10話——色々と前途多難ですが。
ハワード様の予期せぬ爆弾発言から数日。ようやく屋敷が落ち着きを取り戻した頃、私は王宮からの迎えの馬車に揺られていた。
迎えに来たのは言わずもがな……。
「どうかしましたか?」
「……いえ」
目の前で不敵に微笑むのはハインヘルトさん。ハワード様同様、私には腹の内を絶対に暴けない人物の一人である。
「あの、ハインヘルトさんって……」
「ハワード様の最側近です」
ですよねぇ……
でなければ説明のつかない事が多々あるもの。
「あの、そもそも……」
「幼馴染で。アルとも。元々は私の父が現国王陛下の最側近ですので、その流れで幼少期から」
なるほど。という事は、もしかして宰相様がお父様なのかな?
世襲制……的な……?
「いえ。この国の王族は手厳しいので、無能は世襲させません。なので、本気……出しました」
「あ……そう、なんですね……」
というか、正確に私の心読むの止めてもらって良いですか? マジで。
怖いんですけど。
半眼で見つめたのに、不敵な微笑は一ミリも揺るがない。
「今日はハワード様からのお呼び出しなんですよね?」
「ええ。そうですが?」
城には極力近付きたくないと言うのに……。
それに何故だろう。嫌な予感しかしない。
「どういったご用件なんでしょうか?」
「遠征に関する顔合わせと確認事項がある、との事でしたが……何か気になる事でも?」
「本当にそれだけならアルクさんの家に来そうなものなのに、と思っただけです」
「他に理由があると?」
「はい。むしろそちらがメインな気がします!」
どさくさに紛れてご飯作っていけとか言われそうな気ぃしかしない。
遠い目をしているとハインヘルトさんが薄く笑う。
「勘が鋭くなってきましたね」
「ええ。あの二人と一緒にいると嫌でも。……ハインヘルトさんも大変ですね」
「ええ、まぁ。私の苦労に共感してくださる方が現れるとは、思ってもいませんでしたよ」
今日のハインヘルトさんはなんだかご機嫌な気がする。メリッサとイチャラブしてきたからだろうか。この二人のいってらっしゃいは私の目には毒だからとメアリから閲覧禁止がかけられているのだ。
……ものすごく気になるけど。
「なにかよからぬ事を考えていますね。顔から駄々漏れです」
「きっ…気のせいです!」
この人とハワード様の前では、滅多な事を考えるものではないな。
何故か全て正しく筒抜けになるらしいので。
世間話を交えつつ馬車に揺られること数十分。城を囲む壁の門を通り抜け、正面の大階段を横目に、馬車が通れる大きな道を城の東側へと進んでゆく。いくらも走らない内に、通用口へと辿り着いた。
正面は人通りも多く人目につく。私が目立ちたくないのだと零した事を覚えていてくれたのだろう。こういうところに出来る男を感じてしまう。
先客があったのか、前にも一台馬車が停まっていた。その後ろで止まると、ハインヘルトさんが扉を開けて先に降り、外から手を差し伸べてくれた。
「お気を付けください」
「ありがとうございます」
手を借りてゆっくり馬車を降りた。
眼前に聳え立つ城を見上げる。陰謀渦巻くこの場所へ踏み込むというのは、私にはなかなか勇気がいる事だ。
ソラもワサビちゃんも訓練で今はいないから、ちょっぴり心細いな。まぁ、呼べば一瞬で来てくれるんだけどね。
いざ! と気合を入れて階段へ足を掛けた時。
「えみ?」
私を呼ぶ声に顔を上げた。
見た先は、私の乗って来た馬車の前に停まっていた馬車だ。今降りたところだったのか、こっちを見ながら瞠目している超絶イケメンと目が合った。
金髪青眼のその青年は、私と目が合うなり表情を崩した。彼の周りには四精霊がふよふよと飛んでいる。
「え…シャル、くん……?」
「えみ!!」
勢いよく駆けて来た彼に勢いそのまま抱きつかれ、危うく吹っ飛ぶかと思った。
私をホールドしながら嬉しそうに顔を覗き込んでくる彼こそ、勇者修行の為に一足先に王都へ来ていたシャガールその人だったのだ。
「えみ、久しぶり! 会いたかった!!」
「シャルくんも元気そうで良かった!」
私を見下ろす彼は、初めて会った時の面影を感じさせない程逞しく精悍な青年へと変貌を遂げている。
て、背伸びるの早くない!? あの時はまだ私の方が大きかったのに!
