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15話——レンくんには秘密がありました。『前編』

 教会の言い分は……まぁ、最もだったのだろうと思う。


 そもそも聖騎士団に所属するシャルくんの大切な儀式を、自分達主導で行えなかっただけでなく、参加すら最低限になってしまったのだ。その辺りの苦情は甘んじて受け入れるつもりだった、と言うのはハワード様の言い分だ。

 だがこちらにも強行に至った理由はある。

 何しろ事は急を要するのだ。

 魔王が復活した。世界の一大事なのだ。悠長な事は言ってられない。

 そして幸運にも教皇様の代わりを務められる人間が一人だけ居た。

 それこそが『黒の巫女』、つまり私だ。

 私が巫女であると言う事は、ハワード様曰く、儀式でしっかり証明されたらしい。私には何のこっちゃさっぱりですが。

 教皇様も枢機卿様も腰を抜かさんばかりに驚愕していたらしいので、作戦としては大成功だったようだ。私は見ていませんが。

 これでハワード様の思惑通り、大臣達も黙らせる事ができ、教会側にも知らしめる事が出来た訳だ。……腑に落ちませんが。

 そのお陰で儀式後、巫女に合わせろと教会の面々が押し寄せたらしい。アルクさんが招集されていったのがコレのせい。

 私がそんな方々の前に引き摺り出される事は無かったので、その場はどうにかこうにか収まったのでしょう。言わずもがなアルクさんやルーベルさん達のご助力の賜物でしょうが……。


 と言った内容を話しながら、王都のアルカン邸でティータイムの真っ最中だ。


「教会の連中はしばらく大人しくしてるだろう」


 何故かそこにハワード様もいる。

 皇子って暇なのかな? いっつもいるじゃん!

 と言うか、儀式の件全然許してないからね!! 

 という目を向けているのに、なに食わぬ顔で茶すすってやがる。


 女神様の言葉は伝えてある。

 残念ながら、ハワード様もアルクさんも精霊を進化させる為の条件は知らないようだ。

 まぁそうだろうね。ワサビちゃんが史上初らしいし。

『四精霊にご飯食べてもらおう作戦』は実行する事になった。今のところそれしかやりようが分からないからだ。

 ただ、これ以上シャルくんを王宮に常駐させて教会の反感を買うのは後々面倒なので、遠征が始まってからと言う事になった。

 レシピ、考えておかなくちゃね!!



 今日は珍しくアルクさんがお休みらしく、朝からラフな格好で過ごしている。

 騎士様の休暇は、基本的にはシフト制だ。朝番、中番、宵番の三交代制でそれが一週間づつ続くそうだ。

 非番でも緊急の招集が掛かれば行かなければならないし、遠征も多い。危険で多忙なお仕事なのだ。

 団長さんは特に拘束時間も長く、休みも少ない。休みだとしても、何かあれば直ぐに出動出来るよう、基本的には王都に留まっていなければならないらしい。なので、定期的に長期の休暇が与えられるそうだ。

 まぁ、お休みが無いと、良い仕事は出来ませんからね!!


 ここのところずっと忙しそうだったから、体を休める時間がきちんと取れて良かったと思う。ハワード様がいるのに『きちんと休めている』と言えるのか、と言う事はこの際横に置いておく。

 少しでもリラックス出来るように、今日のお茶はハーブを使ったものに、お茶菓子はスコーンと数種類の果物のジャムを用意した。果物の有機酸には疲労回復の効果や鉄の吸収を助ける効果があるから、今のアルクさんにはピッタリだろうと思う。

