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25話——いよいよ王都へ行く時が来たようです。

 襲撃事件のあった翌日。午後になると早速王都から支援物資が続々と届けられた。

 この対応の速さも異例なのだが、ハインヘルトさんが『勇者を育んだ村』だと報告した事が理由だろう。

 木材を積んだものや食料を積んだもの、衣類を積んだものと様々だ。それらは教会が保有する『聖騎士団』の一個隊を護衛につけて運ばれて来た。

 荷馬車の最後には四頭立ての真っ白な女神像に護られた豪奢な馬車もいる。シャルくんを迎えに来た馬車だ。

 シャルくんの身柄は直ぐに王都にある中央教会へ送られ、そこで勇者としての修行に入るのだという。


 馬車から降りてシャルくんへ挨拶をしている枢機卿なる人物は、皺の深い笑顔がキュートなお爺ちゃんだった。お付きの司祭を二人侍らせていることからも、地位の高い人物なんだろう。

 その後ろには真っ白な制服に身を包んだ騎士もいる。アルクさんの話だと、三個隊ある聖騎士団の第一師団をまとめる団長さんらしい。相当の実力者だと言っていた。

 彼らと順に握手を交わすシャルくんの顔には、少しばかり緊張が滲んでいる。それを少し離れた場所から見つめながら、私は神父様と共に溜め息を吐き出した。

 せっかく知り合えて仲良くなれたのに、もうお別れだ。勇者として教会所属になってしまったら、おいそれと気軽に会いになんて行けないんだろうな。神父様もそれが分かっているのだろう。騎士達に囲まれ言葉を交わすシャルくんを寂しげに見つめている。