……成長期、恐るべし。
照れくさそうに微笑むシャルくんに手を引かれ、並んで歩き出す。
「神父様とは連絡取ってる? 今のシャルくんの姿を見たら、きっと驚くよ!」
「ちょくちょく手紙来てる。忙しくてあんまり返事書けてないけどな」
「修行はどう? やっぱり大変?」
「そりゃあな。でも大分力はついてきたと思う」
そう言って笑うシャルくんの表情は自信に満ち溢れている。体つきも前とは比べられない程変わっているし、彼が努力しているだろう事は素人の私が見ても明らかだ。
なんと言っても彼の周りの精霊たちが落ち着き払っている。魔力のコントロールがしっかりなされているのだろう。
別人のように頼もしくなったシャルくんの姿に自然と頬が緩む。
「なんて事……アルク様という婚約者がありながら勇者様まで籠絡するなんて。なんてはしたないのかしら」
シャルくんと城内に入ろうかというところ。
庭園の方から姿を見せたのは、いつかの中庭の美少女だ。口元を扇子で隠しながらこちらへ侮蔑の眼差しを向けてくる。
側に控えるのは専属の侍女だろうか。少々俯き加減で、その表情は伺えない。
「……誰だ?」
シャルくんに聞かれるが、分からないので首を振る。
面識があると言えばあるが、知り合いではない。……知り合いたくない、が正しいかもしれない。
「これは失礼致しました。私はエトワーリル・ド・ツェヴァンニと申します。アルク様とは幼馴染ですの。どうぞお見知り置きを、勇者様」
まさかのツェヴァンニ其の二!
しかもさりげない『アルク様の小さい頃知ってますの』アピール。
あー……これは、絶対アルクさん狙いのヤツだな……。
「仮にもこの城に出入りする身でしたら、住まわっている人間くらい頭に入れておいた方がよろしくてよ? 黒の巫女サマ」
最後まで扇子を外す事なく、自分の言いたい事だけ言って去って行った。鋭い睨みと共に……。
私もシャルくんも呆気に取られ、その場に佇んでその背を見送るばかりだ。
「貴族の令嬢……初めて見たな。……皆んなあんななのかな」
「さぁ……どうだろう……私も初めてだわ」
「なぁ、えみ」
「ん?」
「アルクさんの婚約者ってどういう事?」
「えっ!? あ、……えっと……」
シャルくんの真っ直ぐな視線が痛い。彼はまだ何も聞いていないみたいだ。
説明しようにも、ここでは誰が聞いているかも分からないし……どうしよう……。
「そのままの意味だ。いい加減その手を離せ」
「!」
「……」
城内からこちらに向かってやってくる人影が。黒いオーラを纏ったアルクさんと、それに苦笑を零すハワード様だ。
シャルくんはハワード様の姿を見るなり、繋いでいた手を離し左手を胸へと当てて礼の姿勢を取った。
これが本来の王族…いや、もしかすると目上の者に対する礼儀作法なのかもしれない。教会ではそういった事もしっかり教わっているようだ。
因みに私は一回もやった事ないけども。
「勇者殿。構わないからどうか楽にしてくれ。二人共、よく来てくれたな」
そう言って労うハワード様に、シャルくんの固い表情が少し和らいだ。
……やっぱり王族相手だと緊張するようだ。
私も最初は皇子様に呼び出されたとビクビクしていた筈なんだけど。まぁ、出会いが出会いだったので……という事にしておこう。
場所を移そうと言ったハワード様について歩き出す。再びシャルくんに手を引かれるわ、背中に刺さるアルクさんの黒い視線が痛すぎるわで、非常に居心地が悪い。
どうかシャルくんが斬られませんようにと、願わずにはいられないのであった。
案内されたのはハワード様の執務室だった。
流石皇子様の部屋は広い。仕事用なのか、大きな執務机の上にはきちんと整理された書類が置かれ、羽ペンやインク壺も見える。その奥の壁は一面本棚になっていて、分厚い大きな書籍が所狭しと並んでいる。
「えみ、こっちだ」
アルクさんに誘導されて部屋の奥へと進んだ。
皇子様の部屋というくらいだから、もっとこう色んな高価な調度品がゴロゴロしているのかと思ったのに、必要最低限の家具や棚のみで、広さがある割には殺風景に感じた。
ハワード様が席に着き、その隣にシャルくんが座る。隣をポンポン叩かれたのでそこに座ると、私の隣にアルクさんが座った。
丁度そのタイミングでノックが聞こえると、ハインヘルトさんに続いて総隊長のローガンさんと第二師団長のルーベルさんがやって来た。なんて絶妙なタイミング。一体どこから見ていたのだろうか。
テーブルをぐるりと見回す。同じ席に着いているのは、この国の皇太子に勇者様、騎士団の団長さん達……。
私の場違い感パないのですが。
帰りたいなと遠い目をしそうになったところで再びノックがなされ、ワゴンを押して来た執事によってティーカップと茶菓子が配られた。
お茶はハワード様が手配してくれたものだろうが、茶菓子は私が持参したものだ。(半分強制でしたが)
お気に入りのナッツたっぷりクッキーとチョコブラウニーだ。
