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7話——私は私に出来ることをするだけです。

「遠征にえみを連れて行くつもりはない」


 そうハッキリ言い切ったアルクさんの青灰色の瞳を見つめる。いつもの柔らかいものとは全く違う光を宿す瞳が、こちらへ真っ直ぐに向けられている。


「えみは遠征に参加させられる事に納得しているのか? ピクニックとは訳が違うんだぞ」


 アルクさんの声に覇気が混じる。普段の団長としての彼は、いつも私に見せてくれる彼とは違う、威厳に満ちた風体なのだろうか。


「納得しているかと聞かれたら違いますが……でも、きっとそうなるんだろうなとは思ってます」

「何故? 黒の巫女とはいえ、魔力の特殊さから言って、君は一般市民と変わらない」

「あ、はい。分かってます。足手纏いにならないよう、全力でソラの側を離れません!!」


 私には戦闘は出来ない。格闘技は愚か護身術ですらままならない。逃げ足に自信がある訳でもない。

 だからせめて邪魔にはならないよう、ましてや人質になんかならないように気をつけて行動しなければ!!

 アルクさんは呆気に取られたような顔をしていたが、我に返って慌てたように首を振る。


「いや違う。そういう事ではなくて、戦いの最前線へ行くんだぞ?」

「それは、はい。分かってるつもりです」

「分かってない!!」


 アルクさんが声を荒げるところを見たのは二回目だ。

 温厚な彼が怒っている。最初の時も、今も、どちらも私の為に怒ってくれている。


「全然分かってない! どれ程危険な事か! 相手は魔族なんだ。どんな手を使ってくるか分からない。どんな危険があるかも分からないんだぞ」


 あぁ、心配してくれている。……大事に思ってくれている。

 素直にそう思えて、不謹慎なのは分かっているが、気を抜いたら頬が緩んでしまいそうだ。


「君はいつもそうだ。危険かもしれないと言うのに、必ず首を縦に振る。嫌だと言わない。何故だ?」


 何故……何故、か……


「君がハッキリ嫌だと言えば、上層部は考え直すかもしれない。……頼むから……行きたくないと、そう言ってくれ」

「心配してくれて、ありがとうございます。でも、私なら大丈夫です。一緒に行かせてください」

「……どうして」


 彼の大きな手が私の手を握ってくる。今までの壊れ物を扱うかのような優しさはなく、まるで希う(こいねが)ような力強さにドキドキする。

 ぎゅっと力を込められていつものように心臓が煩く鳴り出すも、その大きな手の温かさに安堵する自分もいる。

 何も無かった私に差し伸べられ、守ると約束してくれた大きな手だ。

 もう片方の手をその上に重ねた。


「私って、本当に取り柄が無いんです。勉強も運動も得意じゃなくて……そんな私に出来る事がご飯を作るって事くらいで……」

「……」

「その唯一出来る事が、誰かの……アルクさんの為になるのなら、それくらいさせて欲しいです」

「えみ……」

「こちらの世界に落ちて来て、身寄りの無い私を引き取ってくれて、お世話までしてもらってますから、せめてやれる事はやりたいんです」


 私は彼の誠意に応えたい。

 出来る事があるのに、何もしないで待ってるだけは嫌だ。


「お忘れかもしれませんが、私には進化した精霊と四聖獣がついてるんですよ? それにアルクさんも一緒なんですよね? だから心配なんてしてません。ちゃんと信じてます」


 怖いものは怖いが心配していないのは本当だ。実感が湧かないっていうのが大きいんだろうけど。

 ハワード様の言っていた事は突拍子も無かったけど、より強い戦力を求めるのなら可能性はゼロじゃ無い。

 私が動けば自ずとソラも動く事になる。恐怖に怯える人達の不安が、ソラがいる事で少しでも拭えるのなら、それこそ私の行く意味があるし、この国に敵対しない事の証明にもなる筈だ。


 そう思って素直に伝えただけだったんだけど……アルクさんが固まってしまった。

 えっと……私、何かおかしい事言ったかな?


