閑話——最恐の目覚め
『魔の森』
人々がそう呼び、恐れ、立ち入らない場所がある。
それは世界中に点在し、瘴気に満ち、人間や野生動物が生命活動を行う事が困難な場所。
『森』とは言うが、そこに群生しているのは普通の木々ではない。魔族のもつ陰の魔力を含む毒々しい色合いの禍々しい姿をした、おおよそ植物と言っていいのかも分からないようなモノが密集した場所。
陽が射す事も無く、常に厚い霧のような瘴気に覆われ、朝も昼も薄暗い。
精霊や聖獣ですら近寄る事をしない場所だ。
そんな魔の森の一つ、深い深い深林の中心に、古びた洋館が立っている。周囲には朽ちて森の一部と化した瓦礫の名残がある事から、元々はそれなりの集落だったかもしれない。大きな大きなその屋敷は、まるでそこだけ時が止まったかのように、古いまま原型を保っていた。
内部に広がるのはリビングでも客室でも厨房でも無い。真っ暗な闇が広がる空間、『亜空間』だ。
その中で今、大きな『繭』が不気味に弱々しいがはっきりと脈動を繰り返している。
魔素が……足らぬ……
腹の底に響くような声が聞こえる。
「すぐに」
その声に応えるように繭の前で跪く人影が深く頭を下げた。人型のそれは、人では無かった。
姿は人を模しているが、背中には蝙蝠のような黒い大きな翼を持ち、頭からは歪曲した黒い角が生えている。
全てにおいて黒いが、一ヶ所だけ違う部分がある。
瞳だ。
瞳だけは血を垂らしたかのような深紅だ。人成らざる者の証だった。
真っ赤な瞳で愛しげに繭を見つめる。
「我らが王よ」
そう話す口元は恐ろしげに歪んでいた。




