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23話——『覚醒する者』と『女神の使者』が出揃ったようです。後編

「これは……っ……」


 丁度居合わせたハインヘルトさんがその場に立ち竦む。


「ナシュリー!!」

「えみ!! 大丈夫か!?」


 ソラに続いて飛び出してきたアーワルドさんとアルクさんが、直ぐ様駆け寄って来て抱き起こしてくれた。


「大丈夫よ」

「これは一体……」

「シャルくん!!」


 辺りはまるで台風でも発生したかのように魔力を含んだ風が吹き荒れ、後ろの森が轟々と揺れている。

 シャルくんと私達の間には薄いベールの様な幕が張られている。ワサビちゃんが結界を張ってくれたお陰で、私は風に煽られて転んだだけで済んだし、村人達にも被害は出ていない。

 暴風の中心にいるシャルくんは、困惑した表情で自分の両手を見つめている。

 これは……まるでレンくんの時みたいだ。


「覚醒したな」


 ソラは結界の外側、シャルくん側にいる。にもかかわらず暴風など感じないかのような足取りで、私の側へやってくるとお座りした。


「ソラ! シャルくんは? シャルくんは大丈夫なの!?」

「心配ない。意識はあるようだからな」


 ソラは腰を上げるとゆっくりシャルくんへ近付いて行く。彼の正面にお座りすると、黄金色の瞳が真っ直ぐにシャルくんを見据えた。


「小僧。おぬしの魔力が今覚醒した」

「覚醒? なんだよそれ!? いつもの暴走じゃないのか?」

「全く違うな。おぬしの体の奥底に眠っていた力が目覚めたのだ。感情が振れることで起こるものなどとは次元が違う。しっかり意識を保て。呑まれぬようにな」


 シャルくんの表情は不安気だ。きっとどうしていいのかわからないんだ。


「おぬしにはコントロール出来るはずだ。やってみるがよい」

「はぁ!?」


 ソラの言葉にシャルくんが狼狽える。


「どうやって!? どうすればいいかなんてわからないよ!!」

「落ち着け。今感情を振ってはならぬ。……大丈夫だ。そやつらが手伝う」


 ソラの視線の先には私の前に立ちはだかったあの四人の精霊がいる。

 ふよふよとシャルくんに近付くと、彼の正面で漂うように飛び回る。ソラ同様暴風などもろともしていない。


「その力の使い方を理解しているおぬしになら出来るはずだ」

「そんなっ……オレには……魔力の使い方なんて……」


 シャルくんの真っ青な瞳が不安気に揺れている。

 少しでも気を抜けば渦の中心に居るシャルくんの体は一瞬で持っていかれてしまいそうだ。それ程の凄まじい風だった。



「シャル!!」

 神父様が駆け寄ろうとしているのをレンくんが必死に止めていた。

 暴風にもかまわずシャルくんの名を呼びながら尚も近付こうとする神父様と、止めようとしているレンくんのせめぎ合いだ。


「危険です! ただの風じゃないんだ!! 彼にあなたを傷付けさせるつもりですか!?」

「…っ…——!!」


 精霊達はそれぞれ黄、白、赤、黒の光に包まれて、彼の周りをゆっくり飛んでいる。シャルくんを勇気づけようとしているように見える。

 シャルくんはその子達を見つめると、やがて小さく頷いた。

 無意識に彼の側へ行こうとしていたのをアルクさんに止められる。しっかり肩を捕まれてしまい、その場から見ている事しか出来なかった。

 私が行っても何も出来ない。邪魔なだけだ。わかってる。

 それでも自分のせいでこんな事になっているのに、その場から見守る事しか出来ない歯痒さに目の奥が熱くなった。


「シャル!! お前なら出来る!! 頑張れ!!」


 神父様の呼び掛けにシャルくんが頷き、集中するためか目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇


 シャガールは目を閉じると一度大きく深呼吸をした。


 やれるだろうか。

 側にはいつも一緒にいた精霊達がいるが、どうしても不安が拭えなかった。

 ただ、ソラはいつもの突発的な暴走では無いと言った。確かに暴れ狂った魔力に問答無用で体をもっていかれるような焦燥感は無いと思う。

 体の自由も利くようだ。


 ゆっくり目を開けると、自分を取り巻く風の渦を眺めた。

 下から上に向かって信じられないくらいの魔力が周りを巻き込みながら立ち上がっていた。これが自分の中にあったのかと思うと驚くばかりだ。

 こうなった理由は、恐らくえみの料理を食べたからだろう。彼女からは自分と同じく女神の魔力を感じた。それが引き金になったのか共鳴したのかは分からないが、恐らく力が目覚めるきっかけになったのだろうと思う。

