1話——王都にやって来ましたが……。
「あぁ———……暇だ……」
アルカン領から王都にある王城へ連行されて早十日。
私専用にあてがわれた室内で、床に寝そべったソラのふかふかなお腹に背を預け、私は暇を大いに持て余していた。
ここは王宮内にある一室。
城に着いてから、結局国王様や皇子様との謁見は叶わず、ソラと共にここへとほぼ軟禁状態だ。
「そりゃぁそうよねぇ……魔王が復活しちゃったんだもんね……」
ハインヘルトさんが迎えに来てくれたあの日。王都へ向かう途中で、私は魔王復活の脈動を感じた。
私だけでは無い。あの場にいた全員が感じていた筈だ。
あの時感じた足元から這い上がって来るような恐怖は、今思い出しても体に震えが起こる程だ。
大急ぎで登城したはいいものの、そのまま時間ばかりが流れていき、現在に至る。
城内を散策する事も不可。調理場ももちろん不可。
朝起きて、日替わりのメイドさんに着替えの手伝い(半強制)をしてもらい、出されたご飯を食べて、湯浴みして寝る。
そんなどこぞの貴族令嬢のような生活が十日も続いているのだ。いい加減なんとかしたい。
「ねぇソラ、魔王復活したんだよね? このままで大丈夫なの?」
こんな何にもしない時間が続いていて大丈夫なのか。
私の素朴な疑問に、ソラはつまらなそうに答えてくれた。
「あれから大きな動きは無い。恐らく復活はしたものの力の回復が不十分なのであろう。だとすれば、今少し人間共に時間的猶予があるだろう」
「ワサビはえみ様のおやつが食べたいのです」
ソラとワサビちゃんには毎日魔素をあげてるから、契約の条件的には問題はなさそうなんだけど、不満はそろそろ限界を迎えそうだ。
私だって美味しいご飯をお腹いっぱい食べたい!
何がガッカリって、やっぱり王宮の食事が美味しくない事だ!! 品数多いのに不味いって地獄でしかない。ご飯とおやつの時間だけが楽しみなのにだ!!
……タダ飯食いのクセになんなんだけれども。
それに、ここに来てからアルクさんともレンくんとも会えていない。二人とも忙しいからなんだろうけど、正直心細い。
部屋に人は来るけど、メイドさんが主だし、日替わりだし、皆んなお喋りしてくれない。
まぁ、理由はなんとなくわかるけど。
私が得体の知れない庶民だからなのと、恐らくそこで裂けてしまう程の大欠伸をしている聖獣のせいだろう。
「こっそり抜け出しちゃおうか」
「ここからですか?」
ワサビちゃんがただでさえくりくりの目を更にまんまるくして驚いている。うん、今日も可愛い。
「逃げる訳じゃないし!」
「部屋にいる筈の我らの姿がなければ大騒ぎになる。もうしばし我慢せよ」
ですよね~。
はぁあ……せめてここでご飯を作れたらなぁ……。
ん? ここで、ご飯を、作る?
「ああああああ!!!」
急に大声を出したものだから、肩からワサビちゃんが転げ落ちてしまった。ソラも分かりにくいけれど怪訝そうな顔をしている。
「なんだ今度は」
「びっくりしますぅ」
「ごめんね! ここで料理をする方法を思いついたものだから!」
その言葉に二人が異常に反応した。
ワサビちゃんは勢い余って私の鼻にしがみついているし、ソラは体長が倍加した。
「なに!? 本当かっっ!?」
「えみ様本当ですか!?」
「う、うん! とにかく落ち着いて。……何でもっと早く気が付かなかったんだろう」
そうして取り出したのはピンクのポーチだ。
私がこの世界に転生した時に女神様が預けてくれたものだ。このポーチからは私が今欲しいと思う物を取り出す事が出来るのだ。
取り出せるのは食材だけではない。
ペンやノート等の文房具、まな板や包丁等の調理器具もだ。取り出せるし、逆にしまう事も出来た。出来たおやつをしまっておく事も出来ちゃうのだ! なんて万能なんでしょう!
「あまり手の掛かるものは出来ないけど」
そう言いつつ、カセットコンロとフライパンを取り出した。
ポーチの口よりも大きな物でも取り出せる事は検証済みだ。ただし、片手でポーチ、片手で取り出せるものが持てる事が条件のようで、棚や椅子等は不可だった。
この中は一体どうなっているのか……。
異世界は不思議がいっぱいだ。
丁度ノックの音がしたからメイドさんがお茶を持って来てくれたのだろう。
という事は、おやつの時間という事だ! 久しぶりにアレを作ろう!!
メイドさんは私の使う器具が余程気になるのか、先程からカセットコンロをじっと見つめている。
火に掛けられた蓋つきのフライパンの中で、卵色の生地が膨らんできているところだ。
そう! 今作っているのはたまに無性に食べたくなるホットケーキだ。
ひっくり返すといい感じでキツネ色に焼けている。
ポーチからメイプルシロップとバターを取り出したところで、甘い匂いを辺りに撒き散らしながら、ホットケーキが焼き上がった。
待ちきれない様子で大きな尻尾をぶんぶん振り回すソラと、今にもヨダレが垂れそうなワサビちゃんへと大きめに焼いたホットケーキを切り分け、バターとたっぷりのメイプルシロップをかけて渡す。
直ぐに二枚目を焼きながら、私も久しぶりの甘いおやつに舌鼓を打ったのだった。
興味深げにしていたから一緒にどうかと誘ったが、メイドさんには断られてしまった。物凄く物欲しそうな顔に見えたから、てっきり食べたいのかと思ったのに。違ったみたいだ。
みるみる二人のお腹に消えていくホットケーキ。何枚目かも分からなくなったそれをそろそひっくり返そうかと言うところ。
「なんかいい匂いがするんだけど」
聞き慣れない声に驚いてそちらへ視線を向けると、いつの間にか部屋の入り口に一人の男性が立っていた。ラフな格好で、歳も若そうに見える。
メイドさんが頭を下げていることからも、恐らく身分の高い人なんだろうけど……。
彼がメイドさんに合図をすると、彼女は部屋から退出していった。それを見届けもせずツカツカこちらへやってくる。
「やぁ。君が黒の巫女殿だね。噂通りだ」
城って、女性の部屋に勝手に男の人が入って来ても良いところなんですか?
