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24話——何故か今、人生最大のモテ期が到来している模様です。

 シャルくんが真っ直ぐに私を見上げている。その手は両方共ぎゅっと握られていて熱い。


「あの……今の……何て?」

「オレと結婚して欲しい」


 シャルくんの目は大真面目だ。嘘じゃなさそうだし、聞き間違いでも無かった。


「……えっと……友達にって話では?」

「今は友達でいい。四年経ったら嫁にこい」


 そうか。この世界では男性は十八にならないと結婚出来ないんだった。シャルくんは今十四歳だから、成人するのは四年後だ。

 って! そうじゃなくって!!


「四年も経ったら私なんておばさんだよ!?」


 意味不明の釈明。

 言ってしまってから気付いた。問題はそこじゃねぇんだと。


「歳なんて関係ない!!」


 シャルくんに手を引かれ、驚愕の表情で固まるナシュリーさんとアーワルドさんの元へ歩み寄る。

 周りの皆んなは唖然としてこちらを見つめるばかりだ。


「領主様!」

「え? あ、あぁ」

「オレはまだ子供で何も出来ないけど……今日初めてこの力で大事なものを護りたいと思いました。えみにオレのような思いをして欲しくない。だから……教会へ行きます」

「シャル!!」


 神父様が青ざめた顔で叫ぶ。


「ごめん神父様。でも、本気だ!! ちゃんと力の使い方を学びたい。必ず強くなります! 誰よりも強くなって、十八歳になったら、オレにえみをください! お願いします!!」


 深々と頭を下げるシャルくん。

 ……言っちまったよ。

 目の前のアーワルドさんを見ると、まさかの感動しちゃってんな。

 神父様までなんかうるうるしてるし、なんか誇らしげだし!?


「よく言ったシャガール! それでこそ男だ!!」


 ええっっ!? 嘘でしょう……


「四年経ってもえみへのその気持ちが薄れていなかったら、私が責任を持って二人の推薦人となろう」

「本当ですか!?」

「男に二言はない!!」


 言い切っちゃったよ……

 私の顔は青いだろうが、隣のシャルくんは頬をピンクに染めて大輪の花が咲いたような笑顔を見せている。今にも飛び上がりそうな勢いだ。


「父上!! 冗談も大概に——」

「冗談ではないさ」


 アルクさんの抗議に、アーワルドさんは人の悪い笑みを浮かべている。


「真っ直ぐで素直で男らしくていいじゃないか! こういう男になら大切な娘も任せられるというものだ。第一決めるのはえみだ」


 そして、改めてシャルくんへ向き直る。


「ただし、シャガール。結婚をするためにはお互いの気持ちも大切だ。えみの気持ちを蔑ろにしてはいけない」

「はい。わかりました」

「それから、十八までは婚約も認められない。だから、えみを繋ぎ止めておきたかったら、その努力をしなければならない。頑張りなさい」


 絶対に面白がっていますねアーワルドさん。

 その顔は。絶対に!