 彼女の作った食事には優しい気持ちが溢れていて、温かくて……どれも本当に美味しかった。

 今こうして魔力が覚醒し暴走してはいるが、冷静になってみると突発的な暴走とは違い、あれほど恐ろしいとは思わなかった。むしろ優しく包まれて護られているような、「大丈夫だ」と言われているような穏やかな気持ちになっている。

 これはきっとえみの人柄なんだろうなと妙に納得出来た。


 彼女と出会ってまだいくらも経っていないが、相手に寄り添えるあったかい気持ちの持ち主なんだろう。

 そんな彼女を自分が護ってやらなければならないと須く思った。

 力を手にした人間がどんな目に合うか、自分が一番良くわかっている。優しい彼女が自分のような思いをするのは嫌だ。

 こんな自分の友達になると言い、信じて欲しいと優しさをぶつけてくれた彼女の住むこの世界を護りたい。彼女が魔物の恐怖に二度と怯える事の無いように。

 独りぼっちで誰も相手にしてくれなかった自分を息子だといい、育ててくれた父がいるこの世界を護りたい。もう二度と自分の為に傷を負わなくて良いように。

 この力があれば、きっとそれが叶うと確信した。

 生まれて初めて自分が力を得て生まれてきた意味が分かった気がした。


 その『想い』に精霊達が反応する。

 周りを飛んでいた四人が一際強く発光すると、暴走していた魔力がゆっくりゆっくり落ち着いていき、辺りを渦巻いていた風が収まっていく。

 溢れ出ていた魔力が自分の中に留まり、流れる血液のように体を循環していくのを感じた。

 今までとは全く質の違う、練られてぎゅっと圧縮したような濃密な魔力。その膨大な量の魔力が自分の体の中を巡っているのをはっきりと感じとる事が出来たのだ。


 ◇ ◇ ◇


 魔力を含んだ風が徐々に収まっていき、やがて止んだ。

 シャルくんが大きく息を吐き出すと、こちらへ視線を向けてくる。

 微笑んで見せた彼と目が合った瞬間、安堵からか私も大きく息を吐き出した。無意識のうちに体に力が入っていたみたいで、それが吐き出した息と共に抜けていった。


「シャル!!」


 神父様が駆け寄ると、ぎゅっと彼を抱き締める。


「良かった!! 良かった無事で!!」


 シャルくんは恥ずかしそうに「大丈夫だから」と神父様を宥めている。

 ソラは満足そうに「やるではないか」と上から目線だ。


「これで事実上、勇者が誕生した」


 私の直ぐ後ろにいたアルクさんの呟きに思わず反応してしまう。


「勇者!? シャルくんが?」


 詳しく聞く間もなく、神父様から解放されたシャルくんが私達の元へ駆けてくる。


「ナシュリー様、すいませんでした。お怪我はないですか?」

「ええ。大丈夫よ」


 ナシュリーさんは本当に怪我も無かったようで、気にしないでと微笑んでいる。


「えみもごめんな。怪我はない?」

「私は大丈夫。シャルくんこそ体は大丈夫なの?」

「ああ。なんかスッキリした! えみのお陰だ。ありがとう」


 そう言ってどこか吹っ切れたような笑顔を見せてくれる。


「私は、何も……」


 自分の本意ではないところでの出来事で、お礼を言われても素直に受け取る事が出来なかった。

 目を合わせられずに俯いてしまった私の両手を、シャルくんがすくい取る様に握ってくる。


「えっと……シャルくん……?」


 顔を上げると目の前の彼の表情が真剣そのもので、思わずドキッとしてしまう。

 シャルくんは一度顔を伏せたがすぐにまた目が合った。何かを決意したようなそんな様子だ。


「……えみ」

「なに?」

「オレが、もらってやる」

「へ?」

「オレと結婚してくれ!!」

「な、に? ……なに?」


 どうしてこう次から次へと問題というのは起こるのでしょうか?

 なんなの? そういうもんなの?

 しかも私にとって無理難題ばっかりなんですけど。

 あっ! ソラ!! 今笑いましたね!?

 今晩のご飯抜きにしてやりますから!!


 頭の中で現実逃避しつつだらだらと流れる冷や汗に、私はただただ体を震わせるばかりだった。

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