そしてその噂の中身を詳しく知りたいと思うのは私だけですか!?
噂って何? 噂通りって何が!? 物凄く怖いんですけど!!
「ところで、とてもいい匂いがしたものだからついつい来てしまったが……お取り込み中だったかな?」
物腰も雰囲気も柔らかいが、その視線は私やソラ、調理器具へと満遍なく注がれている。ワサビちゃんの方も見てたから、この人も精霊が見える人っぽいな。
チラッとソラの方を見るも、ワサビちゃんと二人、変わらずおやつを堪能しているので、取り敢えず危険は無さそう……かな?
それとも本当にホットケーキに夢中なだけ? か弱い女子の部屋に何の先触れもなく勝手に入って来た人がいるのに、それにも気付かないくらい夢中なだけかな!?
そんな私の心の声が聞こえたのか、ソラがちらりと男性を見た。が、興味無さそうにそのまま食事を続けている。
うん。これは危険は無いと見た!
「今、丁度お茶をしてたところなので、良かったら一緒にどうですか?」
席を勧めると、彼は驚いたように目を丸くして私を見ている。
「え? いいの? オレが怪しい不審者だったらどうするの?」
自分で自分を不審者呼ばわりとは。変わった人だ。
あまりにも真面目な顔して言うもんだから、思わずクスクス笑ってしまった。
「その場合はソラとワサビちゃんがいるので大丈夫です。貴方の身の危険はありますが、それでも良ければどうぞ」
「確かに! ホルケウや精霊がボディーガードなら、これ程心強い事はないな」
彼は一本取られたなと、空いた席へと腰を降ろした。
近くで見ると肌の綺麗さにびっくりする。微風にも揺れそうなさらさらの金髪に、美しい夕焼けのようなオレンジの瞳。
顔立ちもやっぱり整っていて、アルクさんやレンくんと並んだらアイドルグループ感が半端ないな。アルクさんはお兄ちゃん系、レンくんはツンデレ系かな? この人は勝手なイメージでオレ様王子系。『黙ってオレについて来い』とか言いそう。勝手なイメージで。
そんな妄想を膨らませていると、彼の視線がふと私の手元に注がれている。
「お茶の時間に食事をするのは初めての経験だな」
「私の国ではこれは『おやつ』なんですよ。ソラのせいで誰も私とお話してくれなくて、暇してたんです」
「おやつ? それも初めて聞く言葉だ」
切り分けたホットケーキとカップにお茶を注いで彼の前へと置いた。こころなしか嬉しそうに見える。
そういえばこちらの世界にはおやつという概念が無かったな。もう既におやつが当たり前になりすぎていて忘れてた。
「私の国ではお茶の時間になると、一緒に甘い物を食べてお喋りしたりして過ごすんです。その甘い物をおやつと呼んでいます。バターとメイプルシロップはお好みでかけてくださいね」
彼は珍しそうにそれぞれを観察しながら、私の使うお皿を見ながら、見よう見まねでかけていく。
「えみ。おかわり」
「えみ様。私も欲しいです」
「はいはい。ちょっと待ってね」
丁度良く焼き上がったホットケーキを二人の皿へと取り分ける。そんな様子も、彼の観察するような鋭い眼差しが向けられていたらしいのだが、私は全然気が付かなかった。
ワサビちゃんのお腹がはち切れそうになったところで、ソラも満足してくれたらしく、久しぶりのおやつタイムを満喫した。
彼はホットケーキをとても気に入ってくれたらしく、二回もおかわりしていた。
バターやメイプルシロップ、ホットケーキの事、更にはフライパンやガスコンロについてもあれこれ聞かれて、好奇心の旺盛な人らしい。
「えみのいた世界は物資の豊富な技術の進んだところなんだな」
「私にはそれが当たり前だったからよく分からないけど、ご飯の美味しさは自信を持ってオススメ出来ますよ」
胸を張ると、彼はふんわりと微笑んだ。その笑顔に本当に王子様みたいな人だなと見とれそうになってしまう。
この人には何故か魅了されてしまいそうな、そんな不思議な魅力がある。
「確かに美味しかった。城では食べた事がない味だった。また来てもいい?」
「もちろんです。私、料理は得意なので、いつでもご馳走します」
「ありがとう。この礼は後日必ず」
そう言い残し、彼は部屋を出て行った。
「そういえば名前……聞きそびれちゃったな」
ソラもワサビちゃんもよほど満足したのか今はすやすやと眠っている。
私も今日は久しぶりに有意義な時間を過ごせた。気持ち的にもお腹的にも久々に満足感でいっぱいだ。
ここでの暮らしの楽しみを見つけてルンルンだったのだが、また一つ二つやらかしてしまっていた事に、今はまだ気が付く術もなかったのだった。




