12話——皇子って暗殺出来ますか。
本当は婚姻前の男女が二人だけで同じ部屋の中に居るというのは、こちらの世界ではよろしくない事柄らしい。
貴族階級では普通は許されないし、部屋に通される事すらない。事前に相手や周りに文書などで通達していた場合等は除くが。
間違いがあったら困る、という理由なんだろうけど。
おまけにここ、王宮だし。相手、『勇者』だし。
私も『黒の巫女』とか言われてるけども。
まぁ、正確には二人きりではない。夕食がコース料理と嗅ぎつけたソラが、早々に訓練を切り上げてワサビちゃんと共に帰って来たからだ。今は二人とももう寝てますが。
それに、それを言うならハワード様をなんとかすべきでは? と思う。気付いたら入り口に立ってるし。気配ないから怖いし。
そもそもシャルくんはまだ十五だし天使だから、そういった事とは無縁そうだけれども。
「儀式の打ち合わせしたいからって言ったら、すんなり通してもらえたぞ?」
なんて言って眩しい笑顔を向けられた。
勇者様はその肩書きだけで特別扱いなのでしょう。
そんな事を思いながら、目の前に座る成長期ハンパないシャルくんを見ていた。
ほんの少し前まで私の方が見下ろしていたのに、ちょっと見ない間にもう見下ろされてしまう程背が伸びている。
細くてどこか頼りなげだった体も、筋骨隆々とまでは言わないが、筋肉が付くところにはついていて、がっしりとした印象を受ける。
成長しすぎじゃない?
いくらなんでも、おかしくない?
「魔力が覚醒してから、急に体が大きくなったんだ。教皇様曰く、体と魔力が合致した事で、本来あるべき姿になったらしい」
「へえー。そうなんだね!」
とゆうか、私声に出してたろうか?
今無意識に独り言になってたろうか?
「えみ、心の声がだだ漏れすぎ!」
そう言って笑われてしまった。
なんか同じ事、レンくんにも言われた事があったな。なんならハインヘルトさんにも言われてるな。
そんなに分かり安いのだろうか。
たまにこの世界の人全員が人の心を読む魔法を使えるのではないかと思う事がある。
それとも私の方に思ってる事を皆んなに伝えちゃう魔法が目覚めたのか……。
うん。異世界は不思議がいっぱいだ。
お茶とお茶請けにクッキーを出すと、シャルくんは大喜びで食べてくれた。
カリっとパリっという音と、サクサクの食感が気に入ったようだ。
こんな風に美味しそうに食べて貰えると、作った甲斐があったと言うもので。そんな姿を見ているだけで幸せな気持ちになってしまう。
修行について尋ねると、シャルくんは私逹と離れて王都に来てからの事を話してくれた。
修行も寝泊まりも、全て教会で行われているらしい。
教会と言っても、この場合はミサなどを開いて祈りを捧げるような教会の事ではなく、組織の事だ。
王家が独自に騎士団を有するように、教会にも武力組織がある。『聖騎士団』という。
騎士団が基本的には武力を有し、各々の戦闘技術を肉体的に上げていくのに対し、聖騎士団は全ての人間が魔力持ちである。よって、魔力の使用方法やそれを使いこなした戦闘術を学べるのだ。
なんでシャルくんの所属が騎士団ではないのか? と思っていたら、そういった事も理由の一つのようだ。
「皆んなが魔力持ちだから訓練がえげつないんだ。息するみたいに防御壁を展開しておかないと、怪我じゃすまない」
「ええ!! そんなに危ない訓練してるの!?」
驚いて目を丸くしていたら逆に驚かれてしまった。
「当然だろ? 相手にするのは魔族だぞ? 問答無用でこっちの命を獲りにくる奴らだ。最低限のハードルが上がるのは当たり前なんだ」
なんかシャルくん格好いいんですけど。そして逞しいんですけど。
「最近は団長クラスともそれなりに戦えるようになってきたから、今は戦闘訓練以外に高度攻撃魔法の会得と魔力量を増やす訓練もしてるんだ」