「あの……?」

「えみ……君って人は」


 アルクさんが私の手を握ったままソファから立ち上がると、正面に片膝を立てて跪いてくる。

 ちょっ……コレ、って……


「以前、えみが人生のパートナーを選ぶ際の選択肢のひとつに加えて欲しいと言った事……覚えているかな」

「あ、はい……もちろん」


 そんな衝撃的な告白は初めてだったので、よく。

 問題を先送りにしていたんだったと言う事も、今一緒に思い出しましたとも。


「それを訂正するよ」

「え?」

「えみ。私を選んで欲しい」

「!?」


 さっきまでの威厳に満ちた彼はもういない。

 今、目の前でこちらに激甘仕様の眼差しを、太陽光が如く降り注いでくるアルクさんは、とてもさっきまでの彼と同一人物とは思えない。


「えみの恐怖は私が全て取り除く。喜びは勿論、辛さや悲しみすらも分け合おう。私の隣で微笑むのはえみ、君であって欲しい」

「っ……」

「君を、一番近くで守らせて欲しい」


 コレって……正真正銘プロポーズ、ですよね……?

 い……色気が……フェロモンが……凄まじい……


「えみ……」


 あわわ……あわわわわ……

 どうしよう……

 そうだ!! ワサビちゃん……は寝てるか……

 ソラ!! ソラ!! ソラソラソラソラソラ!!!


 ——— ……やかましい。知らぬ。自分でなんとかせよ… ———


 チーン……

 このヒトデナシ!!! 人じゃ無いけども!!!


「あの……その……え、と……」


 凄まじいまでの圧と色気に当てられて、思わず首を縦に振りそうになるのをなんとか堪えた。

 そうだ。昼間決意したばかりではないか。

 流されるままではダメだと。

 ちゃんと向き合うのだと!!


「私……私は……今のままでは、貴方に釣り合わないと思うんです」

「どういう意味?」


 彼の真剣な眼差しが、その真摯な想いが、私の胸を締め付ける。


「アルクさんのお気持ちは、とても嬉しいです。こちらに来るまで、そんな風に言ってくれた人なんていなかったので」

「いたのなら全て切り伏せてやる」


 笑顔で怖い事言わないで欲しいです!

 本当にやりそうで震えますから。

 ……シャルくん大丈夫だよね……?


「今の私には、アルクさんの気持ちに応えるだけの覚悟が……無いんです……。このまま、甘えたまま、流されるのもダメだと思うんです」

「……」

「私のワガママだって分かってます。でも、その……ちゃんと答えが出せるまで……時間をください。……お願いします」

「そうか……」


 アルクさんは観念したように微笑んでくれる。が、とんでもない事を言ってのけた。


「案外押し切ればイケると思ったんだけど……」

「え!?」

「ふふ……冗談だよ」


 いやいやいやいや。絶対本気でしたよね?


「えみらしいと思うよ。そういう誠実なところも、好きだよ」


 ぐふっ!! 直球……

 鳩尾に喰らった気分です……


「分かった。急いては事を仕損ずると言うからね。えみからちゃんと気持ちが聞けるまで、待ってる」

「あ、ありがとうございます」

「振り向かせる努力はさせてもらうし、必ず落として見せるけど、ね」

「っ!?」


 すんごい自信ですね。

 でも、うん。落とされる自信、ありますが。


「今日のところは引くとするよ。もうこんな時間だしね」


 時計を見ると、もうすでに夜中の1時を回ろうかというところだった。

 握ったままの手の甲に触れるだけのキスをして、ようやく解放された私はアルクさんに見送られて談話室の入り口に立つ。


「それじゃ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ。いい夢を」


 自室に向かって歩き出す。

 バクバクと暴れたままの心臓はまだうるさい。

 身体も熱いし、ずっと握られていた手はまだアルクさんの大きな手に包まれているみたいだ。

 これで良かったのか。問題をまた先送りしたに過ぎない気もするが。

 それでも時間がもらえた事に変わりは無い。

 ちゃんと考えよう。自分の事も、これからの事も。

 役に立てるようにもっと頑張ろう。

 自分がどうしていきたいのか、どうなりたいのか、真剣に考えよう。

 そう改めて決意してベッドに潜り目を閉じたが、激しい心臓のせいか、なかなか眠気はやって来なかった。

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