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4話——王子様は忍びですか。

 ソラのお陰でどうにか迷わず部屋に帰って来られた私は、ワサビちゃんと共にベッドへダイブした。

 ふかふかのベッドにぽすんと埋もれ、はぁーと大きく息をつく。


「あぁー……疲れた……」


 今日だけで一生分緊張した気がする。

 国王様の前ってだけでも緊張するのに、この国の偉い人が殆ど揃ってるところに出て行く事になるなんて……。

 それにあの場所での婚約者宣言。……これってもしかして、もう後戻り出来ないんじゃ……。

 仰向けになると、自分の左手を眺めた。薬指にはいつの間についていたのか、シルバーのリングが光っている。


「……信じるって言ったけど……」


 まさか婚約者になっているとは思わなかった。

 でもアルクさんはそんな風に事を無理矢理進める人じゃ無いと思う。そりゃちょっと強引なところはあるけど、ナシュリーさんが誤解しかけた時もきちんと説明してくれてたし。だから今回の事も、きっと何か理由があるんだと思う……けど……。

 口髭大臣にはっきり物申してくれた時の横顔を思い出す。

「(アルクさん、私の事ちゃんと見ててくれてたんだな……)」

『巫女』とか『契約者』とか、『女神の使者』なんて大層な事言われてるけど、そんなフィルター抜きにちゃんと見てくれていた事がやっぱり嬉しい。まぁ……そんなの今更か。


「それにしてもアルク様、カッコ良かったですね!!」

「え?」


 隣で寝転ぶワサビちゃんがニコニコしながらこっちを見ている。

 まるで今私が彼の事を考えていたのがバレていたかのようで、絶妙なタイミングに狼狽えてしまった。


「えみ様をとっても大事に想ってるんだって、良く分かりました! 本物の騎士様は素敵ですね!!」

「……うん。そうだね」


 私はちゃんと彼の事を見てあげられているだろうか。

 自分の事ばっかりで、そんな余裕無かったかも知れない。

 それこそ、貴族だから、騎士だから、団長さんだからと、フィルター越しにしか見ていなかったような気がする。

 もう一度左手のリングに視線を落とす。

 このまま流されるのはダメだ。ちゃんと、向き合わなくては。




 コンコン


 静かなノックの音が聞こえて誰だろうと思いながら返事をした。入って来たのはまさかのアルクさんだ。


「今、良いかな?」

「え、アルクさん!?」


 タイミング良すぎでしょうよ!? 今決意を固めたところで、心の準備はこれからだったのですが!?

 慌ててベッドから飛び起きた。


「もう会議終わったんですか!?」


 まだまだ長引くと思っていたのに、びっくりだ。

 彼が「あー……」と歯切れ悪く苦笑を浮かべながら近付いて来る。


「大臣達が放心状態でね。会議にならないから、また明日に持ち越しになったんだ」

「あー……」


 その原因を作った張本人は、今優雅に寝そべっている。

 唯でさえ怖がられているのに、あんな風に脅すような事をしてしまって良かったのか。


「あんな事して脅迫みたいになっちゃったけど大丈夫ですか? アルクさん、目を付けられたりしないですか?」

「悪いのは向こうだから、えみは気にする事ないよ。散々伝えてあったのに、まさか誓約書まで用意してるとは思わなかった。これで少しは大人しくなってくれると良いんだけどね」


 うん、今ので分かった。アルクさん、きっとあの口髭大臣の事、好きじゃないんだろうね。

 私も好きになれそうにないけど。


「えみ……怒ってない?」

「へ?」


 予想もしなかった言葉に、思わず変な声が出てしまった。


「その、勝手に色々と進めてた事……」


 ああ、婚約とか婚約とか婚約とか?

 あと、指輪。


「まぁ、びっくりはしましたけど……理由があるんだろうと思ってますし、怒ってなんていないですよ?」


 笑って見せると、アルクさんはほっとしたように眉尻を下げた。


「良かった……口を聞いてもらえなかったらどうしようかと、ずっと緊張してたんだ」


 いつも余裕のアルクさんが私の反応一つで緊張するだなんて。驚きなのと可愛らしさとで、思わずクスクス笑ってしまった。


「騎士団の団長さんがそんな事で緊張するんですか?」

「するさ」


 アルクさんは私の正面に来ると、片膝をついて見上げてくる。指輪をはめた方の手を取られ、真剣な眼差しを向けられて、一気に鼓動が早くなる。


「私も男だ。愛しい女性の言動は、何をしていても気になるんだ」


 獰猛さを孕んだ青灰色が私を射抜く。

 危険な香りがプンプンするのに、その視線に捕まるとチキンな私でも、何故か目を逸せなくなってしまうのだ。


「知らない男を部屋に入れたと聞いた時は、まさかと思った」

「う……確かに軽率でした……すみません」

「しかもよりにもよってそれがハワードとは」

「いや、違うんです!! 入れたくて入れた訳じゃなくって、気付いたらそこに立ってた…———」


 入り口を指差すと


「やぁ」


 ひらひらと手を振って見せるハワード様の姿が!


 ひいいぃぃぃ!! 出たぁ!!


「イチャイチャするには早いよ。まだ昼間だし、ここ、城の中だからね。せめてアルの屋敷に入ってからの方が良い」


 ニコニコと爽やかな笑顔を振り撒きながらこちらへとやってくる。

 昨日といい今といい、ハインヘルトさん共々忍びでしょうか? 気配が無さすぎて怖いんですけど!


