27話——白馬の王子様って実在したんですね。
お別れBBQの翌朝。
私は朝も早よからメアリとハンナさんに叩き起こされた。最近変な鳴き声の囀りを聞いていないなーと、寝ぼけながらにぼんやり思う。
全く目が開かないまま、別室へと連行される。その部屋には既に一体何時に起きて支度したんですか? と不思議に思わずにはいられない程完璧に仕上がったナシュリーさんが待っていた。
「国王陛下に謁見するんですもの! 着飾っていかなくちゃね」
そう言って張り切っているナシュリーさんに、メアリとハンナさんも気合い十分だ。
カスのような抵抗虚しく衣服をひんむかれると、大人しくされるがまま身を委ねることにした。
こうして午前中いっぱい時間を掛けられ、私は三人に着せ替え人形……もとい、貴族の令嬢に変身させてもらったのだった。
「私の社交界デビューの時のドレスを直したの。思った通り、ぴったりだわ」
鏡を見せられて驚いた。
「どちら様!?」
目の前には淡いブルーのシルクのドレスに身を包み、髪をアップにされ、化粧を施された淑女がいた。
目の前に写っているのが自分だなんてとても信じられない。思わず二度見したよね。
それくらい見目麗しく仕上げてくれていたのだ。メアリとハンナさん、それからナシュリーさんの本気を見た。
……皆さん、流石です。
「とても綺麗よ……えみ」
ハンナさんは鏡越しに私を見ながら目頭を押さえている。
「ホントに素敵。これならアルク様も惚れ直しちゃうわね!」
こら! 何か違うぞ。私は嫁にいく訳じゃないんだから!
メアリがニヤニヤしながらこっちを見てくるのをジロリと睨む。
「ホント。向こうで変な虫がつかないといいけど」
ナシュリーさんまで一体何の心配してるんですか!?
「やっぱり普通でいいです! 似合わないので!!」
生まれた時から庶民の私には、こういった晴れやかな衣装は着慣れない。汚してしまわないか、裾を踏んでしまわないか、そっちの方が気になってしまって仕方ない。
似合わないのは分かっているし、これで人前に出るのは相当な勇気がいる。どうしても怖じ気づいてしまうのだ。
すると、鏡越しに私を見ていたナシュリーさんが、鏡と私の間に入ってくる。両肩をグッと握られ視線が交わった。
「何言ってるの! とてもよく似合っているわ。自信を持って、ちゃんと胸を張って歩くのよ。……貴女を送り出さなければならない事が残念で堪らないわ」
寂しそうな顔をすると、そのままぎゅっと抱き締めてくる。
その力強さと温かさに、地球に残してきた母と祖母を思い出してしまった。
「ナシュリーさん……こんなに素敵なドレスを用意してくれて、本当にありがとうございます。……お世話になりました」
「もっと時間があったら新しいドレスを作ったのに。貴女がアルと一緒に帰ってくるのを楽しみに待ってるわ」
ナシュリーさん、うるうるしながらぶっこんできましたね。
プレッシャーがハンパないって。
そこにはあえて触れずに苦笑いで誤魔化しました。
コンコンとノックの音が響き、応対したメアリに続いて誰か入ってきた。
「準備は出来た?」
顔を見せたのはアルクさんだ。噂をすればなんとやら……
「ハインヘルトがそろそろ出発したいと……」
こちらを見たままアルクさんの動きが止まる。
同時に私もフリーズしてしまう。
アルクさんが……なんとアルクさんが正装しているのだ!!
騎士様の服装で帯刀して、これは萌えます!! 悶えます~~~!!
一人密かに興奮しましたとも。
白を基調とした立襟に、金色のボタンが光るスッキリとしたシルエットの制服に黒のロングブーツ。立襟には金色の星形の襟章が三つ付いており、胸にはいくつもの勲章が光っている。同じく金色の肩章からはエンジ色のサッシュが通され、聖騎士団のシンプルな制服に比べると煌びやかだと感じる。腰には二本の剣を帯びていてひとつはごく普通の、もうひとつは宝石などの装飾が施された雅やかなものだ。
全てがアルクさんの為に作られたかのような装いだった。
二次元の世界でしか知らなかったその実物を、まさかこんなイケメン付きで見られようとは……
「アルク様、見とれすぎですよ。えみに穴が空いてしまいますわ。えみもよ。口閉じないと、ヨダレ垂らすわよ」
ニヤニヤしながらこっちを見てるメアリに言われて我に返った。
まずい……これは非常にまずい。
興奮しすぎて鼻血ものです!!