シャルくんの瞳がキラキラしたところで、ハワード様がカップを持ちながら口を開いた。
「早速本題だが、遠征にはローガンを除くこのメンバーで行く。オレも含めてな」
「え?」
「へ?」
「……殿下。ご冗談でしょう」
シャルくんと綺麗にハモった上からアルクさんの呆れた声が重なる。ローガンさんとルーベルさんは知っていたのか特に反応は無い。
ハワード様の悪友であるアルクさんが知らないとなると、二人も聞いたのは直前だったのかもしれない。
「冗談ではない。どうやらオレもえみの力の影響を受けたらしくてな。魔力が覚醒した」
「えええええ!?」
思ったより大きな声が出てしまい、慌てて両手で口元を押さえた。
その隣でシャルくんが身を乗り出す。
「本当ですか!?」
「あぁ。これから王宮魔道師団の師団長から訓練を受ける手筈になっている。出発までには戦力になって見せるさ」
そう言って不敵に笑うハワード様。その含んだ笑いがハインヘルトさんとそっくりだな、と思った。
「出発は二十日後になった。本当はもっと早くにするつもりだったが、勇者殿の『選定の儀』と『騎士昇格試験』はどうしても外せなくてな」
「場所は決まったのですか?」
「あぁ。襲撃報告の上がっている街で被害が甚大な『イーリス』だ。明日、先遣隊でウォルフェンの部隊が復興に向かう」
ルーベルさんが眼鏡の縁を持ち上げた。
第一師団の団長さんが隊を率いて向かう場所にわざわざ調査隊が出向くの? と思ったのだけれど。
「魔道師団から興味深い報告が上がってな」
「と、いいますと?」
「精霊の反応が異常に多いそうだ」
「「!!」」
「それって……」
思わずシャルくんの方を見てしまう。彼の青眼は真っ直ぐにハワード様へ向けれられている。
「オレと同じような人間がいる可能性が高いという事ですね」
本人が自覚しているしていないに関わらず、高い魔力を持つ人の周りには精霊が集まる事がある。初めてシャルくんと会った時も、彼は精霊まみれだった。精霊を呼び寄せる程の魔力の持ち主が、イーリスにいるかもしれないという事だ。
シャルくんに一つ頷くと、ハワード様が全員を見回した。
「我々の目的は、その人物を見つけ出し討伐隊に勧誘する事、周辺の調査、並びにその一帯の魔物の殲滅だ。必要であれば現地にいる第一師団との合流も視野に入れるが、討伐隊編成を見据え少数精鋭で行く。実戦訓練も兼ねてな。異論は?」
「ございません。私も参加出来ないのが非常に残念ですな」
カップをソーサーに置いたローガンさんが、本当に残念そうに口を開いた。
「ローガンには残って王都の警備を任せる。なにしろ三団長が不在になるからな」
心得ましたとローガンさんが頭を下げる。
「殿下。私は魔力を持つ訳ではありませんが、よろしいのですか?」
そう。遠征メンバーの中で唯一魔力を持たないルーベルさん。調査隊に選出された事に異論はなさそうだけど、その事は彼自身も気になるところのようだ。
「ルーベルは単純に戦力と参謀だ。ついでにオレの護衛。でないと許可しないと親父の奴が言ってきたんでな。……まぁ宜しく頼む」
心得ましたと頭を下げるルーベルさんは心なしか嬉しそうだ。
主から直々に護衛に任命されたら騎士としてはとても光栄なことなのかもしれない。
私なら震えるところですが……。
「という訳で三日後、選定の儀を執り行う事になった。勇者殿には聖剣の授与、ならびに精霊との契約を済ませて頂くのでそのつもりで」
「わかりました」
「それとえみにも仕事があるからな」
「へ?」
呑気にお茶を飲んでいたら不意討ちを喰らった。
「何をさせる気ですか?」
訝しげな視線を向けるとハワード様のニヤリな顔が美しかった。子供が何か悪戯を思いついた時のような、悪い笑みを向けてくる。
そんな顔ですら美しいだなんて。……なんか美形ムカつく。
「黒の巫女殿の初仕事さ。なに、ただ立っているだけだ。楽勝だろう?」
「本当に立っているだけなら」
「面倒なのは支度の方だ。当日は早起きしてもらう事になるから覚えておいてくれ。あとは、諸々打ち合わせもあるし、今日からは城に泊まれ。勇者殿とつもる話もあるだろう。あ、ついでに夕飯頼むな」
ついで!? ついでとな?
絶対夕飯がメインですよね?
やっぱり……馬車の中で感じた不穏な予感は当たっていたらしい。
まぁシャルくんとゆっくり話が出来るのは嬉しいけど。
アルクさんはローガンさんとルーベルさんの手前何も言えないのか、黒いオーラも出さずに黙ってお茶を飲んでいた。
うん。逆に怖いんですけど。
大事な遠征や重要な儀式の話もそこそこに、早速夕飯の準備へと追いやられた私。
仕方なく執事に案内されてお城の厨房へと向かう羽目になった。まぁ、皇子様の命なので追い出されるような事は無いと思うけれど。
何か作る量多くね? と思っていたら、今夜の晩餐はハワード様だけでなく、国王様とお妃様も参加される正式なものだと後から聞かされ、目眩と頭痛にバフ○リンを服用したのは少し後のお話でした。




