ぎでハンバーガーとホットドッグの作成にかかった。

 ハンバーガーは、レタスにトマト、謎肉ハンバーグの定番なものと、薄切り肉を何枚も重ねてカツにしたミルフィーユカツ。これにはキャベツの千切りを一緒に挟んだ。

 ホットドッグには、種類の違うソーセージを。プレーンと唐辛子を効かせたチョリソー、ハーブを練り込んだものと三種類だ。

 飲み物はハーブを煮出したお茶に氷を入れてよく冷やし、おやつにマフィンとプリンを用意した。

 そうしてなんとかお昼の時間に間に合うよう城へ来る事が出来たのだ。

 今日はやめようかなってチラッと思ったりもしたけれど、行くって言ってしまった手前反故には出来ない。

 それに今日は見習い騎士達の訓練もあるから、食べてもらうには絶好の機会なのだ。

 巫女としての仕事をすると自分で決めた以上、しっかり果たさねば。

 数も数だし量も多いので、メアリとメリッサにも一緒に来てもらう。荷物が多かったのは理由の一つだが、本当は一人でアルクさんに会いに行く勇気がなかっただけだ。顔を見ただけで固まってしまいそうで。

 もしフリーズしても二人がいれば回収してくれる。……はず。……多分。


 お城に着くと、真っ直ぐ訓練場へと向かう。

 もう少し心の準備をしてから向かいたかったのに、メアリもメリッサもずんずん行ってしまうので仕方なく後に続いた。

 お城の分厚い城壁に沿ってぐるっと回り込むように進むと、その先に広場があり大勢の人が集まっているのが見えた。


「何かあったのですか?」


 そのうちの一人にメアリが尋ねた。

 紺色の立襟に黒のボタン、黒のロングブーツ姿の若い男性が、やや興奮気味に答えてくれる。ちなみに白の制服は団長さん限定で、紺色は通常の騎士さん達の制服だ。


「勇者様とアルク団長が実戦訓練中なんだ!」


 なんですと!?

 人混みを掻き分けて、三人揃って何とか最前列へと進み出る。

 そこには木刀で打ち合う二人の姿があった。

 何度も何度も激しく打ち合い、そのうちシャルくんの渾身の一撃がアルクさんへと打ち込まれる。

 木刀と木刀がぶつかり合う大きな音が響く。アルクさんは涼しい表情でそれを受け止めた。


「斬撃が軽い! 体格が生かせていないな!」

「はぁぁっ!!」


 次の一撃も軽々と受け止め、アルクさんがシャルくんの木刀を押し返す。

 一瞬体制を崩し、直ぐに構え直したシャルくんに、すかさず回転を加えたアルクさんの凄まじい剣戟が振り下ろされた。


「うぐ……」


 両手で受け止めてはいるものの、シャルくんにはダメージがあったようだ。一瞬動きが止まったところに下から留めの一撃が加えられる。


「ぐっ」


 シャルくんの体が軽々と吹き飛んでしまった。結構体大きいのに、ふわっと浮いてた。

 ……すご……


「いててて」


 地面を転がり、その場にお尻を着いたシャルくんへアルクさんの手が差し出される。


「追い込まれると腕の力に頼るクセがあるだろう? それを直せ。体格の良さを生かせていないのは勿体無い」

「はい! ありがとうございました!!」


 その手を掴み、シャルくんが立ち上がると周りからは溜め息やら感嘆の声やら聞こえてくる。素人の私が見ても凄い撃ち合いだったのが分かったのだ。騎士の皆さんからして見たら貴重な一戦だったのかもしれない。

 訓練中だしと思い、声を掛けようか迷っていると、先にシャルくんがこちらに気付いて駆け寄ってきた。


「えみ!!」


 満面の笑みで走ってくる。


「どうしたんだ!? こんなところで会えるとは思わなかった!」


 両手に持ったバスケットを置くと、空いた手をすかさず握られる。

 キラキラの爽やかスマイルを向けられてたじろぐ。


「差し入れ持ってきたの。訓練お疲れ様。体は大丈夫なの?」

「平気。慣れてるから」


 さらっと怖い事言う。

 あれに? 慣れてるの?