 そして御子息を煽ってる感満載です。

 煽るだけ煽ってシャルくんの肩をポンポンと叩くと、ハインヘルトさんの見送りへ行ってしまった。


「オレ頑張るよ! えみの為に絶対強くなるから!」


 キラっキラの笑顔を向けられてたじろいでしまう。懸命に笑みを貼り付けるも恐らく引き攣っている事でしょう。

 一体どうしてこうなるのか。私には対処方法など一つも分からないというのに。

 そして背後から黒いオーラを感じる。アルクさんの居る場所から真っ黒なオーラをひしひしと感じるのは、きっと気のせい。気のせいであって欲しいと願うばかりだった。




 陽が落ち、辺りが暗くなって来たところで、今日はゆっくり休もうと解散となった。今夜は教会の空き部屋に泊めて貰う事になっている。

 アーワルドさんとアルクさんは、村長さんと神父様、シャルくんと共にまだお話しているようで姿が見えない。

 外は涼しく、月明かりが地上を照らしていた。

 辺りは静かで、この村が襲撃されたなんて嘘みたいだ。

 日課のソラへのブラッシングをしながら、私は無意識に溜め息をついていた。


「なんだ? 溜め息なんぞついて」

「何よ! わかってるくせに」


 ソラはフフンと鼻を鳴らすと横目でこちらを見た。ワサビちゃんはもう既にソラの背中で寝息を立てている。

 食べている時はハムスターのように可愛いが、寝顔は天使のように可愛い。何をしていてもやっぱり可愛い。


「よいではないか。憎く思われるより好意の方が害はない」

「そういう問題じゃないよ。……何でよりによって私なんか。他に可愛くていい子は沢山いるでしょうに」

「えみ。それこそそういう問題ではないだろう。自らの価値を落として、考えることを放棄するのは利口ではない。おぬしは一度きちんと自分と向き合うべきだな」


 ソラの正論は胸にグサリと突き刺さる。

 確かにそうだ。

 私は自分なんかが好きになって貰える筈がないと自分に都合の良いように勝手に決めつけて、アルクさんの気持ちからもシャルくんの気持ちからも逃げてるだけだ。

 それは二人に失礼だ。ちゃんと向き合わないと。


「……そうだね。ソラの言う通りだよ。少し散歩してくるね」

「我の結界があるとはいえ、村からは出ぬようにな」

「うん」


 ブラシを片付け、教会の裏へと歩き出す。


 ◇ ◇ ◇


「人が悪いな小僧。盗み聞きか?」


 えみが去った別の方向へとソラが声を掛けると、少し間を置いてレンが姿を見せた。


「……通り掛かっただけだ」


 ソラはフフンと鼻を鳴らす。

 なんだか小馬鹿にされているようで、レンはこの笑い方が好きになれなかった。


「いい加減小僧やめろ。あいつと一緒にされてるみたいで腹が立つ」


 あいつというのはシャガールのことだ。会った瞬間からえみと親しげだったのに苛立った。

 その理由はもうわかっている。


「我からすればどちらも小僧だ。人の名など契約者以外覚える気など無いわ」


 ソラがじっとレンを見据える。


「何だよ」

「おぬし……何故隠す?」

「!?」

「何故力を押さえるのだ? 解放すればあの者にも劣らぬだろうよ」

「……言うな! 絶対だ」


 お互いの目を睨んだまま沈黙が流れた。

 ソラがフゥと小さく息を吐く。


「……えみは、そんな事を気にするような娘ではなかろうに」

「…………」


 そんなことはわかってる、と言いたかったが、喉に詰まった言葉は出てこなかった。

 それを言うには、多くの悪意を受けすぎたのだ。頭ではわかっていても、やはり怖かった。


「それより、えみが一人で我から離れた。様子を見てくるが良い」


 言われなくたってと文句を言いながらもレンはえみの去った方へと向かっていった。

 姿が森へ消えた頃、ソラは小さく溜め息をつく。


「人と言うのはどうも手が掛かるものだのぅ」


 フンと鼻を鳴らすと、その場へ寝そべり目を閉じたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 森を少し行くとそこだけぽっかりと切り取られたような空間があり、泉が湧いている場所へと抜ける。シャルくんと出会った場所だ。

 森の中は暗かったのに、ここは月明かりが差していて思った以上に明るい。

 そこだけ浮かび上がっているように見えて、泉が月明かりでキラキラと煌めき、どこか幻想的な雰囲気すらあった。


「キレイ……」


 ゆっくり泉へ近付くと、シャルくんのように丸太へ腰かけた。


「はぁあ。……どうしたらいいんだろう」


 恋愛の経験が無いに等しい私にとって、これ程難しい問題はない。

 アルクさんもシャルくんも、実際問題黒髪黒目の珍しさに血迷ったのではなかろうか。それか契約者効果でバグっているか。そうでなければ説明がつかない。

 だって会ったばかりだよ? それとももらってやらなきゃって思える程可哀想に見えたのか?

 だいたい女神様はどういうつもりで私をここへ送り込んだのか?

 イケメンに迫られて悶え苦しめと?

 私に世界を救えとでも? 魔王と戦えとでも言うのだろうか?

 ご飯を作るしか取り柄のないこの私に??

 だいたいどうして魔族と人が戦わなければならないのか?

 使者として送り込んだのなら、もっと色々と説明してくれても良かったのでは?


 考えてもわからないし、誰が答えをくれるでもない。それなら考えるのを放棄したくもなるだろう。ますます頭を抱えてしまう。

 もう! 誰かぁ! ヘルプミー!!!!