「お前なぁ……人の婚約者の部屋に許可なく入る奴があるか! 今度黙ってえみに近付いたら許さないからな」


 おっと! まさかの皇子様をお前呼ばわり! 悪友というのは本当のようですね。

 ハワード様もそれを気にする様子もなく笑っているから、普段から気安い仲なのでしょう。

 こっちの心臓には悪いですが。


「身分を明かしたら本性を探れないじゃないか」


 うん、やっぱり探られていたのか。

 噂とやらの真意を確かめたかったのでしょう。その噂の中身を教えていただきたいところだけれども。


「だからその必要は無いと、散々言っただろうが」

「確かにその通りだった。でなければ、このアルを落とす事など出来ないだろうからな。……が、やはり自分の目で確かめたいものだろう?」


 ハワード様の柔らかい笑みがこちらへ向けられる。

 普通の女子なら見惚れるところだろうが、何故だろう。私には胡散臭く見えてしまった。

 アルクさんが私を背に隠すように立ちはだかってくれている。


「私が信用出来ないと?」

「まさか! アルの事は信用してるさ。私が信じられないのは世の中の女という生き物だよ」


 アルクさんもそれならわからなくもないと頷いている。

 まぁ確かに。同じ女ですが、女は怖いと思う。


「その点、えみは裏表がなく素直だ。素直すぎて困るくらいにね」

「……確かに」


 アルクさんまで!? ……確かにポーカーフェイスは一番苦手だけど。駆け引きなんて「何それ美味しいの?」状態だけれども!


「で、何しに来た? まさか本当に邪魔しに来た訳じゃないだろうな」


 アルクさんがギロリと睨むが、団長クラスの睨みをひらりとかわすハワード様。

 この人も只者ではなさそうだ。


「まあね……と言いたいところだが、明日の会議に向けて作戦会議をしたくてね。ここではなんだから、アルの家で昼食を食べながらと言うのはどうかな? もちろんえみの手料理で」

「ええ?! 私のですか??」

「ふざけんな却下だ図々しい」


 アルクさん、色々とキャラが崩壊しつつありますが。


「そう言うなよ。もう昼食キャンセルしたんだから。皇子に昼食抜かせるつもりか? そんな家臣があるものか。なぁえみ?」


 そこで私に振らないで欲しい。

 どうか巻き込まないで下さい。


「そっ、そうですね……」

「ほら決まりだ! そういう訳だからさっさと行こう。ハインヘルトに馬車を用意させてある」


 やっぱりこうなるじゃん!


「この悪徳策士め。えみも! 奴を相手にする必要はないからな」


 いやいやいやいや! 相手はこの国の皇子ですから!! 普通の庶民は断る選択肢自体がありませんから!!

 ……でも拗ねたように悪態をつくアルクさんもまた可愛らしく見えてしまうのは何故だろう。思わず頬が緩んでしまう。




「その作戦会議には、我々も混ぜて頂けるのでしょうな。殿下」


 入り口には新たな登場人物が三人立っている。先程会議室で見た人達だ。


「総隊長!!」

「なんだ。見つかってしまったか」


 白い騎士服に身を包み、胸に幾つもの勲章を煌めかせた、アルクさんよりもずっと年上であろう精悍な男性が立っている。

 その後ろに続くのは、若い二人の男性。アルクさんよりは多分上だろうけど、年齢不詳だな。こちらも胸にはいくつも勲章が煌めき、立襟にはアルクさん同様星の襟章が光っている。星の数が違うから、もしかしたら師団を表しているのかもしれない。アルクさんには三つ付いていて第三師団と言っていたから、この人達は第一と第二師団……かな。

 雰囲気的にも体格的にも、なんだか正反対な二人だ。

 ふと、扉の側にハインヘルトさんの姿を見た。恐らくこれは彼の仕業だろう。

 この人ホントに抜け目ない。


 アルクさんが総隊長と呼んだ人が私の前へ立つ。自分の左手を胸へ当てると礼の姿勢をとっている。

 思わず気をつけをしてしまったが、どこかそうさせてしまう雰囲気がこの人にはあった。


「初めまして黒の巫女殿。私はこの国の騎士団をとりまとめております、ローガン・デル・キンプトンと申します」

「はっ、初めまして。えみ・ナカザトと申します」

「えみ殿とお呼びしても?」

「はい。かまいません」


 ローガンさんは柔らかい笑みを浮かべながら私に目線を合わせてくれている。


「浮いた話の一つも無かったアルクが婚約したと聞き、どのようなご令嬢か是非お話したくてやって来た次第です。ご無礼を」

「いっ、いえ!! そんな……大したものでは……」


 物腰は柔らかいが、オーラが半端ない。白いものが混じった髪もきっちりセットされ、鍛え抜かれた体なのが服を着ていてもよくわかった。

 怒ったら怖そう、訓練はなんかすごく厳しそう、というのはやっぱり私の勝手なイメージだ。


「挨拶が済んだところで、早速移動しよう。アルがもてなしてくれるそうだ」

「それはそれは。楽しみですな」

「一言も言っていないんだが……」


 そう零すアルクさんはローガンさんには頭が上がらない様子で、ちらりと私を伺ってくる。そんな彼に苦笑を返し、皆んなで王都にあるアルカン邸へ移動する事になった。

 ようやくこの軟禁生活から解放されるらしい。それは喜ばしい事だし、久しぶりに存分に料理が出来るのは嬉しいのだけれど……なんだか妙なことになってきたな。

 軍法会議が終わったと思ったら、今度は皇子様とアルクさんの上司の方々のおもてなし。

 私の長い長い一日はまだまだ終わりそうに無いのであった。

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