 ジャムは紅茶に混ぜて飲んでも良いしね。

「自分も多忙だ」と主張するハワード様は「あー、はいはい」と邪険に扱っておく。ここにいる時点で説得力は皆無だし、私はまだ諸々許した訳では無いので。

 メリッサはハラハラしているようだが、アルクさんは笑っているので気にしない。本人もどうせ気にしていないだろうしね。気にして頂きたいところだけども。


 そうして談笑していると、訓練を終えたレンくんが帰って来た。


「レンくん! お帰りなさい」

「あぁ……ただいま」


 いつもあまり表情筋が動かないタイプだけど、今日は思い詰めたかのように、いつもに増して表情が固い。それが少し気になった。

 レンくんはアルクさんと一緒に居るハワード様の姿を見つけると、二人の席へ近付いていく。


「ん?」

「レン? どうした?」

「あの……お二人に、お願いがあります」

 

 レンくんの真剣な表情と声色に、二人の顔から笑みが消えた。


「どうした? 改まって」

「五日後の騎士昇格試験、受けます。……合格したら、オレを遠征メンバーに入れてください!」


「……え……?」


 思わず側に控えていたメアリとメリッサと共に凝視してしまった。

 まさかそんな話しとはつゆほどにも思わなかったのだろう。二人の表情も固い。


「それは出来ない」


 口を開いたのはアルクさんだった。


「オレは魔力持ちです! 魔族とだって戦えます!!」

「確かに魔力持ちは貴重な存在。相手にするのが魔族である以上、戦力としては有り難いと言うのが本音だ。が、レンはまだ見習いだ。試験に合格して騎士と認められたとしても、お前の中の傷はまだ深い。……今はまだ、その時では無いのではないか?」

「それはっ……」


 レンくんの傷。

 それは、きっと彼が戦争孤児という事が深く関わっているのだと思う。詳しい話は聞いてはいないけれど、アルカン領のお屋敷に預けられたばかりの頃は、トラウマが顕著に現れていたと、メアリから聞いた事がある。


「まぁ待てアル。何故志望するのか、その理由を聞こうか」


 レンくんは両拳をぐっと握り締めている。見てるこちらに力が入ってしまいそうな程だ。


「……自分、が……役に立てる、と思う、から」

「その根拠は?」


 ハワード様の鋭い眼差しがレンくんを捉えている。

 その眼差しの先で僅かに俯く彼の表情からは、その感情が読めず、拳はブルブルと震えている。


「そう言う奴らは大勢いる。調査部隊への入隊希望者が連日殺到している事は知っているだろう。名を上げたい、目立ちたい、武勲を上げたい。そう言う奴らは五万といる。まぁ、その気持ちも想いもよく分かるがな」


「だがなレン」と、彼を見据えるハワード様の夕陽色の光が、一層鋭さを増して向けられる。

 それは決していつものチャランポランなダメ皇子のものでは無く、歴戦の猛者達の眼光ですら跳ね返すような、圧倒的な光を放つそれだった。


「今回の遠征は国の未来を託された国家事業だ。失敗は決して許されない。そんな生半可な理由ではまかり通らない事くらい、アルを見ているお前になら分かる筈だ。だったら、お前が役に立てるという根拠を、オレが納得出来る理由を示せ。それが出来ないなら、アルの言うとおり却下だ」

「……っ」


「見せてやるが良い」


「え?」

「!?」


 口を開いたのはまさかのソラだ。

 皆んなの視線が一斉に寝そべっているソラへと向けられた。


「力を示せと言われたのだ。ならば、見せてやれば良い」

「黙れ!!」


 話が全く見えない。ソラは何か知っているのか?