 神父様へのお咎めは無かった。

 それどころか、『勇者を育んだ村』として教会の直轄に置かれる事になり、護衛の為の聖騎士団が常駐する事になったらしい。

 住居の建て直しと共に、宿舎の建設も直ぐに始まるという話しだ。

 一夜にしてそんな所まで話が進んでしまうだなんて。勇者という存在が如何に重要視されているのかがよく分かる。

 そんな人におやつで釣って友達になろうとした、だなんて教会に知られたらしょっぴかれんじゃねぇだろうか。

 ましてや求婚て……考えるのを早々に放棄しましたとも。


「シャルくんの精霊さん達は大丈夫そう?」

「覚醒者の魔力が安定している以上、勝手に暴走する事はあるまい。第一あやつがそれをさせんだろうしな」

「そっか。良かった……」


 これでシャルくんにもちゃんとお友達が出来るかもしれない。

 対等な友達は無理でも会話出来る人が近くにいてくれたら、神父様と離れて寂しい気持ちも少しは薄れるかもしれない。

 そうであって欲しいと思う。


 そろそろ出立かと思われた時、騎士達の間をすり抜けてシャルくんがこちらに駆けてくる。


「えみ! 折角会えたけど、しばらくお別れだ」

「……うん」

「今よりずっと強くなって迎えに行くから! オレの事、ちゃんと覚えてろよな」


 出会った頃とはまるで違う、強い光を宿したサファイアのような瞳が真っ直ぐ射抜いてくる。

 純真無垢な眼差しに何故かダメージを負いながら、私は差し出された手を握って握手をした。


「無理はしないでね。怪我もしないように気をつけて! それからちゃんとご飯食べてね! 体が資本だから。あとは……あ、手紙書くね!」

「神父様みたいな事言うなよ!」


 そう言って笑うシャルくんの笑顔は、昨日よりもずっとずっと眩しく見えた。

 今度は神父様へと向き直る。


「神父様。今までオレの世話をしてくれてありがとうございました。こんな形で別れる事になったけど、このご恩は絶対に忘れません」


 深々と頭を下げるシャルくんの肩を神父様がガシッと掴む。


「何を言ってる! シャルは私の息子だ! そんな事は当たり前じゃないか!!」

「!!」

「いつでも帰っておいで。私はここでいつでも待ってる。思い出はあまり作ってやれなかったが、ここはお前の故郷なんだから」

「……父さん」


 シャルくんは小さく呟くと神父様と抱き合って別れを惜しんでいた。

 ちっとも涙を見せない二人に代わって、何故か私とナシュリーさんがおいおい泣きましたとも。



 騎士たちに呼ばれシャルくんは馬車へと歩き出す。

 途中で一度振り返ると、こちらへ向かって深々と頭を下げた。

 今何を思っているのだろう。その胸中は私なんかには計り知れない。

 頭を上げると村の外に停められた馬車へと歩を進める。

 その後はもう振り返る事はなかった。青く澄んだ瞳は真っ直ぐ前を見据えていた事だろう。

 その背中は覚悟を決めた男の背中だった。



 私はアルクさんとナシュリーさん、レンくんと共にお屋敷へと帰る事になった。

 アーワルドさんは村長さんや神父様と王都からの使者を交え、最終的な打ち合わせをしてから帰るという事だった。

 神父様にくれぐれもシャルをよろしくお願いしますと頭を下げられ恐縮してしまう。

 復興が済んだらまた遊びに来てくださいと見送られ、私はアルクさんの馬に乗せてもらって帰路へとついた。


「シャルくんは大丈夫でしょうか」


 前を向いたまま私の後ろで馬を操るアルクさんへと話し掛ける。


「ちゃんとやっていけるかな。今度こそお友達、出来るといいけど」

「随分気になるみたいだね。シャガールの事が」

「それは、まぁやっぱり。私にも責任があると言うかなんというか」

「責任、ね。何の事を言ってるのやら?」


 なんか黒い。背中にひしひしと黒いオーラを感じますが!?


「えみからしたら私はただのお友達のようだから、あんまり余計な事は言えないけど。私はただの友達のつもりは全くないがね」


 ひええええっ。

 根に持ってる!

 アルクさんとレンくんをお友達って紹介した事、絶対根に持ってる!!

 アルクさんの前ではシャルくんの話題は禁物のようです。


「おっ、王都へはいつ向かうことになるんですかね~?」


 わざとらしいとは思ったが話題を変えずにはいられなかった。


「そうだな。ハインヘルトから連絡が入ってからになるだろうね」

「私、お世話になった皆さんにお礼がしたいのです」

「お礼? えみのお礼とはやっぱり?」

「もちろん、美味しいご飯です!!」


 そうだと思ったとアルクさんはクスクス笑った。

 ちょっと機嫌が直ったようでほっと胸を撫で下ろした。




 帰って来てからは、どうしてもウインナーとふわふわパンを再現したいというライルさんとホーンさんの達ての希望で、ポーチが無くても作れるかどうか試行錯誤に費やした。

 ウインナーというか、ソーセージは再現出来そうだと思う。

 合挽き肉を味付けして動物の腸に詰め、燻製させれば良いという事は知っている。

 なので、いつも塊肉を卸してくれている業者さんから塩漬けの腸を譲ってもらい何度か作ってみた。

 燻製にする為のチップは、植物博士のワサビちゃんと相談して種類を絞りこみ試してみる。

 思ったよりも美味しく出来上がった。

 驚いたのは、業者さんから『ソーセージ』の生産加工をする許可が欲しいと言われた事だった。

 塩漬けの腸を一体何に使うのかと聞かれ、ソーセージを試食してもらったら直ぐ様そんな話になったのだ。

 私は運営や経営の事は一切わからないので、アーワルドさんに事情を話して代わりに色々と交渉してもらった。腸の下処理が一番大変なので、その辺りがクリア出来れば近々アルカン領で『ソーセージ』が発売されるかもしれない。


