26話——お別れは笑顔が理想です。
厨房を覗いて見るが、誰もいないようだ。
「丁度良かった」
折角ならサプライズにしたいところだけれど、それは多分難しいだろうな。仕込みの時間になれば皆んな来てしまうだろうし……
いっそのこと別の部屋借りようかな。でも水回りが使えないのは厳しいな……
一人でぶつぶつ言いながら考え込んでいると
「手伝うぞ」
後ろから声が掛かった。
驚いて振り返ると、入り口にはシェフ三人衆の姿がある。
「皆んな……」
「明日行っちゃうんでしょ? 寂しくなるよ」
「少しでも技術を盗んでおかないとな」
「また直ぐ帰ってくるんだろ? なぁえみ」
「やっぱり! ここに居ると思ったわ!」
「メアリ! ハンナさんも」
「ふふ。えみの事だから絶対最後に何かやる筈だって……大正解だったわね」
どうやら私の考えなどお見通しだったみたいだ。
「ありがと……皆んな……」
笑顔で言うつもりだったのに、皆んなの顔を見たら我慢なんか出来なかった。
ポロポロと涙を零す私にメアリが抱きついてくる。
「元気でね! 絶対会いに行くから、忘れないでよね!!」
「うん……うん……絶対ねっ!」
二人して涙を流す私達を見て、ハンナさんも目頭を押さえている。
「さぁ! 時間が無いわ!! 何からするのか教えてちょうだい」
この数日、色々と考えてみたけれど、大勢でワイワイと言ったらBBQでしょう!
ビュッフェみたいにしても良いかと思ったけど、短時間である程度の品数を準備するのはちょっと大変。
それなら下拵えも単純で、沢山準備出来る炭火焼きは持ってこいではなかろうか。
実はソーセージを作っていた時から思ってたんだよね。これを炭で焼きてぇーなー、と!!
と言う訳で、中庭でBBQします!
野菜も肉も串刺しにしてばんばん焼いちゃます!
鉄板で焼きそばとチーズフォンデュもやっちゃいましょう!!
アルクさんにはいくつか想定して話してあったので、中庭で炭を起こす許可は貰ってある。皆んなが手伝ってくれるなら百人力だ!
下拵えしておきたい物がいくつかあった。
まずはメインの串だ。程良い大きさにカットした肉塊とティーギとコロンニを串刺しに。
精肉業者さんがソーセージのお礼にと塊肉を奮発してくれたので、分厚いステーキも焼きたい。たっぷりのBPと、塩はちょっと良いヤツで。
骨付きのバラ肉も塊で置いていってくれたので、スペアリブも外せない。醤油と酒、ケチャップに蜂蜜、おろしニンニクでしっかり揉み込み漬け込んでおく。これは食べ応えがありそうだ。
炭火で焼いたソーセージはそのままでも良いけど、小さめのバターロールでホットドッグも良いかもしれない。
アルミホイルで包んだじゃがいものような『トテフ』は、炭に放り込んでおけば出来ちゃうジャガバタならぬトテバタに。
今日もポーチが大活躍だ。
アヒージョや魚のホイル焼きもしたかったが、陸のど真ん中であるアルカン領では魚介類が手に入らなかった。
そもそも魚や貝を食べる習慣が無さそうに思えた。今までの食事でそれら材料を見たことが無かったからだ。
一度クラムチャウダーを作ったときにアサリの剥き身を使ったが、抵抗なく食べてくれていたのでおそらく大丈夫だとは思う。
どうしても外したく無かったので、エビとキノコと鮭の下ごしらえはしておいた。もし使わなければ、ソラとワサビちゃんのお腹に入るだけだ。
焼きそば用の野菜とお肉の準備も済ませ、デザート用のマシュマロをひとつずつ串に刺しておけば、ようやく全ての用意が整った。
陽が落ち夕食の時間が近づく頃、中庭で炭を起こすとお屋敷中の人達に声を掛けてまわる。
やがてぞろぞろと人が集まって来ると、徐々に充満していく香ばしい匂いに皆の表情が緩んでいく。
「皆さーん! それぞれお皿を持ってお好きな物を取ってください! 形式は立食パーティーと一緒でーす」
普段主人と共に食卓を囲む事の無い使用人達が困惑している。戸惑いからかざわざわしているところに、事情を知っていたアルクさんが軽く説明してくれた。
「明日、ここを立つ事になったえみが皆に世話になった礼にと、このサプライズパーティーを考えてくれたんだ。今夜は主従関係なく、皆に食事を楽しんで欲しい」
大きな拍手が起こり、それが私へと向けられる。
それだけで感極まってしまい、目の奥が熱くなった。
「えみ。皆に言葉を掛けてやってくれないか」
アルクさんに誘われ、ひとつ大きく深呼吸した。頭のバンダナを外し、その場にいた人達を見回す。