「えみ。心の声が駄々漏れだ」

「へ?」


 ハッと振り返ると呆れた顔のレンくんが立っている。


「あはははは……」


 笑って誤魔化すが、レンくんは苦笑いを浮かべながらこちらへやってきた。


「座っても?」

「あ、どうぞ」


 ずれて場所を開けると、レンくんは隣へ座った。

 シャルくんと座った時にはあまり感じなかったが、レンくんと座るとなんだか距離がぐっと近くに感じる。

 そういえばこうして二人で話すのは、前に厨房で怪しげな雰囲気になって以来かも……。

 思い出したら急に緊張感が増した。


「ど、どうしたの? 何か用事だった?」

「一人で居なくなるから。近くに魔物がいたら困るだろ」

「あっ、うん。そっか。ありがとう……」


 時折ちろちろと水の音がしているものの、辺りを静寂が包んでいる。

 ただ、その静寂は嫌な訳ではない。

 ドキドキと勝手に鳴り出す心臓がうるさくて、すぐ隣にいるレンくんに聞こえてしまいそうだ。



「凄いな……えみは」


 静かな中でポツリとレンくんが呟いた。


「何が?」

「勇者まで覚醒させた」


 その言葉にどこか引っ掛かりを覚える。


「それは……私が、した訳じゃないよ。シャルくんに元々素質があっただけで……。レンくんだってそうだよ! 元々魔力持ってたでしょう?」

「きっかけをくれたのはえみだろ」


  ……そうだけど、でも違う。

 私がそれを望んだ訳じゃない。結果的にそうなってしまっただけだ。

 今までずっと堪えていた何かが、ついにぷつりと切れてしまった。

 バッと立ち上がるとレンくんに向き直った。


「私はそうしたくてしたんじゃない」


 口調がきつくなってしまったが、そんな事にかまってられない。

 今まで押さえていたものが溢れてくる。


「私はただ皆んなに喜んで欲しくて……それだけだったのに……こんなに大事になるなんて思ってなかった!!」


 レンくんは真っ直ぐに私を見上げている。まるで私のやり場のない気持ちを受け止めてくれてるみたいだ。

 エメラルド色の瞳がやけに綺麗に見える。


「私は、特別なんかじゃない! 普通のその辺にいるただの元女子大生なの」


 こんなことレンくんに言いたい訳じゃない


「女神の使者とかそんなこと言われたって困るし」


 レンくんが悪い訳じゃない


「ワサビちゃんとだってただお友達になりたかっただけだし」


 こんなのただの八つ当たりだ


「皆んなに怖い思いとか、苦しい思いとか……そんなっ……させたかった訳じゃない」


 だめだ。泣いたりなんかしたらレンくんが困る


「私のせいで……どんどん……みんな……」


 レンくんの大きな手が私の手を包むように握った。

 それがスイッチになってしまった。

 もう駄目だ。色んな押さえていた感情がないまぜになって溢れてくる。


「えみ」


 やめて……そんなに優しい声で呼ばないで——


「ううっ…——う~~~」


 レンくんがふんわりと笑う。

 その顔は反則だと思っているうちに、徐に立ち上がった彼の腕の中にいた。


「オレは感謝してる。力を目覚めさせてくれた事。……そのお陰で大切なものを自分で守れる」


 嗚咽が止まらずろくな返事が出来なかった。


「ありがとう。えみ」


 私はしばらくの間泣いていた。

 一度溢れた感情は止められず、小さい子供のようにしゃくりあげながら泣いた。

 レンくんは何も言わず、泣き止むまでずっと腕に抱いていてくれた。

 レンくんの前では泣いたり気絶したり、叫んだり……ろくな姿を見せていないなぁと思い出す。

 それでもレンくんは何も言わずに側にいてくれる。その優しさが今は有り難く心地良い。

 と同時に甘えてばかりいられないなと思う。

 ちゃんと向き合わないと。

 自分はどうしたいのか。

 どう思っているのか。

 どうしていかなければならないのか。



 久しぶりにしゃっくりが出るまで泣いた。

 流石に普通の男子はドン引くところだが、異世界の男子は違った。きっとひどい顔をしてるからと言ったら、じゃぁもうしばらくこのままなと腕の中に閉じ込め続行となったのだ。

 正気に戻ると急に恥ずかしさが込み上げてくる。


「ごっごめんね! 何か取り乱しちゃって……」

「別にいい。普通の女の子なんだから、色々あって取り乱すのは当然だろ」

「うっ……うん……」


 改めて言われるとさらに恥ずかしい。


「あの……そろそろ、戻った方が良くない?」

「……嫌だ」

「へ?」

「アルクさんとシャガールに先越されて悔しいから」


 なんですと?

 ん? ……え、っと。なんですと??


「それって……」

「オレ……えみが好きだ」


 ぐはぁぁっ!! 直球きたぁ!!

 ただでさえドキドキしていた心臓が暴れるが如く鳴っている。

 もう痛い。心臓が痛い。心臓通り越して何かもう色々痛い……

 せっかく転生したのに、早死にしそうだよ女神様……


「メアリに言われたんだ。えみは鈍いからハッキリ言わないと伝わらないって」

「そんなこと……はい……」


 無いって言いたかった。言えない自分が情けない。

 情けなくて凹む私をレンくんがクスクス笑っている。

 レンくんの早い鼓動が伝わって来る。早鐘を打っているのが自分だけじゃ無いと分かると、少しだけ気持ちが楽になった。


「あの……私、今まで男の人と関わった事が無くて……その、深くって意味で……」

「あー……うん、それで?」


 今絶対そうだろうなって、思われたんだろうな。

 この歳で痛い奴って……思われたんだろうな。

 自分が選び取ってきた結果だから仕方ないんだけどさ。

 ……また涙が出るかもしれない。


「それで、こんな時どうしたら良いのか全然分からないの……。でもちゃんと考える、ので! なので、今は……返事、出来ない……です」

「ん、わかった」


 今はそれを伝えるのが精一杯。

 この後どんな顔して戻れば良いのか。それすらも今すぐ教えて欲しいくらいなのだから。

 とりあえず精一杯の返事を返して離して貰えると思ったのに、レンくんの腕が解ける気配が一向に無いのですが。


「あの……そろそろ……」

「嫌だ」

「心臓がもたないのですが……」

「慣れろ」


 ひぇぇぇぇぇ~〜〜〜〜


 その後、そのやり取りを数回経て解放された時には、すっかり瞼は腫れ上がっていた。


 よりによってこんな時に人生最大のモテ期にみまわれようとは……。

 今の私には驚喜する余裕など全く無かったのだった。

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