「へ、へぇー頑張ってるんだね! 凄いなー」
「近いうちに実践にも同行させてもらう。今のオレがどれだけ魔族に通用するのか、早く確かめないと」
話の内容が飛び抜けててついていけない。
とにかくシャルくんが凄くて、とっても頑張っているのは良く分かった。
「偉いね……シャルくんは」
「え?」
「だって、ちゃんと自分のすべき事を理解して、そこに向かって努力してる。……普通の人にはとても出来ないよ」
私と会わなければ、今でも神父様と親子として過ごせていたかもしれない。こんな風に戦いの渦中に巻き込まれる事なんて無かっただろう。
まだ十五歳の少年なのに、勇者として戦いにいく覚悟を決めて、そこに向かって努力が出来る。
本当に尊敬する。
私なんて『黒の巫女』なんて言われてるけど、未だに違和感しかない。
やれる事はやりたいけど、実際に私が出来る事なんて限られている。いざ戦闘になったら足手まといだろうし。
どうして自分が? なんて考えちゃう時だって……
「えみだって、自分のすべき事をちゃんとやってるだろ?」
「え?」
「王都まで来たじゃないか! 遠征メンバーにだって入ってるし、『嫌だ』って一回も言わなかったって聞いてる。それだって勇気のいる事で、普通の人には出来ないよ」
「シャルくん……」
「オレは巻き込まれたなんて思ってないよ。ここに来る事は、自分で決めた。えみだってそうじゃないのか?」
「それは……」
シャルくんが私の座っているソファーへ移動してくる。
隣に座った彼が、以前よりも大きく逞しくなっていて、男らしさが増々だ。不意に手を握られて見上げた。
「オレが守るよ」
「っ……」
さらさらの金髪と宝石のような青眼が、誰でもない、私を見つめている。
「その為にずっと訓練してきた。辛くても耐えてこれた。怖い思いなんか、絶対にさせない」
なんかシャルくんから男の色気を、フェロモンを感じる。
こんなだった?
もっと幼くて可愛らしくなかった?
もっと不安そうな目で私の事見てなかった?
いつの間に、こんな……
「……無防備だね、えみ。……オレの事、よっぽど男として意識してないんだな」
肩が触れて、覗き込まれて、近しい距離に彼がいる。瞳が少しばかり寂しそうに揺れていてドキッとした。
前言撤回。
間違い、起こりそう。
シャルくんがその気になれば、私なんぞ一瞬で喰われてしまいそうだ。
きっと骨まで残らない。
「オレは勇者だから、魔王を倒して必ず帰って来る。全部終わったら、えみを嫁に貰う。その考えは変わってない」
「え、と……」
「えみの気持ちが知りたい。……オレじゃ不満?」
「そういう、事じゃ……いや、その……」
強い光を宿した青眼に射抜かれて身動きが取れなくなった。圧倒されてときめいてしまっている自分と、こんな筈ではと衝撃を受けている自分がいる。これを人はパニックと呼ぶ。
「そろそろアルクさんとの婚約について、ちゃんと説明してもらいたいんだけど——」
「そのままの意味だと言ったろう? いい加減離れろ!」
いる筈のない人の声が聞こえて、びくりと肩が揺れた。
シャルくんはわかっていたのか、平然とそちらへ視線を向けている。
恐る恐る見ると、扉の前には真っ黒オーラ全開のアルクさんと、爽やかな笑顔を浮かべたハワード様が「やぁ」なんて言いながら立っていた。
皆さん私のプライベートを一体何だと思っているのか。
シャルくんも団長クラスの睨みを平然と受け止めている。
流石勇者様はもう既に規格外のようだ。
「本当なのか? えみはアルクさんが好きなのか? オレじゃ駄目なのか? まだ頼りないのか?」
ワンコのような愛らしくて不安が滲み出た眼差しを向けないでください。
そして誰か、今この場を切り抜ける為の知恵を私にください!!