「覚醒者が覚醒した以上、遅かれ早かれいつかは分かる。だったら、ここで腹を括れ」

「……けど……」

「のう小僧。……えみも、皆も、その程度の事でぬしを無下にしたりせぬよ。……ぬしとて分かっている筈だ」

「……っ……」

「何の話だ? レン」


 アルクさんの問いかけに、レンくんは遂に決意したように顔を上げた。


「すみません、アルクさん。……ずっと……隠してた事があります」

「え?」

「オレの、正体……」


 そう言うと、目を閉じたレンくんが白く発光した。

 体全体を覆っていた淡い光が収まると、彼の姿が変化している。


「「「!?」」」


 頭の上に生えた三角の耳。茶色の髪は白くその色を変え、短髪だったそれが襟足が伸び全体的にミディアムになっている。

 袖から見える手は厳つく大きくなり、甲は白い毛で覆われ爪も鋭く尖っていた。

 何より目を引いたのは、お尻に生えた大きな尻尾だった。これまた真っ白な長いふっさふさのふわっふわの毛で覆われ、もこもこ艶々している。


「獣人……か」

「確かに魔力量は多いと思っていたが……まさか……」


 ハワード様とアルクさんは驚きに目を見開いている。目の前で起こった事が信じられないといった様子だ。


「……ずっと言わなきゃって……そう、思ってたけど……拒絶されるのが……どうしても、怖くて……」


 言い出せずにいたのだ。声に僅かに震えが混じっている。

 それは彼の『怖かった』と言う表現が、本心からの言葉である証だと思った。


 困惑したまま呆然としているハワード様とアルクさんを横目に、私はその場から立ち上がると、真っ直ぐレンくんの側へ近付いた。正面に立ち、彼を見上げる。両手を組んで希うように。


「尻尾、触ってもいい?」

「……え?」


 揺れていた瞳が驚きに開かれてゆく。

 いつもの無表情のレンくんもイケメンだけど、この真っ白で少し儚げな感じの獣人レンくんもイケメンだ。白の中にエメラルドグリーンが良く映えている。これがキリッと引き締まるとまた眼福なんだろうけど、今のように戸惑いに揺れている感じもまた乙。

 なんて、そんな事は今は良い!!

 それこそ今じゃない事くらいわかってる!

 最悪のタイミングだろう。

 でも! それでも!! 今だけ全然空気読めて無いじゃんって言われようとも!!!

 こんなの見せられちゃったもんなら我慢なんか出来る筈も無いでしょう!!


「尻尾!! 触ってもいい? お願い!!!」


 私の目は期待と好奇心でキラッキラしていた事でしょう!!

 だって見てよこの尻尾。ふっさふさのもっふもふなんだから!!

 絶対触り心地良いに決まってるじゃない!!

 ソラの手触りも良いけど、レンくんの方が毛が細くて柔らかそう。


「い、いい、けど……」

「やった!!」


 遠慮なく背中側に回ると両手でわしっと触ってみた。案の定柔らかくてふわっふわ。もう……最高っ!!


「何これ、スッゴい! 柔らかっ! ……気持ちいい」

「私も!! 私も触りたい!!」

「あのっ…私も……」


 私の姿に居ても立っても居られなかったのでしょう。メアリとメリッサもやってくる。もちろん瞳をキラッキラに輝かせて。


「いっ、いいけど……怖くないのか? ……その……気味悪いって…——」


 後ろで尻尾を撫で回されて困惑しかないレンくんは、まさかこんな反応をされるとは微塵も思っていなかったのか、戸惑いを隠せないようだ。


「怖さで言ったらソラの方が100倍怖いよー」

「おい」


「どこがだ」と言わんばかりに、ソラは鼻に皺を寄せてこちらを睨んでいる。

 いつもいつも言いたい放題言われるので、たまには意趣返しをば。


「レンはレンでしょ? もふもふしててもそんなの変わらないじゃない! そんな事よりこの尻尾、取れないの!? 一日貸しなさいよ」

「なっ!! 出来るワケないだろっ!」

「……あー……抱き枕にしたい……」

「っ……」


 あははとハワード様がついに声を出して笑い出した。


「『畏怖の象徴』もアルカン家では形無しだな」

「……そのようで」


 アルクさんもどこかホッとしたような、呆れたような、少々複雑な表情だ。


「ホルケウ殿のお陰で女性陣に免疫がついたのかもしれんな?」

「本当に……そう、だな」


 尻尾を取り合うようにはしゃぐ私たちとレンくんに、アルクさんもハワード様も暖かい眼差しを向けていたのだった。

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