 ……嘘でしょう?

 困惑していると、シャルくんを押し退けたアルクさんに手を引かれた。

 殺人級スマイルと騎士様仕様がセットになっただけでなく、今朝の事もあり、私の体温はあっという間に沸点に到達する。


「えみ。わざわざすまなかったね」

「いっ……いえ。…その、お…お疲れ様、です……」


 私の様子に苦笑いを浮かべ、アルクさんが声を張り上げた。


「皆、少し休憩にしよう」



 メアリとメリッサが持ってきた試食品を配ってくれている。若い団員の皆さんは、これまた若くて可愛いメイドに釘付けだ。

 シャルくんはシャルくんで、あっという間に若い騎士達に囲まれてもみくちゃになっていた。しばらく動けそうに無い。

 私はアルクさんに連れられて、マフィンだけ手に取ると、周りから少し離れた場所に座った。

 バクバクと鳴り止まない心臓を抑え、どうにか先に口を開く。


「あの! …ごめんなさい。軽率だっと、反省しています」

「いや。私の方こそ、大人げない事をした。……ごめん」

「メアリは気付いてたみたいですが、メリッサには怒られました」


 アルクさんは眉尻を下げながらクスリと笑う。


「メリッサとハインヘルトは婚約から結婚まで手本のような順序を踏んでいたからな」

「そうだったんですね。……それで、その……」


 目を見て聞けないので、アルクさんの左斜め四十五度へ視線を向ける。


「あぁ、同じベッドでは過ごしていないから、安心して」


 やはりアルクさんのベッドを独占してしまっていたようだ。いつもお仕事が大変なのに、申し訳ない。


 ……ではこれは?


「マーキング」


 まっ、まっ、まー……———

 のぼせてきた……鼻血出そう……

 そしてやっぱり心の声はダダ漏れだった。

 正面に座るアルクさんは私の反応を楽しんでいるかのように笑っている。

 そうして見計らったかのように耳元へ顔を寄せてくる。


「次は本当に(・・・)帰してあげないから」


 服で隠れた『虫刺され』にアルクさんの手が触れる———


 ◇ ◇ ◇


 少し離れた所からメアリとメリッサ、いつの間にか合流したレン、それとレン同様騎士見習いの三人がアルクとえみの様子を伺っていた。

 えみは終始頬が紅く、アルクは柔らかな表情だ。


「あっ! フリーズした。あれはもう思考回路停止してるわ。回収しないと気絶されたら連れて帰るの大変!」

「どうせ近くにソラがいるだろ? ついでにメアリとメリッサも一緒に転送して貰えばいい」


 勝手知ったるメアリはケラケラ笑いながら、レンはいつもの無表情で試食品を頬張っているが、メリッサや他の見習い達は落ち着かない様子だ。

 メリッサは頬を染め、三人は見てはいけないものを見ているような複雑な顔をしている。


「それにしても、あのアルク団長が……」

「……信じられないよな……」

「あんな風に女性を甘やかすなんて……なぁ……」


 口々に驚きの声を上げている。


「アルク様ってそんなに女っ気なかったの?」


 メアリは疑いの目を三人へ向けた。

 自分の主人である彼の女嫌いは知ってはいるが、いかんせん信じられなかったのだ。何故ならあの容姿で、経歴で、しかも皇子の友人だ。貴族の女性が放っておく理由が一つも無い。


「女っ気どころか、寄せ付けないって感じだったよ」

「アルク団長の女嫌いはハワード様並みに有名だから」

「今まで受けた誘いは百や二百じゃきかないって噂もあるけど、全て断っているらしいよ」

「ローガン総隊長すら心配してるって……なぁ?」

「ああ、オレもそれ、聞いた事あるわ」

「元凶はあれだろ? エトワーリル様」


 メアリとメリッサの眉毛がぴくりと動いた。メイドセンサーが働いた、とも言う。

 それを見逃さなかったレンは「さすが双子」と、内心関心していた。


「「その話、詳しく教えてくださらない?」」

「……さすが双子」


 息ぴったりな二人に、ついにレンの心の声が漏れたのだった。

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