 難しいと思ったのは『パン』の方だ。

 パンを膨らませる為には『イースト』かもしくは『酵母』が不可欠だ。

 私はポーチがあるからいつでもどこでも手に入るが、ライルさん達はそうはいかない。

 やった事はないが、フルーツから酵母が作れるはずだから挑戦してみようかと思っていたら、ありました。酵母。

 固くて巨大なパンを作って卸してくれているパン屋さんが、まさかの天然酵母を使っていることが判明したのだ。

 踊り出してしまう程嬉しかった。

 なので、『元種』を分けてもらいこちらも試行錯誤してみた。

 そこに何故か本職のパン屋さんが混じっていたのも気になるが。

 焼けた事は焼けたが、やっぱりちょっと固い。

 どうしてだろうかと思ったら、粉の違いではないかとワサビちゃんが教えてくれた。なるほど! さすが先生。目の付け所が違いますね!

 というわけで、ポーチから取り出した薄力粉と強力粉を見せ、パン屋さんに確認してみる。水を混ぜて練ったときの粘りや弾力の違いなんかも見せてみる。

 すると、やはり強力粉ではない粉を使っていたらしい事がわかったのだ。正確にはパンには適さない小麦粉を使っていたという事だ。

 小麦粉の元となる麦の種類が違うため、こればかりは時間がかかりそうだ。

 しばらくもつようにたくさんの強力粉を置いていこうと思っていたら、ふわふわパンを試食したパン屋さんの職人魂に火がついたようだ。

 もしかするとそう時間が掛からずに、強力粉が流通するかもしれない。



 そうして帰って来てから一週間程が経過した頃、お城からハインヘルトさんがやって来た。


「明日、えみ様をお迎えするための馬車が参ります」


 先に連絡を受けており覚悟はしていたけれど、やっぱり胸が苦しくなった。

 いよいよここを出て行かなくちゃいけないんだ。

 そう思うと気分が沈んでいく気がした。


「わかりました。お世話になりますが、よろしくお願いします」


 ハインヘルトさんへと頭を下げる。

 顔を上げると驚いたような表情のハインヘルトさんと目が合った。


「何か?」

「いえ。……貴女は恐ろしくないのですか?」

「え?」

「これから遅かれ早かれ大きな戦いが起こります。それに巻き込まれるかもしれないんですよ? 以前に王都へ来てもらう事になると伝えた時も、貴女は即答しました。それが不思議だった。普通の女性は泣いて嫌がるか恐怖に震えるものでしょう」


 さりげなく失礼な事を言いましたねハインヘルトさん。

 私が普通の女ではないと? ん? そういう事ですかな?

 思ったけど、口には出しません。

 日本人には本音と建前がありますから。私は京都出身ではないけれども。


「まぁ、実感が沸かないのもありますが、私にはソラとワサビちゃんがついてますから。それに、アルクさんとレンくんもいます! 今は離れ離れになったけど、シャルくんも。だから平気です。ここを出ていくのだけは寂しいですけどね」


 そう伝えるとそうですかといつもの表情に戻っている。


「貴女はとても強い女性なのですね」

「そんなことありません。私はいたって普通の元女子大生です」


 嫌なものは嫌だし、怖いものは怖い。

 でももう沢山悩んだし、泣きもした。

 答えが無い事をいつまでも考えてたって無駄だし、今答えが無いのなら前へ進むしかない。

 一人なら多分無理だけど、皆んながいるからきっと大丈夫。

 大分時間はかかったけど、やっとそう思える事が出来たのだ。

 あとは自分が出来る事をするだけだ。



「アルクさん!」


 ハインヘルトさんと共に執務室へ向かっていたアルクさんを呼び止めた。


「今晩、実行しようと思うのですが、いいですか?」


 アルクさんはにっこり笑うと楽しみにしてるからと、いつものアイドルスマイルで応えてくれた。

 危うくハインヘルトさんの前で鼻血出すとこだった!

 そうと決まれば時間がない! 急いで準備しなくては!!

 はやる気持ちかアルクさんのせいか、バクバクと暴れる胸を押さえながら私は厨房へと走ったのだった。

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