ぎゅっと手を握られて困り果てている私に、笑いながらハワード様が助け舟を出してくれた。
「まだ『仮』だがな。えみが完全に承諾した訳では無い。だが狙ってる奴は多いぞ。后妃の席も開けてあるしな」
泥舟でしたが!
そんな心許ない舟なら始めから要らなかったわ!!
「それなら、オレにもまだチャンスはあるって事だな!! そうだよな!!」
今度は瞳をキラキラと輝かせてこっちを見ないでください!
もう皆んな早く出てって欲しい。
一刻も早く眠りにつきたいので。
そんな私の心の声をやはり正しく聞いてくれたのか、ハワード様が黒いオーラを出しまくりのアルクさんを宥めながら気になる発言をした。
「まぁ、巫女殿と勇者殿は明日から忙しくなるし、今夜はこれくらいでお暇しよう」
ん? 忙しくなる?
何故に?
儀式には参加させられるだろうけど、立ってるだけだよね?
そういえば……さっきシャルくんも儀式の打ち合わせがどうとか……
「何で明日から忙しくなるんです? シャルくんが言ってた儀式の打ち合わせがどうのって……」
三人の動きがフリーズしている。
んー……嫌な予感。
「ハワード様? 私はただ立ってるだけと、そうおっしゃいましたよね? 面倒なのは支度のみだと! それのどこが忙しいのですか?」
おいおいやべって顔してるじゃん! 絶対に何かさせるつもりじゃん!!
「いやーちょっと手違いが……」
「へぇぇぇ?」
つい王子様をじと目で見てしまいますが、ここに咎める人はいないようだ。
「いや! でもそれが上手くいけば、大臣達もえみを認めざるを得なくなってだな……」
「ほぉぉぉ?」
それで得をするのはもちろんハワード様である。
「勇者殿! 後は頼んだ!!」
あっ逃げた!!
いつも突然来て突然いなくなる!
「シャルくん! どういう事!?」
掴みかかる勢いの私に、シャルくんは苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
「選定の儀だけど、本当は教会の人間がやるところを、えみにさせるつもりみたいだ」
「はぁぁ?」
「教皇様には知らせてあるみたいだけど、日程が急だから都合がつくかどうか……」
「なんですってぇ~~~」
メラメラとハワード様に対する殺意が芽生えてくる。
それはもう噴火する直前の火山のマグマのように。
皇子って暗殺できますか!?
今なら首を絞めても誰にも怒られないと思うのですが!!
「シャルくん。高度攻撃魔法の練習相手が決まったわよ! 今すぐ行きましょう!! 今すぐ!!」
そう鼻息を荒くする私を、シャルくんとアルクさんが押し止める。
「まぁまぁえみ! 気持ちはわかるけども!!」
「とにかく落ち着いて! あいつにはもうおやつ作らんでいいから!」
二度と作ってやるもんか!!!!
心の中で固く誓ってやった。
イライラが収まらないまま二人を見送る。
「じゃぁおやすみ」
「えみ。また明日な」
そう言って、シャルくんは私の頬へキスをした。
途端に顔が熱くなる。多分赤いのだろう。
調子に乗るなよと目を怒らせたアルクさんの低音が腹の底に響く。そんな睨みにシャルくんはテヘペロしている。悪びれた様子は無い。
シャルくんの首根っこを捕まえたアルクさんに引き摺られながら、二人は部屋を出て行った。
端から見たら、完全に勇者様の取り扱い方法ではないが、大丈夫だろうか?
閉まった扉の前で、キスされた場所を手で覆い、私はその場で硬直していた。
握りこぶしがわなわなと震える。
一体どこのどいつがあの天使のようなシャルくんを、こんなケダモノに変えてしまったのか!?
再び燃え上がった怒りを、私は再びハワード様へと向けずにはいられなかった。