「ここは、とても居心地が良くて……正直ずっと居たかったです。行き場の無かった私を優しく受け入れてくださった皆さんの事は、絶対に忘れません。沢山お世話になり……ありがとうございました。今夜はシェフの皆んなとハンナさんとメアリと一緒に、心からの感謝を込めて作らせてもらいました。どうぞ楽しんでください!!」
深々とお辞儀をする。
拍手はそれからしばらく鳴りやまず、私の頬を熱いものが伝って落ちた。
BBQは皆んなの笑顔の中進行していった。
アーワルドさんがシャンパンを開けてくれて、私もこちらの世界では飲める年齢に達していたので飲ませてもらった。アルコール初心者の私でも飲みやすい美味しいお酒だった。
ワサビちゃんは眠そうな目を擦りながら、それでもお腹がはち切れそうになっている。眠気よりも食い気が勝ったようだ。
ソラは『スペアリブ』がとても気に入ったようで、全然食べ足りないと言っていた。これはリピ決定だ。
鷹の爪とニンニクと一緒にオリーブオイルで具材を煮込む『アヒージョ』は、シャンパンに良く合うおつまみになったようで意外にも好評だ。
焼きマシュマロをチョコと一緒にビスケットで挟んだ『スモア』は特に女性達に大人気で、ビスケットを追加で何袋も出す羽目になった。
料理を口にした人達が「美味しかった」「寂しくなる」と声を掛けてくれる。アルコールも入ってほろ酔い気分だった私は、ポロポロと涙が止まらなかった。
別れは笑顔でと思っていたのに、想像以上にこのお屋敷の居心地が良くて、離れる寂しさに堪えているんだなと実感した。
そんな様子をハインヘルトさんに見守られながら、私はお屋敷の皆んなとの最後の食事を楽しんでいた。
シャンパンが良い具合に回ってきた頃、酔いを冷ますのも兼ねて庭の端でソラのブラッシングをしていた。
ワサビちゃんは満腹になって満足したらしく、ソラの背中ですやすや眠っている。んー……天使。
四聖獣や契約している場合は例外もあるみたいだが、精霊は基本的に陽の出ている時間しか活動しないらしい。確かに庭で見かける時はいつも明るい時間帯だ。
逆に魔族は夜の方が活動が活発になる事が多いみたい。今は特に魔族の活動が活性化しているようで、昼間に襲撃される事も多くなっているようだけど。
「ソラ、また毛艶が良くなったんじゃない?」
「うむ。えみの魔素とそのブラシが合っているようだの」
「魔素が関係あるの?」
「人が栄養を取る為に食事をするように、精霊も聖獣も魔素を取り込む。それが力の源にもなるからな。魔素が合えば体も整う」
「私と契約する前はどうしてたの?」
「自然界から少しずつ貰っていた」
「へぇ。不思議」
この世界はいろんな物が支え合って成り立っている。地球にいた頃よりもそれらの繋がりが良く分かる。
それ程『魔力』という超パワー的な存在が、生活に密接しているからなんだろう。
「えみよ。おぬしももうその歯車のひとつだぞ」
「え?」
ソラの金色の瞳に私が映る。
鋭さの際立つその黄金は、時折優しい光を宿して向けられる。
「自分を余所者のように捉えておるかもしれぬが、えみの魔素が我とワサビを結びつけ、小僧どもの力を甦らせた。おぬしを起点に、既に歯車は噛み合っておる。えみはもはや余所者などでは無く、この世界の歯車のひとつとして認識されておるのだ。いい加減自覚するがよい」
「……———」
余所者。
なんとなく持っていた違和感をソラに指摘され、私は衝撃を受けていた。
アルクさんやレンくんの気持ちに答え切れずにいたのも、シャルくんのプロポーズに困ったのも、自分が余所者だからと思ってどこか一線を引いていたからかもしれないとストンと落ちたのだ。
「そっか……私はもう地球には帰れない。異世界の住人なんだもんね……」
「そうだ。だから思う存分楽しめば良いのだ。何も気にせず自分の思う通りに進むが良い。次に死ぬ時に後悔が残らぬようにな」
「……うん……そっか。……そうだね……そうだよね! ありがとうソラ! 私、なんか分かった気がする」
「えみは大分鈍いからのぅ。他の奴よりも多目にヒントをやらんと気付かぬであろう」
「ソラ。そういう事は本人に言ったら傷つくものなんだよ?」
ソラは楽しそうにククっと笑った。釣られて私もふふっと笑った。
ソラが居てくれる。ワサビちゃんだって。
アルクさんもレンくんも、今修行を頑張ってるシャルくんも。
離れ離れにはなるけれど、ここにはメアリやハンナさん、シェフの皆んな、お屋敷で仲良くしてくれた皆んなもいる。
一人じゃ無いからきっと大丈夫。
私は、私に出来る事を一生懸命やっていく。
改めて決意した私は、前の時よりもしっくり収まった気持ちに清々しさを感じていた。