大切なドレスを汚してしまう!!
一人で勝手に盛り上がって悶々としていると、すぐ側までアルクさんがやってくる。
「お手をどうぞ、えみ嬢」
「へ?」
見上げると、爽やかな笑顔を降り注ぎこちらへ手を差し出すアルクさんと目が合った。
あっもう鼻血決定ですわ。
「えみ。アルの手をとるのよ。令嬢は紳士にエスコートしてもらうものだから」
頬を桃色に染め、何故だか興奮気味のナシュリーさんに言われ、差し出されたアルクさんの手に恐る恐る自らのそれを重ねる。
彼が指先をきゅっと握ってくるので、なんだか本当に御伽話の世界に迷い込んだようでドキドキしてしまう。
子供の頃に一度は妄想した煌びやかな世界。それが今、実際に目の前で繰り広げられている現実に、どこかふわふわしている。
絶対白馬!
『白馬の王子様』が実在するのなら、きっとアルクさんのような方なのだろうと勝手に納得してしまう。それ程目の前の麗人は完璧な王子だった。
実際は騎士だけれども。
「綺麗だよえみ。……驚いた。まるで舞い降りた女神のようだな」
「そんなっ!! あんな美女と一緒にされたら女神様に怒られますよ!!」
いつもとは違う熱を孕んだ青灰色は今にも蕩けてしまいそうだ。
これは完全に『女神の使者効果』にやられてますな。それか『契約者フィルター』が掛かっている。
騎士の姿だけでも昇天物なのに、毎度お馴染みの殺人級笑顔のサービス付きだ。少しでも油断したならあの世まっしぐらである。
せめてお屋敷を出るまでは何としても耐えなければ! そう決意したのも束の間、アルクさんに引き寄せられて致死量の笑顔が目の前に迫ってくる。
今日のアルクさんはただでさえ良い意味で心臓に悪いというのに。きっとこの数分の間に私の寿命は十年は縮まったと思う。
「このまま拐ってしまおうか……」
捕まった手の甲にキスを落としながら上目遣いで囁かれて足元がふらつく。
危なっっっ! 今足浮いたんだけど! 一瞬昇天し掛けましたけども!?
「大丈夫か?」なんて言いながら体を支えてくれるアルクさんは、きっと確信犯だ。
私がどういう反応をするのか分かっててやっている。中々意地悪だ。
「あっアルクさんっっ。人がっ! 回りに人が…? !?」
全身は熱いし、顔も真っ赤だろうし、距離は近いし、周りに人がいる事を理由に離れようと思ったのに居ませんね!!
ナシュリーさんもハンナさんも、メアリまでいつの間にか居なくなっている。
気を利かせたつもりですか? 余計なお世話ですから~〜〜〜〜。
私の心の叫びはまたしても誰にも届くことはない。
もう恥ずかしすぎて今すぐ逃げ出したい。
アルクさんの逞しい腕に捕まっている今、その願いは叶いそうにもありませんが。
「……えみが欲しい……今すぐにでも」
そう囁かれ、ソラよりも野獣の光を宿した瞳に捕らわれた瞬間、頭の中で何かがぷっつりと切れたような気がした。
そこから記憶が抜けてるので、恐らく落ちたのでしょう。気付いたときにはお城へ向かう馬車の中だった。
あーあ。ちゃんと最後の挨拶出来なかったな……(遠い目)
でも免疫が出来ていなかった割には、大分頑張った方だと思う。あの凄まじい色気と殺人級の笑顔に、あれだけ耐え抜いた事を誰か誉めてください。
私の切実な心の叫びはまたしても誰にも届くことは無く、馬車はガタガタ揺れながらゆっくりと王都へと進んで行くのだった。




